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著作権判例セレクション

編集著作権の侵害性】幻想世界にかかわるネーミング辞典の編集著作権の侵害を認定した事例

▶平成27326日東京地方裁判所[ 平成25()19494]
() 本件は,原告が,被告の出版,販売する書籍(「被告書籍」)は,原告が出版,販売している「幻想ネーミング辞典」(「原告書籍」)を複製又は翻案したものであり,被告は原告の著作権(複製権又は翻案権)と著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)を侵害していると主張して,被告に対し,被告書籍の印刷,出版,販売及び頒布の差止めと廃棄を求めるとともに,著作権及び著作者人格権侵害の不法行為に基づく損害賠償として所定の損害賠償金等の支払を求めた事案である。

1 争点1(原告書籍の著作物性)について
(1) 前記前提事実,後掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実を認めることができる。
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(2) 前記(1)認定の事実に基づき,原告書籍の著作物性について検討する。
編集著作物(法12条1項)における創作性は,素材の選択又は配列に,何らかの形で人間の創作活動の成果が表れ,編集者の個性が表れていることをもって足りるものと解される。
そして,原告書籍は,ネーミング辞典であるから,1234語の原告見出し語とこれに対応する10か国語及びその発音のカタカナ表記を主要な素材とするものであって,これを別紙「分類対比表1-1」の「原告書籍」欄のとおり大,中,小のカテゴリー別に配列したものであると認められるところ,原告従業員らは,こうした素材,とりわけ見出し語の選択及び配列を行うに当たり,幻想世界に強い興味を抱く本件読者層が好みそうな単語を恣意的に採り上げて収録語数1000から1200語程度のコンパクトで廉価なネーミング辞典を編集するという編集方針(以下「原告編集方針」という。)の下,収録語の取捨選択を行い,構成等を適宜修正しつつ自ら構築したカテゴリー別に配列してネーミング辞典として完成させたものであるということができる。
したがって,原告書籍は,原告従業員らが素材の選択と配列に創意を凝らして創作した編集著作物に当たると認められる。
そして,前記認定事実によれば,原告書籍は,原告の発意に基づき原告従業員らが職務上作成する著作物で,原告の名義の下に公表するものであると認められるから,その著作者は原告である。
(3) なお,原告書籍のように見出し語を1,2語程度の外国語で言い換えたり外国語をカタカナで表記したりしようとする場合,その選択の幅は非常に狭く,見出し語が定まれば自ずと一定のものに決定されざるを得ないと考えられるから,原告見出し語に対応する原告書籍記載の外国語の表記やカタカナ表記自体の選択については著作物性を認め難いというべきである。
また,原告は,見開き2頁の左側に原告収録語を縦に12個列記してその右側に対応する外国語等を配置するといったレイアウト,フォント,段組及び配色等であるとか,原告カタカナ索引を載録したことなどについても著作物性が認められると主張するようであるが,原告書籍のレイアウト等はありふれたものに過ぎないというべきであるし,原告カタカナ索引についても,各外国語のカタカナ表記から検索するための索引というのはアイデアに過ぎず,かかるカタカナ表記を50音順に並べたというだけでは表現として創作性があるとは認められないから,原告の上記主張は採用することができない。
(4) 一方,被告は,①原告書籍に先行する乙1書籍と乙2書籍を参照して幻想世界に関連するネーミング辞典を制作すれば,自ずと原告書籍のような単語の選択及び配列となるのであり,また,②原告収録語のうち811語は乙1書籍にも収録されており,幻想世界に関わる単語は乙3書籍にも収録されている,として,原告書籍における個々の具体的な単語の選択及び配列は,表現の選択の幅が狭い中で,ごくありふれた単語がごくありふれた方法で配列されたものに過ぎないから,原告書籍には創作性がないと主張する。
そこで検討すると,乙2書籍には,被告が主張するとおり幻想物語世界を設定する上での「地形」,「気候」,「動・植物」,「歴史」,「社会構造」及び「文化・風習」という6つのカテゴリーが紹介されているが,これらのカテゴリーが原告の分類したカテゴリーと一致しているわけではないし,乙1書籍は見出し語とそれに対応する13か国語等を50音順に配列したものであるに過ぎず,収録語数(約3550語)も原告見出し語(1234語)の3倍近くあり,しかも,乙1書籍には原告書籍に掲載されている幻想的,否定的なイメージの語が掲載されていないのであるから,被告の上記①に係る主張は採用することができない。
また,確かに原告見出し語(1234語)のうち約800語は乙1書籍の見出し語と重複しているが,編集方針に従って前記のような収録語の取捨選択を行っているのであり,見出し語の重複はその結果として生じたものと認められる上,原告書籍と乙1書籍とを対比すると収録語数や見出し語の配列の仕方などの点でかなりの違いがあるといえるから,このような収録語の重複があるからといって原告書籍における素材の選択及び配列の創作性が失われるとはいえない。幻想世界に関わる単語が乙3書籍にも収録されているとの点については,原告書籍より後に刊行された乙3書籍をもって原告書籍の著作物性を否定する根拠とすることは問題であるし,その点を措いても,乙3書籍は,主に幻想世界などのネーミングを行いたいという人に向けて多様な言葉を集めたもので,収録語数も約2800語に及ぶものと認められるのであり,原告書籍と多少の収録語の重複があるからといって,収録語数が半数以下にいわば厳選された原告書籍の著作物性を否定すべき根拠とはならないというべきであるから,被告の上記②に係る主張も採用することができない。
その他,被告が,るる主張する点を考慮しても,上記のとおり,編集著作物における創作性は,素材の選択又は配列に,何らかの形で人間の創作活動の成果が表れ,編集者の個性が表れていることをもって足りるものと解される以上,原告書籍の著作物性が否定されるものではない。
2 争点2(著作権侵害の成否)について
以下,原告書籍と被告書籍とを対比し,被告による著作権侵害の成否につき検討する。
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(2) 前述のとおり,原告は,原告編集方針の下で収録する見出し語の選択を行い,自ら構築したカテゴリー別に配列して編集著作物としての原告書籍を制作したものであるが,原告書籍と被告書籍とを対比すると,前記 のとおり,それぞれの見出し語のほとんどは実質的に同一であり,原告見出し語(1234語)のうち原告書籍のみにあるものは25語,被告見出し語(1213語)のうち被告書籍のみにあるものはわずか4語であるに過ぎないのであるから,両者の素材の選択については極めて類似性が高いといわざるを得ず,カテゴリー別の分類においても共通点が多いことも併せれば,被告書籍からは,原告書籍の素材の選択及び配列における表現上の本質的同一性を看取することができるというべきである。そして,被告が原告書籍を参照して被告書籍を編集したことからすれば,被告は,原告書籍に依拠して被告書籍を作成したものといわざるを得ないから,結局,被告書籍は,少なくとも原告書籍の翻案に当たるというべきである。
(3) 被告は,被告書籍と原告書籍とで共通するのはありふれた創作性のない部分に過ぎないと主張するが,上記説示のとおり,原告見出し語と被告見出し語のほとんどが共通であって,被告書籍は,原告が創意を凝らして選択した収録語をほぼ全て踏襲しているものであるから,カテゴリー別の分類においても共通点が多いことも併せれば,両者の共通部分が創作性のない部分に止まるとは到底いうことができない。
また,被告は,被告書籍には原告書籍にある凡例がない一方,「まえがき」,「この本の使い方」等は被告書籍にしかないなど等の相違点があると主張するが,原告書籍はネーミング辞典であって,原告書籍が編集著作物としての本質を有するのは見出し語の選択と配列の部分であるから,上記相違点は被告書籍の辞典部分が原告書籍の辞典部分の翻案であることに影響を及ぼすものとはいえず,この点の被告の主張も採用することができない。
(4) そして,被告は,原告の編集著作物である原告書籍を参照し,原告から何らの許諾を得ることもなくその翻案に係る被告書籍を編集したのであるから,被告は,少なくとも過失により,原告の翻案権を侵害したものと認められる。
3 争点3(著作者人格権侵害の成否)について
被告は,原告書籍を翻案するに当たり,題号を変更し,外国語としてポルトガル語を付加したほか,前記2アないしエに各記載の改変を加えたものであり,弁論の全趣旨によれば,これらの改変は原告の意思に反するものであったと認められ,また,証拠によれば,被告は被告書籍上に原告の名称を表示していないことが認められる。そして,被告がこれらの改変を加えたり,原告の名称を表示しないことについて原告の意向を確認しようとした事情は認められない。
したがって,被告は,少なくとも過失により原告の原告書籍に係る同一性保持権及び氏名表示権を侵害したと認められる。