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著作権判例セレクション

【二次的著作物】模写作品(一部)の二次的著作物性を認めた事例

▶平成18323日東京地方裁判所[平成17()10790]▶平成18926日知的財産高等裁判所[平成18()10037]
() 本件は,別紙録1ないし4の各絵画(以下,それぞれ,「原告絵画1」,「原告絵画2」のようにいい, 各絵画を総称して,「原告各絵画」という。)を描いた亡Aが,被告が発行する書籍(「被告書籍」)におい て,原告各絵画を亡Aに無断で複製し,原告絵画1については,その一部のみを切り取って使用したのみならず,亡Aの氏名を表示しなかったこと,及び,被告が,その後の交渉において不誠実な態度を取り,亡Aに精神的苦痛を与えたとして,被告に対し,原告各絵画の著作権侵害及び原告絵画1についての著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)侵害に基づく損害賠償請求並びに被告書籍の発行,販売差止め等を求めた事案である。

1 争点1(原告各絵画の著作物性・原告の主位的主張)について
(1)ア 原告各絵画が,本件各原画を模写して作成されたことについては,当事者間に争いがない。「模写」とは 「まねてうつすこと。また,そのうつしとったもの。」(岩波書店「広辞苑」参照)を意味するから,絵画における模写とは,一般に,原画に依拠し,原画における創作的表現を再現する行為,又は,再現したものを意味するものというべきである。したがって,模写作品が単に原画に付与された創作的表現を再現しただけのものであり,新たな創作的表現が付与されたものと認められない場合には,原画の複製物であると解すべきである。これに対し,模写作品に,原画制作者によって付与された創作的表現とは異なる,模写制作者による新たな創作的表現が付与されている場合,すなわち,既存の著作物である原画に依拠し,かつ,その表現上の本質的特徴の同一性を維持しつつ,その具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が原画の表現上の本質的特徴を直接感得することができると同時に新たに別な創作的表現を感得し得ると評価することができる場合には,これは上記の意味の「模写」を超えるものであり,その模写作品は原画の二次的著作物として著作物性を有するものと解すべきである。
イ 機械や複写紙を用いて原画を忠実に模写した場合には,模写制作者による新たな創作性の付与がないことは明らかであるから,その模写作品は原画の複製物にすぎない。また,模写制作者が自らの手により原画を模写した場合においても,原画に依拠し,その創作的表現を再現したにすぎない場合には,具体的な表現において多少の修正,増減,変更等が加えられたとしても,模写作品が原画と表現上の実質的同一性を有している以上は,当該模写作品は原画の複製物というべきである。すなわち,模写作品と原画との間に差異が認められたとしても,その差異が模写制作者による新たな創作的表現とは認められず,なお原画と模写作品との間に表現上の実質的同一性が存在し,原画から感得される創作的表現のみが模写作品から覚知されるにすぎない場合には,模写作品は,原画の複製物にすぎず,著作物性を有しないというべきである。
ウ 原告は,絵画彫刻においては,機械的模写でない限り,模写については模写制作者による創作性が認められることは,模写制作の各過程(認識行為と再現行為)において,それぞれ模写制作者の創作性が発揮されることからも明らかであるから,仮に原画と模写作品が酷似していても,常に創作性が認められると主張する。
しかし,著作権法は,著作者による思想又は感情の創作的表現を保護することを目的としているのであるから,模写作品において,なお原画における創作的表現のみが再現されているにすぎない場合には,当該模写作品については,原画とは別個の著作物としてこれを著作権法上保護すべき理由はないというべきである。したがって,原画と模写作品との間に表現上の実質的同一性が存在する場合には,模写制作者が模写制作の過程においてどのように原画を認識し,どのようにこれを再現したとしても,あるいは,模写行為自体に高度な描画的技法が採用されていたとしても,それらはいずれもその結果として原画の創作的表現を再現するためのものであるにすぎず,模写制作者の個性がその模写作品に表現されているものではない。
また,原告は,美術界における模写行為の創作性及びその芸術的意義を強調し,尾形光琳と酒井抱一の各模写作品を比較検討し,その表現上の違いから,尾形光琳らによる創作性の付与を指摘すると共に,尾形光琳の模写作品は重要文化財として高く評価されているし,横山大観らも多くの模写作品を残しているとも主張する。しかし,模写作品が二次的著作物として著作権法上の保護を与えられるべきか否かについては,個々の模写作品毎に,著作権法に基づく法的な判断,すなわち,著作権法における著作物性の概念を前提に判断されるべきであり,本件においては,本件各原画と比べた原告各絵画の著作物性について論じれば足り,美術界において論じられている模写行為の創作性及び模写作品の芸術的意義一般について論じる必要性はないし,また,著名な画家が過去に制作した模写作品の著作物性を本件において論じる必要性もない(尾形光琳と酒井抱一あるいは横山大観の各模写作品の著作物性については,別途詳細に議論されるべき問題であり,本件においては,本訴の訴訟物である原告各絵画の著作物性について検討すべきである。)。原告各絵画が本件各原画の二次的著作物か複製物にすぎないかは,本件各原画と原告各絵画を比較し,原告各絵画について新たな創作的表現が付与されたと認められるか否かにより判断すべきである。
さらに,原告は,絵画を描くという造形と色彩による表現行為には,極めて個性が現れやすいものであり,手描きのものであれば,その形象のうちに個人的特性を有しているものと解してよいのであり,風景や人物などの「対象をそのままに写しとること」を目的とする写生と模写とは,模写が過去の作品の主題や構図を対象としてとらえる点で,その対象が異なるにすぎないから,模写作品の創作性もまた,写生作品の創作性と同様に考えることができる,と主張する。
確かに,多数の人が,同一の風景,人物あるいは静物を対象として写生し,これを絵にすれば,構図の類似性があっても自ずから個性が表れるものであり,それぞれのものが別個の著作物として保護されることは当然である。しかし,他人の著作物を模写して,その創作的表現を再現したにすぎない模写作品については,著作権法上は,模写制作者により新たな創作的表現が付与されていない限り,元の著作物の複製に該当するものと解すべきである。原告の主張は,他人の著作物の創作的表現をそのまま再現する行為を新たな創作行為であると主張するものであり,風景や人物あるいは静物を対象としてこれを描写し,絵として描く行為と,他人の著作物を模写し,その創作的表現を再現する行為とを同一に論じることはできない。
(2) 以上によれば,原告の主位的主張は採用することができない。
2 争点2(原告各絵画の著作物性・原告の予備的主張)について
(1) 争点2-1(原画と模写作品の相違点を前提とする模写作品の創作性)について
争点1において述べたとおり,模写制作者が自らの手により原画を模写した場合においても,原画に依拠し,その創作的表現を再現したにすぎない場合には,具体的な表現において多少の修正,増減,変更等が加えられたとしても,その差異が模写制作者による新たな創作的表現とは認められず,なお原画と模写作品との間に表現上の実質的同一性が存在し,原画から感得される創作的表現のみが模写作品から覚知されるにすぎない場合には,当該模写作品は原画の複製物というべきであり,また,模写作品に,原画制作者によって付与された創作的表現とは異なる,模写制作者による新たな創作的表現が付与されている場合,すなわち,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が原画の表現上の本質的特徴を直接感得することができると同時に新たに別な創作的表現を感得し得ると評価することができる場合には,その模写作品は原画の二次的著作物として著作物性を有するものと解すべきである。以下,同判断基準に基づいて,原告各絵画の著作物性の有無について検討する。
(2) 争点2-2(原告絵画1の著作物性)について
ア 本件原画1は,江戸時代の酒屋の店先において,酒屋の主人らしき老人が,右手にほうきを持って店先に立ち,今にも店の外に逃げ去ろうと走り出しながら右手を老人に向けて振り返っている店の小僧らしき人物を叱りつけようとするところを,番頭らしき人物が土間から老人をなだめて止めようとしている様子を描いた浮世絵である。本件原画1においては,小僧や番頭の首が肩にめりこみ,さらに前に突き出したように描かれており,老人の顔も,前のめりに突き出したように描かれていることにより,酒屋の店頭における主人の怒りとあわてて逃げ出す小僧の様子が躍動的に描かれているものといえる。また,本件原画1においては,同時に,江戸時代の酒屋の店先の様子が細かく描写され,左の棚の上段には酒樽,菰樽が,下段には桶や貧乏徳利が描かれ,天井には八間と呼ばれた照明が下がっている様子や,格子の前に水の張った桶,ひしゃく,貧乏徳利が置かれ,座敷には帳面や硯,筆が置かれている様子が描かれている。
イ 原告絵画1は,江戸時代の商売の様子を描いた絵画とその解説文を掲載した書籍に発表されたものであり,本件原画1の模写作品である。原告絵画1においては,大きさや角度などの多少の相違はあるものの,本件原画1と同様に,左の棚の上段には酒樽,菰樽が,下段には桶や貧乏徳利が描かれ,天井には八間と呼ばれた照明が下がっている様子や,格子の前に水の張った桶,ひしゃく,貧乏徳利が置かれ,座敷には帳面や硯,筆などが置かれた様子が描かれている。人物については,登場人物である酒屋の主人らしき老人,老人に怒られ逃げだそうとしている小僧及び老人をなだめようとしている番頭らしき人物の3人の配置,姿態,場面設定は本件原画1と同一である。ただし,原告絵画1においては,本件原画1と比べ,老人の腰の曲がり方をやや緩やかにし,右足や右ひじも緩やかに曲げるように描いているほか,本件原画1に見られた小僧や番頭の首が肩にめり込んでいたり,怒り肩になっていた浮世絵に特徴的な誇張的表現を通常の首や肩の表現に改め,さらに,小僧や番頭及び老人の顔の表情が本件原画1とはやや異なる表情で描かれている。なお,本件原画1には,「銭積」と題する文章が記載されていたのに対し,原告絵画1には文章は記載されていない。
ウ 本件原画1と原告絵画1を比較すると,浮世絵と筆書きという描写手段は異なるものの,描かれている3人の人物の配置,姿態,場面設定は同一であって,ほうきを持ち出して店頭に立ち,店外に駆けだして逃げ出そうとする小僧を今にも叱りつけようとする老人の主人を必死に止めようとする番頭という,江戸時代の酒屋における店先の出来事を躍動的に描こうとした本件原画1の特徴的な表現部分をそのまま再現しているものというべきであり,また,3人の登場人物の次に本件原画1の重要な特徴的表現である酒屋の店先の様子も,酒樽,菰樽,桶,貧乏徳利が置かれた棚や,八間(照明),格子とその前に置かれた水の張った桶,ひしゃく及び店内の帳面や硯,筆などの小物類の配置及びその形状に至るまでほぼそのまま再現しているものである。そして,本件原画1と原告絵画1との間に存する上記差異は,両者を全体として比べてみた場合に,上記のような本件原画1における特徴的表現がそのまま原告絵画1に再現されていることからすれば,細部における些細な差異にすぎず,この差異により原告絵画1に新たな創作的表現が付与されたとみることはできない程度のものであるといわざるを得ず,原告絵画1は,本件原画1と表現上の実質的同一性を有するものというべきである。
原告は,描き手の眼の位置,画面の空間を決定する四辺の上の辺の位置棚板の延長線が外の桶と交錯するかどうか,中央の柱と樽,桶の垂直線との位置関係などについて,本件原画1と原告絵画1との差異を指摘し,亡Aによる新たな創作性が付与されていると主張する。
しかし,原告が指摘する描き手の眼の位置や棚板の延長線と外の桶の位置,中央の柱と樽,桶の垂直線との位置関係などは,本件原画1と原告絵画1とを重ね合わせたり,補助線を引くことによって辛うじて判定し得る程度のものであるにすぎず,両者を比較して,一見してその具体的差異を認識し得るものではなく,また,両者間において,画面の空間を決定する上の辺の位置に差があることを考慮しても,これにより原告絵画1に何らかの創作的表現が付与されたものとは認めることもできない。
また,原告は,老人の腰の曲がり方やほうきを握る手の形が本件原画1と原告絵画1においては異なるのみならず,本件原画1においては,小僧と老人に右脇の番頭らしき人物の首が肩にめりこんでいるように描かれ,両名について力強さを強調した浮世絵の描き方がなされているのに対し,原告絵画1ではこれをより写実的に描いている点において,江戸時代の風俗の再現を目指す亡Aの創作性が発揮されているとも主張する。
しかし,原告絵画1は,上記のとおり,江戸時代における酒屋の店先での出来事,すなわちほうきを持ち出して店頭に立ち,店外に駆けだして逃げ出そうとする小僧を今にも叱りつけようとする老人の主人を必死に止めようとする番頭という,江戸時代の酒屋における店先の出来事を躍動的に描こうとした本件原画1の特徴的な表現部分をそのまま再現しているものであり,原告絵画1における登場人物の顔や首,腰の曲がり方の本件原画1との差異は,本件原画1において浮世絵独特の筆致で描かれていた当時の町人の姿態に関する特徴的表現について,いずれも些細な変更を加えたものにすぎず,亡Aにより新たな創作的表現が付与されたものとまで認めることはできないというべきである。原告の主張はいずれも採用することができない。
(3) 争点2-3(原告絵画2の著作物性)について
ア 本件原画2は,「番頭空屋敷」と題する怪談を描いた浮世絵であり,右下に描かれた古井戸から幽霊が飛び出した様子と,これを見て,前後に各一つの木箱をつるして左肩に担いだ天秤棒のひもから驚きのあまり思わず右手を離してしまった焼継師の姿が後方から描かれている。本件原画2においては,焼継師が幽霊に驚いた様子を表現するために,その首が肩にめり込んだようにすくめて描かれているのと,驚きのあまり天秤棒のひもから右手を離している点が,焼継師に関する特徴的な表現部分である。
イ 原告絵画2は,江戸時代の物売りの様子を描いた絵画とその解説文を掲載した書籍に発表されたものであり,焼継師の一般的な姿態を描くことを目的として,本件原画2の幽霊や古井戸,文章部分を模写せず,その中の焼継師の姿態のみを一部変更して描いたものである。すなわち,原告絵画2においては,焼継師が幽霊に驚いて思わず天秤棒のひもから右手を離してしまった様子や,その首を肩にめりこんだようにすくめた様子は表現されておらず(いずれも本件原画2における特徴的表現部分である。),むしろ,あたかも江戸の町中を歩きながら後ろを振り返っているような焼継師の様子を淡々と描いているだけであり,そのため,焼継師の右手は天秤棒から右側の木箱をつるしたひもを掴み,また,本件原画2においてすくんだように描かれていた首は,すくんでいない状態に描かれているものである。
ウ 本件原画2と原告絵画2は,いずれもともに天秤棒から二つの箱をつるして歩きながら後ろを振り向いている焼継師の後ろ姿が描かれている点で共通する特徴的表現を有するものの,本件原画2においては,古井戸から飛び出した幽霊に驚く焼継師の様子を描くという主題に基づいて,その右手を天秤棒のひもから離した様子や首をすくめた様子を上記のように描いている点がその特徴的表現の一つであるのに対し, 原告絵画2においては,江戸時代の町人の風俗や生活振りを描くために,焼継師が天秤棒に二つの木箱をつるして普通に歩く様子を描写しているものであり,このため右手及び首の具体的表現を上記のとおり変更したものである。したがって,原告絵画2は,本件原画2における特徴的表現部分の一部をそのまま利用しながら,その特徴的表現の他の部分を変更し,江戸時代の町人の風俗の再現を意図した表現となっており,この点で新たに亡Aによる創作性が付与されているものと認められ,原告絵画2は,本件原画2の二次的著作物として,その著作物性が認められるものである。
被告は,本件原画2の主たる創作性は,幽霊を右斜め上に見上げた焼継師の後姿をとらえた構図にあり,原告絵画2における右手の描き方などはその部分についての本件原画2の創作性を再製しなかっただけにすぎないなどと主張する。
確かに,原告絵画2は,本件原画2における後ろを振り向いた焼継師の姿態をそのまま利用していることは上記のとおりである。しかし,本件原画2と原告絵画2との関係は,いずれも江戸時代の町民の日常生活の一端を描いた本件原画1と原告絵画1との関係とは異なるものである。すなわち,本件原画2は,幽霊に驚く焼継師という怪談を描くことを主題として表現された絵であるのに対し,原告絵画2は,亡Aが江戸時代の風俗や町人の様子を描くという観点から,本件原画2の焼継師が幽霊に驚いて天秤棒のひもから右手を離した姿態や,幽霊に驚いて首をすくめている様子などの特徴的表現部分を変更して描写したものであり,あたかも江戸の町中を歩きながら後ろを振り返っているような焼継師の様子を淡々と描いているものであり,この点で亡Aの考え方が創作的に表現されているものというべきである。被告の上記主張は採用することができない。
(4) 争点2-4(原告絵画3の著作物性)について
ア 本件原画3は,崇徳院の和歌(瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ)に基づいて,本来,町人が従事した焼継師の仕事を崇徳院のような高貴な身分の者が従事しているという架空の様子を描くと共に,崇徳院の和歌と焼継師の仕事とを掛け合わせた狂歌(岩にせく 瀧の模様の 瀬戸ものの われても末に あわすやきつぎ)とを組み合わせた遊び画である。本件原画3には,まげを結い,ひげをはやした高貴な人物が,薄笑いを浮かべながらあぐらをかき,割れた瀬戸物に筆で焼継用の薬を塗っている様子及び割れた瀬戸物の破片が散らばっている様子が正面から描かれている。
イ 原告絵画3は,江戸時代の商売の様子を描いた絵画とその解説文を掲載した書籍に発表されたものであり,江戸時代の焼継師の一般的な姿態を描くことを目的として,本件原画3の狂歌部分を模写せず,焼継師の姿及び割れた瀬戸物の破片が散らばっている様子を抜き描きしたものである。また,本件原画3では,高貴な身分の者が焼継作業に従事しているが,原告絵画3では,江戸時代の町人の風俗を再現するため,焼継師のまげを町人の形に描き直し,ひげも描いていない。
ウ 本件原画3と原告絵画3を比較すると,いずれも正面からあぐらをかいて作業をしている焼継師の姿及び割れた瀬戸物の破片が散らばっている様子などが描かれている点でその特徴的表現部分において共通するものの,本件原画3では,高貴な者が焼継をするという狂歌の場面を主題として高貴な人物が描かれているのに対し,原告絵画3においては,江戸時代の町人の風俗を再現するため,町人である焼継師を描いており,この点で,本件原画3における特徴的表現を変更した表現となっているものである。したがって 原告絵画3は,本件原画3の特徴的表現の一部を再現しながら新たに亡Aによる創作的表現が付与されているものであり,本件原画3の二次的著作物として著作物性が認められるものである。
被告は,創作性の有無については,原画制作者の主観を考慮すべきではなく,本件原画3の主たる創作部分は,焼継師の作業の姿形であるから,それをそのまま模倣した原告絵画3に新たな創作性の付与がないことは明白であるし,まげやひげの変更も,焼継の仕事を町人がするというありふれた設定に変更したことに基づく些細な変更にすぎないなどと主張する。
確かに,原告絵画3は,本件原画3における焼継師の作業の姿形をそのまま利用していることは上記のとおりである。しかし,本件原画3と原告絵画3との関係は,いずれも江戸時代の町民の日常生活の一端を描いた本件原画1と原告絵画1との関係とは異なるものである。すなわち,本件原画3は,高貴な者が焼継師に従事しているという狂歌と組み合わせた遊び絵であるのに対し,原告絵画3は,江戸時代の町人の風俗やその生活振りを描くという目的から,町人の焼継師を描いたものであり,焼継の仕事をしている焼継師の様子を淡々と描いているものであることは上記のとおりであり,この点で亡Aの思想が創作的に表現されているものというべきである。被告の上記主張は採用することができない。
(5) 争点2-5(原告絵画4の著作物性)について
ア 本件原画4は,月夜の晩に,家の座敷で三味線を弾く男性と,子供をあやしている女性の間に,蚊を追い払うために置かれた「蚊遣り 」(蚊いぶし)と蚊遣りから立ち上る煙,松葉の入った籠,うちわ,徳利などが置かれたお盆などが描かれた浮世絵である。
イ 原告絵画4は,本件原画4から蚊遣り,蚊遣りから立ち上る煙,松葉の入った籠のみを描いた模写作品であり,江戸風俗に関する絵画とその解説文を掲載した書籍に発表されたものである。
ウ 本件原画4において描かれた蚊遣りや煙,松葉の入った籠と原告絵画4を比較すると,原告絵画4は,江戸時代の家族団らんを描いた本件原画4において背景の小道具としてその形状が明確に描かれていた日用品を,単に,江戸時代の日用品を紹介する目的で,描いたにすぎないものというべきであって,煙の流れの描き方や,籠の配置に多少の差異が見られるもののこれらの差異は,本件原画4が浮世絵であり,原告絵画4が画筆で描かれていることによる差異以上のものとは認められず,原告絵画4については,本件原画4に描かれている蚊遣りと松葉の入った籠について,亡Aにより新たな創作的表現が付与されたものとは認められない。よって,原告絵画4は,本件原画4に描かれている蚊遣りと松葉の入った籠と表現上の実質的同一性の範囲内のものであるといわざるを得ず,これを亡Aにより創作された二次的著作物と認めることはできない。
() 以上によれば,原告絵画2及び3は,本件原画2及び3の単なる模写作品ではなく,これに亡Aによる創作的表現が付与された二次的著作物と認められるものの,原告絵画1及び4については,本件原画1及び4の模写の範囲を超えて,これに亡Aにより創作的表現が付与された二次的著作物であると認めることはできず,本件原画1及び4の複製物にすぎないものといわざるを得ない。
被告が被告書籍を平成13年4月25日ころ発行するに当たり,亡Aからの使用許諾を得ることなく原告絵画2及び3を被告書籍に複製してこれを掲載したことについては当事者間に争いがないから,被告は,亡Aが有していた原告絵画2及び3についての著作権(複製権)を侵害したものと認められる。
3 争点3(被告書籍の販売等差止めの必要性)について
(1) 被告書籍の販売等差止めの必要性について
被告が原告絵画2及び3の著作物性を争っていることを考慮すると,将来,原告絵画2及び3の複製物を掲載したまま,被告書籍を販売し,頒布し,あるいは増刷発行するおそれがあることを否定することはできない。
被告書籍は,本文459頁,並びに,江戸遺跡資料,江戸遺跡参考文献及び索引120頁で構成されており,原告絵画2及び3の複製物は,被告書籍の258頁下欄に掲載されている。このように,被告書籍において,原告の著作権を侵害する部分は全体のうちの1頁にすぎない。しかし,被告書籍は,上記各頁がハードカバーで一体として製本されており,被告書籍をこのまま販売又は頒布し,あるいは増刷発行すれば,原告絵画2及び3について原告が有する著作権の侵害を不可避的に伴うものである。また,被告は,原告絵画2及び3の著作物性を争っており,被告からは,本件口頭弁論終結時までに,被告書籍中,上記頁を削除して被告書籍を販売又は頒布しあるいは増刷発行する予定であるなどの主張,立証も全くない。
以上からすれば,被告は,原告絵画2及び3の複製物を掲載した被告書籍を販売又は頒布し,あるいは増刷発行するおそれがあり,この被告の行為は不可避的に原告の著作権を侵害するものであるから,同被告書籍の販売,頒布又は増刷発行の差止めを求める原告の請求は理由がある。なお,原告絵画2及び3の複製物を掲載した部分を廃棄した被告書籍については,その増刷,販売,頒布の差止めを認める理由はないから,原告の差止め請求は,主文第1項掲記の限度で認めることとする。
(2) 在庫の廃棄請求について
被告書籍は,本文459頁及び索引そのほか120頁で構成されており,原告絵画2及び3の複製物が被告書籍の258頁下欄に掲載されていることは上記のとおりである。原告は,被告書籍全体の廃棄を求めているものの,原告の著作権を侵害するのは上記頁だけであるから,著作権侵害行為の停止又は予防に必要な措置としては,被告書籍の上記頁中,原告絵画2及び3を複製して掲載した部分の廃棄を認めることで十分であり,被告書籍全体の廃棄を認める必要はない。
4 争点4(原告絵画1の著作者人格権侵害の成否)について
争点2-2において先に述べたとおり,原告絵画1は著作物性を有しないのであるから,亡Aによる著作物とみることはできず,したがって,原告絵画1について著作者人格権侵害もまた,成立しない。
5 争点5(原告の損害)について
(1) 著作権侵害に基づく損害賠償請求について
被控訴人は,平成13年4月25日ころ,亡Aの使用許諾を得ないまま,過失により,原告絵画2,3を掲載した被告書籍を発行した。
証拠及び弁論の全趣旨によれば,亡Aは,「江戸職人図聚」所収の絵画等,原告各絵画と同様の模写作品につき,1作品1回当たり2万2222円の使用料の支払をもって,これを複製して使用することを許諾していたことが認められる。これによれば,被控訴人が被告書籍に原告絵画2,3を掲載した著作権(複製権)侵害行為による損害額は,4万4444円(2万2222円×2=4万4444円)というべきであり(著作権法114条3項),これを超える額(同条4項)を認めるべき事情はうかがわれない。
この点に関して,控訴人は,亡Aが生前故意による無断複製行為に対して通常の使用料(1点につき2万2222円)の3倍の額をペナルティとして請求していたとして,被控訴人による原告各絵画の著作権(複製権)侵害による損害額(著作権法114条3項又は4項)としては,通常の使用料の3倍の1作品当たり6万6666円が相当である旨を主張し,証拠によれば,亡Aが無断使用者に対して1作品当たり6万6666円の金額を請求した事例のあることが認められる。しかしながら,著作権法114条3項は,著作権者は故意又は過失によりその著作権を侵害した者に対し,その著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額を自己が受けた損害の額として,その賠償を請求することができる旨を規定している。これによれば,控訴人が原告絵画2,3の著作権侵害による損害額として請求することができるのは,使用料である1作品当たり2万2222円に相当する額というべきであり,亡Aが生前著作権を侵害した者に対して訴訟外において使用料の3倍の額を請求した事例があるとしても,使用料を超える額を同項の規定に基づく損害額として請求することができると解することはできない。また,本件において,亡Aが被控訴人の著作権侵害行為により上記使用料を超える額の損害を被ったことを認めるに足りる証拠もない。したがって,上記のとおり,被控訴人による原告絵画2,3の著作権(複製権)侵害による損害額は4万4444円(1作品当たり2万2222円)にとどまるというべきであり,控訴人の主張は採用できない。】
(2) 著作権侵害に基づく慰謝料請求について
ア 証拠及び弁論の全趣旨によると,亡Aと被告との間の事前交渉について,以下の各事実が認められる。
()
イ 本件において侵害された亡Aの権利は 財産権である著作権(複製権)であり,上記認定の交渉経緯について,被告による原告絵画2及び3の著作権侵害行為があったことを前提としてみても,これにより,原告の人格的利益が著しく侵害されたとまでは認められず,被告の不法行為によって原告に生じた損害については,財産的損害の賠償により回復されることに照らせば, これに加えて慰謝料請求を認める必要があるものとはいえない。
原告は,被告は,原告各絵画の著作権侵害行為を行ったのみならず,当初は著作権侵害を認めて謝罪しておきながら,その後においては新橋玉木屋事件で既に解決済みの模写作品の著作物性という争点を蒸し返して開き直り,亡Aの画家としての業績・存在を正面から否定するに等しい主張をするなど,不誠実極まりない対応をしたなどと主張する。
しかし,仮に被告が当初は謝罪していたとしても,交渉の過程において後になって法的反論を試みることが許されないものではない。新橋玉木屋事件は,同事件の原告が亡Aであり,審理の対象が江戸時代の浮世絵の模写作品であったことこそ本件訴訟と同様であるものの,本件訴訟とは被告も,対象となった模写作品もそれぞれ異なるのであるから,新橋玉木屋事件における裁判所の判断が,原告各絵画の著作物性について被告が争うことを禁止するものではない。原告の主張は,原告の主張を被告が認めなかったことに対する不満を意味するにすぎず,交渉過程において,相手方の主張を認めなかったことが常に不誠実な対応と評価されるのであれば,交渉における自由な議論が成立しないことは自明のところである。本件各証拠によっても,被告が反論に名を借りて殊更亡Aを誹謗中傷したり,侮辱的表現や著しく不適切な表現を用いたことを認めるに足りる証拠はない。原告各絵画の著作物性を争うことと,亡Aの江戸風俗研究家及び画家としての業績を否定することとは,その性質上,明らかに別な事柄であって,前記認定事実によれば,被告の交渉態度を不誠実であると評価することはできない。
(3) 弁護士費用について
本件における原告の請求の内容,事案の性質,訴訟に至った経緯,難易度審理経過など,そのほか一切の事情を総合考慮すれば,被告による著作権侵害行為と相当因果関係があるものとして被告に負担させるべき弁護士費用としては,20万円をもって相当と認める。

[控訴審同旨]
2 当審における控訴人及び被控訴人の主張に対する判断
(1) 控訴人の主張について
() 争点1(原告各絵画の著作物性に関する控訴人の主位的主張)に関する主張について
控訴人は,模写制作の各過程(認識行為と再現行為)において,それぞれ模写制作者の創作性が発揮されることを理由として,機械的模写でない限り,創作性が認められるものとして,模写作品は著作権法上の著作物に該当するものであり,また,原告各絵画の著作物性を判断する際の検討順序としては,まず著作物性の判断をすべきであって,原画の複製物であるかどうかを先に判断すべきではないと主張する。
しかしながら,前記引用に係る原判決において詳細に説示するとおり,一般に模写作品とは,原画に依拠して原画における創作的表現を再現したものを意味するものであって,模写制作者により,模写作品に原画に見られない新たな創作的表現が付与されていない限り,原画の複製物にとどまるものとして,著作物性を否定されるものであるところ,本件において,原告各絵画が本件各原画を模写して作成されたものであることは当事者間に争いがないから,原告各絵画の著作物性を判断するに当たっては,本件各原画と比較し,原告各絵画について新たな創作的表現が付与されているかどうかを検討すべきものである。控訴人がるる主張するところは,要するに,模写制作の各過程(認識行為と再現行為)において,それぞれ模写制作者の創作性が発揮されるものである以上,「出来あがったものがたとえどんなに原画と似ていようが」創作性が認められるというのであり,原画と模写作品との間に表現上の同一性が存在しても,原画の複製物ではなく,著作物として保護されるというものであって,著作物が思想又は感情を「創作的に表現したもの」(著作権法2条1項1号)であることを無視した独自の見解というほかなく,控訴人の主張は,著作物性の判断に当たっての検討順序をいう点を含め,採用することができない。
() 争点2(原告各絵画の著作物性に関する控訴人の予備的主張)に関する主張について
控訴人は,絵画のモチーフと表現方法・手段とは不即不離,表裏一体の関係にあることから,絵画のモチーフが異なれば,それに対応して絵画の表現方法・手段もおのずと異なってくるものであり,①本件原画1と原告絵画1との間では,本件原画1が,黄表紙の挿絵という性格を持ち,そのため,読み物の地の文やセリフの文のスペースを確保する必要があり,また,読み物の場面,すなわち「逃げる小僧,追う主人,止める番頭」という劇的な場面を描くことを目的とするというモチーフを有するのに対して,原告絵画1は,江戸風俗を描くという本来の意図に沿って江戸時代の典型的な酒屋を描く,すなわち江戸時代の酒屋でどのような人達がどのような道具を使ってどういう風に商売をしていたのかを明らかにするというモチーフを有するものであって,このようなモチーフの違いから,両者の間には,別紙「控訴人対比表1」記載のとおりの描き方の特徴の差異が存在するものであって,これによれば,原告絵画1は,江戸風俗の再現という亡A固有のモチーフに基づいて,これと相容れない本件原画1の重要な表現部分を意図的に削り取り,そのモチーフにふさわしい表現方法に置き換えられて表現されており,この点からしても,原告絵画1には本件原画1とは明らかに異質な亡A固有の表現方法が認められる旨,②また,本件原画4と原告絵画4との間では,本件原画4が,人情本の挿絵で,絵自体の主題は3人の登場人物たちであり(ただし,模写の対象となったのは,その場面に登場する小道具),当該場面は,後ろにひっくり返らんばかりに反り返った女性が子供を抱き上げた瞬間が,左側の男性の姿勢も含めて,全体として右上に向かってダイナミックな動きで描くというモチーフを有するのに対して,原告絵画4は,江戸風俗を描くという本来の意図に沿って江戸時代の日常生活用具の1つとして「蚊いぶし」を描くというモチーフを有するものであって,このようなモチーフの違いから,両者の間には,別紙「控訴人対比表2」記載のとおりの描き方の特徴の差異が存在するものであって,これによれば,原告絵画4もまた,江戸風俗の再現という亡A固有のモチーフに基づいて,これと相容れない本件原画4の重要な表現部分を意図的に削り取り,そのモチーフにふさわしい表現方法に置き換えられて表現されており,この点からしても,原告絵画4には本件原画4とは明らかに異質な亡A固有の表現方法が認められる旨を主張する。
しかしながら,仮に模写作品のモチーフが原画のそれと異なることによって模写作品の表現方法・手段が原画のそれと異なるものとなるとしても,その結果として,原画に存しない創作的表現が模写作品に新たに付与されているのでなければ,模写作品は二次的著作物とはならない。すなわち,単にモチーフが違うということのみをもって,模写作品が二次的著作物として原画と別個の著作物と評価されるものではない。
そして,控訴人がモチーフの違いからもたらされた描き方の特徴と主張する,上記の原告絵画1,4の本件原画1,4との表現上の相違点は,いずれも実質的には原審において主張したものと同一であり,前記引用に係る原判決の説示するとおり,これらの相違点をもって本件原画1,4に新たな創作的表現を付与したものと認めることはできず,原告絵画1,4は,本件原画1,4に描かれているものと表現上の同一性の範囲内のものといわざるを得ない。したがって,原告絵画1,4は本件原画1,4の複製にとどまるものであって,亡Aにより創作された二次的著作物と評価することはできない(なお,本件原画1における中央上部及び左下部の空白部分(文字の記載されている部分)が原告絵画1においては異なっている点や,原告絵画4において「蚊いぶし」の文字を追加し,墨線主体で描いた点などは,当審において新たに明示した相違点であるが,これらの点を考慮しても,原告絵画1,4をもって,本件原画1,4の二次的著作物と評価することはできない。)。
(2) 被控訴人の主張について
被控訴人は,模写において原画の特徴的部分が変更されている場合であっても,「変更」が単なる創作性の削除にすぎず,新たな創作性の付与ではない場合や,「変更」が単なる付加にしかすぎず,新たな創作性の付与でない場合もあることに照らせば,原画の特徴的表現部分の「変更」が必ずしも新たな「創作性の付与」を意味するものではないとした上で,原告絵画2においては,焼継師が幽霊に驚いてる姿という本件原画2の特徴的部分を削除し,これを通常の焼継師に描き換えたものにすぎず,また,原告絵画3においては,高貴な者が焼き継をするという本件原画3の特徴的部分を削除して,これに代えて一般的な町人の顔を付加したものであって,いずれも創作性のない些細な変更を行ったにすぎないから,原告絵画2,3は,いずれも複製と評価されるべき削除加筆の領域を出るものではなく,二次的著作物ではないと主張する。
しかしながら,原告絵画2,3については,前記引用に係る原判決の説示するとおり,いずれも亡Aの創作的表現が付与されているものであり,本件原画2,3の二次的著作物として著作物性が認められるものというべきである。
被控訴人は,上記のとおり,原告絵画2,3は,本件原画2,3の特徴的部分を削除した上で創作性のない些細な変更を行ったにすぎないと主張するが,原告絵画2においては,焼継師は首をすくめない状態で右手で天秤棒から右側の木箱をつるしたひもを掴んでいるもので,全身の姿勢において本件原画2とは異なる姿が描かれているものであり,また,原告絵画3においては,焼継師が町人風のまげを結った人物とされているもので,人物画において見る者の注目をひく枢要部である頭部・顔面において本件原画3とは異なる容貌が描かれているものであるから,いずれも,些細な変更にとどまるものではなく,また,上記の変更により,作品全体としても本件原画2,3とは異なる印象を受けるものであるから,原告絵画2,3は,亡Aによる創作的表現が付与され,作品全体としても本件原画2,3と異なる創作的表現を感得することができるものとして,二次的著作物に該当するというべきである。