Kaneda Legal Service {top}
著作権判例セレクション
【言語著作物の侵害性】「咬み合わせ」に関する論文の侵害性が問題となった事例
▶平成14年07月26日東京地方裁判所[平成13(ワ)19546]
(注) 本件は,原告が,被告らに対し,被告論文は,本件論文に依拠したものであって,本件論文を複製又は翻案したものであるから,被告論文を掲載した本件書籍の発行,販売は,原告が有する本件論文の著作権及び著作者人格権を侵害するものであると主張して,本件書籍の発行,販売の差止め等,著作権及び著作者人格権の侵害による損害の賠償並びに著作者人格権の侵害に基づく謝罪広告の掲載を請求した事案である。
1 争点(2)について
(1) 原告は,被告論文の対照表の部分につき,被告論文は本件論文を複製又は翻案したもので,被告論文を掲載した本件書籍の発行,販売は,本件論文の著作権及び著作者人格権を侵害するものであると主張しているところ,複製又は翻案が認められるためには,本件論文の表現上の創作性を有する部分が被告論文と実質的に同一であるか又は被告論文から本件論文の表現上の創作性を有する部分の表現上の本質的な特徴を直接感得することができなければならないと解される。
そこで,以下,対照表に従って,本件論文及び被告論文について上記の点を判断する。
(2) 文章の部分について
ア 対照表1-1,2について
本件論文と被告論文とが共通する部分は,「人間は直立して生活している」,「人間は直立二足歩行を行う」という部分であるが,人間が直立して生活していること及び直立二足歩行を行うことは自明の事柄であるから,そのような点が共通しているからといって,被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
イ 対照表2について
弁論の全趣旨によると,「咬合」は噛み合わせを意味し,「生理的」は一般的な形容詞であると認められるところ,「生理的咬合」は,これらを組み合わせた言葉であり,単語として1語に過ぎないことからすると,この言葉のみでは創作性が認められないから,そのような点が共通しているからといって,被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
ウ 対照表3について
弁論の全趣旨によると,「咬合平面」とは下顎中切歯端と左右第二臼歯遠心頬側咬頭を含む平面を指す歯科学用語,「カンペル平面」とは外耳道下縁と鼻翼下点を含む平面を指す歯科学用語であり,歯列が正常な場合には,「咬合平面」は「カンペル平面」と平行になることが歯科学では一般に知られていたものと認められるから,そのような点が共通しているからといって,被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
エ 対照表4について
前半は,本件論文が「下顎体は筋肉によって吊り下げられている」と記載しているのに対して,被告論文では「下顎体は頭蓋骨より筋肉や腱によってぶら下がっているだけ」と記載しており,それぞれ繋がっているものにつき,「筋肉」と「筋肉や腱」,繋がっている状態につき,「吊り下げられている」と「ぶら下がっている」というように異なっている。後半では,本件論文が「常に地球の引力の影響を受けており」「ある一定の水準を保ちながら運動している」と記載しているのに対し,被告論文は「重力の法則に従い,絶えずそのバランスを一定に保とうとして動き」と記載している。以上のような違いがあることからすると,被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
オ 対照表5,6,8について
本件論文の該当部分は,いずれも極めて短い,ありふれた表現であるから,それのみでは創作性が認められないし,被告論文の該当部分と対比しても,具体的な表現が異なっているのはもとより,表現しようとしている事項も必ずしも共通しているということができないから,被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
カ 対照表7について
被告論文の該当部分は,本件論文の該当部分とは,具体的な表現が異なっているのはもとより,証拠及び弁論の全趣旨によると,被告論文の該当部分は,脳底の傾斜により顔面が変形すること,その結果として頭が傾斜することを述べているのに対し,本件論文の該当部分は,頭蓋の傾斜により顎関節の歪み等の異常が生じることを説明しているものと認められるから,被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
キ 対照表9について
本件論文の「人間の体は,力学的なバランスの上に成り立っている。そのバランスが崩れれば当然様々な症状が歪みという形で現れる。」の部分と被告論文の「生体は・・・そのバランスが許容範囲を超えた時に,様々な体調不良となって現れます。」及び「身体がバランスを変えて対応しますので,その人の許容範囲であればさほど問題にはなりません。・・・身体と咬合のバランスが許容範囲を超えたときに身体の症状として現れることがあります。」の部分について意味内容が類似しているが,それぞれ対応する用語及び表現が「人間の体」(本件論文)と「生体」,「身体」(被告論文),「そのバランスが崩れれば」(本件論文)と「そのバランスが許容範囲を超えたときに,」,「身体と咬合のバランスが許容範囲を超えたときに」(被告論文),「様々な症状が歪みという形で現れる。」(本件論文)と「様々な体調不良となって現れます。」,「身体の症状として現れることがあります。」(被告論文)と異なっており,その余の部分についても共通している点があるとは認められないから,被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
ク 対照表10について
本件論文は,「頭位のズレ」が「腸骨の歪み」を生じさせると記載しているのに対し,被告論文は,「顔面頭蓋骨の歪み」が「腰の歪み」でもあることを述べており,用語を含めた表現が異なるから,被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
ケ 対照表11-1,2について
本件論文の該当部分は,3つの言葉を矢印でつないだだけのものであるので,これのみでは,創作性が認められない。また,本件論文における発生機序の出発点は「噛み合わせ」であるのに対して,被告論文の発生機序の出発点は「上顎骨の歪み」であり,かつ,この「上顎骨の歪み」の原因は,噛み合わせのみではなく,「遺伝的要素・食生活」等が含まれているし,被告論文は,最終的には「顔の変形」の経過を示しているのに対して,本件論文は,「頭の骨の歪み」,「顔貌の変化」と述べているから,被告論文を本件論文と対比しても,用語を含めた表現の共通性に乏しい。したがって,被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
コ 対照表11-3,4について
本件論文では,11-3は呼吸によって蝶形骨を含む頭部の各骨が連動して動いているという事実,11-4は蝶形骨と上顎骨とのバランスがとれていないと呼吸のバランスもとれなくなるとの事実を記載しており,呼吸作用について記載しているのに対し,被告論文では,上顎骨の歪みから,頭蓋の各骨が歪み,顔が変形する機序を示しており,呼吸作用については記載していないので,被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
サ 対照表12について
本件論文では,頭の骨の歪みから生ずる症状の発生機序を矢印で示しているのに対し,被告論文では,頭蓋の歪みから生ずる症状の発生機序を文章で表現しており,個々の症状についての表現も異なるので,被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
シ 対照表13について
本件論文では,「BBOの咬合基準」を「下顎の咬頭頂を結んだ線であるが,一応上顎咬合面が基準である」としている。これに対して,被告論文では,「咬合平面」の再現(弁論の全趣旨によると,義歯を制作したりする場合に,歯型及びその噛み合わせ状態を口腔内ではない外部において再現することをいうと認められる。)をするに当たり,「上顎」を常に一定の「基準」で観察分析することを説いており,このように異なることからすると,被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
ス 対照表14-1,2について
本件論文は,14-1で上顎の咬合平面がカンペル氏平面と平行であることを述べており,14-2でハノー145-2型咬合器(弁論の全趣旨によると上顎と下顎のそれぞれの歯型を乗せて噛み合わせを検討するための器具であって,「ハノー」は一般的に販売されている製品名であると認められる。)を使用すること,さらにBBOテーブル((証拠)によると,診断用模型又は作業用模型をset-upmodel器に附着するときに用いる治具を指すものと認められる。)の面がカンペル平面と平行になるように設計されていることを記載している。これに対して,被告論文では,そもそも咬合器としては,ハノー145-2型ではなく,ハノーH2O型という異なった製品を使用することとしており,さらに,ハノーH2O型の「上弓」がカンペル平面と平行に想定してあることを「ハノーH2O型を使用する意義」であるとしているのであって,このような違いがあることからすると,被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
セ 対照表15について
本件論文は,BBOにおける基準点と線として,「切歯乳頭部」,「ハムラノッチ左右」(これらは「点」)及び正中口蓋縫合線(これは「線」)を挙げているのに対して,被告論文では,上顎の基準となり得るものとして,「ハムラノッチ部」,「切歯乳頭部」,「口蓋正中縫合部」(これらは「点」)を挙げている。また,証拠及び弁論の全趣旨によると,Jによる頭蓋骨の解剖学的研究により,ハムラノッチ左右2点及び切歯乳頭部の3点を結ぶ平面が咬合平面と平行であることが知られていることが認められるから,これらを基準とすることは,目新しい事柄ではない。そうすると,被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
ソ 対照表16について
本件論文は,「正中口蓋縫合線」という「線」が僅かに弯曲していることを記載しているのに対し,被告論文では,「切歯乳頭」という「点」の位置が左右のハムラノッチを結ぶ「線」と「口蓋正中縫合」の接点の垂直方向にないことを記載しており,このような違いがあることからすると,被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
タ 対照表17について
本件論文では,上顎の基準を正しく設定することの必要性を記載しているのに対し,被告論文では,正しい咬合平面を再現する手法として,上顎咬合平面を変化させ整えることを記載しているが,その用語や説明の方法は大きく異なっているから,被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
チ 対照表18について
本件論文では,「ワックス」を噛み切らないように使用することを勧めており,その理由は,噛み切ると「下顎骨」が回転運動を始めるからであるとしている。これに対して,被告論文は,上記「ワックス」のことには触れず,「上顎骨」が回転運動を始めるとしているから,被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
ツ 対照表19について
本件論文と被告論文は,一次接触(弁論の全趣旨によると,歯を噛み合わせた時における上下の歯の最初の接触を意味すると認められる。)を出発点としていることは共通しているが,その機序が,本件論文では,下顎の偏位⇒頭蓋の歪み⇒体の歪みであるのに対し,被告論文では,「骨体自体の変位,変形」とされているので,異なっている。したがって,被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
テ 対照表20について
理想的な咬合について,本件論文では,「各歯牙1点ずつ垂直な圧が加わる位置で接触する」と記載しているのに対し,被告論文では,「すべての歯が一次接触である」と記載しており,このような違いがあることからすると,被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
ト 対照表21-1,2について
証拠及び弁論の全趣旨によると,本件論文では,基準線を超えた歯が左側にある場合は,右側の歯牙に「二次的に」強く当ることになって,右側の歯牙が破折されやすいと記載しているものと認められる。これに対し,被告論文では,「一次接触部位」が生じる場合,その部位がてこの支点となって,上顎骨を変形させ,二次接触部位に過重負担が生じると記載しており,このような違いがあることからすると,被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
ナ 対照表22について
本件論文では,咬合時に一次接触する歯の存在により他の歯が破壊されていく順序を記載しているのに対し,被告論文では一方の歯牙が基準面より高い場合に,低い方の歯牙が過重負担となることを記載しており,このような違いがあることからすると,被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
ニ 対照表23について
本件論文では,咬合採得(弁論の全趣旨によると「歯型の採取」を意味するものと認められる。)を立位で行うこと,立位又は座位でない場合は,身体に歪みが生じることを記載している。これに対して,被告論文では,歯型の採取の手順について,「座骨で座らせ」ることやその場合の姿勢の整え方を記載しており,このような違いがあることからすると,被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
ヌ 対照表24について
本件論文では,咬合器に模型(弁論の全趣旨によると「上下の歯型」であると認められる。)を装着後,その空隙を挙上する(弁論の全趣旨によると「歯牙を高めること」であると認められる。)か,一次接触部位を削合(弁論の全趣旨によると「歯牙を削ること」であると認められる。)して同時接触させるようにしなければならないと記載されている。これに対し,被告論文では,咬合修正治療法の分類として,削合と挙上について述べており,このような違いがあることからすると,被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
ネ 対照表25について
本件論文では,わずかな咬頭干渉が障害の原因になると記載されているのに対して,被告論文では,わずかな削合でも咬合が変わって,咬合が安定していくと記載されており,このような違いがあることからすると,被告論文が本件論文を複製又は翻案したということはできない。
(3) 写真の部分について
ア 写真1について
本件写真も被告写真も被写体が正面から見た人物の顔面の写真であることは共通するが,被写体の人物が異なるうえ,本件写真では,鼻骨が曲がり,下顎がずれていることを示しているのに対し,被告写真では,頭蓋骨が右後上方に変位しているために頭部を右に傾け左上方を向いていることを示しているから,被告写真が本件写真を複製又は翻案したということはできない。
イ 写真2について
本件写真も被告写真も立位の人物を正面と背後から撮影したものであることは共通するが,被写体の人物が異なるうえ,本件写真は,頭位が右へ傾斜し,右骨盤が上昇していることを示しているのに対し,被告写真は,腰が右後上方に「回転」していることを示しているから,被告写真が本件写真を複製又は翻案したということはできない。
ウ 写真3(身体立位側面の写真の変化)について
本件写真も被告写真も立位の人物を右側面から撮影したものであることは共通するが,被写体の人物が異なるうえ,その背景も,被告写真には人物の背後に柱様のものが立っているが,本件写真には,そのようなものが立っていない点が異なる。また,本件写真は,眼線が上向き,腹が反り返り,かかとに重心がかかっていたのが,術後はなくなったことを示している写真であるのに対し,被告写真は,咬合調整前後の身体立位側面の変化を示しているのみであるから,被告写真が本件写真を複製又は翻案したということはできない。
エ 写真3(顔の変化)について
本件写真も被告写真も正面から見た人物の顔面の写真であることは共通するが,被写体の人物が異なるうえ,証拠によると,本件写真は,「咬合調整後鼻の曲がりも少し修正」されたことを示していると認められるのに対し,被告写真は,姿勢の変化により顔も変化することを示しており,特に鼻について説明しているものではないから,被告写真が本件写真を複製又は翻案したということはできない。
オ 写真3(模型の違い)について
本件写真も被告写真も上顎と下顎の模型を被写体としている点では共通する。しかし,本件写真と被告写真とでは,被写体の模型の形状が異なり,被写体が異なるものと認められる。また,証拠によると,本件写真は,図5-①が「咬合調整した部位」を示す写真,図11が1回目の咬合調整から3週後に新しく印象して「咬合調整した部位」を示す写真であって,いずれも歯型の上で「咬合調整した部位」を示す写真であると認められる。これに対して,被告写真は,姿勢を正す前に採取した歯型と咬合調整して1か月後に採取した歯型とが異なることを示した写真であり,調整箇所を示しているわけではない。これらのことからすると,被告写真が本件写真を複製又は翻案したということはできない。
カ 写真4(身体の状態の診断と修正方法)について
本件写真も被告写真も椅子に座った人物を被写体としている点では共通する。しかし,被写体の人物が異なるうえ,その撮影方向も異なる。本件写真は,背中を椅子に当てて座っている人物の写真であるというのみであるのに対し,証拠によると,被告写真は,姿勢の正し方(座骨で座らせ,踏み台を使用して膝が腰より高くなるようにして,身体・頭部を修正すること)を写真で説明したものであると認められる。これらのことからすると,被告写真が本件写真を複製又は翻案したということはできない。
キ 写真8について
本件写真も被告写真も上顎の模型を被写体としている点で共通する。しかし,両者はその模型の形状が異なり,被写体が異なることに加え,証拠によると,本件写真は,模型において,切歯乳頭部,左右ハムラノッチ及びわずかに弯曲する正中口蓋縫合を示しているものと認められるのに対して,被告写真は,模型において,切歯乳頭が左右ハムラノッチと正中縫合の接点の垂直線上にないことを示しているから,被告写真が本件写真を複製又は翻案したということはできない。
ク 写真9について
本件写真も被告写真も咬合器を装着した上顎の模型を被写体としている点では共通する。しかし,両者はその模型の形状が異なるうえ,その撮影方向も異なる。また,証拠によると,本件写真は,咬合器及びBBOテーブルによって模型の診断を行っている状況を示していると認められるのに対して,被告写真は,咬合器に模型を装着した場合における上顎とカンペル平面との相互関係を示している。これらのことからすると,被告写真が本件写真を複製又は翻案したということはできない。
ケ 写真12について
本件写真も被告写真も咬み合わせの状態を側方から撮影した写真であることは共通するが,証拠及び弁論の全趣旨によると,本件写真は,奥歯を金属で補綴した状況を示す写真であるのに対し,被告写真は,日本人には臼歯が低位であることが多いために,上顎を修正しないで,下顎のみに挙上を施せばよいことを説明したものであると認められるから,被告写真が本件写真を複製又は翻案したということはできない。
(4) 以上検討したように,被告論文の対照表の部分すべてにつき,被告論文は本件論文を複製又は翻案したものであるとは認められない。
なお,原告は,被告論文は本件論文と理論構成が同じであるとも主張するが,そもそも,学問上の理論それ自体は,著作権の保護の対象となるものではないし,上記(2),(3)で認定したとおり,表現が異なっているから,被告論文は本件論文を複製又は翻案したものであるとは認められない。
(5) また,被告B外は,被告論文は,Iの日本咀嚼学会論文「噛み合わせと生体反応-開業医の立場から」に依拠したものであると主張するところ,原告は,この主張を明らかに争わないから,これを自白したものとみなすことができるものであり,被告○○との関係では,弁論の全趣旨により,この事実が認められる。そして,以上の事実に,上記(2),(3)認定のとおり,本件論文と被告論文は異なっていることを総合すると,いまだ,被告論文が本件論文に依拠して作成されたとは認められない。
2 よって,その余の争点について判断するまでもなく,原告の各請求はいずれも理由がない。