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著作権判例セレクション
【引用】休廃刊となった雑誌の最終号における読者宛の挨拶文等を集めた書籍の侵害性が争点となった事例(編集物の素材として他人の著作物を採録する行為は「引用」に該当するか)
▶平成7年12月18日東京地方裁判所[平成6(ワ)9532]
二 本件記事の著作物性について
1 ある著作が著作物と認められるためには、それが思想又は感情を創作的に表現したものであることが必要であり(著作権法2条1項1号)、誰が著作しても同様の表現となるようなありふれた表現のものは、創作性を欠き著作物とは認められない。
本件記事は、いずれも、休刊又は廃刊となった雑誌の最終号において、休廃刊に際し出版元等の会社やその編集部、編集長等から読者宛に書かれたいわば挨拶文であるから、このような性格からすれば、少なくとも当該雑誌は今号限りで休刊又は廃刊となる旨の告知、読者等に対する感謝の念あるいはお詫びの表明、休刊又は廃刊となるのは残念である旨の感情の表明が本件記事の内容となることは常識上当然であり、また、当該雑誌のこれまでの編集方針の骨子、休廃刊後の再発行や新雑誌発行等の予定の説明をすること、同社の関連雑誌を引き続き愛読してほしい旨要望することも営業上当然のことであるから、これら五つの内容をありふれた表現で記述しているにすぎないものは、創作性を欠くものとして著作物であると認めることはできない。
2 右観点からすると、本件記事…は、いずれも短い文で構成され、その内容も休廃刊の告知に加え、読者に対する感謝(…の記事)、再発行予定の表明(…の記事)あるいは、同社の関連雑誌を引き続き愛読してほしい旨の要望(…の記事)にすぎず、その表現は、日頃よく用いられる表現、ありふれた言い回しにとどまっているものと認められ、これらの記事に創作性を認めることはできない。
3 他方、右7点を除くその他の本件記事については、執筆者の個性がそれなりに反映された表現として大なり小なり創作性を備えているものと解され、著作物であると認められる。
三 本件記事の著作権の帰属について
右7点の記事を除くその余の本件記事(以下において、「本件記事」という場合には、右7点の記事を除いたものを指し、各原告の出版等にかかる記事を指称する場合には「各本件記事」という。)について、著作権法15条所定の要件を備え、その著作権が、各原告に帰属するか否かを検討する。
1 本件記事が掲載された各雑誌を休刊又は廃刊することを決定したのは出版元等である各原告であり、本件記事は、かかる休刊又は廃刊に伴いその旨を読者に告知する必要から掲載されたものであるから、本件記事自体も原告らの発意に基づいて作られたものであると認められる。
また、(証拠等)によれば、本件記事は同12の訳文部分も含め、各雑誌の編集長あるいは編集スタッフが執筆したものと認められるから、各原告の従業員が雑誌の編集製作という職務上作成した著作物であると認められるとともに、各雑誌は出版元等である各原告の名義の下に公表され、本件記事が当該雑誌の一部であることは明らかであるから(なお、10の記事の一部及び34の記事については、当該原告名が表示されている。)、各本件記事は各原告の名義の下に公表された著作物であると認められる。
もっとも、(証拠)によれば、本件記事9、23及び26に関しては、各原告の社員ではない外部のフリーランサー等が編集スタッフとなり、これらの者が本件記事を分担執筆したものであることが認められるが、雑誌の編集作業において、正規の社員でなくとも編集スタッフとして参加している以上、各原告の指揮監督に服しているものと認められるのであるから、これらの者も当該原告の業務に従事する者であると解され、かつ、右各証拠によれば、右正規の社員でない執筆者も、各自の執筆部分の著作権が各原告に帰属していることを認めていることが認定できる。
2 本件記事のうち、…の記事については、執筆者名等(似顔絵や肩書だけの場合もある。)が表示されていることから、被告は、これらの記事は各原告の名義の下に公表されたものではなく各執筆者が著作者であると主張する。しかしながら、本件記事は、当該雑誌の休刊又は廃刊にあたっての挨拶文であり、会社の機関ないし一部門として当該雑誌の編集作業に携わった者が会社を代弁して挨拶するために、これらの者が法人内部の職務分担として執筆したものと認めるのが相当であり、このことは、44の記事を除き、「編集長」という肩書や「編集部」、「スタッフ」等の表示が付されていることからも明らかである。したがって、右各記事の著作者が各執筆者であるとする被告の主張は理由がない。
3 よって、本件記事の著作者は、別表の「出版元等」欄に記載された各原告であると認められる。
四 被告の侵害行為について
請求原因の事実は当事者間に争いがない。
五 公正使用(フェア・ユース)の抗弁について
被告は、「フェア・ユース」に関する一般的条項を持たない我が国においても、「フェア・ユース」の法理が適用されるべきである旨主張する。
しかしながら、我が国の著作権法は、1条において、「この法律は、著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作権の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産としての著作物の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与することを目的とする。」と定めていることからも明らかなように、文化の発展という最終目的を達成するためには、著作者等の権利の保護を図るのみではなく、著作物の公正利用に留意する必要があるという当然の事理を認識した上で、著作者等の権利という私権と社会、他人による著作物の公正な利用という公益との調整のため、30条ないし49条に著作権が制限される場合やそのための要件を具体的かつ詳細に定め、それ以上に「フェア・ユース」の法理に相当する一般条項を定めなかったのであるから、著作物の公正な利用のために著作権が制限される場合を右各条所定の場合に限定するものであると認められる。そして、著作権法の成立後今日までの社会状況の変化を考慮しても、被告書籍における本件記事の利用について、実定法の根拠のないまま被告主張の「フェア・ユース」の法理を適用することこそが正当であるとするような事情は認められないから、本件において、著作権制限の一般法理としてその主張にかかる「フェア・ユース」を適用すべきであるとの被告の主張は採用できない。
六 引用による利用の抗弁について
1 著作権法32条1項所定の引用とは、紹介、参照、論評その他の目的で自己の著作物中に他人の著作物の原則として一部を採録することをいうものであり、また、引用に該当するためには、引用を含む著作物の表現形式上、引用して利用する側の著作物と、引用されて利用される側の著作物とを明瞭に区別して認識することができ、かつ右両著作物の間に前者が主、後者が従の関係があると認められることを要するものと解される。
そして、編集物の素材として他人の著作物を採録する行為は、引用に該当する余地はないものと解するのが相当である。即ち、著作権法32条1項の第一文は、「公表された著作物は、引用して利用することができる。」と定めているから、引用した側の著作物の複製等の利用の際に必然的に生ずる引用された著作物の利用に、その引用された著作物の著作権は及ばないことは明らかである。
これに対し、同法12条は、1項において、データベースに該当するものを除く編集物でその素材の選択又は配列によって創作性を有するものは、著作物として保護する旨を定めた上、2項において、「前項の規定は、同項の編集物の部分を構成する著作物の著作者の権利に影響を及ぼさない。」と定めているから、1項の要件を充足し著作物として保護されるいわゆる編集著作物の複製等の利用の際に必然的に生ずる編集物の部分を構成している素材の利用に、その素材の著作物の著作権が及ぶことを意味することも明らかである。してみると、編集物の素材として他人の著作物を採録する行為を引用にあたるものとして、編集物の複製等の利用の際の素材の著作物の利用に、その著作権が及ばないものとする余地はないものというべきである。
2 被告書籍は、昭和61年から平成5年までの間に休刊又は廃刊となった各雑誌の最終号の表紙、休廃刊に際し出版元等の会社やその編集部、編集長等から読者宛に書かれた記事あるいはイラスト等を集めた書籍であって、被告は、右各雑誌の表紙、記事、イラスト等を電子複写機器により機械的に複製した上で休廃刊の年毎にまとめ、写真製版の方法により印刷したものであり、被告書籍は、冒頭の目次部分と末尾のあとがき部分の外は全て右複製により構成されていることは、前記のとおり争いがない。
また、(証拠等)によれば、被告書籍に収録された286誌の出版元等は200社にのぼること、被告は、被告書籍を出版するに際し、右200社に対し、記事等を被告書籍へ掲載することの許諾を求めたところ、許諾しないと回答したものが原告中の6社を含む20社、許諾するとの回答をしたものが50数社、その余の120社余りからは回答がなかったことが認められる。
3 右事実によれば、被告書籍は、休刊又は廃刊された雑誌の最終号の表紙、出版元等や編集長等から読者宛の記事、イラスト等の素材を編集した編集物であるところ、編集物の素材として他人の著作物を採録する行為は引用に該当する余地はないから、被告書籍中に本件記事を採録複製したことをもって引用であるとして、被告書籍の発行の際の本件記事の複製利用は原告らの著作権の侵害にあたらないとの被告の主張は採用できない。
被告は、被告書籍に掲載された記事等のうち、約180社(約240誌)が被告に対し明示又は黙示の許諾を与えたものであるから、許諾を得た雑誌の収録分によって構成される部分が「引用して利用する側の著作物」であり、その余の不許諾部分(本件記事)が「引用されて利用される側の著作物」であると主張する。しかし、被告の主張に従えば、編集著作物において、その素材としてある著作物を選択する場合、他の多数の素材となる著作物の著作権者の許諾があれば(許諾に対し対価が支払われる場合もある。)、許諾のあった素材群と許諾を得られない素材群の間に主従の関係が認められる限り、許諾を得られない著作物を無償で自由に利用することが可能となるが、許諾を得られた著作物は、許諾の範囲外の増刷、翻訳等の利用について著作権者の権利が及ぶことになり、このような結論は、同じ編集著作物の素材として採録された著作物の著作権者であるのに許諾のないまま利用される著作物の著作権者の権利を無視する不当な結果となる。
七 差止請求について
被告の抗弁はいずれも理由がなく、被告による被告書籍の発行は、本件記事について原告らがそれぞれ有する著作権(複製権)を侵害するものであると認められるから、原告らは被告に対し、著作権法112条1項に基づき、各原告が著作権を有する各本件記事部分を含み不可分の一冊の書籍である被告書籍の印刷、製本(著作権法3条所定の発行行為の中の複製に相当する部分)の差止めを求めることができる。
また、弁論の全趣旨によれば、原告らを債権者とし被告を債務者とする仮処分申立事件において、当裁判所は、平成6年4月6日、本件記事等の著作権の侵害を理由として、被告書籍の発行、販売、頒布の差止めを命ずる仮処分決定をし、右決定はその頃被告に送達されたことが認められ、被告は、被告書籍が原告らの著作権を侵害する行為によって作成されたものであるとの情を知っているものと認められるから、原告らは、被告に対し、著作権法113条1項2号、112条1項に基づき、被告書籍の販売等の頒布行為(発行行為の一部)の差止めをも求めることができる。
八 損害賠償責任について
前記六2のとおり、被告は、被告書籍に掲載した記事について出版元200社に対し掲載の許諾を求めておきながら、原告らから本件記事の掲載を許諾するとの回答を得ないのみか、原告らの6社からは許諾しないとの回答を受けながら被告書籍の出版に踏み切った事実が認められるのであるから、被告は少なくとも過失により原告らの著作権を侵害したものと認められ、民法709条に基づき、被告は各原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。
九 原告らの損害について
1 著作権使用料相当額
(一) 弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる(証拠)によれば、本件記事を使用する際に通常支払われるべき使用料の額は、1点あたり5000円と認めるのが相当であり、各原告の侵害された記事の点数と損害額は、以下のとおりとなる。
(略)
(二) なお、被告は、原告らには損害が発生しておらず、このような場合には著作権法114条2項[注:現3項]は適用されない旨主張するが、同項は、通常の使用料相当額を著作権侵害による損害の最低限の損害賠償額として保証する趣旨であると解されるから、右被告の主張は採用することはできない。