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著作権判例セレクション

【コンテンツ契約紛争事例】同じ企画から生まれら2つのシナリオの侵害性が争われた事例

▶平成2523日東京地方裁判所[昭和61()8672]
二1 被告シナリオ作成の経緯について判断するに、請求の原因…の事実は、当事者間に争いがなく、(証拠等)によれば、次の事実が認められる。
(一) 東和、キネ・ユニイク及び原告は、昭和5877日、原告の企画、すなわち、「テレビのクイズ番組の優勝者である主人公がその賞品に心臓移植手術を希望し、その家族に心臓移植手術を受けさせるためにアメリカへ行き、バブーンの心臓移植手術を受ける。」との企画に基づく映画の企画準備について、(1)原告は、昭和5810月末日までに、東和及びキネ・ユニイクに対し、右映画のシナリオ台本、スタッフ、配役、製作費予算表及び製作スケジュールについての企画書を提出する、(2)東和及びキネ・ユニイクは、右(1)の企画書を検討したうえで、右映画の製作出資に対する参加、不参加を決定し、原告に対し、その決定を文書で通知する、(3)東和とキネ・ユニイクは、原告に対し、右映画の企画準備金として500万円を各折半して支払う、(4)東和及びキネ・ユニイクが、右映画の製作に参加しないことを決定した場合は、原告は、(3)の500万円を東和及びキネ・ユニイクに返還する旨を合意した。
(二) キネ・ユニイクは、原告シナリオをそのまま右映画のシナリオとして使用することは困難であると考え、日本シナリオ作家協会の理事であり、脚本家である被告に対し、原告の前記企画を説明したうえで、右映画のシナリオの作成を依頼した。被告は、昭和588月ころ、キネ・ユニイクの右申出を承諾し、キネ・ユニイクとの間で脚本料300万円で右映画のシナリオを執筆する旨合意した。
(三) 原告は、昭和58816日、被告に対し、郵便により、被告が被告シナリオを執筆することについて、原告シナリオを脚色し、改変すること、又は原告シナリオからアイデアを盗用すること等を禁じる旨通知し、また、キネ・ユニイクに対しても、同じころ、郵便により、右と同趣旨の内容並びに東和が前(一)の合意に従って振込んだ250万円を東和に返却すること及び前(一)の合意を解消する旨通知した。
(四) 原告とキネ・ユニイクの取締役副社長であったBは、昭和5891日、(1)原告の前記企画に基づく映画の製作を企画準備する権利は、原告とBの共有とする、(2)Bは、原告に対し、右映画の製作を企画準備する権利を共有とするための対価として、50万円を支払う、(3)原告とBは、右映画のシナリオ、スタッフ、配役等について、意見が一致しない限り、右映画を製作しない、(4)右映画についての原告の原作料又は脚本料は、映画製作が決定された時点において、原告とBとで決定する旨合意し、また、その際、原告と被告が、右映画のシナリオの取材のため、アメリカに旅行することも決められた。
(五) 原告と被告及びキネ・ユニイクの社員のCは、同年95日から同月18日までの間、右映画のシナリオの取材のため、アメリカを旅行し、実際に病院に行って、心臓移植手術も見学した。被告は、帰国後、被告シナリオを執筆し、同年12月中旬までに、被告シナリオの執筆を完了した。なお、被告は、同年10月に、原告から被告単独で被告シナリオを執筆することについて抗議の電話を受けているが、プロデューサーとしての立場にある原告が被告にそのような抗議をするのはおかしい旨返答している。
(六) 原告及びBが企画していた右映画は、キネ・ユニイクが倒産したこと及び原告と被告との間に本件紛争が生じたことなどもあって、現在に至るまで製作されていない。被告は、キネ・ユニイクと合意した脚本料300万円のうち、100万円を契約締結時に、100万円を被告シナリオ完成時に受領したが、残額の100万円は、まだ受領していない。被告は、その後、被告シナリオを社団法人シナリオ作家協会発行の月刊雑誌「シナリオ」の昭和606月号(同年61日発行)に発表し、掲載料として2万円を受領した。
2 次に、原告シナリオと被告シナリオの内容を比較してみるに、(証拠等)によれば、次の事実が認められる。
(1)両シナリオは、全問正解をした人に、希望するあらゆる賞品を叶えるというテレビのクイズ番組に出場し、全問正解をした主婦(主人公)が、その賞品として心臓移植手術のための心臓を希望し、テレビの取材を条件としたテレビ放送局の資金協力によって、アメリカに行き、同国の病院において、原告シナリオにおいては主人公の息子、被告シナリオにおいてはその夫に心臓移植手術を受けさせることになること、アメリカにおいて適当な心臓提供者が現れず、右息子ないし夫が末期症状的な心臓発作に見舞われるという危機的状況の中で、医師団の説得もあって、主人公がバブーンの心臓の移植手術を息子ないし夫に受けさせることを決意するに至り、その心臓移植手術が行われることという基本的なストーリーにおいて共通している。(2)しかし、原告シナリオは、十分な資金を有しない地方のテレビ放送局が、アメリカにおいて主人公の家族に心臓移植手術を受けさせるための資金を提供するに至る経緯あるいは地方のテレビ放送局の内情についてかなり詳しく描写しており、特に、地方のテレビ放送局が、独自の企画を持つことができず、中央のテレビ放送局の放送番組をそのまま放送するだけに終っているとの現状に満足することができない若手ディレクター、あるいはそのような現状を是認していたはずの同テレビ放送局の常務が、自分の退職金を投げうってまで、アメリカでの心臓移植手術を受けさせるとの右企画を実現させようとしたことなどが、サブテーマとして、詳細に描かれているが、被告シナリオにおいては、それに相当する部分は、全く存在しない。また、被告シナリオにおいては、主人公である主婦と心臓移植手術を受けるために夫が入院していたアメリカの病院に勤務する黒人医師との恋愛、あるいは主人公の夫とアメリカに住んでいた夫の弟との再会、弟の妻と主人公の夫とが過去に親密な関係にあり、それを弟に知られていたため、弟が主人公の夫を怨んでいることなどがサブテーマとして描かれているが、このようなサブテーマは、原告シナリオにおいては、全く存在せず、僅かに、テレビ放送局の若手ディレクターが主人公の主婦に恋愛感情を持っていることが描写されている部分があるが、これもサブテーマといえるほどのものではない。したがって、被告シナリオは、これらの点で、原告シナリオと相違する。(3)また、両シナリオの登場人物は、前(1)の基本的ストーリーが共通するため、主人公とその家族、日本人のテレビ・ディレクター、アメリカ人の医師、看護婦等、基本的に類似している面はあるが、その登場人物のキャラクターについては、不自然に類似していると感じられるものはない。
(4)更に、被告シナリオは、前(1)の基本的なストーリーにおいては、原告シナリオと同じであるが、右の基本的なストーリーは、両シナリオの基本的な枠組みともいうべきものであり、むしろ、被告シナリオのストーリー展開は、前(2)のとおり、サブテーマにおいて原告シナリオとかなり異なっているため、原告シナリオのストーリー展開とは、全体としてかなり異なるものとなっている。例えば、原告シナリオにおいては、前半部分に日本の地方のテレビ放送局に関する前記サブテーマについての描与が相当頁にわたって出てくるが、被告シナリオには全くこれに相当する部分がなく、また、原告シナリオでは、息子がアメリカの病院に入院中に、主人公がヒューストンに行く場面があり、被告シナリオでは、入院中の夫と主人公がダラスに行く場面があるが、原告シナリオでは、主人公が人工心臓についての話を聞く目的でヒューストンに行ったのに対し、被告シナリオでは、主人公とその夫が、前記のような関係にある夫の弟夫婦と面会に行き、その場で前記のサブテーマが描写されているのであり、両者の持つ意味合いは、全く異なるものとなっている。更に、医師団が主人公の家族を説得してバブーンの手術を受けさせるに至るまでのストーリー展開も異なっており、更にまた、原告シナリオでは心臓移植手術が成功し、かつ、バブーンの心臓が移植されたことも一般には知られずに済んだのに対し、被告シナリオでは、心臓移植手術後22時間で主人公の夫が死亡し、また、バブーンの心臓を移植したことがテレビにより放送されていたことから、大変な騒ぎとなったことなど、相異なる部分がシナリオ全体にわたって多数存在する。
3 右1及び2認定の事実によれば、原告は、昭和587月、原告の前記企画を基にした映画を製作するために、東和及びキネ・ユニイクと右映画の企画準備について前1(一)のとおり合意していたところ、東和及びキネ・ユニイクは、原告シナリオを右映画のシナリオに使うことは適当ではないと判断していたことから、被告に対し、原告の前記企画を前提としたうえで、原告シナリオとは別個のシナリオを執筆することを依頼し、被告は、右依頼を受けて、被告シナリオを執筆したこと、原告は、同年8月ころは、被告が右映画のシナリオを執筆することに反対していたものの、同年9月には、キネ・ユニイクの副社長のBとの間で、被告が原告の前記企画に基づいて映画のシナリオを執筆することに同意し、同月5日から同月18日までの間、被告が右映画のシナリオを執筆するための取材旅行であることを知りながら、被告とともに、アメリカへ旅行に行ったこと、また、被告シナリオ完成後に、被告シナリオを右映画のシナリオとして使用することが最終的に決定された場合には、原告には原作料が支払われる予定であったこと、以上の事実が認められる。右事実に基づいて考察するに、被告は、原告の企画、すなわち、「テレビのクイズ番組の優勝者である主人公がその賞品に心臓移植手術を希望し、その家族に心臓移植手術を受けさせるためにアメリカに行き、バブーンの心臓移植手術を受ける。」との企画を前提として映画のシナリオの執筆の依頼を受けたというのであるから、仮に前2認定の原告シナリオの基本的な枠組みに著作物性が認められ、しかも、被告シナリオが基本的な枠組みにおいて原告シナリオと共通であるとしても、それは、原告の許諾に基づくものというべきところ、被告シナリオは、前2認定のとおり、基本的な枠組みにおいて原告シナリオと類似しているけれども、サブテーマ、登場人物のキャラクター、ストーリー展開等において、原告シナリオと異なりそれ自体独自性を有するのであるから、被告シナリオと右類似している部分については、少なくとも原告の許諾の範囲内において執筆されたものであり、また、独自性を有する部分については、被告シナリオとは別個独立に執筆されたものであって、その翻案には当たらないものと認めるのが相当である。結局、被告シナリオの執筆は、全体として原告が原告シナリオについて有する翻案権の侵害を構成しないものといわざるをえない。原告は、キネ・ユニイクは、原告に対し、脚本家である被告を原告の右映画のシナリオ製作の協力者として参加させるという提案をし、原告は、被告がシナリオの製作について原告のアドバイザーとして協力するものとして、この提案を承諾した旨主張し、原告本人尋問の結果中には、右主張に添う供述部分があるが、被告がシナリオ製作について原告のアドバイザーとして協力することになったとする主張自体、被告が日本シナリオ作家協会の理事の地位にあるとの前認定の事実に照らして考えにくいことであり、また、原告の右供述にしても、前1掲記の各証拠に照らし採用することは困難であり、他に原告の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(参考)
原告シナリオ:題名「ザ・心臓」
要旨
家庭の主婦が、地方のテレビ局の「クイズのチャンピオンになれば、賞品として、出場者の希望するあらゆるものを叶える。」というクイズ番組に挑戦し、全問に正解を出し、司会者の求めに応じ、賞品として、『心臓病の小学校五年の自分の息子のために移植用の心臓』を要求したことからドラマは始まる。そのためには、現在心臓移植を実践している米国へ行かなければならない。そのための費用を一地方テレビ局が負担できるはずがなく、その費用の捻出のために、これに関わるテレビ局のディレクターが必死の努力をなし、その結果、心臓病患者の少年(以下「少年」という。)と母親は、ニューヨークへ行くことになる。また、テレビディレクターも取材のため同行する。
ニューヨークの病院では、心臓移植手術のために世界中から心臓病患者が集まり、手術の順番を待っている。その病院には、様々の状況の患者が運びこまれ、人工呼吸器などの生命維持装置が装着される。そして、彼らが脳死状態になるのを待って、心臓移植を待っている心臓病患者の中から、血液型、年齢その他、脳死状態となった者と一致するものを探し、心臓移植手術が行われていた。
心臓移植の順番を待つ少年とヒロインの母親、テレビディレクター、そして、アメリカの主治医との交流の日が過ぎて行く。何時まで待っても少年に適合する脳死患者が現れないので、母親は、人工心臓の移植の可能性を求めてヒューストンまで行くが、徒労に終る。
一方、人間の心臓は、そう簡単に入手できないため、世界中から集まった心臓病患者を救うため、少年の主治医は、かねてより動物の心臓利用の研究をしており、人間にもっとも近い動物バブーンの心臓の移植を実行するチャンスを待っていた。
病院長は、母親に、少年にバブーンの心臓移植を提案し、それ以外に子供の心臓病を救う道はないとして、その同意を求めてきた。母親は、それしか方法がないのであれば、ドクターに委せると言って、右の提案に同意する。そして、日本から取材に来ているテレビディレクターには、人間の心臓を移植するとしたうえで、少年に対し、バブーンの心臓の移植手術が行われる。手術は成功し、そのことは日米の新聞に大きく報道される。
ところが、手術後の汚物処理をしている者が、バブーンの死体を見てこれに気付き、日本のテレビディレクターにそのことを告げ、本人はこのことを種に医師を脅迫し、200万ドルを入手する。テレビディレクターは、母親が自分を欺いたと怒るが……。
十数年後、バブーンの心臓移植を受けた少年は、健康を取り戻し、サッカー選手として活躍している。試合を見学する母親は、感慨を込めて、傍らの女性レポーターに、かつての少年の心臓移植のことを語る。

被告シナリオ:題名「ドナー」
要旨
家庭の主婦が、東京テレビの「クイズの全問に正解すれば、賞品として出場者のあらゆる希望を叶える。」というクイズ番組に挑戦し、全問に正解を出し、司会者の求めに応じ、賞品として『心臓病の夫(以下「夫」という。)のために移植用の心臓を希望する。』と要求し、その結果、心臓病の夫と右妻は、右テレビのディレクターと共に、現在心臓移植を実践しているニューヨークの病院へ行く。
その病院では、何人もの心臓病患者が、脳死状態の心臓提供者が出現するのを待っている。
夫には、唯一人の弟が、米国ダラスにいる。妻は、折角米国に来たのだからと言って、弟の訪問を夫に勧める。最初夫は頑としてこれに反対したが、結局これを承諾する。夫妻は、ダラスで弟に会う。そこで妻は、夫がかつて弟の妻と関係をもち、そのことを弟に知られたという過去があり、夫が弟に会いに行くことを拒否した訳を知る。
夫妻は、ニューヨークに戻り、再び心臓提供者の出現を待つ日々が続く。妻は、次第に夫の主治医に心が傾いていく。その間、夫は、しばしば心臓発作を起こし、医師は、夫の生命がそう長くないことを知り、焦燥する。交通事故による脳死状態の負傷者が現れ、血液型もすべて夫に適合するものであったが、負傷者の家族の反対で結局手術はできなくなる。夫の生命の危機は次第に切迫する。
医師はバブーンの心臓移植を計画する。医者は、夫にバブーンの心臓を移植する話をし、夫は、これを承諾する。東京のテレビ局のカメラが回る中、夫に対するバブーンの心臓の移植手術が行われ、手術は成功する。
手術後、テレビディレクターは、妻に対し、妻と主治医とがキスをしている場を盗み撮ったVTRを見せ、妻に対し、夫にバブーンの心臓を移植させることを決心した妻の真意を疑い、問い詰める。妻は、「自分は間違っていない。間違っているとすれば、バブーンの心臓を奪ったことである。」と答える。