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著作権判例セレクション
【コンテンツ契約紛争事例】クラシックコンサートの企画制作等の委託契約における合意内容が問題となった事例(
黙示の利用許諾の認定事例、権利濫用の認定事例)
▶平成28年7月19日東京地方裁判所[平成27(ワ)28598]
(注) 本件は,被告から被告主催のクラシックコンサートの企画・制作等を受託していた原告会社ないし同社の代表取締役である原告Aが,被告に対し,次の各請求をした事案である。
(1) コンサートの告知に係る債務不履行ないし不法行為に基づく請求
原告会社は,平成19年から平成23年までに開催されたコンサート(「本件コンサート等」)に係る業務を原告会社が受託するに際し,原告会社・被告間で,本件コンサート等を「内輪の催事」ないし「非公開」とする代わりに,原告会社が低価格で業務を受託する旨合意した(「本件合意1」)にもかかわらず,被告が上記各コンサート開催についてホームページ上に掲載したこと等が上記合意に反する(債務不履行)のに加え,被告が当初からホームページ掲載等を行う意図を有していたにもかかわらず,これを隠して原告会社に業務を委託したのであれば,不法行為にも該当するとして,被告に対し,債務不履行ないし不法行為に基づき,損害賠償金等の支払を求める。
(2) ポスターに係る著作権侵害に基づく請求
原告会社は,平成23年11月5日開催のコンサート(「本件コンサート」)に係るポスター(「本件ポスター」)について原告会社が著作権を有するところ,被告が無断でこれを自らのホームページ上に掲載したことが上記著作権(公衆送信権)侵害に当たるとして,被告に対し,不法行為に基づき,損害賠償金等の支払を求める。
(3) 写真に係る債務不履行ないし著作権侵害に基づく請求
原告会社は,原告会社・被告間で本件コンサート中の演奏場面を撮影した写真の取扱いについて平成23年11月5日に合意をした(「本件合意2」)にもかかわらず,被告が同合意に従った処理をせず,原告会社に無断で被告発行の雑誌に本件コンサートの舞台写真(「本件写真」)を掲載したこと等が債務不履行に当たり,また,原告会社が有する上記写真についての著作権(複製権,公衆送信権と解される。)を侵害するとして,被告に対し,債務不履行ないし不法行為に基づき,損害賠償金等の支払を求める。
(4) 原告Aに対する不法行為に基づく請求
原告Aは,①原告会社・被告間での本訴以前の調停手続等における被告の不誠実な対応等,②原告Aがデザインした本件ポスターを被告に無断で使用されたこと,③被告の対応等による原告Aの心労から,原告Aの個人会社である原告会社が営業活動をすることができず損害が累積したこと等により,原告Aが精神的苦痛を被った旨主張して,不法行為に基づき,損害賠償金(慰謝料)等の支払を求める。
1 認定事実
(略)
2 争点(1)(本件コンサート等の告知に係る債務不履行ないし不法行為の成否)について
(1) 原告会社は,原告会社・被告間で,平成19年以降,本件コンサート等を「内輪の催事」ないし「非公開」とする代わりに,原告会社が低価格で業務を受託する旨合意した(本件合意1)と主張するところ,原告会社が主張する「内輪の催事」ないし「非公開」の意味は必ずしも明確ではないが,これらが,インターネット等で本件コンサート等の告知をしないという意味であると解してもなお,前記1認定事実からすれば,原告会社・被告間において,そのような内容の本件合意1が成立したとは認められない。
(2) この点に関し,原告会社は,被告が自ら,コンサートを非公開にする代わりに委託料を減額するよう求めてきたと主張するが,同事実を認めるに足りる証拠はない。そもそも,本件合意1は,平成19年以降の原告会社・被告間の契約書にも一切記載されていない。また,本件において,コンサートを被告のホームページ上などで広告する主体は原告会社ではなく被告であるため,広告の有無によって原告会社の作業量に何ら変わりはないにもかかわらず,広告の有無に応じて原告会社への委託料が大幅に変動するということの合理性自体が理解し難い。むしろ,平成19年以降の本件コンサート等においては,ポスターやチラシ,プログラムを被告自身が作成することとし,出演者も国内の演奏家を中心とするなどして,費用を節約したことによって委託料の引下げが実現されたものと考えるのが自然である。
また,原告会社は,被告のホームページ上での記事掲載等が本件コンサートのスケジュール表には記載されていない旨主張するが,同ホームページ上での記事掲載等が同スケジュール表に記載されていないからといって,それが直ちに禁止されていることにはならない。
このほか,原告会社は,被告も本件コンサート等を非公開とすることを認識していたとして,証拠を多数提出する。これらのうち甲24,33,34及び36は被告が作成したものであり,甲24には「①コンサートのお客様/対象者
基本的に当金庫のお客様」「②募集方法 当金庫お客様に対し案内をして募集(公募及びチケットの販売はしない)」との記載が,甲33には「従来の『とよしんクラシックコンサート』は開催せず,形を変えて,…クラシックのコンサートを開催する方針となりました…」との記載が,甲34には「開催曜日・開催時間・入場料無料など,従来のクラシックコンサートから変更して開催したが,入場整理券を当金庫の営業店窓口で直接お客様の顔を見る形で配布することができ,来場者数も取引先を中心に従来と同等以上のお客様が来場された」との記載が,甲36には「対象者
当金庫の取引先」「募集方法 ポスター(165枚),チラシ(8100枚),入場整理券(1500枚)を各店に配布して,店頭,得意先係によりお客様へお知らせ」「招待券の配布方法入場整理券を営業店にて希望者に配布」「募集以外の告知
東愛知新聞,東海日日新聞」との記載がある。
これらの記載からすれば,本件コンサート等の対象者は,基本的に被告の取引先とされ,被告が取引先以外の者を積極的に募集等することは想定されていなかったとはいえるが,コンサートを「非公開」とする旨や,ホームページ上で同コンサートを告知しないなどとの合意が存在したとは認められない上(かえって,甲36には「募集以外の告知
東愛知新聞,東海日日新聞」との記載もある。),いずれにしても,被告がこれらの書面に記載された以外の方法を採ってはならないとか,上記方法に限定する代わりに原告会社への委託料を減額するといった趣旨を読み取ることは不可能であり,本件合意1が原告会社・被告間で成立したことを認めるに足りるものではない。
他方,甲25,27,35及び52は原告会社が作成したものであって,そのうち甲52は被告に交付されたものですらなく,また甲25(平成19年3月6日作成)には「非公開の催事,会場のイベントカレンダーにも載せない」,甲27(平成20年4月頃作成)には「原則インターネット上では告知しない」,甲35(平成20年5月1日作成)には「非公開のコンサート」との各記載があるが,それらより後に作成された原告会社・被告間の契約書に本件合意1の内容が一切記載されていないことを考慮すると,原告会社が一方的に作成した書面に上記のような記載があるからといって,本件合意1の成立を認めるには到底足りない。
以上からすれば,本件コンサート等を「内輪の催事」ないし「非公開」とすることが原告会社・被告間で合意されたとか,「非公開」にすることが委託料減額の条件であったなどとは到底認められない。
(3) 以上のとおり,本件合意1が存在したとは認められないから,被告において同合意違反(債務不履行)はなく,また被告が原告会社を欺罔して委託料を減額させたなどとも認められないから,不法行為が成立することもない。したがって,原告会社の上記債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。
3 争点(2)(本件ポスターに係る著作権侵害の成否)について
(1) 前記のとおり,本件ポスターには,本件コンサートの開催日,時刻,場所,演奏者,曲目,入場方法,問合せ先などの情報が文字で記載されているほか,中央部には演奏者等の写真が大きく掲載されている。そして,このような本件ポスター全体の表現をみれば,たとえ同様の内容を含む表現であっても,その具体的表現には一定の選択の幅があるといえるから,本件ポスターを全体としてみると,創作的表現として著作物性が認められるというべきである。
(2) そして,前記のとおり,本件ポスターの制作過程は,被告の総合企画部次長であったBにおいて,平成23年に使用するチラシ(原告Aの指示を受けつつ被告が作成したもの)を前提に,印刷会社の担当者と打合せを行ってポスターのレイアウトを完成させ,そこに写真やサブタイトルをはめ込んで,ポスター原案を完成させ,その後,被告は,ポスター原案を原告会社に送付して,同社がこれに若干の修正を加え,最終的に本件ポスターを完成させた,というものである。このような経緯に鑑みれば,本件ポスターの作成に当たって,被告側従業員の創作的寄与があったと認められる。
一方で,本件ポスターの作成に当たっては,原告Aが,同ポスター内の写真の配列や大きさ,奏者の体をどの範囲で載せるか(各写真のトリミングの範囲)に関して細かい指示を出していること等からすれば,本件ポスターの表現に関する原告Aの創作的寄与も認められる。
以上によれば,本件ポスターは,二人以上の者(被告側従業員と原告A)が共同して創作した著作物であり,著作権法2条1項12号所定の共同著作物に当たると認められる。
(3) そして,共同著作物の著作権等の共有著作権は,その共有者全員の合意によらなければ行使することができないが(著作権法65条2項),各共有者は,正当な理由がない限り,上記合意の成立を妨げることができない(同条3項)ものである。
しかるところ,ポスターを自らのホームページ上に掲載することは,インターネットが広く普及した時代における通常の広告宣伝方法にすぎないから,被告が主催する本件コンサートに係る本件ポスターを被告自らのホームページ上に掲載することは,ごく一般的な事柄といえることに加え,本件ポスターの作成は,本来,原告会社への委託の対象になってもおらず,被告が自らポスターを作成することになっており,現に被告はポスター作成費用を印刷会社に支払っていて,原告Aがいわば自主的にこれに関与していたにすぎないことを総合すれば,原告会社が著作権侵害を主張してこれを妨げることは,正当な理由を欠くものとして許されないというべきである(なお,そもそも,上記のとおり,本件ポスター制作に創作的寄与をしたと認められるのは,原告Aであって,原告会社ではないところ,原告会社への著作権の帰属原因事実の主張もないから,そのこと自体からも,原告会社の本件ポスターに係る著作権侵害に基づく請求は既に理由がない。)。
(4) 被告は,仮に本件ポスターの著作権者が原告会社であるとしても,被告は同ポスターの使用につき(黙示の)許諾を受けた旨主張する。
確かに,仮に本件ポスター(写真部分)の著作権が原告会社に帰属するとしても,本件において,原告会社は,平成23年11月1日頃には,既に被告のホームページ上での本件ポスターの掲載を認識し,本件写真の本件雑誌への掲載については平成24年12月時点で問題としていたものの,平成26年10月23日付け催告書を被告に送付するまでは,被告による本件ポスターの掲載について特段問題にしていたとは認められない。また,平成19年以降は,ポスターの作成に関しては,本来,原告会社への委託の対象になってもおらず,被告が自らポスターを作成することになっており,現に被告はポスター作成費用を印刷会社に支払っていて,平成20年以降は,原告Aないし原告会社が,いわば自主的にこれらに関与していたにすぎない。
以上の事情に加え,ポスターを自らのホームページ上で掲載することは,インターネットが広く普及した時代における通常の広告宣伝方法にすぎないことも考慮すれば,原告会社は,原告Aが作成に関与した本件ポスターにつき,被告が通常の方法で使用することを当然許諾していたとみるべきである。
(5) なお,原告会社は,被告との間で,本件コンサートについて「内輪の催事」ないし「非公開」とする旨の本件合意1をしたと主張していることから,それ故に著作権法65条3項所定の正当な理由があるとか,本件ポスターのホームページ掲載について許諾するはずがないとの主張が予想される。
しかし,前記2のとおり,原告会社・被告間において本件合意1が存在したとは認められないから,上記のような主張があっても,その前提を欠くものとして失当である。
(6) 以上によれば,被告が本件ポスターに係る原告会社の著作権(公衆送信権)を侵害したものとはいえない。
4 争点(3)(本件写真に係る債務不履行ないし著作権侵害の成否)について
(1) 原告会社は,被告が本件コンサートの写真撮影や同写真の使用に関して本件合意2に定められた条件に従わずに本件写真を本件雑誌に掲載した点は上記合意に違反する上,原告会社の著作権をも侵害するものであると主張する。
(2)ア しかし,まず著作権侵害の主張について検討すると,本件写真を撮影した者を具体的に特定することはできないものの,少なくとも原告Aや原告会社の従業員が同写真を撮影した事実は認められないから,原告会社が本件写真の著作権を有するとは認められない。
この点に関し,原告会社は,本件合意2においてCが撮影した写真の著作権は原告会社に譲渡されたと主張する。しかし,撮影者の点を措いても,本件合意2において,「撮影者は,…舞台写真撮影専用のメモリーカードを原告会社に譲渡すること」とされるのみで,写真の著作権が原告会社に譲渡されることは定められていないから,原告会社が本件写真の著作権を譲り受けたとは認められない。
イ このほか,原告会社は,自らが用意した舞台は,それ自体に独自の芸術性が認められ,著作物性があるから,それを撮影した写真の著作物性を基礎付けるとも主張する。
しかし,コンサート会場の舞台上の演奏者や物の配置は,ある程度似通ったものにならざるを得ず,いかに原告会社が金屏風を用意し,コンサートの奏者の配置を考えたとしても,このような抽象的な配置自体に著作物性があるとはいえず,原告会社の上記主張は採用できない。
ウ 以上によれば,原告会社の本件写真に係る著作権侵害の主張は理由がない。
(3) 一方,債務不履行(合意違反)の主張については,被告が,本件合意2において定められた手順(本件雑誌に写真を掲載する際には,事前に原告会社への使用写真の通知と掲載原稿の内容通知をし,校正の了解を得た上で雑誌に掲載すること)を踏まなかったことは争いがなく,被告は本件合意2に違反したものである。
しかし,上記違反に至った理由は,前記のとおり,被告が,原告会社に対して,本件雑誌用の写真を提供するよう依頼したにもかかわらず,原告会社がこれに応じなかったためである。前記のとおり,本件コンサートの演奏風景を撮影した写真は,例年,ディスクロージャー誌に掲載されており,原告会社もこのことを認識していたものであることに加えて,前記のとおり,本件合意2においては「撮影した写真の使用は本件雑誌への掲載のみとする」旨の定めもあることからも明らかなように,本件合意2においては,被告からの本件雑誌掲載用写真の提供依頼について,原告会社が正当な理由もないのにこれに応じないというような事態は想定されていかったというべきである。
このように,被告は形式的には本件合意2に違反したものであるが,これは原告会社が同合意の想定しないような不合理な行動を採ったことを原因とするものであるから,そうであれば,原告会社が被告に対して,本件合意2違反に基づく損害賠償を求めることは,権利の濫用として許されないというべきである。
なお,この点につき,原告会社は,被告が無断で本件ポスターを被告のホームページ上に掲載したため不信感を抱き,写真を被告に提供しなかったと主張するが,被告が本件ポスターを被告のホームページに掲載したことに原告会社が主張するような法律上の問題がないことについては前記3のとおりであるから,上記掲載に原告会社が不信感を抱いたとしても,そのことは合理的とはいえず,上記説示を左右しない。
5 争点(4)(原告会社の損害額)について
前記2ないし4からすれば,被告は,原告会社に対し,損害賠償責任を一切負わないことになる。
6 争点(5)(原告Aの慰謝料請求の当否及び慰謝料額)
(1) 原告Aは,平成23年秋以降被告に話合いを求めたが被告がこれに応じなかったこと(調停手続での対応を含む。)等に基づく慰謝料請求をするが,被告の平成23年秋以降の対応(調停手続での対応も含む。)等において何らかの違法行為があったことを認めるに足りる証拠はないから,同請求は理由がない。
また,原告Aは,本件ポスターの被告のホームページへの掲載に基づく慰謝料請求をするが,上記掲載に原告会社が主張するような法律上の問題がないことについては前記3のとおりであるから,同請求も理由がない。
このほか,原告Aは,被告の対応等による心労から原告Aの個人会社である原告会社の営業ができなくなったこと等に基づく慰謝料請求をするが,これまで説示したところから明らかなとおり,被告に何らかの違法行為があったと認めるに足りる証拠はないから,同請求も理由がない。
(2) 以上のとおり,原告Aの慰謝料請求は,いずれも理由がない。
7 結論
以上によれば,原告らの請求はいずれも理由がないから,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。