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著作権判例セレクション
【複製権の射程範囲】RAMへのデータ等の蓄積が著作権法上の「複製」に当たるか
▶平成12年05月16日東京地方裁判所[平成10(ワ)17018]
RAMへのデータ等の蓄積が著作権法上の「複製」に当たるか否かについて
(一)著作権法における「複製」とは、「印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製すること」を意味し(同法2条1項15号)、プログラムやデータを磁気ディスクやCD-ROMに電子的に記録し、コンピュータの出力装置等を介して再生することが可能な状態にすることも、右「複製」に含まれることは明らかである。
ところで、RAM(ランダム・アクセス・メモリー)とは、コンピュータにおける作業データ等を保存する集積回路であり、一般に「メモリー」と称されるものである。通常、コンピュータ上でデータ等を処理する際には、ハードディスク等のファイルからデータ等がRAMに移され、作業時にはコンピュータの中央演算処理ユニット(CPU)によってRAM上のデータ等が処理され、処理が終了してファイルが閉じられると右データ等はRAMから元のハードディスク等に再び移されることになる。このように、RAMにおけるデータ等の蓄積は、一般に、コンピュータ上での処理作業のためその間に限って行われるものであり、また、RAMにおけるデータ等の保持には通電状態にあることが必要とされ、コンピュータの電源が切れるとRAM内のデータはすべて失われることになる。右のような意味において、RAMにおけるデータ等の蓄積は、一時的・過渡的なものということができ、通電状態になくてもデータ等が失われることのない磁気ディスクやCD-ROMへの格納とは異なった特徴を有するものといえる。
そこで、RAMにおけるデータ等の蓄積について、右のような特徴を踏まえた上で、著作権法上の「複製」に当たるか否かについて検討することとする。
(二)著作権法は、著作物を利用する行為のうち、無形的な利用行為については、公になされるものに限って、著作者が右行為を行う権利を専有するものとし(同法22条ないし26条の2)、他方、有形的な再製行為(複製)については、それが公になされるか否かにかかわらず、著作者が右行為を行う権利を専有するものとしている(同法21条)。すなわち、著作権法は、著作物の有形的な再製行為については、たとえそれがコピーを一部作成するのみで公の利用を予定しないものであっても、原則として著作者の排他的権利を侵害するものとしているのであり、前記のような著作物の無形的な利用行為の場合にはみられない広範な権利を著作者に認めていることになるが、これは、いったん著作物の有形的な再製物が作成されると、それが将来反復して使用される可能性が生じることになるから、右再製自体が公のものでなくとも、右のように反復して使用される可能性のある再製物の作成自体に対して、予防的に著作者の権利を及ぼすことが相当であるとの判断に基づくものと解される。
そして、右のような複製権に関する著作権法の規定の趣旨からすれば、著作権法上の「複製」、すなわち「有形的な再製」に当たるというためには、将来反復して使用される可能性のある形態の再製物を作成するものであることが必要であると解すべきところ、RAMにおけるデータ等の蓄積は、前記(一)記載のとおり一時的・過渡的な性質を有するものであるから、RAM上の蓄積物が将来反復して使用される可能性のある形態の再製物といえないことは、社会通念に照らし明らかというべきであり、したがって、RAMにおけるデータ等の蓄積は、著作権法上の「複製」には当たらないものといえる。
(三)右のような結論は、次に述べるとおり、プログラム(著作権法2条1項10号の2)に係る著作者の権利に関する著作権法の規定との関係からも裏付けられる。
すなわち、プログラムをコンピュータ上で使用するに当たっては、これをいったんコンピュータ内のRAMに蓄積すること(ローディング)が不可欠であるから、プログラムの使用行為とそのRAMへの蓄積行為とは、不可分一体の関係にあるといえるところ、著作権法は、プログラム著作物に関して、著作者がこれを使用する権利を専有する旨の規定を置いていない。しかも、同法113条2項[注:現5項。以下同じ]は、「プログラムの著作物の著作権を侵害する行為によって作成された複製物を業務上電子計算機において使用する行為は、これらの複製物を使用する権原を取得した時に情を知っていた場合に限り、当該著作権を侵害する行為とみなす。」と規定しているところ、同条項は、プログラムを使用する行為のうち、一定の要件を満たすものに限って、プログラムに係る著作権を侵害する行為とみなすというものであるから、プログラムを使用する行為一般が著作権法上本来的には著作権侵害にならないことを当然の前提としているということになる。してみると、著作権法は、プログラムの使用行為及びこれと不可分一体の関係にあるプログラムのRAMへの蓄積行為については、同法113条2項の場合を除いて、違法でないとの前提に立っているものと解されるところ、その理由は、RAMへの蓄積行為が前記のような一時的・過渡的な性質であるため、著作権法上の「複製」に当たらないことにあると解するのが相当である。
原告らは、著作権法113条2項の規定について、RAMへの蓄積行為が本来的に「複製」に該当するとの前提に立った上で、あえてプログラムのユーザー保護のために、プログラムの使用及びそれに伴うプログラムのRAMへの蓄積が違法となる場合を限定する趣旨の規定と解すべき旨を主張するが、同条項の規定形式、すなわち、本来異なるものを同一のものとして扱う場合に用いるところの「みなす」という法令用語を使用していることからしても、同条項は、本来著作権に触れる行為とはいえないものを、特に著作権侵害行為と認める趣旨の規定であって、原告らが主張するように、本来著作権に触れる行為であるものについて、それが違法となる場合を限定する趣旨の規定でないことは明らかというべきである。したがって、原告らの右主張は失当である。
(四)また、原告らは、著作権法が「複製」の定義について、「有形的に再製すること」と規定するのみで、著作物を感知させる状態の継続時間については何ら制限を設けていないから、RAMへの蓄積が電源の停止によって消滅するものであるからといって、これを「複製」に当たらないと解することはできない旨主張する。しかしながら、「有形的な再製」という概念と、これと対置し得る「無形的な再製」という概念とを区別する基準は、必ずしも一義的に明確とはいい難いものというべきであり、前記(二)及び(三)のような事情を考慮すれば、RAMへの蓄積については、前記のような一時的・過渡的な性質故に、著作権法にいう「有形的な再製」というに至らないものと解すべきである。著作権法が「複製」の定義規定において著作物を感知させる状態の継続時間について何ら制限を設けていないからといって、RAMへの蓄積が「複製」に当たらないと解する妨げとなるものではない。原告らの右主張は、採用できない。