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著作権判例セレクション
【コンテンツ契約紛争事例】原作使用許諾契約(小説家である原作者が作品の映画化の許諾業務を出版社に委託していた事例)
▶平成22年9月10日東京地方裁判所[平成21(ワ)24208]▶平成23年3月23日知的財産高等裁判所[平成22(ネ)10073]
(注) 本件は,被告の著作に係る小説「イッツ・オンリー・トーク」(「本件小説」)を原作とする映画の製作のために原告Xが執筆した脚本(「本件脚本」)を原告社団法人シナリオ作家協会(「原告協会」)の発行する「年鑑代表シナリオ集」に収録,出版しようとしたところ,被告から拒絶されたが,被告の拒絶は「一般的な社会慣行並びに商習慣等」に反するもので,上記小説の劇場用実写映画化に関して締結された原作使用許諾契約の趣旨からすれば,本件脚本を「年鑑代表シナリオ集」に収録,出版することについて原告らと被告との間に合意が成立したものと認められるべきであるとして,原告らが,被告に対し,上記合意に基づき,本件脚本を別紙の書籍(「本件書籍」)に収録,出版することを妨害しないよう求め,原告協会が,被告に対し,本件脚本を本件書籍に収録,出版するに当たって被告に支払うべき著作権使用料が3000円(本件書籍の販売価格相当額)であることの確認を求めるとともに,被告が本件脚本を「年鑑代表シナリオ集」に収録,出版することを違法に拒絶したため原告らが精神的苦痛を受けたとして,原告ら各自が,被告に対し,不法行為による損害賠償請求として,慰謝料及び弁護士費用合計400万円のうち各1円及びこれに対する不法行為の後である平成21年8月22日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
(前提となる事実)
原告Xは,平成15年7月ころ,映画監督のA及び映画プロデューサーのBと共同で,本件小説を原作とする映画(「本件映画」)を製作することを企画した。
Bの所属する有限会社ステューディオ スリー(映画,演劇,テレビ番組等の企画制作プロダクションとして平成7年5月に設立された有限会社。以下「ステューディオスリー」)及び被告の委託を受けて本件小説の著作権を管理している文藝春秋は,平成15年9月11日,本件映画(35㎜光学フィルム又はデジタル上映)の原作として本件小説を使用することの許諾を受けるための予約完結権を文藝春秋がステューディオスリーに与えることなどを内容とする契約(著作権使用予約完結権契約)を締結した上,平成16年11月中下旬ころ(ただし,契約書上の日付は平成15年9月10日),以下の内容(要旨を抜粋)の原作使用許諾契約(「本件原作使用契約」)を締結した。
第2条(保証)
1 文藝春秋は,被告より本件小説の著作権の管理を委任されたものであり,被告から本契約を締結する完全なる権限を与えられていることをステューディオスリーに対し保証する。(以下省略)
2 ステューディオスリーは,本件映画の製作に際し,著作権を始め,名誉,声望その他被告の著作者人格権を侵害せず,また,本件小説の評価を貶めないことを保証する。
第3条(許諾の条件)
1 文藝春秋は,ステューディオスリー(将来確定する本件映画のために出資する出資者,共同製作者,配給会社等を含む。)が本契約に基づき,本件映画を日本国内において独占的に製作・封切・配給することを許諾する。
2 ステューディオスリーが製作する本件映画は,次のとおりとする。
題 名 未定
種 別 劇場用実写映画
フィルム 35㎜光学フィルム
作品時間 約100分(予定)
使用言語 日本語
撮影開始 平成16年11月
公開予定 平成17年秋あるいは平成18年新春(予定)
3 ステューディオスリーは,原則として本件映画のネガフィルムを原型のままプリントし,本件映画を配給,頒布し,日本国内の劇場等において上映することができる。ただし,国際映画祭及び国際映画コンクールでの出品・上映は,海外においても行うことができる。
(4項 省略)
5 ステューディオスリーは,あらかじめ文藝春秋の書面による合意に基づき,別途著作権使用料を支払うことによって,次の各号に掲げる行為をすることができる。
ただし,文藝春秋は,一般的な社会慣行並びに商慣習等に反する許諾拒否は行わない[注:本件原作使用契約3条5項ただし書の規定を以下「本件ただし書規定」という。]。
((1),(2)号 省略)
(3) 本件映画をビデオ・グラム(ビデオテープ・LD・DVD)として複製し,頒布すること。
(4) 本件映画をテレビ放送すること。
(5) 本件映画を放送衛星又は通信衛星で放送すること。
(6) 本件映画を有線放送すること。
(7) 将来開発されるであろう新しいメディアを含め,既存のメディア(例えば,CD-ROM,ビデオCD,フォトCDなどのデジタル系の媒体を含む。)をもって本件映画の二次的利用をすること。ただし,本項第(2)号から第(6)号を除く。
(8) 本契約に基づき作成された脚本の全部若しくは一部を使った,又は本件映画シーンを使用した出版物を作成し,複製,頒布すること。
(以下省略)
第5条(著作者人格権の尊重)
1 ステューディオスリーは,第3条各項の利用に当たって,本件小説の内容,表現又は題名等,文藝春秋の書面による承諾なしで変更を加えてはならない。ただし,映画化に際し,文藝春秋は,より適切な映像表現をする目的でステューディオスリーが本件小説に脚色することを認めるが,その程度は,事前にステューディオスリーが文藝春秋に提出する本件小説の使用範囲,方法,脚色計画の範囲を超えないものとする。
2 ステューディオスリーは,本件映画のプロット及び脚本を完成後,直ちに文藝春秋に対し3部提出し,本件映画のクランク・イン前に文藝春秋の了解を得るものとする。
3 文藝春秋は,本件映画が本件小説のイメージ又は著作者人格権を損なうと認めるときは,これに異議・修正を申し立てる権利を有する。
第8条(著作権等の表示)
ステューディオスリーは,本件映画の製作及び宣伝物及びプログラムの製作に際しては,スペースに支障のない限り,下記の表示を行う。
① 原 作 <作者名省略>
『イッツ・オンリー・トーク』
文藝春秋刊
② 企画協力 文藝春秋
1 事実経緯
(略)
2 上記1の認定事実を前提として,以下,争点について検討する。
(1) 争点(1)(本件脚本を「年鑑代表シナリオ集」に収録,出版することについて,原告らと被告との間で合意が成立したか)について
ア 前提問題
原告らは,本件原作使用契約3条5項(8)号及び本件ただし書規定を根拠に,本件脚本を「年鑑代表シナリオ集」に収録,出版することについて原告らと被告との間で合意が成立したと主張するところ,被告は,原告らと被告は本件原作使用契約の当事者ではないから,同規定が原告らと被告との間で拘束力を持つことはなく,原告らの主張は前提において失当であると主張するので,まず,この点について検討する。
被告が本件小説の使用許諾に関する業務を文藝春秋に委託していたことは当事者間に争いがなく,かつ,被告は文藝春秋を介してステューディオスリーと交渉し,文藝春秋がステューディオスリーとの間で本件小説を翻案した本件映画の製作に係る本件原作使用契約を締結することを承諾していたのであるから,同契約の締結に当たって被告の許諾を要する部分については,被告は,文藝春秋に対しその許諾をする権限を授与していたものと認められる。そうすると,本件原作使用契約は,文藝春秋とステューディオスリーとの間に締結されたものであるが,被告の許諾に関する部分について文藝春秋は被告から授与された上記権限に基づいて契約を締結したものであり,同契約の効力は被告にも及ぶものと解するのが相当である。
しかしながら,本件原作使用契約3条5項は,前記のとおり,ステューディオスリーが本件映画や脚本の二次的利用をする場合についての規定であり,本件ただし書規定も,ステューディオスリーによる上記二次的利用の許諾について定めた規定である。したがって,本件原作使用契約の当事者ではない原告らが,被告に対し,上記条項に基づき上記二次的利用の許諾を求めることはできないというべきである。
イ 原告ら主張の上記合意は,本件原作使用契約に基づく二次的利用についての被告の許諾義務を前提とするものである。しかしながら,原告らが被告に対し本件原作使用契約の上記条項に基づき上記二次的利用の許諾を求めることはできない以上,被告にその許諾義務があるということはできず,原告らの主張は,その前提を欠くものというほかない。
以上に検討したところによれば,本件脚本を「年鑑代表シナリオ集」に収録,出版することについて原告らと被告との間で合意が成立したと認めることはできないから,その余の点について検討するまでもなく,同合意に基づく原告らの請求は,理由がない。
ウ なお,原告らは,本件脚本(二次的著作物)の利用については,共同著作物に関する著作権法65条3項の規定と同様の規律がされるべきであり,原作者が二次的著作物の利用を拒絶するには「正当な理由」がなければならないなどとも主張する。同主張は,本件ただし書規定の解釈に関してなされたものであるが,二次的著作物の利用の場合に上記条項が類推適用されるとすれば,二次的著作物である本件脚本の著作者である原告Xは被告に対し同条項に基づき本件脚本を「年鑑代表シナリオ集」に収録,出版することについて同意を求めることができると解する余地があるので,念のため付言する。
著作権法は,共同著作物(同法2条1項12号)と二次的著作物(同項11号)とを明確に区別した上,共同著作物については,著作者間に「共同して創作した」という相互に緊密な関係があることに着目し,各共有著作権者の権利行使がいたずらに妨げられることがないようにするという配慮から,同法65条3項のような制約を課したものと解される。これに対し,二次的著作物については,その著作者と原作者との間に上記のような緊密な関係(互いに相補って創作をしたという関係)はなく,原作者に対して同法65条3項のような制約を課すことを正当化する根拠を見いだすことができないから,同項の規定を二次的著作物の原作者に安易に類推適用することは許されないというべきである。したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
(2) 争点(3)(不法行為の成否及び原告らの損害額)について
前記(1)に説示したとおり,被告に原告ら主張の許諾義務があるということはできず,また,本件脚本の利用について共同著作物に関する著作権法65条3項の規定が類推適用されるということもできない。そうすると,二次的著作物である本件脚本の利用に関し,原著作物の著作者である被告は本件脚本の著作者である原告Xが有するものと同一の種類の権利を専有し,原告Xの権利と被告の権利とが併存することになるのであるから,原告Xの権利は同原告と被告の合意によらなければ行使することができないと解される(最高裁平成13年10月25日第一小法廷判決参照)。したがって,被告は,本件脚本を「年鑑代表シナリオ集」に収録,出版することについて,原著作物の著作者として諾否の自由を有しているというべきであり,その許諾をしなかったとしても,原著作物の著作者として有する正当な権利の行使にすぎない。
原告らは,被告が本件映画の製作や,そのDVD化,テレビ放送等については許諾しているのに,本件脚本の出版についてのみ許諾をしないのは不当である旨の主張をする。しかしながら,被告が本件映画の製作を許諾した経緯は前記1に認定したとおりであり,要するに,被告は,本件映画のクランク・イン直前に,本件脚本による映画化の許諾に係る最終決断を求められたことから,多数の関係者に大きな混乱を生じさせることを回避するために,不承不承ながらこれを許諾したというものであって,本件脚本の内容に全面的に承服した結果ではない。また,本件映画のDVD化やテレビ放送の許諾についても,飽くまでも映像作品(映像化)に関するものであり,これを本件脚本の出版(活字化)の許諾と必ずしも同列に論じることはできない。むしろ,前記1に認定したとおり,被告は,本件脚本が原作の趣旨を逸脱するものであり,原作者である被告の意に沿わないものであることについて,当初から一貫した態度を示していたのであるから,原告らにおいて,被告が本件映画の製作やDVD化,テレビ放送を許諾したことによって,本件脚本の出版についても許諾を得られるとの期待を抱いたとしても,かかる期待は事実上のものにすぎず,法律上保護されるものとはいえない。
以上のとおり,被告が本件脚本を「年鑑代表シナリオ集」に収録,出版することを許諾しなかったことが,原告らに対する関係で不法行為を構成するとは認められない。
したがって,不法行為の成立を前提とする原告らの請求は理由がない。
3 結論
以上検討したところによれば,原告らの請求は,その余の点について判断するまでもなく,いずれも理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
[控訴審]
1 事実認定
証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。
(略)
2 出版差止請求権不存在確認の訴えにおける原告Xの訴えの利益(本案前の答弁)について
原告Xの出版差止請求権不存在確認の訴えについては,原告Xに訴えの利益を認めることができず,これを却下するのが相当である。
すなわち,原告Xが被告に対して確認を求めた内容は,「原告協会が,本件脚本を本件書籍に収録し,出版しようとする行為について,被告が原告協会に対して行使することが予想される差止請求権」の不存在である。本件脚本を本件書籍に収録して出版しようとする主体は,原告協会であって,原告Xではない。原告Xは,本件脚本の著作者であり,本件脚本を本件書籍へ収録して出版する原告協会の行為が禁止されるか否かによって,影響を受けることはあり得るが,それは事実上のものである。また,本件においては,原告協会が,本件脚本を本件書籍に収録し,出版しようとする同原告の行為について,被告の原告協会に対する差止請求権不存在確認請求等を,現に提起しているのであるから,出版行為の主体ではない原告Xが,被告の原告協会に対する出版差止請求権の不存在について,即時に確定させる必要性があるとはいえず,原告Xに当該訴えの利益を認めることはできない。原告Xの被告に対する当該確認の訴えを却下するのが相当である。
3 権利濫用の主張について
当裁判所は,「原告協会が,原著作者である被告の許諾を得ることなく,本件脚本を本件書籍に収録し,出版しようとする行為について,被告が許諾を与えないことは権利濫用に当たる」旨の原告協会の主張(なお,原告協会によれば,「原告協会の被告に対する出版妨害禁止請求及び出版差止請求権不存在確認請求において,被告が,同法28条,112条1項に基づく出版差止請求権を有すると抗弁として主張することは,権利濫用に該当するとの再抗弁の主張」と整理されるが,その趣旨は,同様である。)は,理由がないと判断する。その理由は,以下のとおりである。
(1) 前記1項で認定した事実によれば,①N(被告の代理人である文藝春秋の担当編集者)は,平成15年9月に著作権使用予約完結権契約が締結されてから約8か月も経過した平成16年5月下旬になってようやく本件脚本の第1稿を示され,6月20日のクランク・インを前提とする早急な点検要請に対応して,被告と打合せの上,原作に忠実ではないと感じた脚本内容のうち,3点に絞って変更の要請とその具体的理由をステューディオスリーに対して申し入れたものの,約2か月後に,予定の主演女優が脚本内容への不満を理由に降板して別の女優に変更されたとの電話連絡を受けたのみであったこと,②その約3か月の平成16年10月20日になってようやく本件脚本の第2稿が被告に示されたが,被告の前記指摘に沿って変更がされていなかったことから,被告及びその意向を受けたNは,即日,ステューディオスリーに対し,再び具体的な理由を述べながら,原作に忠実なシナリオに変更するのでなければ映画化を中止してほしいとの要請をしたこと,③これに対し,ステューディオスリーは,本件映画のクランク・インが迫っており,主演俳優等のスケジュールも既に確保してあるから,H監督とも話し合って,是非とも映画化を承諾してほしいと強く要請したこと,④そこで,被告は,H監督らと話し合った上,同監督自身の対応には誠意もみられたことから,多数の関係者に大きな混乱を生じさせることを回避するために,不本意ながら本件脚本に基づく映画化を許諾したこと,以上の事実経過が認められる。
このように,被告は,ステューディオスリーにより一方的に設定されたスケジュールを根拠に時間を急がされながらも,具体的な理由を述べて,本件脚本が原作者である被告の意には沿わないものであることを終始一貫して示し続け,原作者として譲れない点に絞って変更を申し入れていた。そして,本件において,被告が著作権の行使に藉口して過大な利益を得ようとか,第三者に不必要な損害や精神的苦痛を与えようなどといった不当な主観的意図を有していることを疑わせるような事情は一切見当たらない。
また,被告が本件脚本の掲載出版に対する許諾を拒否した理由は,小説の原作者として譲れない点に絞った変更を申し入れ続けていたにもかかわらず脚本家側から誠意ある脚本の変更がされなかったと被告が感じていた点にあるものであって,本件脚本の本件書籍への収録出版を許諾しないことによって守られる,本件小説に込めた被告の原作者としての思想,信条,表現等や被告のプライバシーに係る不安が,原告協会主張の本件脚本の文化的,公共的価値等に比較して小さな利益にすぎないものということはできない。
以上によれば,原告協会が本件脚本を本件書籍へ収録して出版することについて,被告が許諾を与えないこと(すなわち,原告協会の整理によれば,被告が原著作物の著作権者として著作権法28条,112条1項に基づく出版差止請求権を有する旨を抗弁として主張すること)は,正当な権利行使の範囲内のものであって,権利濫用には当たらないというべきである。
(2) 権利濫用に係る原告協会の個別的主張について
ア 被告のステューディオスリーに対する許諾のみが不足していることについて
原告協会は,原告協会が本件書籍に本件脚本を掲載する上で,不足している許諾は,本件小説の著作者である被告の許諾のみであることを権利濫用を基礎付ける事情として主張する。
しかし,原告協会の上記主張は採用の限りでない。すなわち,被告は,二次的著作物である本件脚本の原著作物の著作者として,本件脚本の利用に関し,原告Xが有するものと同一の種類の権利を専有している以上(著作権法28条),本件脚本の掲載出版に対する諾否の自由を有しているのであって,被告以外の関係者が本件脚本の掲載出版に対して許諾を与えていることがあったとしても,それによって被告の権利が剥奪されることにはならないから,原告協会の上記主張は,権利濫用を基礎付ける事情としても,採用の限りでない。
イ 許諾権は「一般的な社会慣行ならびに商慣習等」により制約され,許諾拒否は極めて例外的な事例であるから,原告Xの許諾への期待は当然であることについて
原告協会は,被告の許諾権は本件原作使用契約第3条5項ただし書に基づき「一般的な社会慣行並びに商慣習等」により制約されており,かつ,許諾の拒絶は少なくとも極めて例外的な事例であり,原告Xが,脚本の出版について,著作権使用料を支払うことにより原則として許諾されるものと理解し,期待したことは当然であることを,被告の権利濫用を基礎付ける事情として主張する。
しかし,原告協会の上記主張も,採用の限りでない。すなわち,①原告協会は,本件原作使用契約の当事者ではなく,その契約条項の効力を援用することはできないから,権利濫用を基礎付ける事情としても,本件原作使用契約の条項を援用することはできない。また,②その点を除いても,原作者が映画化について許諾をした以上,脚本の掲載出版についても許諾をする一般的な社会慣行及び商慣習があると認めるに足りる証拠はないから,そのような社会慣行等の存在を前提とする原告協会の上記主張は採用の限りでない。さらに,③映画の脚本の本件書籍への掲載出版の拒絶が極めて例外的な事態であったとしても,そのことをもって著作権法28条に基づく原著作物の著作者の諾否の自由が奪われるものではないから,被告以外の関係者が許諾済みであることが被告の権利濫用を基礎付ける事情になるともいえない。そして,被告が本件原作使用契約の締結により本件小説の映画化や,そのDVD化やテレビ放送の許諾をしていたとしても,それらは,あくまでも「映像化」及びその上映宣伝等に必要な範囲での許諾であると通常は理解されるのであって,本件脚本を本件小説と同様の「活字」による創作物として外部へ独自に発表することに対する許諾を当然に含むものであるとは理解されないから,被告が本件映画の製作やDVD化,テレビ放送を許諾したことによって,本件脚本の出版についても被告の許諾を得られるのではないかとの期待を契約当事者ではない原告Xらが抱いたとしても,それは,事実上の期待にすぎないものであって,法律上保護されるべきものであるとはいえない。
なお,本件原作使用契約書の第3条5項ただし書,(8)項において,「一般的な社会慣行ならびに商慣習等に反する許諾拒否」(ただし書)は,「脚本の全部・・を使用した出版物を作成し,複製,頒布すること。」について行わないと合意されている点について検討してみても,その文言に照らせば,「一般的な社会慣行ならびに商慣習等」に反しなければ「許諾拒否」を行うことが原著作物の著作者になお留保されているものと意思解釈するのが相当である。そして,本件においては,前記認定の事実経過に照らせば,被告の許諾拒否が「一般的な社会慣行ならびに商慣習等」に反したものであるということはできないから,前記約定の存在を考慮しても,なお被告の許諾拒否が権利濫用に当たるということはできない。
ウ 本件書籍の文化的意義等と比較して本件脚本の掲載出版阻止によって得られる被告の利益が小さいことについて
本件書籍の文化的意義等と比較して本件脚本の掲載出版阻止によって得られる被告の利益が小さいとはいえないことは,前記(1)で説示したとおりであるから,この点に係る原告協会の主張も,採用の限りでない。
4 結論
以上によれば,①当審において拡張された原告Xの差止請求権不存在確認の訴えについては,訴えの利益を欠くからこれを却下するのが相当であり,②原告協会の本件脚本の収録出版に係る妨害排除請求については,被告の出版差止請求権存在の主張(抗弁の提出)は権利濫用には当たらないから,原告協会の同請求を棄却した原判決の判断は相当であって,本件控訴は理由がないから,これを棄却するのが相当であり,③当審において拡張された原告協会の差止請求権不存在確認請求についても,被告の出版差止請求権存在の主張(抗弁の提出)が権利濫用には当たらないから,原告協会の出版差止請求権不存在確認請求を棄却するのが相当である。