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著作権判例セレクション
【著作権の制限】教科書に準拠した国語テストの法36条1項該当性が問題となった事例
▶平成12年09月11日東京高等裁判所[平成12(ラ)134]
(注) 本件は、小学校用国語教科書に掲載された各著作物の著作権者である抗告人らが、教科書に準拠した国語テストを制作、販売する相手方らに対し、相手方らが、その制作、販売に係る国語テストの問題として、右各著作物を採録していることが、抗告人らの複製権を侵害するものであるとして、国語テストの頒布等の差止めなどを求めた事案である(以下、相手方らが制作、販売する教科書に準拠した国語テストを「本件国語テスト」という)。
二 争点2について
1 疎明資料及び申立ての全趣旨によれば、本件国語テストにつき、次の事実が一応認められる。
(一) 本件国語テストは、小学校において、教科用図書(教科書)とともに使用することができるとされている「教科用図書以外の図書その他の教材で、有益適切なもの」(学校教育法二21条2項、かかる教材を「図書教材」という。)として用いられているものの一つであり、各小学校ごとに設けられる教材採択委員会等において、特定の制作会社が制作したものが採択され、地方教育行政の組織及び運営に関する法律33条1項に基づいて制定された各教育委員会規則に従い、校長から教育委員会に届出がなされたうえ、購入、使用されるものである。その購入代金は、原則として児童の保護者が負担する。
本件国語テストは、国語教科書の各単元に対応して一回分が制作されており(それ以外に、各学期の「まとめのテスト」がある。)、通常、各学期に六、七回、これを用いたテストが実施されるものであって、各回分ごとに、児童数に余部一、二部を加えた部数がまとめられ、学期の初めに、その学期で実施される分が各教師に届けられる。
(二) 本件国語テストを用いたテストは、学習の進捗状況等に従い、通常は国語教科書の各単元を終了する際に、当該単元に係る分が実施される(学期末、学年末に実施されることもある。)ものであって、教師が、各学級の通常の授業時間内に、一回分を各児童に配布して行わせる。そのため、同一の本件国語テストを用いる同一の小学校の同一学年であっても、学級によって、その実施日、時間が異なることがむしろ通例である。
実施した国語テストは、教師が回収して採点をした後、学習上のコメント等を付すなどしたうえ、各児童に返還される。
(三) 小学校において児童ごとに作成される指導要録(平成3年3月20日文初小第124号の各都道府県教育委員会宛て文部省初等中等局長通知による改訂後のもの)は、児童の学籍並びに指導の過程及び結果の要約を記録し、指導及び外部に対する証明等に役立たせるための原簿としての性格を有するものである。そして、その「各教科の学習の記録」のうちの「観点別学習状況」欄には、小学校学習指導要領に示す各教科の目標に照らして、その実現の状況を観点ごとに評価し、A(十分満足できると判断されるもの)、B(おおむね満足できると判断されるもの)、C(努力を要すると判断されるもの)の記号により、各学年ごとに記入するものとされており、国語については、「国語への関心・意欲・態度」、「表現の能力」、「理解の能力」、「言語についての知識・理解・技能」の各観点が設定されている。また、「各教科の学習の記録」のうちの「評定」欄には、三学年以上の各教科の学習の状況について、教科別に小学校学習指導要領に示す目標に照らし、学級又は学年における位置付けを評価し、2(普通の程度のもの)、3(2より優れた程度のもの)、1(2よりはなはだしく劣る程度のもの)の三段階により、三学年以上の各学年ごとに記入するものとされている。
しかるところ、本件国語テストとともに教師に配布される各制作会社作成の「得点集計表」等の名称が付された一覧表は、児童ごとに、特定の回の国語テストの得点(又はそのうちのある部分の設問に対する得点)を集計することにより、その合計点数によって、「観点別学習状況」欄の各観点(少なくとも「国語への関心・意欲・態度」を除く各観点)のA、B、Cの評価に割り振る仕組みとなっており、また、総得点により「評定」欄の三段階の評価に割り振る基準が記載されたものもある。
(ただし、教師が、右の「観点別学習状況」欄及び「評定」欄に、各児童についての評価を実際に記入する際に、右「得点集計表」等が利用されているかどうか、あるいはどのように利用されているかを認定するに足りる的確な疎明資料はない。)
2 ところで、公表された著作物は、入学試験その他人の学識技能に関する試験又は検定の目的上必要と認められる限度において、当該試験又は検定の問題として複製することができるとされ(著作権法36条1項)、また、営利を目的として、該複製を行うものは、通常の使用料の額に相当する額の補償金を著作権者に支払わなければならない(同条2項)とされているところ、これらの規定は、入学試験等の人の学識技能に関する試験又は検定にあっては、それを公正に実施するために、問題の内容等の事前の漏洩を防ぐ必要性があり、その問題として著作物を利用する場合には、具体的な設問のみならず、いかなる著作物を利用するかということについても漏洩を避ける必要があることが通常であるから、試験、検定の問題としての著作物の複製について、予め著作権者の許諾を受けることは困難であり、社会的実情にも沿わないこと、及び著作物を右のような試験、検定の問題として利用したとしても、一般にその利用は著作物の通常の利用と競合しないと考えられるから、その限度で著作権を制限しても不当ではないと認められることにより、試験、検定の目的上必要と認められる限度で、著作物を試験、検定の問題として複製するについては、一律に著作権者の許諾を要しないとするとともに、その複製が、これを行う者の営利の目的による場合には、著作権者に対する補償を要するものとして、利益の均衡を図ることにした趣旨であると解される。
そして、そうであれば、同条1項によって、著作権者の許諾を要せずに、問題として著作物の複製をすることができる試験又は検定とは、公正な実施のために、試験、検定の問題として利用する著作物が何であるかということ自体を秘密にする必要性があり、その故に、該著作物の複製につき、予め著作権者の許諾を受けることが困難であるような試験、検定をいうものであって、そのような困難性のないものについては、複製につき著作権者の許諾を不要とする根拠を欠くものであり(前示の、試験等の問題として利用することが、著作物の通常の利用と競合しないという点は、同条1項の規定との関係では、試験問題の漏洩防止等、著作物の複製につき著作権者の許諾を不要としなければならない積極的な理由が存する場合に、著作権者側の利益状況から見ても、そのような著作権の制限をすることが一般的に不当であるとは言えないとの消極的な根拠となるにすぎないものであり、そのことのみで、著作物の複製に著作権者の許諾を不要とするための根拠となり得るものではない。)、同条一項にいう「試験又は検定」に当たらないものと解するのが相当である。
しかるところ、前示1の認定事実及び一の1の各認定事実に、別紙副教材目録記載の平成11年度二学期用の本件国語テストの内容を併せ考えれば、本件国語テストが、児童の学習の進捗状況に応じた適宜の段階において、教師が、各児童ごとにその学力の到達度を把握するものとして利用するものであることが容易に推認される。また、前示指導要録の「観点別学習状況」欄及び「評定」欄に、各児童についての評価を実際に記入する際に、前示「得点集計表」等が利用されているかどうか等を認定するに足りる的確な疎明資料がないとはいえ、本件国語テストの結果(得点)が、該各評価をする際の参考となり得るものであることも一応認めることができる。
しかしながら、前示のとおり、学級によって、本件国語テストを用いるテストの実施日、時間が異なることがむしろ通例であることに鑑みると、本件国語テストの問題の内容等の事前の漏洩を防ぐことには、全く意が払われていないと言わざるを得ず、また、教科書に掲載されている本件著作物が本件国語テストに利用されることは、当然のこととして予測されるものであるから、本件国語テストにつき、いかなる著作物を利用するかということについての秘密性も全く存在しない。そうすると、そのような秘密性の故に、著作物の複製につき、予め著作権者の許諾を受けることが困難であるような事情が存在すると言うことはできない。
したがって、相手方らが、本件各著作物を本件国語テストに複製することが、著作権法36条1項所定の試験又は検定の問題としての複製に当たるとすることはできない。