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著作権判例セレクション

【登録制度】著作権の「二重譲渡」が問題となった事例(一方当事者を「背信的悪意者」と認定した事例)

▶平成191026日東京地方裁判所[平成18()7424]▶平成20327日知的財産高等裁判所[平成19()10095]
() 本件は,原告[日本,アメリカ合衆国,その他の国において,「Von Dutch」の文字標章等を用いて,被服等を製造,販売するアメリカ法人である。]が本件著作権を有するとして,本件譲渡登録の登録名義人である被告[韓国法人であるヴォンダッチオリジナル社の代表取締役を名乗り,「Von Dutch」の文字標章や「Flying Eyeball(フライング アイボール)」と称される図柄より成る標章等を使用した被服等の日本への輸入,販売等に関与している者である。]に対し,原告が本件著作権を有することの確認を求めると共に,本件著作権に基づく妨害排除請求として,主位的に,本件著作物について原告に対する真正な登録名義の回復を原因とする著作権譲渡登録手続をすることを求め,予備的に,本件譲渡登録の抹消登録手続をすることを求める事案である。
[控訴審]
本件は,控訴人が,本件譲渡登録の登録名義人である被控訴人に対し,控訴人が本件著作物に係る著作権 (「本件著作権」)を有することの確認を求めると共に,本件著作権に基づく妨害排除請求として,主位的に,本件著作物について控訴人に対する真正な登録名義の回復を原因とする著作権譲渡登録手続をすることを求め,予備的に,本件譲渡登録の抹消登録手続をすることを求めた事案である。
原判決は,①本件著作物を創作したケネス・ハワードの子であり,本件著作権を共同相続したA及びBから株式会社上野商会に対する本件著作権の譲渡と,A及びBから被控訴人に対する本件著作権の譲渡とは,二重譲渡の関係にあり,上野商会又はその転得者(控訴人)と被控訴人とは対抗関係に立つから,被控訴人は,控訴人への本件著作権の移転につき,対抗要件の欠缺を主張し得る法律上の利害関係を有する第三者(著作権法77条)に該当する,②控訴人は,被控訴人に対し 本件著作権の移転について登録(対抗要件)を了しない限り,本件著作権の移転を対抗することはできないところ,控訴人は,本件著作権の移転について登録を了していない,被控訴人は,本件著作権の移転について,本件譲渡登録を了したから,被控訴人に対する本件著作権の移転が確定的に有効となり,他方,控訴人は本件著作権を喪失した,④被控訴人が背信的悪意者であるとは認められない,などと認定判断し,控訴人の請求をすべて棄却した。控訴人は,これを不服として,本件控訴を提起した。

2 準拠法について
(1) 相続人が,その相続に係る不動産持分について,第三者に対してした処分に権利移転の効果が生ずるかどうかという問題に適用されるべき法律は,平成18年法律第78号による改正前の法例(以下「法例」という。)10条2項により,その原因である事実の完成した当時における目的物の所在地法であって,相続の準拠法ではない(最高裁平成6年3月8日第3小法廷判決)。上記判例の趣旨に照らせば,本件著作権の譲渡は,アメリカ合衆国カリフォルニア州で出生した同国国民であった亡ケネス・ハワードの相続財産の処分であるものの,本件著作権の譲渡について適用されるべき準拠法は,相続の準拠法ではない。
そして,著作権の譲渡について適用されるべき準拠法を決定するに当たっては,譲渡の原因関係である契約等の債権行為と,目的である著作権の物権類似の支配関係の変動とを区別し,それぞれの法律関係について別個に準拠法を決定すべきである。
(2) 著作権移転の原因行為である譲渡契約の成立及び効力について適用されるべき準拠法は,法律行為の準拠法一般について規定する,法例7条1項により,第1次的には当事者の意思に従うべきところ,著作権譲渡契約中でその準拠法について明示の合意がされていない場合であっても,契約の内容,当事者,目的物その他諸般の事情に照らし,当事者による黙示の準拠法の合意があると認められるときには,これによるべきである(東京高等裁判所平成13年5月30日判決参照)。
【本件についてみると,A及びBと上野商会との間の本件譲渡契約1については,同契約に係る契約書において,日本法を準拠法とする旨の合意(10条)が存するから,本件譲渡契約1については,日本法が準拠法となる。他方,A及びBと被控訴人との間で締結された旨被控訴人が主張している本件譲渡契約3については,準拠法に関する記載のない本件譲渡証明書及び単独申請承諾書以外には,同契約に関して締結された契約書等の書面は提出されておらず,準拠法についての明示の合意がされていると認めることはできない。しかし,被控訴人は,本件譲渡契約3について,アメリカ合衆国国民であるA及びBが,韓国国民である被控訴人に対し,我が国国内において効力を有する本件著作権を含むケネス・ハワードから承継した知的財産権を譲渡することを内容とするものである旨主張していること,被控訴人は,当時,日本国内において,「Von Dutch」ブランドに関する事業を行っていたこと,被控訴人は,日本国内(大阪市内)に事務所を有していたことなどに照らすと,本件譲渡契約3の成否及びその効力については,日本法を準拠法とすることが,当事者の合理的意思に合致するものと認めるのが相当である。】
(3) 著作権の物権類似の支配関係の変動について適用されるべき準拠法は,保護国の法令が準拠法となるものと解するのが相当である。すなわち,一般に,物権の内容,効力,得喪の要件等は,目的物の所在地の法令を準拠法とすべきものとされる(法例10条)。その理由は,物権が物の直接的利用に関する権利であり,第三者に対する排他的効力を有することから,そのような権利関係については,目的物の所在地の法令を適用することが最も自然であり,権利の目的の達成及び第三者の利益保護という要請にも最も適合することにあると解される。著作権は,その権利の内容及び効力がこれを保護する国の法令によって定められ,また,著作権の利用について第三者に対する排他的効力を有するから,物権の得喪について所在地法が適用されるのと同様に考えるべきである(前記東京高等裁判所判決参照)。
そして,本件著作物の著作者であるケネス・ハワードはアメリカ合衆国国民であったので,文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約3条(1)()及び著作権法6条3項により,本件著作物は,我が国の著作権法の保護を受ける。
そうすると,本件著作権の物権類似の支配関係の変動については,保護国である我が国の法令が準拠法となる。
【3 争点2(本件譲渡契約1の解除の有無)について
(1) A及びBから上野商会への本件譲渡契約1について
ア 前記で認定した事実によれば,A及びBと上野商会とは,本件著作権を含むケネス・ハワードの全知的財産権を譲渡する旨の本件譲渡契約1を締結したといえる。我が国の法令の下においては,譲渡契約の締結によって,直ちに移転の効力が生じるとされているから,本件著作権は,本件譲渡契約1の締結と同時に,A及びBから上野商会に移転した。
イ 被控訴人は,本件譲渡契約1が売買契約ではなく,債権担保を目的とする譲渡担保契約であるから,本件著作権は上野商会を経由して控訴人に移転することはない旨を主張する。しかし,同主張は,前記認定の事実経過に照らし,採用することができない(なお,仮に,被控訴人が主張するように,本件譲渡契約1が売買契約ではなく,債権担保を目的とする譲渡担保契約であるとすれば,本件譲渡契約2を待つまでもなく,本件著作権は,担保提供者である控訴人に移転したことになるから,被控訴人の主張は,主張自体失当である。)。
(2) 本件譲渡契約1の解除について
被控訴人は,本件譲渡契約1が解除された旨主張する。
しかし,以下のとおり,被控訴人の上記主張は失当である。
()
4 争点3(本件譲渡契約2がA及びBの同意を欠き,無効であるか否か)について
(1) 上野商会から控訴人への本件譲渡契約2について
ア 前記で認定した事実によれば, 上野商会と控訴人とは, 本件著作権を含むケネス・ハワードの全知的財産権を譲渡する旨の本件譲渡契約2を締結したといえる。そして,我が国の法令の下においては,譲渡契約の締結によって,直ちに移転の効力が生じるとされているから,本件著作権は,本件譲渡契約2の締結と同時に,上野商会から控訴人に移転した。
イ 被控訴人は, 本件譲渡契約2は商標権を対象とするものであって,著作権を対象としたものではなく,本件著作権は控訴人に移転していない旨主張する。しかし,同主張は 前記認定の事実経過に照らし,採用することができない(なお,本件譲渡契約2では,商標権に限らず 著作権を含む知的財産権を総称するものとして,「Tademarks(本件商標 )」という用語が使われている。)。
(2) 本件譲渡契約2の効力について
被控訴人は,A及びBの承諾がないから,本件譲渡契約2は無効であると主張する。
しかし, 前記(1)アのとおり, 我が国の法令の下においては, 譲渡契約の締結によって,譲渡の対象となった権利は,直ちに移転の効力が生じ,A及びBの承諾を必要とするものではない。
確かに,本件譲渡契約1は,同契約に基づく当事者の契約上の地位や当事者の権利義務については,他方当事者の承諾なく譲渡することを禁止しているが(19条),同契約における譲渡の対象であるケネス・ハワードの全知的財産権の譲渡に際し,他方当事者の承諾が必要である旨規定したものとは解することはできない(なお,仮に,上野商会による本件譲渡契約2の締結が,本件譲渡契約1に基づく上野商会の義務に違反するものであるとしても,そのことは,本件譲渡契約1の解除の理由となり得るにすぎないところ,A及びBから上野商会に対し当該義務の不履行を理由とする解除の意思表示がされたことは,主張されていないのみならず,かかる事実を認めるに足りる証拠もない。)。
5 争点1(被告が,原告への本件著作権の移転につき対抗要件の欠缺を主張し得る法律上の利害関係を有する第三者であるか否か)について
(1) 本件譲渡契約3の成否について
ア 本件譲渡証明書は,A及びBと被控訴人との間において,被控訴人がA及びBに代わって,アメリカにおいて生じていた,本件譲渡契約1をめぐるA及びBと上野商会間の紛争を処理するなどの目的で作成されたものであり,ケネス・ハワードの全知的財産権を移転する意思は存在しなかったものと認定するのが相当である。したがって,本件譲渡契約3(被控訴人が,A及びBから,本件著作権を含むケネス・ハワードの全知的財産権を譲り受ける旨の契約)は,譲渡に係る意思は存在しないのであるから,有効に成立していない。
また,仮に,同契約が外形上成立していると見る余地があったとしても,虚偽表示により無効というべきである(民法94条1項。)。
このように認定した理由は,以下のとおりである。
() 前記によれば,被控訴人の主張に係る本件譲渡契約3は,被控訴人が,A及びBに対し何ら対価の支払をすることなく,A及びBからケネス・ハワードの全知的財産権の譲渡を受けるという内容であったことが認められる。なお,本件譲渡証明書及び単独申請承諾書以外には,同契約に関して作成された契約書等の書面は提出されていない。
()
そうすると,本件譲渡契約3において,A及びBが,何らの対価の支払も受けることなく,被控訴人に対し,一方的に,ケネス・ハワードの全知的財産権を譲渡したとすることは経験則に反するというべきである。
()
() 以上の事情を総合考慮すると,A及びBは,被控訴人にケネス・ハワードの全知的財産権を譲渡するとの意思を有していたものではなく,被控訴人にアメリカにおける紛争の解決を託すべく,本件譲渡契約1をめぐる上野商会との間の紛争に関する権利を信託的に譲渡する目的で,本件譲渡証明書及び単独申請承諾書に署名したにすぎず,被控訴人も,A及びBからケネス・ハワードの全知的財産権の譲渡を受ける意思を有していたものではなく,本件譲渡契約1をめぐるA及びBと上野商会との間の紛争等を解決するための依頼を受けたにすぎないと認めるのが自然である。
()
() 被控訴人は,本件譲渡契約3の締結に当たり,対価を支払わなかったのは,「Flying Eyeball」 標章を用いた商品や「Von Dutch」ブランドの商品を商品化できない事情が存在したからであると主張する。しかし,被控訴人の主張に係る事情は,本件著作権の譲渡を目的とする契約を締結する合理性が存在しないことを示すものであるから,むしろ本件著作権の譲渡を受ける意思は存在しなかったとの認定に沿うものというべきであって,前記アの認定判断を左右するものとはいえない。
() 被控訴人が主張するように,一般に,著作権に関する登録申請に添付する譲渡証明書に代金額や支払時期の記載が必要でないとしても,本件では,本件ライセンス契約と本件譲渡契約3とが前記()のような関係にあることからすれば,被控訴人の主張する本件譲渡契約3が締結されたのであれば,むしろ同契約について詳細な契約書が作成されるのが,常識にかなう。しかるに,そのような契約書の提出はなく,また,被控訴人は,本件ライセンス契約の締結後,いかなる理由ないし目的で,本件譲渡契約3の締結に至ったのかにつき,合理的な説明もしない。
()
(2) 被控訴人が背信的悪意者であるか否かについて
前記(1)のとおり,A及びBから被控訴人に対する本件著作権の譲渡はなされていないというべきであるが,念のため,仮にA及びBから被控訴人に対する本件著作権の譲渡があったとして,被控訴人が背信的悪意者であるか否かを検討する。
()
ウ 上記ア,イ及び前記において認定した事実を総合考慮すると,被控訴人は,控訴人が本件著作権の正当な承継者であることを熟知しながら,控訴人の円滑な事業の遂行を妨げ,又は,控訴人に対して本件著作権を高額で売却する等,加害又は利益を図る目的で,A及びBに働きかけて本件譲渡証明書及び単独申請承諾書に署名させ,本件譲渡登録を経由したものと推認することができ,したがって,被控訴人は背信的悪意者に該当するものと認めるのが相当である。
(3) 小括
以上によれば,被控訴人は,控訴人への本件著作権の移転につき,対抗要件の欠缺を主張し得る法律上の利害関係を有する第三者(著作権法77条)には該当しない。】