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著作権判例セレクション
【差止請求】将来発生する著作権に基づく差止請求の可否
▶平成5年8月30日東京地方裁判所[平成3(モ)6310]▶平成6年10月27日東京高等裁判所[平成5(ネ)3528]
(注) 本件は、米国において英語の日刊新聞「THE WALL STREET JOURNAL」(債権者新聞)を発行する債権者が、日本において「全記事抄訳サービス」と称して、右新聞の記事を抄訳した文書(債務者文書)を作成・頒布する債務者に対し、債務者文書の作成・頒布は債権者の右新聞について有する編集著作権を侵害するものであるとして、その作成・頒布の差止めの仮処分を申し立てたところ、これを認容する仮処分決定(本件仮処分命令)がなされたため、その取消し等を求めた仮処分異議事件である。
3 次に、将来の債務者文書の作成・頒布行為に対する差止めの可否について、検討する。
(一)著作権法112条は、著作権を侵害するおそれがある者に対し、その侵害の予防を請求することができる旨規定しているから、既に著作権が発生している場合は、たとえ侵害行為自体は未だなされていない段階においても、予測される侵害に対する予防を請求することができることはいうまでもなく、また民事訴訟法226条[注:現135条。以下同じ]は、必要性がある場合には将来の給付を求める訴えをすることができる旨規定し、更には著作権法は著作者等の権利の保護を図ることを目的としているから、これらの規定に鑑みれば、日刊新聞のように、短い間隔で定期的に継続反復して発行される著作物について、これまで著作権侵害行為がその発行毎になされてきた等の事情から、将来も発行予定の著作物に対する同種侵害行為が予想され、しかも発行による著作権の発生を待っていては実質的に権利救済が図れない場合には、将来の給付請求として、右著作物が発行されることを条件として、予測される侵害行為に対する予防を請求することができると解するのが相当である。
(二)債権者は、年間売上高において13億ドルに及び、またフォーチュン誌500社ランキングにおいて264位にランクされる等の有力メディア企業であること、債権者の発行する債権者新聞は、1889年に創刊され、以来継続して発行されている米国最大の日刊新聞であること、同紙は、従前から一定の編集方針を有し、これを堅持していること等は前記認定のとおりであり、これらの事実によれば、出来事の選択・配列について創作性のある債権者新聞が今後も確実に継続して発行され、したがって、債権者において、今後発行する債権者新聞について、これまでと同様の編集著作権を確実に取得するということができる。
また、債務者は昭和61年9月から継続して債務者文書を作成し頒布してきたものであること、債務者は債権者からの中止要請に対し、記事原文コピーサービス等は中止したものの、債務者文書の作成頒布は中止せず、かえって顧客である会員に対し今後もこれを継続する旨を記載した文書を送付していること等の前記認定事実によれば、債務者は、将来債権者新聞が発行される毎に、これに依拠してこれまでと同様の債務者文書を作成・頒布して編集著作権侵害行為を行うであろうことも確実であると認められる。
更に、前記のとおり、債権者新聞は日々発行される日刊新聞であり、これに対応する債務者文書はその発行後直ちに作成され頒布されるというのであるから、債権者において、債権者新聞を発行する都度、対応する債務者文書の作成・頒布の予防ないし停止を請求すること、そしてその目的を達成することは、事実上極めて困難であるといわざるをえない。したがって、債権者新聞を現に発行するまで編集著作権に基づく予防請求をなしえないとするのは債権者の編集著作権の保護に欠けるというべきである。
(三)右のとおり、日々発行される債権者新聞について、その発行毎に同種編集著作権侵害行為が反復継続され、今後も同種侵害行為が予想され、しかも債権者新聞が発行されなければ予防請求することができないとするのでは実質的に債権者の編集著作権保護が図れないから、将来の給付請求の必要性があると認められる。また将来債権者新聞が発行されたときには、前記2の場合と同様に、債権者新聞に対応した債務者文書が作成され、債権者の編集著作権が侵害されるおそれがあると認められる。したがって、債権者は、債権者新聞が発行されることを条件として、これに対応した債務者文書の作成・頒布行為の予防を求めることができるというべきである。
なお、債権者は、将来発生する編集著作権に基づく差止請求権が現時点で既に発生し、これを被保全権利とする旨の主張をしているが、この主張の趣旨は、将来の債務者文書に対する差止めを求める点にあるから、右債権者の主張の中には、将来編集著作権が発生することを条件とし、この編集著作権が現実に発生した段階で生じる差止請求権を被保全権利とする主張も含まれているものと解される。
4 前記認定の諸事実によれば、債務者は、今後引き続き債務者文書の作成・頒布行為を行い、これにより債権者は著しい損害を被るおそれがあると認められるから、保全の必要性があるというべきである。
5 以上のとおりであって、本件仮処分命令は、将来の債務者文書に対する作成・頒布の差止めを何らの条件を付することなく認容した点において相当でないから、その主文を別紙(1)のとおり変更するのが相当である。
[控訴審]
四 次に、将来の控訴人文書の作成・頒布行為に対する差止めの可否について検討する。
1 著作権法112条は、著作権を侵害するおそれがある者に対し、その侵害の予防を請求することができる旨規定しているから、既に著作権が発生している場合には、たとえ侵害行為自体はいまだなされていない段階においても、予測される侵害に対する予防を請求することができることはいうまでもない。
問題は、請求の根拠となる著作物が口頭弁論終結時に存在しておらず、将来発生することとなる場合にも将来の給付の訴えとして差止請求を求めることができるかという点にある。
民事訴訟法226条[注:現135条。以下同じ]は、将来の給付の訴えについて、予めその請求をする必要がある場合にはこれを認めているが、この訴えが認められるためには、その前提として、権利発生の基礎をなす事実上及び法律上の関係(請求の基礎たる関係)が存在していることが必要であり、したがって、将来発生する著作権に基づく差止請求を無条件に認めることはできない。
しかし、新聞の場合について考えてみると、当該新聞が将来も継続して、これまでと同様の一定の編集方針に基づく素材の選択・配列を行い、これにより創作性を有する編集著作物として発行される蓋然性が高く、他方、これまで当該新聞の発行毎に編集著作権侵害行為が継続的に行われてきており、将来発行される新聞についてもこれまでと同様の編集著作権侵害行為が行われることが予測されるといった事情が存する場合には、著作権法112条、民事訴訟法226条の各規定の趣旨、並びに新聞は短い間隔で定期的に継続反復して発行されるものであり、発行による著作権の発生をまってその侵害責任を問うのでは、実質的に権利者の救済が図れないこと、新聞においては、取り上げられる具体的な素材自体が異なっても、一定の編集方針が将来的に変更されないことが確実であれば、編集著作物性を有するものと扱うことによって法律関係の錯雑を招いたり、当事者間の衡平が害されたりするおそれがあるとは認め難いことに鑑み、将来の給付請求として、当該新聞が発行されることを条件として、予測される侵害行為に対する予防を請求することができるものと解するのが相当である。
2 本件についてみるに、①被控訴人は、年間の売上高が13億ドルで、「フォーチュン」誌の選ぶ500社ランキングにおいて264位にランクされるなどの有力メディア企業であること、及び被控訴人新聞は、1889年に創刊され、以来継続して発行されている米国最大の日刊新聞であって、従前から一定の編集方針を有し、これを堅持していることからすれば、被控訴人新聞は、今後も従前からの一定の編集方針を堅持し、素材の選択・配列について創作性のある新聞として、継続して発行される蓋然性が極めて高いものと認められ、したがって、被控訴人が将来発行する被控訴人新聞も、これまでと同様の編集著作権を取得するものと認めるのが相当であること、②控訴人は、昭和61年9月から、被控訴人新聞が発行される毎に継続して控訴人文書を作成・頒布してきたものであって、これが被控訴人新聞の編集著作権の侵害に当たることは前記認定、説示したところであるが、更に、控訴人は被控訴人からの中止要請に対し、記事原文コピーサービス等は中止したものの、控訴人文書の作成・頒布は中止せず、かえって顧客である会員に対し、今後もこれを継続する旨を記載した文書を送付していることを併せ考えれば、控訴人は、将来被控訴人新聞が発行される毎に、これに依拠してこれまでと同様の控訴人文書を作成・頒布して編集著作権侵害行為を行うであろうことも確実であると認められること、③控訴人文書は、被控訴人新聞の発行後直ちに作成・頒布されるものであるから、被控訴人において、被控訴人新聞を発行する都度、対応する控訴人文書の作成・頒布の予防ないし停止を請求すること、そしてその目的を達成することは、事実上極めて困難であるといわざるを得ないことを総合すると、被控訴人は、将来の給付請求として、被控訴人新聞が発行されることを条件に、これに対応する控訴人文書の作成・頒布行為の予防を求めることができるものというべきである。
3 控訴人は、著作権は著作物の創作という事実によって発生するものであって、著作物の存在しない、その内容さえ分からない段階で著作物としての保護が与えられるなどということは、著作権法上考えられないことであり、また、具体的著作物が作成されていない段階で将来著作物が作成されたら、その著作権侵害の排除を求めるということは具体的法律関係に関する争訟とはいえず、将来発行される被控訴人新聞についての編集著作権に基づく差止請求は理由がない旨主張する。
しかし、前記2に述べた理由により、被控訴人が将来発行する被控訴人新聞も、これまでと同様の編集著作権を取得するものと認めるのが相当であることを前提とし、かつ、将来の給付の必要性がある場合に当たるとして、被控訴人新聞が発行されることを条件に、発行により生じる編集著作権に基づく予防請求を認めたものであり、もとより具体的法律関係に関する争訟性も充足しているものであって、控訴人の右主張は理由がない。