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著作権判例セレクション

 地図図形著作物の侵害性地図(住宅地図)の侵害性

昭和530922日富山地方裁判所[昭和46()33]
四1 一般に、地図は、地球上の現象を所定の記号によつて、客観的に表現するものにすぎないものであつて、個性的表現の余地が少く、文字、音楽、造形美術上の著作に比して、著作権による保護を受ける範囲が狭いのが通例ではあるが、各種素材の取捨選択、配列及びその表示の方法に関しては、地図作成者の個性、学識、経験等が重要な役割を果たすものであるから、なおそこに創作性の表出があるものということができる。そして、右素材の選択、配列及び表現方法を総合したところに、地図の著作物性を認めることができる。
ところで、地図における著作権侵害の成否を判断するに際しては、地図における著作物性が右のとおりであることの結果として、著作物性がある部分を個々的に抽出することは困難であり、結局、侵害の成否は全体的に判断せざるを得ないことになる。
2 著作権侵害の成否を判断するに際し、一般に新たに作成された著作が、既に存在する他人の著作物に依存することなく、独自に創作されたものであれば、結果的に他人の著作物と同一になることがあつても、著作権侵害とはならないのであるが、新著作が他人の著作物を基本として作成された場合であつても、そこに独自の創作性が加えられた結果、通常人の観察するところにおいて、旧著作の著作物としての特徴が、新著作の創作性の陰にかくれて認識されないときは、新著作は単なる複製でも二次的著作物でもなく、他人の著作物の自由な利用により創作された独自の著作物であると認められ、著作権侵害とはならないというべきである。この場合、模範として利用された旧著作の独自性が顕著であればあるほど、新著作中に化体さたた精神的業績が高度であることが、新著作を独立の著作物として保護するため必要とされるが、旧著作が個性的表現の僅少なものであれば、これに対する著作権による保護は厳格に限定されねばならないから、新著作の著作物としての独自性は認められ易くなるといえる。
3 いわゆる住宅地図は、特定市町村の街路及び家屋を主たる掲載対象として、線引き、枠取りというような略図的手法を用いて、街路に沿つて各種建築物、家屋の位置関係を表示し、名称、居住者名、地番等を記入したものであるが、その著作物性及び侵害判断の基準については、基本的には先に地図一般について述べたところと同様である。ただ、住宅地図においては、その性格上掲載対象物の取捨選択は自から定まつており、この点に創作性の認められる余地は極めて少いといえるし、また、一般に実用性、機能性が重視される反面として、そこに用いられる略図的技法が限定されてくるという特徴がある。従つて、住宅地図の著作物性は、地図一般に比し、更に制限されたものであると解される。
4 そこで、原告の本件住宅地図と、被告会社が富山市及び高岡市で発行した住宅地図のうち、最初の発行にかかる別紙目録(三)記載の住宅地図とを比較検討してみる。
(一)まず、富山市版につき、成立に争いのない(証拠)により比較検討すると、両者は共に、鉄道、街路、河川、町名、家屋その他の建造物、及び空地の位置関係、官公庁名、会社名、居住者名(主に姓のみ)、一部電話番号を表示対象としていること、表示方法については、両者共、街路に沿つて家屋その他の建造物を平面的に、主に四角形で表示し、その中に官公庁名、会社名、居住者名、一部電話番号(被告会社版においては地番)を記入し、記入しきれない部分については、別記として表示するという方法を採つていること、枠取りの表示、引かれた線の接合箇所が同一又は類似しているところが、市街地において相当数存在することが認められる。しかしながら、外形的にみると、原告版は縦26センチメートル、横38センチメートルの横型、被告会社版は、縦38センチメートル、横26.5センチメートルの縦型であり、地図部分の頁数は、原告版151頁、被告会社版266頁であること、原告版は、富山市の中心及び周辺部(郊外では記載対象とされていない部分が相当ある。)を、151頁使用して、おおむね横型に区割しているに対し、被告会社版は、富山市のほぼ全域を、独自に、266頁使用して、おおむね縦型に区割しており、その結果、原告版に掲載されなくて被告会社版に掲載されている地区が相当存在すること、縮尺に関しては、被告会社版の方が図が大きく、スペースが充分にとつてあり、全般的にゆつたりした印象を受けること、街路、河川の配置、建物の枠取りについての線引きにおいて、両者間にかなりの相違がみられること(郊外においては殊に顕著である。)、居住者名、会社名等の表示において、両者間で異なる部分が多数存在すること、原告版では地番の表示は例外的であるに対し、被告会社版では大多数の建物にこれが表示されていること(これは被告会社版作成に際し、個々の建物が調査されていることを示すものといえる。)が認められ、以上を総合すると、全体的にみて、原告の住宅地図と被告会社のそれとの間の相違は顕著であり、通常人の観察するところによる限り、被告会社の住宅地図から原告の住宅地図の著作物としての特徴を認識することは困難であるといわざるを得ない(なお、原告は、被告会社作成の住宅地図と、原告作成のそれとの間に、建物の枠取りについての線引きにおいて、線引きの位置、引かれた線の接合箇所が同一の箇所が存在することを、著作権侵害の重要な論拠とするものであるが、本件のような住宅地図においては、線引きは、その表示する建物の所在、位置を明確化せしめるために通常用いられる略図的手法の一であるにすぎないし、また街路に沿つて一方の端から線引きしてゆくと多かれ少かれ類似の表現になることは避け難いところであろうから、線引きの結果自体を作成者の独自の精神的労作の結果とみる余地は少いものであるといわざるを得ない。)。
(二)次に高岡市版について、成立に争いのない(証拠)により、両者を比較検討すると、地図部分の頁数が、原告版では119頁、被告会社版で212二頁であること、原告版は高岡市の中心部及び周辺部(郊外で掲載対象とされていない部分が相当ある。)を82頁を用いて表示している外、新湊市(目次によると11頁使用)、砺波市(同4頁使用)、氷見市(同14頁使用)、大門町(同4頁使用)、大島村(同4頁使用)の中心部を掲載対象としているに対し、被告会社版は、高岡市のほぼ全域を独自に135頁用いて表示している外、新湊市のほぼ全域(33頁使用)、氷見市(24頁使用)、小杉町(大門町、大島町と重複する頁を加えると12頁使用)、大門町(大島町、小杉町と重複する頁を加えると4頁使用)、大島町(大門町、小杉町と重複する頁を加えると9頁使用)の中心部を掲載対象としていること、原告版では氷見市、砺波市についての区割方法を表示した図面がないこと(なお、印刷上のミスによるのか、原告版の(証拠)で砺波市(又は砺波町)として表示されている94ないし97頁には氷見市の一部が掲載してあり、氷見市として表示されている107ないし111頁には砺波市の一部が掲載してあるようである。)、被告会社版では、目次の頁に郵便番号も記載されていることが認められる外は、富山市版について前記認定しているところと、おおむね同様であり、全体的にみて、原告の住宅地図と被告会社のそれとの間の相違は、両者の富山市版におけると同等ないしそれ以上に顕著であり、やはり、通常人の観察による限り、被告会社の住宅地図から原告の住宅地図の著作物としての特徴を認識することは困難であるといわざるを得ない。
5 右に検討したとおり、被告会社が富山市及び高岡市で最初に発行した別紙目録(三)記載の住宅地図は、原告の本件住宅地図の著作権を侵害するものではない。
そして被告会社が、右初回版を基礎として、毎年右両市において住宅地図を発行してきていることは当事者間に争いがなく、また、その後被告会社において、原告の本件住宅地図の表現方法等を新たに取入れたと認めるに足る証拠はないから、初回版以降の被告会社発行の右両市の住宅地図(別紙目録(二)記載の住宅地図を含む。)が、原告の本件住宅地図の著作権を侵害するものであるとはいえない。