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著作権判例セレクション
【地図図形著作物の侵害性】丸棒矯正機の設計図の著作物性及び侵害性が争点となった事例
▶平成4年04月30日大阪地方裁判所[昭和61(ワ)4752]
(注) 原告技術部長他数名の原告従業員が、原告(会社)の発意に基づき、職務上作成した、原告が製作販売するKVS―135型丸棒矯正機(「原告矯正機」)の設計図のことである。なお、「丸棒矯正機」とは、特殊形状の二本以上のロールを用いて、金属の丸棒製作工程中に生じた丸棒材の曲がりを真っ直ぐに矯正するとともに、表面切削後の荒れた表面を磨いてつややかにする機能を有する機械である。
一 争点1(原告本件設計図の著作物性)等について
1 原告本件設計図は、原告の設計担当の従業員らが研究開発の過程で得た技術的な知見を反映したもので、機械工学上の技術思想を表現した面を有し、かつその表現内容(描かれた形状及び寸法)には創作性があると認められる。したがって、原告本件設計図はそれぞれ丸棒矯正機に関する機械工学上の技術思想を創作的に表現した学術的な性質を有する図面(著作権法10条1項6号)たる著作物にあたるというべきである。但し、原告の主張中の、ハイドロナットの使用や、サイドフレームを使用した三層構造を採用したこと、クラウンフレーム内における油溝を三条構造としたこと、ベッドフレームにおける油回収に一部開放機構を採用したこと、上ロールの上下調整システムにウォームとウォームホィール方式を採用したこと、ロールの角度調整システムに油圧シリンダーと油圧モーター方式を採用したこと、バイオネット構造において四山を採用したことに関し、それらの構造を採用するという技術的思想そのものは、要件を満たした場合に特許法ないし実用新案法により保護されるべき性質のものであり(その意匠が意匠法により保護される場合もある)、著作物として保護されるのは、その表現(図示された形状や寸法)であると解される。
2 (事案の概要)記載の事実によれば、原告本件設計図の著作権は原告に帰属すると認められる。
二 争点2(被告が原告本件設計図を複製したか)について
1 被告設計図は原告本件設計図に依拠して作成されたか。
(略)
2 原告本件設計図と被告設計図の対比
(略)
4 そこで、以上認定の事実を基礎に以下判断する。
まず、複製とは原著作物を有形的に再製するものである(著作権法2条1項15号)ところ、再製とは、必ずしも原著作物と全く同一のものを作り出す場合に限られず、多少の修正増減があっても、著作物の同一性を変じない限り、再製にあたると解されるが、被告上部ベッド図は、原告クラウンフレーム図と前記の点で同一ないし類似する寸法、形状が記載されているが、ロールの角度調整機構、バイオネット構造の形状、吊り手の有無、フレーム内部の諸寸法等の点で異なっており、全体としては原告クラウンフレーム図と同一性を有するとは認められない。被告下部ベッド図も、原告ベッドフレーム図とは、吊り手の有無、油回収機構の寸法、具体的形状、フレーム内部の諸寸法等の点で異なっており、全体としては原告ベッドフレーム図と同一性を有するとは認められない。被告サイドフレーム図は、その詳細は不明であり、原告サイドフレーム図と同一性を有すると認めることはできないうえ、被告設計担当者が同図に接し、これに依拠して作成したと認めるに足りる証拠もない。
右以外の被告設計図中に原告本件設計図と同一性を有する設計図が存することを認めるに足りる証拠もない。
しかしながら、原告クラウンフレーム図と原告ベッドフレーム図についての、各フレームの外形寸法(原告クラウンフレーム図の上ロール軸受部装着のための突出部分の寸法を含む)、ステーシャフト受入部分の中心とフレーム外面との距離、中心間距離及び内寸、油溝部分の寸法、ボルト孔の位置の寸法等、別紙図面1及び2に数字を赤色及び青色で示した寸法やこれらの寸法に基づき図示された形状部分は、クラウンフレームとベッドフレームの基本的構造に関するものであり、そうした基本的構造の寸法は、それだけでも、原告設計担当者らの機械工学上の技術思想を表現した面を有し、その表現内容(寸法及びその寸法に基づき図示された形状)には創作性があると認められる。そして、被告設計担当者のCは、被告上部ベッド図は原告クラウンフレーム図の、被告下部ベッド図は原告ベッドフレーム図の右基本的構造に関する表現(寸法及びその寸法に基づき図示された形状)をそのまま引用したものであり、同種の技術を用いて同種の機械を製作しようとすればその設計図の表現は自ずから類似せざるをえないという事情によって説明しうる範囲を超えているから、被告上部ベッド図は原告クラウンフレーム図を、被告下部ベッド図は原告ベッドフレーム図を、それぞれ右指摘部分につき部分的に複製したものであり、原告が各設計図の右指摘部分について有する複製権を侵害する。なお、別紙図面2に黄色で示した部分(ベッドフレームにおける油回収機構)については、被告下部ベッド図は、四か所の「しきり」のうち一か所について開放部を設け、開放部から多量の潤滑油を回収する構造としている点で原告ベッドフレーム図と同一ではあるが、寸法、形状において異なる以上、原告ベッドフレーム図の当該部分の複製と認めることはできない。他方、被告サイドフレーム図については、原告本件設計図(特に原告サイドフレーム図)の部分的複製と認めるに足りる一致点があるとは認められない。
またそれら以外の被告設計図中にも、上部ベッドや下部ベッドを記載した図面があると考えられるが、それらの図面が具体的にどのように表現されているかは不明であり、原告本件設計図を部分的に複製したと評価しうる図面が存すると認めるに足りる証拠はない。
5 したがって、請求の趣旨第一項の請求は、別紙図面1及び2に数字を赤色及び青色で示した寸法及びその寸法に基づき図示された形状部分の複製禁止を求める限度で理由があるが、その余の部分は理由がなく、請求の趣旨第三項の請求は、右侵害行為によって作成され、被告が所持する、被告上部ベッド図及び被告下部ベッド図の廃棄を求める限度で理由があるが、その余の部分は理由がない。
三 争点3(設計図に基づく機械の製作が設計図の複製になるか)及び争点4について
著作権法において、「複製」とは、印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製することをいう(著作権法2条1項15号)のであり、設計図に従って機械を製作する行為が「複製」になると解すべき根拠は見出し難い。原告は、それに基づいて製作することが予定されている設計図については、複製に建築に関する図面に従って建築物を完成することを含む旨規定する著作権法2条1項15号ロを類推適用すべきである旨主張する。しかしながら、右規定は、思想又は感情を創作的に表現したものであって学術又は美術の範囲に属するものであれば、建築物はそれ自体が著作物と認められる(著作権法10条1項5号)から、それと同一性のある建築物を建設した場合はその複製になる関係上、その建築に関する図面に従って建築物を完成した場合には、その図面によって表現されている建築の著作物の複製と認めることにするものであるが、これに対して、原告矯正機の如き実用の機械は、建築の著作物とは異なり、それ自体は著作物としての保護を受けるものではない(それと同一性のある機械を製作しても複製にはならない)から、原告の右主張は採用できない。
また、別紙図面1ないし3に赤色及び黄色で示した部分の形状、寸法において一致する丸棒矯正機の製造を差止めることが、前記二で認定した被告侵害行為(設計図の複製)の停止又は予防に必要な措置と認めることもできない。
したがって、請求の趣旨第二項の請求は理由がない。
四 争点5(企業秘密の不正入手・使用を理由とする不法行為責任の成否)について
1 原告本件設計図は、原告の長年にわたる独自の研究開発の成果に基づいて作成されたものであり、そこに示された各部の形状や寸法は、原告の事業活動に有用な技術上の情報であり、昭和62年当時においては、原告丸棒矯正機と同型の機械は二台製造販売したのみであり、パンフレット等の公表物から容易に知りうる外形の形状を除けば、公然知られていないものであった。
2 後発のメーカーが先発メーカーの製品を参考とすることは当然のことであり、そのために、公表された資料を収集分析する他、自ら適法に入手した製品を分解して各部の形状、寸法を測定したり、先発メーカーの製品を購入使用している第三者の許諾を得て、各部の形状、寸法を測定することも原則として適法な行為であると解される。しかしながら、被告は、そのような手間や費用をかけることをせずに、前記のとおり、被告の設計担当の従業員Cが、原告と共通の外注先において原告矯正機の部品を加工中であることを奇貨として、右外注先において原告クラウンフレーム図及び原告ベッドフレーム図を原告に無断で調査し、記入された寸法を写し取り、前記指摘の部分においてそのまま引用して被告上部ベッド図と被告下部ベッド図を作成し、これらの資料を参考に上部ベッドや下部ベッド部分の図を含むその他の設計図を完成し、その設計図に基づき被告矯正機を製作、販売したものであり、このような手段によって他企業の製品についての公然知られていない情報を入手し利用することは、企業間の自由競争の限界を逸脱し違法と解され、故意により原告の財産上の権利を侵害して損害を発生させたものであるから、不法行為を構成する。そして、Cは被告の事業の執行に際して、右行為を行ったものであるから、被告は、原告に対し、その損害を賠償すべき責任を負う。
五 争点6(損害)について
原告の日本国内における丸棒矯正機についての市場占有率は約70パーセントに及ぶことが認められる。しかしながら、他方、国内では、他に、英国のブロンクス社と技術提携をしている株式会社大同機械製作所が丸棒矯正機を製造販売し、30パーセント近い市場占有率を有しており、被告矯正機を購入したクワネックス社や仲介した日商岩井株式会社は、丸棒矯正機については当初は被告の推薦で株式会社大同機械製作所と商談を進め、価格の点で折り合わなかったことから契約に至らなかったという事情がある。また、昭和49年当時既に西ドイツのキーゼリング社が、直径100ミリメートルまでの丸棒用の丸棒矯正機を製造販売し、日本国内においても、新日本製鉄株式会社がそれを販売しており、昭和60年頃にはより大型の機械も製造販売する能力は十分にあったと考えられるうえ、昭和60年当時は、日本国内では他に数社が丸棒矯正機を製造販売しており、日本国外でも、右キーゼリング社の他、英国のブロンクス社、ワイコー社等数社が丸棒矯正機を製造販売していた事実が認められ、これらの会社が、被告矯正機と同程度の丸棒矯正機の発注を受けた場合に、それを製造する能力がなかったと認めるに足りる証拠はない。また、被告の右著作権侵害部分は原告設計図のうちの前記の一部分にすぎない。したがって、被告の右著作権侵害ないし不法行為がなければ原告が原告矯正機一台を販売できたという関係にあったとは認め難いから、原告に原告矯正機一台を販売した場合の利益相当額の損害が生じたと認めることはできない。また、被告が、右著作権侵害行為により受けた利益の額も、これを認めるに足りる証拠がない。
他方、原告クラウンフレーム図及び原告ベッドフレーム図の別紙図面1及び2に数字を赤色及び青色で示した寸法及びその寸法に基づき図示された形状部分の複製につき通常受けるべき金銭の額は、原告矯正機の販売価格は一台当たり一億円を超えること、右寸法、形状は、それを知らなければ当業者が独自に丸棒矯正機を製作することが困難であるというほどのものではなく、したがって、独自に設計した場合に必要な設計期間をある程度短縮するという利益を与えるにすぎないと考えられること等を総合考慮すると、100万円と認めるのが相当である。右著作権侵害行為ないし不法行為により原告に生じた損害額が100万円を超えることを認めるに足りる証拠はないから、請求の趣旨第四項の請求は、右損害金100万円とこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余の部分は理由がない。