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著作権判例セレクション
【地図図形著作物の侵害性】企画書中の建築設計図書・事業計画書等の侵害性が問題となった事例
▶平成12年08月24日大阪地方裁判所[平成11(ワ)3635]▶平成13年6月21日大阪高等裁判所[平成12(ネ)3128]
一 争点1(著作権侵害)について
1 同(一)(原告企画書・改良企画書の著作物性)について
著作物とは、思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいうが(著作権法2条1項1号)、「創作的」とは、何らかの知的活動の成果であって、作成者の個性が現れたものであることをいい、厳格な意味で独創性の発揮されたものであることは必要ないが、アイデアそれ自体は著作権法による保護の対象とはならないし、データや事実を機械的に記載したにすぎないもの、誰が作成しても同様の表現となるようなありふれた表現のものは、創作性を欠き、著作権の保護の対象である著作物たり得ないというべきである。
(一) 原告企画書中の建築設計図書は、従前から本件土地の事業化を計画していた原告が、平成10年2月18日付け分譲申込みの添付資料とするため独自に製作したものであり、原告改良企画書中の建築設計図書は、原告が第一次申込みについていったん大阪府に辞退届を提出した後、事業採算性を検討し、当時一階スーパーマーケット部分の出店交渉をしていた西友の意向を取り入れて、原告企画書中の建築設計図書に自ら変更を加えたものであって、作成者の知識と技術を駆使して作成されたものであり、いずれも表現に創作性を有するものと認められるから、「地図又は学術的な性質を有する図面、図表その他の図形の著作物」(著作権法10条1項6号)に該当するものといえる。
(二) 次に、原告企画書中の事業計画書は、「事業の目的・コンセプト」「事業の内容」「施設計画のコンセプト(施設構成、フロアー構成の考え方等)」「事業展開にあたっての工夫」という項目ごとに、三、四行ないし十数行の文章によって原告の事業計画の特徴を説明した文書のほか、「施設の概要」の数値データ及び「工程スケジュール」からなるものである。右のうち、文章で事業計画を説明した部分は、原告の事業計画のコンセプトや宣伝文句を記載したものであるが、その具体的な文章表現において、叙述の順序や言い回しなどに工夫が見られ、同じアイデアからなる事業計画を別の表現方法を用いて記述することも可能であると解され、作成者の個性が現われたものといえるから、著作物であると認められる。しかし、事業計画書のうち「施設の概要」及び「工程スケジュール」の部分は、単に数値データや工程スケジュールといった事実を記載したものにすぎず、その記載方法において特段の独自性も見られないから、著作物には該当しないものというべきである。
(三) また、原告企画書中の経営計画書は、原告事業の収益性を数値的データを用いて説明したものにすぎず、「(仮称)ニューシティKOMYO計画」は、持分容積比率、敷地面積持分の割合、容積対応面積等のデータを表にしたものであるが、これらのデータの構成(区分、配列、形態)にも独自の点が認められないから、いずれも創作性を有しておらず、言語の著作物には該当しないというべきである。
(四) 以上によれば、原告企画書及び原告改良企画書のうち、建築設計図書及び事業計画書の一部については著作物性が認められるが、事業計画書(施設の概要及び工程スケジュール)・経営計画書、「(仮称)ニューシティKOMYO計画」については著作物性は認められない。
2 同(二)(被告計画書は、原告企画書及び原告改良企画書の複製に当たるか)について
(一) 設計図の著作物について著作権侵害の成否を判断するに当たっては、まず、創作的な表現と評価できる作図上の表記の仕方が複製判断の対象とされる設計図と原著作物の間で共通しているか否かを基準としなければならず、原著作物である設計図に具現された企画の内容や、そこから読み取り得るアイデアが共通するからといって著作物としての同一性を肯定することはできない。
しかも、建築設計図は、主として点又は線を使い、これに当業者間で共通に使用される記号、数値等を付加して二次元的に表現する方法により作成された図面であり、極めて技術的・機能的な性格を有する上、同種の建物に同種の工法技術を採用しようとする場合には、おのずから類似の表現を取らざるを得ないという特殊性を有することから、複製判断の対象とされる設計図と原著作物との間で、このような表現方法が共通していたとしても、創作的な表現が再製されたものとして同一性を肯定することはできないというべきである。
また、建築設計図書は、複数の図面から構成されているのが通常であり、本件においても、原告企画書中の建築設計図書は24枚の図面、原告改良企画書中の建築設計図書は7枚の図面から構成され、被告の建築設計図書は18枚の図面から構成されているが、著作物性を有するのは設計図書全体であるから、類否の検討に当たっては、一枚の図面の特定部分とそれに対応する部分を比較するのではなく、その部分が建築設計図書全体に果たしている役割を考慮しなければならない。
(二) 被告計画書中の建築設計図書と原告企画書及び原告改良企画書中の建築設計図書を対比すると、両者の間には、建造物の規模が地上一五階、地下一階であること、敷地南側と西側にL型三連構造の住戸棟を設け、その北側に住戸棟に囲まれる型で六階建の駐車場棟を設けていること、一階をスーパーマーケット店舗部分とし、一階屋上にスーパー来客用駐車場を設けていること、地下一階中央部に駐輪場を設け、その周囲に電気室・機械室・受水槽を設けていること等の共通点があり、建物の基本的形状において類似していることが認められる。そして、前記の経緯によれば、被告Hは、被告設計図書の作成に先立つ平成10年6月中旬時点で、原告から原告改良企画書の提供を受けているのであるから、被告らが、被告設計図書を作成するに当たり、原告改良企画書中の建築設計図書を参照した可能性は否定できない。
これに対し、原告企画書中の建築設計図書は、①二階北東部にオープンスペースを確保し、そこに、八角形状の建物に八角錐型の屋根を付した子供図書館を独立に設け、その周囲をキッズガーデンとして一般に開放する構成を採り、②二階ないし四階の北東部に文化事業ゾーンを設け、二階をカルチャーホール№1(託児所)、三階をカルチャーホール№2(集会所)、四階をカルチャープラザとし、これをドーム屋根で覆う形状としており、これらの図面上の表現は、事業採算性を考慮し、当初の文化事業ゾーンをマンション居住者用施設に変更した原告設計企画書中の建築設計図書においても、三階及び四階の北東部に独立して設けられ、住居棟と渡り廊下で連結された八角形の付帯施設(二階・キッズホール、四階・集会室)の表現に踏襲されているが、被告計画書中の建築設計図書には、低層階部分に住居棟から独立した付帯施設の表現はなく、二階北東部の「プレイロット」「キッズルーム」「プレイゾーン」、三階北東部の「集会室」も、いずれも住居棟又は駐車場棟の一部を利用した設備として表記されており、この点において、原告企画書及び原告改良企画書中の建築設計図書と、被告計画書中の建築設計図書には相違点があるといえる。また、原告企画書中の建築設計図書には、住居棟二階部分にテナントスペースが設けられているのに対し、被告計画書柱の建築設計図書では、右部分が分譲マンションとされており、この点にも相違点が認められる。
被告計画書中の建築設計図書と原告企画書及び原告改良企画書中の建築図書における共通点及び相違点を対比すると、共通点は、いずれも、設計図に内包されたアイデアが、本件土地上に大型スーパーマーケットと中高層住宅の併設建物を建設するという同一の企画に基づくことに由来し、かかる業務施設及び中高層住宅の併設建物を設計する場合に採用せざるを得ない表現方法が共通とするものといえる(なお、アイデアが著作権法による保護の対象とならないことは、前記1冒頭で判示したとおりである。)。これに対し、被告計画書中の建築設計図書と原告企画書及び原告改良企画書中の建築設計図書における相違点、ことに(イ)、原告企画書及び原告改良企画書中の建築設計図書中、二階ないし四階という低層階部分に設けられた独立の付帯施設の表現が、被告計画書中の設計図書には存在しないことは、この部分が、設計図書全般の表現と対比して人目を惹く形状を呈し、全体の印象を大きく左右することに鑑みて、これを無視することはできず、両者を全体的に考察した場合、被告著作物の同一性を変ずる程度に至っているというべきである。
以上によれば、被告事業計画書中の建築設計図書は、原告企画書及び原告改良企画書中の建築設計図書の複製とは認めることができない。
(三) 次に、原告企画書の事業計画書中、事業計画の特徴を文書で表現した部分と被告計画書中の事業計画書と対比すると、事業目的やコンセプトの同一ないし類似性からくる内容(アイデア)の類似性は認められるものの、それぞれの具体的な表現方法においては、構成、叙述の順序、言い回し、用語の選択等で全体的に顕著に相違していることが明らかである。原告が複製の根拠として挙示する点は、単に数値データ、事業計画の考え方ないしコンセプト、機能といったものの同一性、類似性をいうものにすぎず、採用の限りでない。したがって、被告事業計画書中の右記載部分が原告企画書中の事業計画書の複製であるとは認められない。
3 同(三)(被告らは、原告の建築設計図書に従って建築物を建築しているか)について
建築に関する図面に従って建物を建築する場合、その建築行為は建築設計図の複製ではなく、建築設計図書により表現された建築の著作物の複製となるところ(著作権法2条1項15号ロ参照)、著作権法にいう「建築の著作物」(同法10条1項5号)とは、すべての建築物を対象とするものではなく、美術の著作物と評価され得るような美的創作性を有する建築物を意味するものと解される。原告企画書及び原告改良企画書中の建築設計図書により表現された建築物は、本来、大型スーパーマーケット及び中高層マンションの併存建物という実用的な建物であり、右のような意味で、著作権法上保護の対象とされるべき建築の著作物と認め得るか疑問である。しかし、この点を措くとしても、被告らは、本件土地上に建築物を建築するに当たり、被告計画書中の建築設計図面のうち、二階北東部に設けられていた「プレイロット」「キッズルーム」「プレイゾーン」及び三階北東部に設けられていた「集会室」を取り止め、新たに、駐車場棟六階(屋上)南西部分に「キッズランド」「キッズルーム」「クラフトルーム」「ホームシアター」「パーティルーム・コミュニティルーム(集会室)」を一体化した共用部分を設けており、前記のとおり、原告企画書及び原告改良企画書中の建築設計図書中、二階ないし四階に設けられた付帯施設の表現が、建物全体の表現と対比して、人目を惹く形状、意匠を有し、設計図書全体の印象を大きく左右することを考慮すると、被告らが建築している建物が、全体的に考察した場合、原告の設計図書に表現された建物と類似しているとはいえない。
4 以上によれば、被告らが、原告の著作権を侵害したということはできない。
[控訴審同旨]
3 著作権侵害についての補足説明
(1) 原告企画書等の著作物性及びその範囲について
控訴人は,当審において,図書類の各部分のいずれか主要かつ相応の部分に,著作物の根拠となる表現があれば,全体として一体の著作物であると判断されるのであるから,原判決が,原告企画書の図書類を解体した上,同企画書の事業計画書中「施設の概要」及び「工程スケジュール」部分,経営計画書並びに「(仮称)ニューシティKOMYO計画」が著作物に該当しないと判断したのは誤りであると主張する。
しかし,被告計画書が原告企画書の著作権を侵害したか否かを判断するにあたり,著作物性のない部分について,これを比較することは無意味であるから,一個の著作物においても,その著作物における創作的な表現部分について,これが複製されたかどうかを判断することが必要であり,控訴人の上記主張は理由がないと考える。
(2) 被告計画書が原告企画書及び原告改良企画書の複製に当たるか否かについて
控訴人は,当審において,本件のような業務施設と中高層住宅を複合させる大型建築物においては,設計者は,建築設計上の言語を用いて自らの知識と技術を駆使して設計図を作成し,そこに創作的な表現を表す余地が十分に認められるにもかかわらず,原判決が,建築設計図の技術性,機能性からくる表現方法の多様性の限界を過度に重視し,複製を否定したことは,建築設計図作成者の知的活動の成果を過度に軽視するもので,誤りであると主張する。
また,控訴人は,当審において,原判決が,原告企画書及び原告改良企画書中の建築設計図書と被告計画書中の建築設計図書との間に多数の共通点を認め,建物の基本構造等主要部分において類似していることを認めながら,付属施設等ごくわずかな相違部分のみを過大評価して,図面全体の複製を否定したことは誤りであると主張する。
しかし,既に説示のとおり,被告計画書中の建築設計図書は,原告企画書及び原告改良企画書中の建築設計図書において特に創作性の顕著な部分と考えられる付帯施設についての俯瞰図に相当するものを備えておらず,原告企画書及び原告改良企画書中の建築設計図書のその他の部分については,特に,表現方法について特別な工夫をし,さらに,被告計画中の建築設計図書において,これと類似した表現がなされている表現方法は見当たらず(建築設計図作成者の知的活動の成果のうち,著作権法によって保護されるものは,その表現方法であり,表現された中身自体は他の権利として別途保護されるべきである。),被告計画書中の建築設計図書は,原告企画書及び原告改良企画書中の建築設計図書の複製であるということはできない。