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著作権判例セレクション

【表現形式が異なる著作物間の侵害性】性描写が要素の文章vs性描写が要素のイラスト

令和3330日東京地方裁判所[令和1()30833]▶令和3930日知的財産高等裁判所[令和3()10036]
() 本件は,原告が,別紙記載の文章及びイラストの著作者であるところ,被告において,上記文章及びイラストに依拠して別紙記載のイラスト及び文章を制作し,ウェブサイトに掲載した行為は,原告の有する翻案権,公衆送信権・送信可能化権及び同一性保持権を侵害する旨を主張して,被告に対し,著作権法の所定の規定に基づき,上記サイト上の被告作品を掲載した全ての記事の削除を求めるとともに,民法709条に基づき,損害賠償金等の支払を求めた事案である。

1 争点1(翻案権,公衆送信権・送信可能化権侵害の有無)及び争点2(同一性保持権侵害の有無)について
(1) 著作物の翻案(著作権法27条)とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的な表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう。
そして,著作権法は,思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(著作権法2条1項1号),既存の著作物に依拠して創作された著作物が思想,感情若しくはアイデア,事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において,既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には,翻案に当たらないと解するのが相当である(最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決参照)。
このように,翻案に該当するためには,既存の著作物とこれに依拠して創作された著作物との同一性を有する部分が,著作権法による保護の対象となる思想又は感情を創作的に表現したものであることが必要である(著作権法2条1項1号)。そして,「創作的」に表現されたというためには,厳密な意味で独創性が発揮されたものであることは必要ではなく,筆者の何らかの個性が表現されたもので足りるというべきであるが,他方,文章自体がごく短く又は表現上制約があるため他の表現が想定できない場合や,表現が平凡かつありふれたものである場合には,筆者の個性が表現されたものとはいえないから,創作的な表現であるということはできない。
また,同一性保持権を侵害する行為とは,他人の著作物における表現形式上の本質的な特徴を維持しつつその外面的な表現形式に改変を加える行為をいい,他人の著作物を素材として利用しても,その表現形式上の本質的な特徴を感得させないような態様においてこれを利用する行為は,原著作物の同一性保持権を侵害しないというべきである(最高裁昭和55年3月28日第三小法廷判決参照)。
(2) 以上を前提として,以下検討する。
ア まず,原告文章と被告イラストについては,原告文章が言語の著作物であるのに対し,被告イラストは基本的には美術の著作物であって,表現の形式が異なり,これらを対比すると,両者は,描写対象の設定(身長差のある設定の2人の登場人物が,一般的には困難と思われている体位で性行為を行っている点,性器の状態,及び登場人物の一方が壁につかまろうとしているという点)につき同一性を有するにとどまるといえる。しかして,上記描写対象の設定は,その内容自体や,原告文章の性質・内容に照らし,内面的思想たるアイデアにすぎず,表現それ自体でない部分であるというべきである。また,仮に表現自体と捉えられる部分があったとしても,本件各証拠を見ても,上記設定による表現に幅があると認められ制作者の個性の表れとして著作物性を肯定することを基礎付けるに足りるものは見当たらず,原告文章の性質・内容に照らせば,上記設定を前提とする限り,これを表現したものとしては平凡かつありふれたものであり,表現上の創作性がない部分であるといわざるを得ない。
イ 次に,原告イラストと被告文章については,原告イラストが基本的には美術の著作物であるのに対し,被告文章は言語の著作物であって,表現の形式が異なり,これらを対比すると,両者は,描写対象の設定(2人いる登場人物の一方が性的行為の際に勘違いをした状況で,他方の登場人物に対する言動・働きかけに及んでいる点)につき同一性を有するにとどまるといえる。しかして,これについても,上記説示が同様に当てはまるものである。すなわち,上記描写対象の設定は,その内容自体や,原告イラストの性質・内容に照らし,内面的思想たるアイデアにすぎず,表現それ自体でない部分であるというべきである。また,仮に表現自体と捉えられる部分があったとしても,本件各証拠を見ても,上記設定による表現に幅があると認められ制作者の個性の表れとして著作物性を肯定できることを基礎付けるに足りるものは見当たらず,原告イラストの性質・内容に照らせば,上記設定を前提とする限り,これを表現したものとしては平凡かつありふれたものであり,表現上の創作性がない部分であるといわざるを得ない。
ウ 以上によれば,被告イラストは原告文章を翻案したものには当たらず,また,被告文章は原告イラストを翻案したものには当たらないというべきである。
エ さらに,上記説示に照らせば,被告イラストは,原告文章の表現形式上の本質的な特徴を感得させないような態様において制作された,原告文章とは別個の著作物というべきであるから,原告文章の同一性保持権を侵害しないというべきであり,また,被告文章も,原告イラストの表現形式上の本質的な特徴を感得させないような態様において制作された,原告イラストとは別個の著作物というべきであるから,原告イラストの同一性保持権を侵害しないというべきである。

[控訴審同旨]
1 当裁判所も,控訴人の請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は,後記2のとおり当審における控訴人の補充主張に対する判断を付加するほかは,原判決に記載のとおりであるから,これを引用する。
2 控訴人の当審における補充主張について
(1) 被告イラストが原告文章の翻案に当たるとの点について
既存の著作物に依拠して創作された著作物が思想,感情若しくはアイデア,事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において,既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には,翻案に当たらないことは引用する原判決が説示するとおりである。
本件についてみると,被告イラストは,原告文章と同じく,原作である「ONE PIECE」に登場するキャラクターの設定に依拠して,身長差のある同性の2人が,壁に掴まりながら特定の体位で性交渉を行うという描写において,原告文章と同一性を有するにとどまるものであり,こうした描写自体は,アイデアないし着想にすぎないか,表現上の創作性がない部分である。
そうすると,原告文章を全体として見た場合に一定の創作性が認められる余地があるとしても,前述のとおり,被告イラストは,原告文章のうちアイデアないし着想にすぎないか,表現上の創作性がない部分において同一性を有するにすぎないのであるから,原告文章の翻案に当たるものでないことは明らかというべきである。
控訴人は,原告文章の創作性につき前記のとおり指摘し,被告イラストは,これらの創作部分が全て描写されているので,原告文章の翻案に当たる旨主張するが,控訴人の指摘する部分は,いずれも,アイデアないし表現上の創作性のない部分であるにすぎないし(「ONE PIECE」に登場するキャラクターの設定については,当然のことながら創作性を認めることができない。),その具体的な表現ぶりも,性表現として平凡かつありふれたものであり,そもそも被告イラストが当該表現部分に依拠して作成されたと特定することもできないものといわざるを得ない。
したがって,控訴人の主張は失当というほかない。
(2) 被告文章が原告イラストの翻案に当たるとの点について
被告文章は,原作である「ONE PIECE」に登場するキャラクターの設定に依拠して,原作に登場する2人の人物が性交渉後に,身長の低く若い人物(ルフィ)が失禁したと勘違いし,動揺をしている描写設定において,原告イラストと同一性を有するに止まり,こうした描写設定は,同性間の性交渉を描写するに当たってのアイデアないし着想にすぎないか,表現上の創作性があるとはいえない部分である。そうすると,原告イラストを全体として見た場合に一定の創作性が認められる余地があるとしても,前述のとおり,被告文章は,原告イラストのうちアイデアないし着想にすぎないか,表現上の創作性がない部分において同一性を有するにすぎないのであるから,原告イラストの翻案に当たるものでないことは明らかというべきである。
控訴人は,前記のとおり,被告文章は,原告イラストの最後のコマの「ルフィ」のセリフを受けて,あたかも連歌のように,直前の状況や内容を参看し,その背景や情趣,心境を踏まえて,そのポエジーを受け継いで記載されたものである旨主張するが,独自の見解というほかないものであり,控訴人主張のセリフ自体に表現上の創作性を認めることはできないし,ましてやそのセリフから連歌性やポエジーの存在を認め,被告文章が原告イラストに依拠した翻案に当たるなどと認めることは到底できない。
3 以上によれば,控訴人の請求は,その余について判断するまでもなくいずれも理由がない。