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著作権判例セレクション

コンテンツ契約紛争事例】書籍(旅行案内書)の制作委託契約(書籍の制作委託契約上,受託者には,著作権侵害に至らない態様であっても,相当程度に合理的な根拠に基づいて著作権侵害との疑義を受けるような態様で他人の出版物を模倣・複製しない旨の付随的な債務があるとした上で、受託者において、制作委託契約に伴う付随的な債務違反があったとして、その債務不履行に基づく損害賠償を認定した事例) ]

▶平成170512日東京地方裁判所[平成16()10223]▶平成18531日知的財産高等裁判所[平成17()10091]
(前提事実等)
被告(主に各種地図・ガイドブック等を中心とした図書の企画・制作・販売を業とする株式会社)は,原告(出版物の企画・編集を業とする有限会社)に対し,被告書籍(一般旅行者向けガイドブック)第9版のうちバリ島,オーストラリア,ニュージーランド等9タイトルについて,報酬863万1000円で企画・編集を発注した。
被告は,OFC(訴外の会社)から,本件空港案内図(原告が制作・納品し,被告書籍に掲載された各空港案内図のこと)について,OFCが制作し,著作権を有する「世界の空港案内」シリーズに掲載されている空港案内図(以下「OFC空港案内図」という。)に極めて類似しているとの指摘を受けた。
被告は,OFCとの間で,本件空港案内図に関して,解決金として750万円を支払う旨合意し,同合意に基づいて,OFCに対し,750万円を支払った。
本件において、被告は,原告が納品した被告書籍第9版に掲載された各地の空港案内図(「第9版本件空港案内図」)は,OFCの著作権を侵害し又はこれを利用したものであったから債務の本旨に従った履行がなされていないとして,原告の被告書籍第9版の編集等の報酬支払請求権の発生を争った。

2 争点3(被告書籍第9版に掲載された第9版本件空港案内図がOFC空港案内図に係るOFCの著作権を侵害しているといえるか)
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エ 小括
以上によれば,第9版本件空港案内図が第9版対応OFC空港案内図に係るOFCの著作権を侵害しているということはできない。
よって,原告が被告書籍第9版の制作に当たりOFC空港案内図に係るOFCの著作権を侵害したとして,債務の本旨に従った履行がなされていないとする被告の主張は,理由がない。
3 争点4(本件制作委託契約上,原告が,著作権侵害に至らない態様であっても他人の出版物を利用してはならない義務を負っていたか)
(1) 被告は,上記の義務が,委任契約上の善管注意義務の内容として,書籍の制作委託契約上,当然に生じる一般的義務であると主張するので,まず,この点について判断する。
一般に,旅行案内書の制作は,可能な限り数多くの資料を収集して分析,検討して行なうのが通常であるから(このことは,OFCの制作担当者の報告書からもうかがえる。),旅行案内書の制作委託契約上,制作受託者が,著作権侵害に至らない態様であっても他人の出版物を使用しない義務を当然に負うものとはいえない。
(2) 次に,本件制作委託契約上,著作権侵害に至らない態様であっても他人の出版物を使用しない旨の合意があったか否かにつき判断する。
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ウ 以上のとおり,本件制作委託契約上,原告と被告との間で,著作権侵害に至らない態様であっても他人の出版物を使用しない旨の合意があったとは認められない。
(3) 小括
以上のとおり,委任契約上,一般的に,著作権侵害に至らない態様であっても他人の出版物を使用しない義務が生じるとはいえず,本件制作委託契約上,著作権侵害に至らない態様であっても他人の出版物を使用しない旨の合意があったとも認められないから,本件制作委託契約上,原告が,著作権侵害に至らない態様であっても他人の出版物を使用しない義務を負っていたと認めることはできない。
よって,原告が被告書籍第9版の制作に当たり,第9版対応OFC空港案内図を参考としたことをもって,債務の本旨に従った履行がなされていない旨の被告の主張は理由がない。 
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6 争点8(本件制作委託契約上,原告が,著作権侵害に至らない態様であっても他人の出版物を利用してはならない義務を負っていたか)
前記3記載のとおり,原告が著作権侵害に至らない態様であっても他人の出版物を利用してはならない義務を負っていたと認めるに足りる事実はない。
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8 争点13(原告が本件空港案内図を掲載して被告書籍を制作,納品したことが,被告ないしOFCに対する不法行為に該当するか)
一般論としては,著作権等の権利に該当しない場合であっても法的保護に値する利益については,それを侵害する行為が一般不法行為に該当する場合がないとは言えない。もっとも,一般に市場における競争は本来自由であるべきこと,表現活動の自由は最大限保障されなければならないことに照らせば,著作権侵害に該当しないような表現行為については,当該表現行為がことさらに相手方に損害を与えることのみを目的としてなされたような特段の事情が存在しない限り,民法上の一般不法行為に該当しないというべきである。
これを本件についてみるに,原告が,ことさらにOFCに損害を与えることのみを目的として本件空港案内図を制作したということはできないから,原告が本件空港案内図を制作した行為が一般不法行為に該当するということはできない。

[控訴審同旨]
3 争点4及び争点8について
(1) 控訴人は,まず,原判決の主張整理及び理由説示における記載の不一致があると非難する。確かに,原判決においては,「他人の出版物」について,「利用」「複製・模倣」「使用」というように, 必ずしも統一のとれた判示とはなっていない。しかし,弁論の全趣旨によれば,控訴人自身が原審において統一のとれた主張をしておらず,しかも,これらの主張内容が証拠上の表現とも厳密に合致していなかったことに主な原因があると認められる。
いずれにしても,控訴人は,当審において,被控訴人には「他人の出版物を模倣・複製しない義務」があると主張する(さらに,控訴人は,「控訴人が他社の成果物を著作権侵害と疑義を受ける程度に複製・模倣して出版することは,…社会的信用を著しく損なうもの…」とも主張しており,被控訴人に対し,「著作権侵害との疑義を受ける程度に他人の出版物を模倣・複製しない義務」をも主張するものと解される。)。以下,この主張を前提に判断する。
(2) 上記義務が書籍の制作委託契約上当然に生じる一般的義務であるとする控訴人の主張については,当裁判所も採用し得ないものと判断する。その理由は,原判決のとおりであるので,これを引用する(ただし,「使用しない義務」とあるのを「模倣・複製しない義務」と訂正する。)。
(3) そこで,本件制作委託契約における合意内容に照らし,被控訴人に上記のような義務があることを肯認することができるか否かについて,検討する。
(a) 本件制作委託契約にまつわる事情としては,原判決が認定するとおりであるから これを引用する。なお,便宜として,引用にかかる原判決の該当部分をそのまま以下に掲げる。
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(b) 以上の事実関係に立って検討するに,控訴人とK&Bとの合意内容は,被控訴人に引き継がれているものと認められるところ,少なくとも初版については,被控訴人が現地取材を行い,その後も原則として取材を行って,本件委託に係る制作を行うことが合意されたものと認められる。そして,OFCから控訴人書籍について著作権に関する問題が指摘された後に作成された合意書ではあるが,被控訴人は,「他の著作物の著作権を侵害したり,他の著作物の掲載情報を使用したりすることをしない」との合意がされたことも認められる。
もっとも,旅行案内書の制作は,可能な限り数多くの資料を収集して分析・検討して行うのが通常であり,かつ,そのような分析・検討を行うことは,質の高いものを制作するために,社会的にみても有効適切な手段であり,望ましくもあるのであるから,上記のような事情があるからといって,直ちに,本件制作委託契約の合意内容としても,他人の出版物を利用ないし使用したり模倣・複製する行為が,程度のいかんを問わず一切禁止されるというほどの合意が成立していたものと推認することは合理的ではない。
他方,旅行案内書の制作・発行の業務を含む出版業界においては,著作権の保護の問題は,業務の根幹に係わる問題であり,最終的に司法手続によって著作権侵害であるとの確定判断がされる事態に至らなくとも,他社から相当程度に合理的な根拠に基づいて著作権侵害の警告ないし苦情が申し入れられるような事態を引き起こすこと自体,著作権を扱う業務であるだけに,出版業者としての信用が傷つくであろうことは容易に推察されるところであって,この業界に身を置く者としては,そのような事態を含めて,著作権紛争を未然に防止ないし回避しようとするのが合理的な行動であると認められる。
このような事情をふまえて,前記認定事実を検討するならば,確かに,現地取材を行うとの約定自体は,直ちに他社の案内図を参照することを禁ずることを意味するものではないが,現地取材を行うことにより,他社の案内図とは自ずと異なったものが制作されることが期待され,これによって,他社から相当程度に合理的な根拠に基づいて著作権侵害の警告ないし苦情が申し入れられるような事態を回避し得る可能性が高まるのであって,現地取材の約定は,上記のような事態を回避しようという趣旨の一つの現れであると理解し得る(A社が独自の現地取材によって知り得た有用性の高い詳細情報を盛り込んだ案内図について,B社がこれを参照して当該詳細情報に基づいた案内図を制作したとすると,結果的に本件のように著作権侵害が成立しない場合であっても,著作権侵害の成否を巡ってAB間に紛議が生じ得る事態は回避し難いが,B社が独自の現地取材によってこれを調査確認して敷衍すれば, そのような事態の多くは回避することができるであろう。)。また,合意書における「他の著作物の著作権を侵害したり,他の著作物の掲載情報を使用したりすることをしない」との合意も,OFCとの紛争が生じた後の合意であり,かつ,他の著作物の掲載情報の一切の使用を禁じる合意が成立したというには,前記実情等に照らして無理があるとしても,そのような文言により,他社から相当程度に合理的な根拠に基づいて著作権侵害の警告ないし苦情が申し入れられるような事態を回避しようという趣旨のものとして,従前からの認識が確認されたものと理解するのが相当である。
(c) 以上の諸事情を総合勘案するならば,本件制作委託契約には,被控訴人において,著作権侵害に至らない態様であっても,相当程度に合理的な根拠に基づいて著作権侵害との疑義を受けるような態様で,他人の出版物を模倣・複製しない旨の付随的な債務があったものというべきである。
(4) 進んで,被控訴人に上記の債務不履行があったか否かを検討する。
既に掲げた本件空港案内図及びOFC空港案内図の内容を示す各証拠及び弁論の全趣旨に照らせば,被控訴人(現実の担当はK&Bの担当者)がOFC空港案内図に依拠して本件空港案内図を制作したことは明白というべきであり, しかも, 既に認定したとおり, 両者が共通する部分が多数に上るのであって, 著作権侵害の成否を左右する創作性の有無は判断者によって微妙に異なることも少なくないことを考えると,結果的に著作権侵害は否定されるべきものではあるが,OFCから控訴人に対する著作権侵害の指摘は,相当程度に合理的な根拠に基づいてなされたものといわざるを得ず,これに対してとった控訴人の措置及びその結果がすべて控訴人の自己責任に帰するものということはできない。
そうすると,被控訴人は,上記の本件制作委託契約に伴う付随的な債務に違反したものというべきであって,被控訴人は,控訴人に対し,債務不履行に基づき,相当な損害を賠償すべき債務がある。
(5) そこで,相当な損害額について検討するに,本件は,結局,著作権侵害はないものと判断される事案であり,被控訴人の債務不履行は,前判示のようなものであったといえる。したがって,被控訴人の債務不履行と因果関係のある損害とは控訴人がOFCとの紛争解決の手続に要した費用の限度であるというべきである(控訴人が早期かつ円滑な紛争解決のために自らの判断に基づき著作権侵害を前提としてOFCに支払った金員は控訴人が負担すべきものである。)。そして,その費用相当額は,OFCへの現実の支払額が750万円であったこと,本件制作委託契約に基づくそもそもの報酬は863万1000円であったこと,被控訴人が本件空港案内図の制作に当たって基本的にOFC空港案内図に依拠したと推測可能な上記共通部分の数及び内容など,諸般の事情を勘案すると,前記報酬の約15パーセントに相当する130万円をもって相当な損害であると認めることができる。
よって,控訴人の相殺の主張は,130万円の限度において理由があるものというべきである。(以下略)
4 争点13について
控訴人は,さらに,不法行為に基づく損害賠償請求権による相殺の主張をするが,前記3で検討した内容と実質的に同じであり(本件制作委託契約に基づく付随的債務と同様な債務は,特別な約定がされなくとも,事案によっては肯認することができるものである可能性があり,さらに,契約関係を別にしても,一定の取引関係にある当事者間においても,事案によっては信義則上の観点から,不法行為の注意義務として肯認することができる場合もあり得ないではない。),不法行為責任が成立することも考えられないでもない。しかしながら,仮に不法行為責任を肯定し得たとしても,その相当損害の範囲及び額は,前記3で認めた130万円を超えるものとは認められない。
よって,争点13の控訴人の主張は採用することができない。