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著作権判例セレクション
【地図図形著作物】空港案内図の著作物性及び侵害性が争点となった事例
▶平成17年05月12日東京地方裁判所[平成16(ワ)10223]▶平成18年5月31日知的財産高等裁判所[平成17(ネ)10091]
2 争点3(被告書籍第9版に掲載された第9版本件空港案内図がOFC空港案内図に係るOFCの著作権を侵害しているといえるか)
(1) OFC空港案内図の著作物性
ア 著作物とは,思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいう(著作権法2条1項1号)。本件で問題となっている空港案内図は,実際に存在する建築物の構造を描写の対象とするものである。実際に存在する建築物の構造を描写の対象とする間取り図,案内図等の図面等であっても,採り上げる情報の選択や具体的な表現方法に作成者の個性が表れており,この点において作成者の思想又は感情が創作的に表現されている場合には,著作物に該当するということができる。
もっとも,空港案内図は,実際に存在する建築物である空港建物等を主な描写対象としているというだけでなく,空港利用者に対して実際に空港施設を利用する上で有用な情報を提供することを目的とするものであって,空港利用者の実用に供するという性質上,選択される情報の範囲が自ずと定まり,表現方法についても,機能性を重視して,客観的事実に忠実に,線引き,枠取り,文字やアイコンによる簡略化した施設名称の記載等の方法で作成されるのが一般的であるから,情報の取捨選択や表現方法の選択の幅は狭く,作成者の創作的な表現を付加する余地は少ないというべきである。
イ 本件において,第9版本件空港案内図のうち証拠として提出されているものは4つあるが,当該空港案内図の描写対象となっている空港は,①チューリッヒ・クローテン空港,②マドリッド・バラハス国際空港,③バルセロナ・プラット国際空港及び④ベルリン・テーゲル国際空港の4空港である。
(略)
オ 上記イ,ウ記載の認定事実によれば,第9版対応OFC空港案内図は,①ターミナル部分をどのように区分して図にするか(ただし,チューリッヒ・クローテン空港以外は,単に1階部分,2階部分に分けるか,1階部分のみを記載するものであって,この点に創作性は認められない。チューリッヒ・クローテン空港については,建物構造が比較的複雑なことから,どのように区分して図面化するかは選択の余地があるものの,OFC空港案内図においては,1階部分,2階部分,3階部分に区分したにすぎず,この点に関する創作性は,限定的な範囲においてのみ認め得るものというべきである。),②フロア内施設又はフロア部分の色分けをどのようにするか(ただし,フロア部分を色分けする手法は,原告,OFC以外の者による空港案内図でも多く採用されている一般的な手法であり,フロア内の施設を色分けする手法も,原告,OFC以外の者による空港案内図でも採用されている手法であるから,区分けの仕方,具体的な色遣い等について個性が表れるとしても,この点に関する創作性は,限定的な範囲においてのみ認め得るものというべきである。),③いかなる施設を掲載するか(ただし,第9版対応OFC空港案内図において掲載された施設は,いずれも,空港利用者が利用する頻度が高いであろうことが予想される施設であって,見やすさ,レイアウトとの関係で,掲載するか否かに選択の余地はあるものの,この点に関する創作性は,限定的な範囲においてのみ認め得るものというべきである。),④利用客の順路を出発客,到着客毎に色分けして表示している点(ただし,利用客の順路を矢印で表示すること自体は,原告,OFC以外の者による空港案内図でも多く採用されている一般的な手法であり,これを出発客,到着客毎に色分けする手法もよく用いられるものであるから,この点に関する創作性は,限定的な範囲においてのみ認め得るものというべきである。)及び⑤上記①ないし④を総合した結果としての見やすさの点において創作性を認めることができるから,一応,著作物に当たるものと認めることができる。
(2) 第9版本件空港案内図が第9版対応OFC空港案内図の著作権を侵害しているといえるか
ア 第9版本件空港案内図が第9版対応OFC空港案内図に係るOFCの著作権を侵害しているというためには,第9版本件空港案内図の制作者がOFC空港案内図に接し,これに依拠して第9版本件空港案内図を制作したことのほかに,その結果制作された第9版本件空港案内図が,第9版対応OFC空港案内図に類似し,第9版本件空港案内図を見る者が第9版対応OFC空港案内図の創作的表現における特徴を感得し得るものであることを要する。
そこで,以下,第9版本件空港案内図と第9版対応OFC空港案内図の依拠性及び類似性について判断する。
イ 依拠性について
原告は,本件空港案内図の作成に当たって,OFC空港案内図を参考にしたことを認めており,本件空港案内図の作成経緯について有効な主張,立証をしないから,弁論の全趣旨によれば,原告から委託を受けたK&Bは,本件空港案内図の作成に当たっては,OFC空港案内図を参照したものと認められ,第9版本件空港案内図の作成においても,第9版対応OFC空港案内図を参照したものと認められる。したがって,第9版本件空港案内図から,第9版対応OFC空港案内図における創作的表現部分についての特徴を感得し得る場合には,依拠性を認めることができる。
ウ 類似性について
そこで,次に,上記(1)において認定した第9版対応OFC空港案内図の内容及びその創作的表現部分等との対比において,第9版本件空港案内図が第9版対応OFC空港案内図に類似し,第9版本件空港案内図を見る者が第9版対応OFC空港案内図の創作的表現における特徴を感得し得るものであることを要するかどうかを,検討する。
(ア) チューリッヒ・クローテン空港の第9版本件空港案内図について((ア)において,「本件空港案内図」というときは上記空港案内図を指し,「OFC空港案内図」というときはこれに対応する第9版対応OFC空港案内図を指す。)
a 本件空港案内図の内容
本件空港案内図は,ターミナル,駐車場,オペレーションセンター,敷地内道路等各種空港敷地内設備のうち,ターミナル部分1階に隣接されている部分を,ターミナルA及びBの1階部分及び敷地内道路の一部,ターミナルA及びBの2階部分,ターミナルBの3階部分の3つのフロア図に分けて図面化し,1階部分,2階部分,3階部分を順番に並べ,実際の空港の形状に忠実な形状を直線による枠囲みで,右斜め上の方向から見た角度で斜めに表示したものである。
ターミナル内のフロアについては,一般客の立入禁止区域,一般客の立入可能区域及び一般客には関係のない区域に色分けし,それぞれに桃色,肌色,黄色を配色している。
主な施設は枠で囲んで紫色又は黄緑色に配色して表示するか,枠で囲まずに所在場所付近に,文字(日本語)又はアイコンで施設の名称を記載して表示している。掲載された施設は,手荷物受取所,税関,ホテル予約,手荷物一時預所,チェックインカウンター,乗り継ぎカウンター,警察,薬局,トイレ,レストラン,売店,バス・ゲート,遺失物取扱所,両替所,旅行代理店KUONI,公衆電話,ホテルバス乗り場,出国審査,入国審査,免税手続所,有料テラス,携帯電話レンタル等である。
フロア部分では,出発客の順路が緑色の矢印で記載されており,到着客の順路が赤色の矢印で記載されている。
b OFC空港案内図との共通部分
① ターミナル,駐車場,オペレーションセンター,敷地内道路等各種空港敷地内設備のうち,ターミナル部分を主として描写の対象としている。
② ターミナル部分を,ターミナルA及びBの各1階部分,ターミナルA及びBの各2階部分,ターミナルBの3階部分の3つのフロア図に分けて図面化している。
③ 実際の空港の形状に忠実な形状を直線による枠囲みで表示している。
④ ターミナル内のフロアについて,一般客の立入禁止区域,一般客の立入可能区域及び一般客には関係のない区域に色分けしている。
⑤ 手荷物受取所,税関,ホテル予約,手荷物一時預所,チェックインカウンター,乗り継ぎカウンター,警察,薬局,トイレ,レストラン,売店,出発バス・ゲート,遺失物取扱所,両替所,公衆電話,ホテルバス乗り場,出国審査,入国審査,免税手続所が掲載されている。
⑥ ⑤の情報を,文字又はアイコンによって表示している。
⑦ 出発客の順路と出発客の順路を色分けしている。
c OFC空港案内図との相違部分
① OFC空港案内図では敷地内道路は記載されていないのに対し,本件空港案内図は,敷地内道路のうちターミナル部分1階に隣接されている部分を,ターミナルA及びBの1階部分の図面の中に記載している。
② OFC空港案内図は,3階部分の図を1階部分と2階部分との間に配置しているのに対し,本件空港案内図は,1階部分,2階部分,3階部分の順番に配置している。
③ OFC空港案内図は,空港ターミナルを真上から見た角度で記載しているが,本件空港案内図は,右斜め上の方向から見た角度で斜めに表示している。
④ ターミナル内のフロアの色分けの色が,OFC空港案内図では黄緑色,灰色,白色であるが,本件空港案内図では桃色,黄色,肌色である。
⑤ 施設部分が紫色と黄緑色に色分けされている。
⑥ 情報を示す文字について,OFC空港案内図は日本語と英語を併記しているが,本件空港案内図は日本語のみである。また,本件空港案内図の文字の方が大きく,フロア部分の枠線に比して太字で濃く表示されている。
⑦ OFC空港案内図には新聞スタンド,育児室,セキュリティチェック,花屋,コインロッカーが掲載されているが本件空港案内図には掲載されていない。
⑧ 本件空港案内図には,有料テラス,旅行代理店KUONI,携帯電話レンタルが掲載されているが,OFC空港案内図には掲載されていない。
⑨ 矢印の位置,色が異なる。
d 著作権侵害の成否
本件空港案内図とOFC空港案内図は,ターミナル部分をどのように区分して図面化するかという点で,前記b①②の共通点を有するが,かかる手法は,空港案内図を作成する際の極めて一般的な手法であり,この点をもって第9版対応OFC空港案内図の創作的表現部分における特徴ということはできない。むしろ,上記両空港案内図は,前記c①②③の相違点を有しており,特に前記c②の点においては,OFC空港案内図独自の工夫とみられる点を備えていないということができる。
上記両空港案内図は,フロア及びフロア内施設の具体的な表現方法という点で,前記b③④の共通点を有しているが,同③の手法は,空港案内図を作成する際の極めて一般的な手法であり,同④の手法は,前記記載のとおり,OFC以外の者による空港案内図でも多く採用されている一般的な手法であり,この点をもってOFC空港案内図の創作的表現部分における特徴とはいうことはできない。むしろ,上記両空港案内図は,前記c④⑤⑥の相違点を有しており,殊に,第9版本件空港案内図の方が,施設の名称を表示する文字が大きく,フロア部分の枠線に比して太字で濃い点において,見やすさや与える印象に差異を生じている。
上記両空港案内図は,施設情報の選択という点で,前記b⑤の共通点を有するが,これらの掲載情報は,いずれも創作的表現部分における特徴とはいえない。むしろ,上記両空港案内図は,前記c⑦⑧の点で相違点を有している。
上記両空港案内図は,前記b⑦の点で共通点を有するが,この手法は,前記記載のとおり,よく用いられる手法であるから,この点をもってOFC空港案内図の創作的表現部分における特徴とはいえない。
前記b⑥の点については,そもそも創作性が認められない。
また,上記両空港案内図は,前記c⑨の点で相違している。
そうすると,上記両空港案内図は,共通している部分については,空港案内図を作成する際によく用いられる一般的な手法であって,OFC空港案内図の創作的表現部分における特徴とは言い難く,むしろ,施設名称の具体的表記方法や全体の配色等によって,異なる印象を与えるものであるから,本件空港案内図を見る者がOFC空港案内図の創作的表現における特徴を感得し得るということはできない。
(イ) マドリッド・バラハス空港の第9版本件空港案内図について
(略)
そうすると,上記両空港案内図は,共通している部分については,空港案内図を作成する際によく用いられる一般的な手法であって,OFC空港案内図の創作的表現部分における特徴とは言い難く,むしろ,施設名称の具体的表記方法や全体の配色等によって,異なる印象を与えるものであるから,本件空港案内図を見る者がOFC空港案内図の創作的表現における特徴を感得し得るということはできない。
(ウ) バルセロナ・プラット空港の第9版本件空港案内図について
(略)
そうすると,上記両空港案内図は,共通している部分については,空港案内図を作成する際によく用いられる一般的な手法であって,OFC空港案内図の創作的表現部分における特徴とは言い難く,むしろ,施設名称の具体的表記方法や全体の配色等によって,異なる印象を与えるものであるから,本件空港案内図を見る者がOFC空港案内図の創作的表現における特徴を感得し得るということはできない。
(エ) ベルリン・テーゲル空港の第9版本件空港案内図について
(略)
そうすると,上記両空港案内図は,共通している部分については,空港案内図を作成する際によく用いられる一般的な手法であって,OFC空港案内図の創作的表現部分における特徴とは言い難く,むしろ,施設名称の具体的表記方法や全体の配色等によって,異なる印象を与えるものであるから,本件空港案内図を見る者がOFC空港案内図の創作的表現における特徴を感得し得るということはできない。
エ 小括
以上によれば,第9版本件空港案内図が第9版対応OFC空港案内図に係るOFCの著作権を侵害しているということはできない。
[控訴審同旨]
控訴人は,原判決がOFC空港案内図につき,「一応,著作物」とした上,創作性を「限定的な範囲」においてのみ認め得ると判示した点を非難する。
しかし,創作性が認められるといっても,創作性の程度には,高いものもあれば辛うじて著作権法上の保護を認め得る程度に低いものもある。そして,創作性は肯定し得るもののその程度が低いものは,創作性が高いものに比べて,著作権法上の保護の範囲も自ずと限界があるものというべきであり,原判決もこれと同旨のことを上記の表現で説示したものと解されるのであって,是認し得るものである。