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著作権判例セレクション

地図図形著作物の侵害性】地図の著作物の複製・翻案の判断枠組み及び判断手法(検討手順)

▶令和5414日東京地方裁判所[令和3()17636]▶令和51012日知的財産高等裁判所[令和5()10059]
[控訴審]
1 当裁判所も、被控訴人各地図は控訴人各地図を複製、翻案したものとはいえず、控訴人主張の著作権及び著作者人格権の侵害は認められないと判断する。
その理由は、以下のとおりである。
2 争点1-1(控訴人地図1に関する著作権侵害の成否)について
(1) 総論
ア 地図の著作物の複製・翻案の判断枠組みについて
地図は、自然の地形、土地の利用状況、人工の造営物の種類・位置・形状、国境・行政区画等の境界、住所表示その他の地理情報を、図形、記号、文字、配色等を組み合わせて表現するものである。そして、地理情報自体は万人が共有すべき客観的な情報であるから、地図の著作物としての創作性は、地理情報の取捨選択、その配置等の具体的な表現方法に求められると解される。もっとも、地図の実用的な用途を踏まえると、地図の利用者が地図に求める情報は常識的に自ずと一定の範囲に定まると考えられる上、地理情報としての客観性を保ちつつ、その内容を一見して認識可能な態様で示す必要から来る表現上の内在的制約も想定されるところである。その結果、地理情報の取捨選択にせよ、その配置等の具体的な表現方法にしても、選択の幅は狭く、創作的表現の余地は大きくないものと解される。こうした点を踏まえると、地理情報の取捨選択、その配置等の具体的な表現に係る特徴が、上記のような常識的な選択の幅の範囲内にとどまり、従来の地図に比して顕著な特徴を有するといった独創性を備えるに至らない場合には、そのような個別の特徴の部分的な一致のみから直ちに創作的表現の同一性を導いて広く独占を認めてしまうような判断は適切でなく、相違点も含めた総体としての全体的な考察により、その表現上の本質的部分の特徴を直接感得できるかどうかを検討する必要がある。
イ 判断手法(検討手順)について
ところで、控訴人と被控訴人は、複製又は翻案の有無を検討する手法としての2段階テストと濾過テストの採否についてそれぞれの立場で主張しているが、要は、創作性のある表現部分について同一性があるといえるかどうかの判断がされれば足りるのであって、その判断に至る過程で、最初に両著作物の共通部分の抽出を行うか、創作性の認められる表現上の特徴にまず着目するかという検討手順に関しては、合理的・効率的な判断に資するための合目的的な観点から、事案に応じて適切に使い分ければ足りる。
本件では、控訴人の主張する手法(控訴人のいう2段階テスト)に沿って(部分的に濾過テストの手法を併用する。)、以下、検討することとする。
(2) 控訴人地図1の表現上の本質的特徴について
ア 控訴人は、控訴人地図1の表現上の本質的特徴として、別紙2記載の本質的特徴①~⑦を主張するところ、別紙の各控訴人地図1に照らして、控訴人地図1がその主張する特徴を備えていると認めることはできる。
そして、上記(1)アで述べたところに照らすと、上記本質的特徴①~⑦は、それぞれを個別に取り上げれば、地理情報の取捨選択、その配置等の具体的な表現につき、上記のような制約の下での狭い幅での選択が示されているにとどまるものであり、従来の地図に比して顕著な特徴を有するといった独創性が含まれているとまでは認められない。
イ この点、控訴人は、特に本質的特徴①、同③、同④、⑤について、従来の常識にとらわれない素材の取捨選択を行うなどしたものであって、その一部の組み合わせだけでも独創性のある表現が認められる旨主張する。
しかし、まず、本質的特徴①に関していえば、後述するとおり、そもそも被控訴人各地図と共通するとは認められないものである(この点は濾過テストの手法を用いた。)。そして、本質的特徴③については、控訴人地図1の作成当時、建物及び住宅の真上から見た形状を影なしのポリゴンで記載した地図は複数存在したと認められ、本質的特徴④、⑤については、控訴人地図1の作成当時、建物の名称及び住宅の番地が、建物及び住宅のポリゴンの中央付近に、(番地についてはアラビア数字で)折り返すことなく横書きされた記載を含む地図は複数存在したと認められ、いずれもありふれた特徴にすぎない。
なお、控訴人は、上記証拠の地図は、新旧番地を対照するという特殊な背景の下で作成されたものが含まれているなどと主張するところ、確かに、「番地」の取捨選択において、控訴人の主張する事情は重要な意味を有するといえるが、上記の証拠の中には、住居表示新旧対照図以外のものも含まれているし、「番地」の取捨選択以外の要素に関しては、従来のありふれた表現を示す証拠としての適格性を失うものではない。
控訴人の上記主張は採用できない。
ウ 以上に述べたところを踏まえると、控訴人地図1は、別紙2の本質的特徴①~⑦を備える総体として表現上の創作性を認めることができるものであり、その表現上の本質的部分の特徴を被控訴人各地図から直接感得できるかどうかも、これを断片的、部分的に捉えるのではなく、相違点も含めた総体としての全体的な考察により検討する必要があるというべきである。
(3) プロアトラス地図との比較検討
ア 各別紙のプロアトラス地図と控訴人地図1とを、控訴人主張の本質的特徴の項目ごとに比較すると、以下のとおり認められる。
() 控訴人主張の本質的特徴①(共通要素a)について
まず、地理情報の取捨選択という観点からみるに、プロアトラス地図では、控訴人地図1と同じく、「道路・河川」、「検索の目安となる公共施設や著名ビル等の個別建物形」、「一般住宅及び建物の個別建物形」、「検索の目安となる公共施設や著名ビル等の名称」、及び「建物番地」を記載することを選択し、一般住宅及び建物に関する「居住人氏名」、「地類界」(宅地の境等)、「等高線」を記載していないことは認められる。
しかし、その実際の適用(当てはめ)として、「検索の目安となる公共施設や著名ビル等の名称」等の選択は必ずしも一致していない。
また、プロアトラス地図では、控訴人地図1には記載されていない交差点名の記載がある(別紙プロアトラス地図・Aの「潮平」等)ほか、 「一般住宅及び建物」に関する「建物名称」を記載している点(プロアトラス地図・Aの「シャトレ喜鶴」「あけぼの」、プロアトラス地図・Cの「タウン・ハウス」等)でも相違する。
次に、具体的な表現形式という観点からみても、プロアトラス地図は、①ガソリンスタンドであれば「G」、飲食店であれば「R」、駐車場であれば「P」、学校であれば「文に〇の記号」など建物の種類を示す記号が用いられている点、②緑地部分が緑色、公共性の高い建物は濃い灰色、商業施設等はオレンジ色、その他の建物及び住宅は薄い灰色に塗り分けられ、道路が3色に塗り分けられている点で控訴人地図1と相違しており、これらの点は、地理情報を表現する際の創作性に強く影響を及ぼす有意な相違と評価すべきものである。
控訴人は、これら相違点は、いずれも軽微な相違であり、表現の本質的特徴の同一性を失わせるものではないと主張する。しかし、地図の著作物における地理情報の取捨選択、その配置等の具体的な表現方法には一定の制約があり、選択の幅が狭いと解されること(前記(1)ア)を踏まえると、上記のような相違点を軽微なものと評価するのは相当といえない。控訴人の主張は採用できない。
() 控訴人主張の本質的特徴④(共通要素d)について
プロアトラス地図は、「検索の目安となる公共施設や著名ビル等の名称」の表現について、少なくともその一部において、その場所を示す記号として「・」を用いていること、その右側に横書きで名称を記載していることは、控訴人地図1と共通すると認められる。
しかし、プロアトラス地図では、場所を示す記号として、「・」でなく、いわゆる地図記号(学校を表す「文」に〇の記号等)を用いる施設があったり、公共性の高い建物、商業店舗といった種類に応じて文字の大きさ・太さ及び背景となる建物ポリゴンの色を変える(プロアトラス地図・Aの「潮平中」、「沖縄スイミングスクール」、「ほっかほっか亭」ほか多数)など、控訴人地図1におけるような一律的な記載ルールとは異なる個別性の高い表現形式が採用されている。
このような表現形式の相違は、地理情報を表現する際の創作性に強い影響を及ぼす要素と評価されるものであり、この点も踏まえると、控訴人主張の本質的特徴④がプロアトラス地図と共通する特徴であると認めることはできない。
() 控訴人主張の本質的特徴⑤(共通要素e)について
プロアトラス地図は、「建物番地」について、これを記載する場合、控訴人地図1と同じく、原則として、建物のポリゴンのほぼ中央に、画面の水平方向に沿って横書きで折り返すことなく、必ずしも建物のポリゴンの内側に収まらずに、アラビア数字で一定の大きさのフォントで記載していると認められる。
しかし、別紙の各地図から明らかなとおり、プロアトラス地図は、公共施設等や一般住宅の名称が付されている建物には「建物番地」を記載していない点で控訴人地図1と異なる上、それ以外の一般住宅についても「建物番地」を記載していないものが多数ある。
また、「建物番地」の表現方法についても、控訴人地図1では、主に黄色の建物ポリゴンを背景に黒字で記載され、地図全体をみると番地の記載が目立つ表現となっているのに対し、プロアトラス地図では、主に薄い灰色の建物ポリゴンを背景に薄茶色で番地が記載されており、地図全体をみると、「建物番地」は、公共施設等や一般住宅の名称、建物の種類等と比較してあえて目立たせないことを意図した表現が採用されていると理解できる。
以上の検討を踏まえると、控訴人主張の本質的特徴⑤は、プロアトラス地図にも部分的な共通点はあるものの、地理情報を表現する際の創作性に重要な影響を及ぼす点で一致するものはいえない。
控訴人は、この点についても、軽微な相違であり表現の本質的特徴の同一性を失わせるものではないと主張する。しかし、控訴人は、控訴人地図1は建物の番地の検索が容易であることを強調し、これが本質的特徴である旨主張するのであるから、番地の記載の有無、その具体的な表現は、控訴人地図1の創作性の核心的部分をなすはずである。その核心的部分について上記のような明確な相違がある以上、その表現上の本質的特徴の同一性を認められないことは当然である。
() 控訴人主張の本質的特徴⑦(共通要素h)について
プロアトラス地図と控訴人地図1は、「建物ポリゴンと背景の配色が異なっている」という抽象的レベルにおいて共通することは認められるものの、プロアトラス地図は、前記のとおり建物の種類、緑地部分、道路の種類といった多くの情報を色分けして表現しており、文字の配色も異なるから、配色における表現は控訴人地図1と大きく異なっているというべきである。
イ 以上のとおり、控訴人地図1とプロアトラス地図とを比較検討すると、地理情報の取捨選択、その配置等の具体的な表現方法における共通点は、断片的・部分的なものにとどまり、控訴人の主張する本質的特徴とされる点の多くは重要な点で一致しておらず、かえって、地図情報を表現する際の創作性に強い影響を及ぼす要素につき有意な相違点が多数認められるのであって、これらを全体的にみた場合、控訴人地図1の表現上の本質的部分の特徴がプロアトラス地図から直接感得できるとは、到底認めれないというべきである。
(4) ヤフー地図との比較検討
ヤフー地図は、プロアトラス地図と多くの点で共通する特徴を有するものであり、したがって、控訴人地図1とプロアトラス地図との対比検討の項目で述べたところは、ほぼそのままヤフー地図との対比検討に関しても妥当する。なお、プロアトラス地図になく、ヤフー地図に認められる特徴として、ガソリンスタンド、コンビニエンスストア及びファーストフードショップのチェーン店について、名称ではなく各チェーン店の標章が記載されている点、名称を折り返して表示する例がある点(ヤフー地図・Aの「健孝クリニック南部整形外科」等)が挙げられるが、これは、プロアトラス地図以上に控訴人地図との表現上の違いが大きいことを示すものである。
以上によれば、ヤフー地図についても、控訴人地図1の表現上の本質的部分の特徴を直接感得できるとは認められないというべきである。
(5) 小括
したがって、被控訴人各地図は、いずれも控訴人地図1を複製又は翻案したものとは認められないから、その余の点を判断するまでもなく、控訴人地図1に関する著作権侵害は認められない。
3 控訴人地図1に関する著作者人格権侵害の成否(争点1-2)について
前記2のとおり、被控訴人各地図は、いずれも控訴人地図1の表現上の本質的特徴を感得させるものではなく、控訴人地図1に係る著作者人格権(同一性保持権・氏名表示権)を侵害したと認めることはできない。
4 控訴人地図2に関する著作権及び著作者人格権侵害の成否(争点2-1、同2-2)について
(1) プロアトラス地図について
プロアトラス地図には、控訴人地図2で表現された地域に対応する地図はない(前記第3の1(2))。したがって、プロアトラス地図については、地図としての具体的な表現において、控訴人地図1の表現上の本質的特徴を感得させる余地はない。
このような場合にまで複製・翻案を認めると、地図編集方針に係るアイデアについてまで著作権法の保護を及ぼすことになりかねず、創作的な表現の保護を目的とする著作権法の趣旨に反するものといわざるを得ない。控訴人の主張は採用できない。
(2) ヤフー地図について
控訴人の主張する控訴人地図2の表現上の本質的特徴は、別紙5記載の本質的特徴①~⑥のとおりであり、控訴人地図1に係る主張(別紙2)とほぼ同一である。わずかに違っているのは、控訴人地図1の本質的特徴②の「河川の内部を水色で着色」している点、同⑦の「配色は、ポリゴンとその背景を異なる色とする」点が、いずれも控訴人地図2にはないことであるが、この違いは、控訴人地図1とヤフー地図に関する上記2(4)と同様の判断を妨げる方向に作用するものではない。
したがって、控訴人地図1に関して上記2で述べたところと同様、控訴人地図1の表現上の本質的部分の特徴をヤフー地図から直接感得することはできないというべきである。
(3) 小括
以上によれば、被控訴人各地図は、いずれも控訴人地図2を複製又は翻案したものとは認められないから、その余の点を判断するまでもなく、控訴人地図2に関する著作権侵害はいずれも認められない。そして、被控訴人各地図は、いずれも控訴人地図2の表現上の本質的特徴を感得させるものではなく、控訴人地図2に係る著作者人格権(同一性保持権・氏名表示権)を侵害したとも認められない。
5 結論
以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の請求は理由がないというべきである。これを全部棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

[参考:原審]
1 争点1-1(原告地図1に関する著作権侵害の成否)について
(1) 複製及び翻案の判断方法
ア 著作物の複製(著作権法2条1項15号)とは、印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製することをいう。また、著作物の翻案(同法27条)とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう。そして、著作権法は、思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(同法2条1項1号参照)、既存の著作物に依拠して創作された著作物が、思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において、既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には、複製又は翻案には当たらないと解するのが相当である(最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決参照)。
そうすると、プロアトラスSV及びYahoo!地図が原告地図1を複製又は翻案したものに当たるというためには、原告地図1とプロアトラスSV及びYahoo!地図が、創作的表現において同一性を有することが必要であるものと解される。したがって、原告地図1とプロアトラスSV及びYahoo!地図との間で、アイデアなど表現それ自体でない部分でのみ同一性が認められる場合には、プロアトラスSV及びYahoo!地図は原告地図1を複製又は翻案したものに当たらない。また、原告地図1とプロアトラスSV及びYahoo!地図との間に、表現において同一性が認められる場合であっても、同一性を有する表現がありふれたものであるなど、その表現に創作性が認められない場合も、プロアトラスSV及びYahoo!地図は原告地図1を複製又は翻案したものに当たらないと解すべきである。
ところで、複製又は翻案の成否を判断するに当たっては、著作権を主張する者が作成したものに着目して創作性を判断し、その上で、被疑侵害者が作成したものを観察して、著作権の創作的表現と認められる部分が再製されているか否かを判断するとしても、原告地図1における創作的表現がプロアトラスSV及びYahoo!地図に再製されていると認められるか否かを検討する必要があるから、原告地図1とプロアトラスSV及びYahoo!地図の共通部分が創作的表現であるか否かを検討した場合と結論を異にするものではないというべきである。
イ この点、地図は、地形や土地の利用状況等の地球上の現象を所定の記号によって客観的に表現するものであるから、個性的表現の余地が少なく、文学、音楽、造形美術上の著作物等に比して、著作権法上の保護を受ける範囲が狭いのが通例である。しかし、地図において記載すべき情報の取捨選択及び表示の方法に関しては、地図作成者の個性、学識、経験等が重要な役割を果たし得るものであるから、なおそこに創作性が表れ得るということができる。そこで、地図の著作物性は、記載すべき情報の取捨選択及びその表示の方法を総合して判断すべきものであり、前記アの創作的表現の同一性についても、このような観点から検討すべきである。