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著作権判例セレクション
【著作隣接権】実演家に対するワン・チャンス主義(法92条2項1号における「有線放送による放送の同時再送信」が問題となった事例)
▶平成16年5月21日東京地方裁判所[平成13(ワ)8592]▶平成17年08月30日知的財産高等裁判所[平成17(ネ)10009等]
(注) 本件は,甲事件原告(協同組合日本脚本家連盟),乙事件原告ら(協同組合日本シナリオ作家協会, 社団法人日本音楽著作権協会,社団法人日本芸能実演家団体協議会)及び乙事件脱退原告(社団法人日本文芸著作権保護同盟)と被告(有線テレビジョン放送法による放送事業等を目的として設立された株式会社)との間で締結された被告による同時再送信における著作物使用に関する契約に基づき,甲事件原告及び乙事件原告ら及び乙事件参加人(以下,併せて「原告ら」)が,被告に対し,契約に定められた使用料の支払いを求めた事案である。
原告らの主張に対し,被告は,原告らは,著作権法上,被告によるテレビ番組の同時再送信について何らの権利を有していないのに,著作物使用に関する契約に基づき使用料を請求し得ると主張しているものであって,契約自体錯誤無効であるし,そうでなくとも原告らの請求は著作権法に反するものであるから認められない,被告による同時再送信は,原告らが放送事業者に対して許諾した著作物の使用の範囲に含まれているものであって,そもそも原告らは被告に対して使用料等の請求をなし得る立場にないので,本件各契約はその要素に錯誤があり無効である,原告らの請求は判例あるいは信義則に反する,乙事件原告社団法人日本芸能実演家団体協議会(「原告芸団協」)は,本来被告に対して著作隣接権を行使できる立場にないのに,同時再送信について著作隣接権を有するかのごとく被告を欺罔して契約を締結したものであるから,上記契約は,少なくとも原告芸団協に関する部分については詐欺により取り消されるべきものであるか,錯誤により無効である等と主張して争った。
1 争点(1)(被告の同時再送信するテレビ番組は映画の著作物であって,原告らは著作権等の主張をすることができないものであり,本件A契約は錯誤により無効か)について
(1) 被告は,被告が同時再送信するテレビ番組は,映画の著作物であるから,その著作者となり得るのは,製作,監督,演出,撮影,美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に寄与した者,具体的にはテレビ番組の番組製作者のみであるから,原告らはテレビ番組について著作者として権利を行使し得る立場にないにもかかわらず,テレビ番組の同時再送信について権利を留保しているかのように被告を誤信させて本件A契約を締結させた旨主張する。
(2) しかしながら,被告の上記主張を採用することはできない。その理由は次のとおりである。
まず,著作権法2条3項において,同法において保護される「映画の著作物」には,映画の効果に類似する視覚的又は視聴覚的効果を生じさせる方法で表現され,かつ,物に固定されている著作物を含むものとされているところ,同規定によれば,物に固定されていないような表現は,視覚的又は視聴覚的効果を生じさせる方法で表現されているものであっても,同法において保護される「映画の著作物」には該当しないこととなると解される。
被告が同時再送信するテレビ番組は,テレビドラマのように録画用の媒体に固定され,しかる後に放送される番組もあるが,生放送番組のように媒体に固定されずに放送される番組もあることは当裁判所に顕著である。このような,媒体に固定されずに放送されるテレビ番組は上記の「映画の著作物」に該当しないものと解されるところであって,およそテレビ番組はすべて「映画の著作物」に該当することを前提とする被告の主張を採用することはできない。
仮にこの点を措くとしても,著作権法16条においては,映画の著作物の著作者は,「その映画の著作物において翻案され,又は複製された小説,脚本,音楽その他の著作物の著作者を除き」映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者とする旨規定されているところ,同規定の趣旨は,映画の著作物において翻案され,又は複製された小説,脚本,音楽その他の著作物の著作者(いわゆるクラシカル・オーサー)については,映画の著作物の著作者とは別個に映画の著作物について権利行使することができることをいうものと解される。したがって,被告が同時再送信するテレビ番組の中に映画の著作物に該当するものがあったとしても,本件原告ら5団体のうち,少なくとも,原告日脚連,原告シナリオ作家協会,原告音楽著作権協会及び脱退原告(原告日脚連ら4団体)については,クラシカル・オーサーとして,テレビ番組の著作者とは別個にテレビ番組について権利行使を行うことが可能なのであって,上記原告らがテレビ番組の著作者と別個に被告の行う同時再送信について権利行使することができないとする被告の主張を採用することはできない。
被告は,上記のような解釈は,テレビ番組に関する権利関係をいたずらに複雑化し,放送コンテンツの利用に不当に制約を加えるものであって妥当でない旨主張するが,著作権法16条が明文をもって,映画の著作物の著作者とは別に原著作物の著作者が存在することを認めている以上,被告の主張するように原著作物の著作者が権利行使できないと解釈することは困難である。
以上のとおりであって,被告の同時再送信するテレビ番組は映画の著作物であるから被告の行う同時再送信に原告らが著作権を行使することはできないという点を前提として,本件A契約の詐欺取消あるいは錯誤無効を主張する被告の主張は,その前提を欠くものであり,採用することができない。
(3) よって,被告の上記主張は理由がない。
2 争点(2)(被告による同時再送信は,原告ら5団体が放送事業者に対して許諾した著作物の使用の範囲に含まれているものであって,被告は改めて許諾を得る必要はなく,本件各契約は錯誤無効か)について
(1) 被告は,被告が行う放送の同時再送信は,放送事業者が行う放送の単なる中継行為と変わらないものである上,難視聴解消という公益目的も有するものであるから,放送事業者に対して許諾した放送での使用の範囲内に含まれているものであって,被告は放送の同時再送信について原告ら5団体から放送事業者とは別に許諾を得る必要なく,それにもかかわらず,原告ら5団体に許諾権限があるかのように被告を誤信させて締結させた本件各契約は詐欺あるいは錯誤に当たると主張する。
(2) しかしながら,被告の上記主張を採用することはできない。その理由は次のとおりである。
著作権法上,放送も有線放送も公衆送信の1形態として位置付けられ,著作権者は放送事業者の行う放送及び有線放送事業者の行う有線放送とも,自己の専有する公衆送信権(著作権法23条1項)に基づき許諾するものであるけれども,放送事業者の行う放送と有線放送事業者の行う有線放送とは,送信の主体が異なるだけでなく,著作権法上別個の公衆送信と位置付けられていること(著作権法2条1項8号,9号の2,63条4項参照)に加えて,現実の送信の態様も大きく異なるものであるから,放送事業者に対する放送の許諾の際に,有線放送事業者に対する有線放送の再許諾権限を放送事業者に対して付与していたと認められる特段の事情がある場合を除き,放送事業者に対する放送の許諾によって,有線放送事業者の行う有線放送までを許諾したということはできないというべきである。
この点につき,被告は,著作権者において放送事業者が放送に著作物を使用することついて許諾をした場合,当該放送事業者の業務区域内で視聴者がテレビ番組を視聴することは当然想定した上で許諾しているものであるところ,このことに,有線放送事業者の同時再送信は,社会通念上放送事業者の放送として扱われており,同時再送信の効果も放送事業者に帰属すること,放送事業者自らが有線放送したり,下請け会社に有線放送させたりした場合と実態が異ならないことを併せ考慮すれば,同時再送信は,新たな著作物の使用ではなく,放送事業者に対する著作物の使用の許諾があった場合には,著作権法上有線放送による同時再送信の使用の範囲内であると主張する。
しかしながら,上記のとおり,放送事業者の行う放送と有線放送事業者の行う有線放送とは,送信の主体が異なるだけでなく,著作権法上別個の公衆送信と位置付けられていること,現実の送信の態様も大きく異なるものであること等の事情に加え,著作権法38条2項において非営利の同時再送信について著作権が制限されることを規定している趣旨に鑑みれば,有線放送事業者が行う同時再送信については,著作権法上,放送事業者の行う放送とは独立して公衆送信権の侵害となると解さざるを得ない。
被告は,テレビ番組の原著作物の著作権者に,放送事業者による放送の段階と有線放送事業者による同時再送信の段階の2回にわたる権利行使を認めるならば,実質的に著作物使用料の「二重取り」を許すことになり不当であると主張する。しかしながら,上記のとおり,著作権法が,放送と有線放送について,同時に行われるものであっても,別個の公衆送信と位置付けている以上,双方に対して別個に権利行使すること自体を不当ということは到底できないのであって,被告の上記主張を採用することはできない。
したがって,上記のとおり,テレビ番組の原著作物の著作権者において,放送事業者に対する放送の許諾の際に,有線放送事業者に対する有線放送の再許諾権限を放送事業者に対して付与していたと認められる特段の事情がある場合を除き,放送事業者に対する放送の許諾によって,有線放送事業者の行う有線放送までを許諾したということはできないと解すべきところ,本件においては,本件全証拠によっても,放送事業者に対する放送の許諾の際に有線放送事業者の行う同時再送信の再許諾権限まで与えていたものと認めることはできない。
(3) 以上のとおりであるから,被告は放送の同時再送信について原告ら5団体から放送事業者とは別に許諾を得る必要ない旨の主張を前提とする上記被告の詐欺あるいは錯誤の主張はいずれも理由がない。
3 争点(3)(原告らの請求は,権利の濫用あるいは信義則違反か)について
(1) 被告は,キャンディ・キャンディ事件上告審判決の趣旨に従えば,二次的著作物ないし三次的著作物たるテレビ番組の原著作物の著作者たる原告らは,脚本の原作となった漫画の著作者等の他の著作権者と共同しなければ,被告に対して権利行使することはできないにもかかわらず,原告らが被告に対して他の著作権者と共同せずに許諾をするのは,権利の濫用であり,信義則違反であると主張する。
(2) しかしながら,被告の上記主張を採用することはできない。理由は次のとおりである。
著作権者は,それぞれ他人に対し,著作物の利用を許諾する権限を有しているのであり(著作権法63条1項),このことは二次的著作物の場合であっても変わりがない。したがって,二次的著作物の原著作物の著作者は,他の権利者と共同しなくても,それぞれ自己の著作権に基づく権利行使をなし得るものである。
被告は,キャンディ・キャンディ事件上告審判決の趣旨に照らすと,二次的著作物の原著作者は,当該二次的著作物の著作者を含む他の権利者と共同しなければ権利行使なし得ないと主張するものであるが,上記判決は,二次的著作物の著作者による当該二次的著作物の複製行為に関し,原著作物の著作者は,当該二次的著作物を合意によることなく利用することの差止めを求めることができる旨を明らかにしたにすぎず,二次的著作物の原著作物の著作者が単独で第三者に許諾権限を行使することができない旨を述べたものとは解されない。したがって,被告のこの点の主張を採用することはできない。
(3) 以上のとおりであるから,テレビ番組が二次的著作物ないし三次的著作物に該当する場合であっても,当該テレビ番組の著作物の原著作物の著作者らは,それぞれ個別に権利行使をすることが可能であるから,これと異なる前提に立って論旨を展開する被告の上記主張を採用することはできない。
(略)
5 争点(5)(本件各契約は,原告芸団協に関する部分についての詐欺もしくは錯誤により,取り消されるべき,あるいは,無効というべきか)について
(1) 前記前提となる事実関係に証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められ,これを左右するに足る証拠はない。
(略)
(2) ところで,原告芸団協は,著作権法95条5項,95条の3第4項に基づき,文化庁長官により実演を業とする者の相当数を構成員とする団体として指定を受けた団体であるところ,同団体は,著作権法の規定に従い,実演家の有する商業用レコードの二次使用料請求権や商業用レコードの貸与の許諾に係る使用料請求権を実演家から委任を受けて自己の名をもって権利行使すべき権限を有する。そして,原告芸団協はこのような立場に基づき本件各契約を締結したものと認められる。
しかしながら,被告の同時再送信するテレビジョン放送及びラジオ放送の番組のなかには,実演家の生実演を放送する番組や市販の目的をもって製作されるレコードの複製物を利用した番組が存在していることは顕著な事実であるが,いずれの番組についても,放送される実演を有線放送する場合には,著作権法92条2項1号により当該有線放送に実演家の権利は及ばないものと解される。すなわち,実演家は,有線放送事業者の行うテレビジョン放送及びラジオ放送の同時再送信について,原告芸団協を通じて行使すべき権利を有しないのであり,有線放送事業者に対して許諾を行うことができる立場にないのはもちろんのこと,放送事業者との契約において同時再送信を許諾してはならない旨の取り決めが存在するなどの特段の事情の存在しない限り,同時再送信が行われたことにつき放送事業者に対して異議を述べることもできないものと解される。
この点につき,原告芸団協は,著作権法は,有線放送による同時再送信について著作権者が権利行使を行うことを禁じておらず,放送事業者から支払いを受けるべき対価の支払いを受けていないような場合には,有線放送事業者との間に契約を締結して,有線放送事業者に対して対価相当額の支払を求めることも許されると主張する。しかしながら,著作権法92条2項1号において有線放送による放送の同時再送信の場合に実演家の著作隣接権が及ばないこととされているのは,同号の規定が実演家が放送を許諾しているかどうかを区別せずに一律に有線放送による同時再送信について権利が及ばないとしていることに照らせば,実演の無形的利用については当初の利用契約によって処理すべきものとするいわゆるワン・チャンス主義の観点から,放送の段階についてのみ権利行使を許容する趣旨であると解される。したがって,実演家は,放送事業者から十分な対価を得ていたかどうかにかかわりなく,有線放送事業者の行う同時再送信について著作隣接権に基づき二次使用料を請求することはできないものと解され,上記の原告芸団協の主張を採用することはできない。
(3) 上記(2)で述べた点に(1)において認定の事実を総合するならば,本件においては,有線放送による放送の同時再送信について,実演家の著作隣接権に基づき対価を徴収することは実際は法律上許されていないにもかかわらず,これが可能であると被告において信じ,かかる誤信にもとづき本件各契約が締結されたものと認められる。
被告の上記誤信は,動機に関するものではあるが,上記(1)に認定した本件各契約締結時の,原告ら5団体と被告との交渉経緯に照らすと,被告が上記誤信に基づいて本件各契約を締結したことは原告芸団協も認識していたものと認められ,かつ,被告の上記誤信は契約の要素に関する錯誤であるというべきであるから,本件各契約のうち原告芸団協に関する部分は錯誤により無効であるというべきである。
[注:この争点に関し、「原判決は,著作隣接権を有しない原告芸団協と締結した本件各契約は錯誤により無効としたが,失当であ(る。)」として、控訴審で改められた(後記[控訴審]参照)。]
また,被告は,原告芸団協に関する部分の錯誤により,本件各契約は全体が無効になる旨も主張しているが,しかし,本件各契約は,原告ら5団体がそれぞれ管理等を行う著作物等に関する個別の権利関係について,被告との間で締結された契約であって,原告ら5団体のうちの一部と被告との契約につき無効事由が存在するとしても,他の契約当事者との契約の効力に影響を及ぼすものではない。
したがって,本訴請求中,原告芸団協の請求は理由がないので,棄却すべきものである。
6 争点(6)(原告らの請求権は契約期間満了,時効消滅により認められないものか)について
(1) 契約期間満了による契約終了の主張について
被告は,本件各契約は,契約期間満了により終了した旨を主張する。しかしながら,前記前提となる事実関係記載のとおり,本件各契約においては,契約期間満了の日の1か月前までに,契約当事者から契約の廃棄,変更について特別の意思表示が文書によってなされなかった場合は,期間満了の日の翌日から起算しさらに1年間その効力を有すること,それ以降の満期のときもまた同様であることが定められている。
本件においては,全証拠によっても,本件で原告らが使用料等の請求の対象期間としている平成6年度から平成11年度の間に被告から本件各契約を解除する旨の意思表示が行われた事実を認めることはできない。被告は,使用料等を支払っていなかった以上,被告が契約を継続しない意思を有していたことは明らかであった旨主張するが,単に契約上の義務を履行していなかったことをもって契約を継続しない意思があったということができないものであり,上記のとおり,本件各契約においては文書による意思表示を契約終了の要件としているものであるから,被告の主張を採用することはできない。
(2) 時効消滅の主張について
(略)
[控訴審]
2 原告芸団協の当事者適格(被告らの主張(1))
被告らは,原告芸団協は,著作隣接権者に代わって被告らに対して著作隣接権を行使できず,本件訴訟の当事者適格を有さないから,その訴えは却下されなければならないと主張する。
しかし,原告芸団協の本件訴えは,被告らに対し本件各契約に基づく補償金等の支払を求めるものであり,現在の給付の訴えであるところ,現在の給付の訴えにおける原告適格は訴訟物たる給付請求権を自ら有すると主張する者にあると解されるから,原告芸団協に原告適格があることは明らかであり(本件訴訟の訴訟物は,前述のように,原告芸団協が被告らと契約したA契約及びB契約に基づく補償金等の請求権であり,被告らは同各契約の存在を争わない。),被告らの主張(1)は採用できない。
3 詐欺又は錯誤の有無(被告らの主張(2))
(1) 被告らは,本件各契約は,全体として,詐欺又は錯誤により締結されたと主張し,その理由として,①映画の著作物であるテレビ番組の同時再送信に関し,原告らは著作権,著作隣接権の主張をなし得る立場にない,②有線放送事業者による放送の同時再送信は,有線放送事業者による放送の履行補助行為であって,著作物の新たな利用には当たらない,また,原告ら5団体も同時再送信を前提に放送事業者に許諾しているから,放送の同時再送信は原告らが放送事業者に対して許諾した著作物の使用の範囲に含まれ,被告らは,原告ら5団体から改めて許諾を得る必要はない,③原告芸団協が著作隣接権を有すると主張する実演家は,同時再送信について,何らの著作隣接権をも有さない(ワンチャンス主義,著作権法92条2項1号,2号)にもかかわらず,原告芸団協は,原告日脚連ら4団体と共同して,本件実演家が法的に同時再送信について無権利者であること,同原告も法的に本件実演家から実演,実演に関する著作隣接権の信託を受けられないこと,同原告が被告らの同時再送信行為に対して何らの権利をも主張・行使できないことを熟知しながら,被告らを欺罔して本件各契約を締結させた,などと主張する。そこで,以下において順次検討する。
(2) 原告らは著作権,著作隣接権の主張をなし得ないか
被告らは,著作権法16条の趣旨は,映画の著作物に関しては,小説,脚本,音楽などの著作者を著作権法28条の原著作者と認めないとしたものと解すべきであり,映画の著作物であるテレビ番組の同時再送信に関し,原告らは,そもそも著作権,著作隣接権の主張をなし得る立場にないと主張する。
しかし,著作権法16条本文は,「映画の著作物の著作者は,その映画の著作物において翻案され,又は複製された小説,脚本,音楽その他の著作物の著作者を除き,制作,監督,演出,撮影,美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者とする」と規定しているところ,同規定の趣旨は,映画の著作物において翻案され,又は複製された小説,脚本,音楽その他の著作物の著作者(いわゆるクラシカル・オーサー)については,映画の著作物の著作者とは別個に映画の著作物について権利行使することができることをいうものと解すべきである。したがって,被告らが同時再送信するテレビ番組の中に映画の著作物に該当するものがあったとしても,当該映画の著作物において翻案され,又は複製された小説,脚本,音楽その他の著作物の著作者は,クラシカル・オーサーとして,テレビ番組の著作者とは別に,テレビ番組について権利行使を行うことができるというべきであるから,被告らの上記主張は誤りというほかない。被告らは,仮に,映画の著作物について著作権法28条の適用が認められても,原著作者の有する権利は,著作者人格権にとどまるとも主張するが,原著作者がクラシカル・オーサーとして権利行使できることは上記のとおりであり,理由がない。
また,被告らは,音楽の著作物や脚本は,テレビ番組の原著作物とはなり得ないとも主張する。しかし,テレビ番組において,音楽の著作物や脚本が使用され,これらが「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文学,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」(著作権法2条1項1号)に該当する場合,テレビ番組の原著作物とならない理由はない。
したがって,被告らの上記主張は,いずれも採用できない。
(3) 被告らは著作物の使用に関し原告らの許諾を得る必要はないか
被告らは,①有線放送事業者による放送の同時再送信は,有線放送事業者による放送の履行補助行為であって,著作物の新たな利用には当たらないし,②原告ら5団体も同時再送信を前提に放送事業者に許諾しているから,放送の同時再送信は原告らが放送事業者に対して許諾した著作物の使用の範囲に含まれ,被告らは,原告ら5団体から改めて許諾を得る必要はない等と主張する。
ア まず,上記①の点について検討すると,放送及び有線放送は,著作権法2条1項8号,9号の2により各別の公衆送信として位置付けられ,また,送信の主体も異なることに加えて,現実の送信の態様も異なるものであるから,有線放送事業者による放送の同時再送信は,放送事業者による放送とは別の公衆送信であり,これを有線放送事業者による放送の履行補助行為であるということはできない。
(略)
イ 次に,上記②の点については,原告ら5団体が同時再送信を前提に放送事業者に許諾しているとの事実を認めるに足りる的確な証拠はなく,有線放送事業者による放送の同時再送信が原告らが放送事業者に対して許諾した著作物の使用の範囲に含まれるということはできない。
ウ したがって,被告らの上記主張は,いずれも採用できない。
(4) 著作隣接権を有しない原告芸団協と締結した本件各契約は有効か
進んで,原告芸団協が著作隣接権を有すると主張する実演家は,同時再送信について,何らの著作隣接権をも有さない(ワンチャンス主義,著作権法92条2項1号,2号)にもかかわらず,原告芸団協は,原告日脚連ら4団体と共同して,本件実演家が法的に同時再送信について無権利者であること,同原告も法的に本件実演家から実演,実演に関する著作隣接権の信託を受けられないこと,同原告が被告らの同時再送信行為に対して何らの権利をも主張・行使できないことを熟知しながら,被告らを欺罔して本件契約を締結させたとの被告らの主張について検討する。
ア まず,本件各契約の文言は,上記第本件A契約,本件B契約のとおりである。具体的には,本件各契約は,原告日脚連ら4団体(B契約は3団体)を甲,原告芸団協を乙とし,原告日脚連らと原告芸団協を区別した上,著作権者である原告日脚連らについては,「甲らは丙に対し,第2条に掲げる使用料を支払うことを条件として,甲らがコントロールを及ぼしうる範囲に属する著作物を使用して制作された放送番組を,丙がケーブルによって変更を加えないで同時再送信することを許諾する」(第1条第1項)と規定しているのに対し,原告芸団協については「乙は,丙が第2条に掲げる補償金を支払うことを条件として,乙の会員の実演によって制作された放送番組を,丙がケーブルによって変更を加えないで同時再送信することに対し,放送事業者に異議を申し立てないことを約定する」(第1条2項)と規定し,本件各契約のうち原告芸団協に係る契約の部分については「補償金」,「乙の会員の実演によって制作された放送番組を・・・同時再送信することに対し,放送事業者に異議を申し立てないことを約定する」との文言を使用し,原告日脚連らについての「使用料」,「著作物を使用して制作された放送番組を・・・同時再送信することを許諾する」との文言と明確に区別していることが明らかである。
イ 次に,本件各契約締結に至る経緯について証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。
(ア) 昭和46年1月1日,現行著作権法(昭和45年法律第48号)が施行され,著作権者及び実演家の有線放送権が法律上明定された。そこで,同年9月,放送に関連する権利者団体である原告日脚連(当時の名称は協同組合日本放送作家組合),原告音楽著作権協会,原告芸団協,原告日本シナリオ作家協会,脱退原告保護同盟(前記のとおり平成15年10月,その著作権業務を参加人文芸家協会に承継させた。)及び社団法人日本レコード協会の6団体で構成される著作権者団体連絡協議会(以下「著団協」という。)は,協議の上,原告日脚連を窓口として,CATV連盟の前身であるCATV連盟設立準備委員会(以下,CATV連盟と併せて,「CATV連盟」という。)との間で権利処理に関する交渉を開始した。
CATV連盟と権利者代表との上記交渉は,昭和47年2月から,文化庁著作権課の課長及び課長補佐が参加して行われた。同交渉において,CATV連盟側からはCATV事業の公益性が強く主張され,どのような使用料率を設定するか等については交渉は難航したが,放送事業者側からCATV連合会側に対し,番組に含まれる著作権及び実演家からの要求についてはCATV事業者の責任において処理することを再送信同意の条件とする意向が示されたこともあり,最終的に,使用料・補償金の額を当初提示額の半額以下とすることで,昭和48年8月,本件各団体契約書式(本件A契約,本件B契約のとおり)による権利処理が合意された。
上記交渉の過程において,著作権法上,実演家の同時再送信に対する権利が制限されていることを受けて,放送事業者側は,CATV事業者側に対し,同時再送信についての放送事業者の有線放送権の許諾を行うに当たり,同時再送信によって必要となる権利処理は実演家の権利を含めてすべてCATV事業者側において直接行うことを許諾の条件とする意向を示していたことなどから,実演家団体である原告芸団協も加わった上で,同時再送信について直接の権利を有する著作権者である原告日脚連らは放送の同時再送信について使用の許諾を行い,直接の権利を有しない実演家団体である原告芸団協は,CATV事業者から補償金を受け取ることを条件に放送事業者がCATV事業者に対して同時再送信の許諾を行うことについて異議を述べないことを約定することとされた。他方,実演家と同様の著作隣接権者ではあるものの,実演家とは異なり,著作隣接権として放送権・有線放送権が認められていないレコード制作者については,著作権法上,放送事業者の権利を通じて放送の同時再送信に関するレコード制作者の利益を図ることまでは想定されていなかったことから,本件各団体契約書式によって利益を確保する基礎を有しないものとして,本件各団体契約書式の当事者とならないこととされた。
(イ) 被告Nケーブルテレビは平成元年12月26日に,被告Gケーブルテレビは平成14年9月18日に,被告Cテレビは平成9年1月31日に,それぞれCATV連盟に加盟し,現在もその会員である。
CATV番組供給者協議会が平成元年3月に発行した「CATVと著作権~番組制作・供給の手引き~」には,本件各団体契約書式の内容を説明した上「実演家は放送される実演を有線放送するときには,権利が働かない建て前になっているとさきに説明したのに,5団体の中に芸団協が入っているのは,いわゆるワンチャンスで放送事業者を通じて権利行使をすべきところを,上記の料金が支払われることによって,芸団協は再送信に対し放送事業者に異議を申し立てない,とCATV局との契約で担保する構造になっているからです」と記載されている。
また,CATV連盟が会員の各CATV事業者向けに作成し配布しているCATV事業に関する著作権等の処理の解説書「ケーブルテレビと著作権2000」(以下「甲22解説書」という。)には,本件団体契約書式について,次のとおりの記載があり,CATV連盟は,本件各団体契約書式に関する昭和48年の上記合意が成立して以来,上記と同様の説明を会員の各CATV事業者に対して行っていた。
①「ケーブルテレビ局が放送の再送信を行うためには,まず有線テレビジョン放送法に基づいて放送事業者から同意を得なければなりません。・・・こうしたことを前提に,同時再送信についての権利処理について説明します。結論からいいますと,有線放送にかかわる部分の権利はすべてケーブルテレビ局で処理することになります。・・・・・放送事業者は当然のことながら,放送に関しては,すべて権利処理をしていますが,通常は有線放送についての処理は行っていません。したがって,同時再送信であっても,別に権利処理が必要となります。放送事業者としては,有線放送にかかわる部分まで権利処理費を負担する理由もありませんし,実際問題としてできません。そこで,NHK,民放は放送の再送信に同意するにあたって,おおむね次のような基本的な条件をつけています。この条件は各局ともほぼ同じで・・・権利処理問題については「局以外の第三者の権利に関し処理が必要な場合は,有線放送事業者の責任と負担で処理すること」などとなっています。少なくとも以上の条件が満たされなければ,再送信の同意が得られないわけですが,現実の問題として,番組で使用された著作物などの多種多様な権利を,ケーブルテレビ局が個別に処理することは不可能です。では,実際はどうなっているかですが,JASRAC,保護同盟,日脚連,シナ協,芸団協の5団体はそのメンバーの有線放送権について,各ケーブルテレビ局と契約を結び包括的な許諾をしています。・・・放送される実演を有線放送することについては,著作権法上,実演家に権利はありません。したがって,5団体に芸団協が加わっているのはおかしいのですが,いわば協力金といったような性格で対価の分配を受けています。」
②「ブランケットルールとして最初に成立したのは,テレビ同時再送信処理についてのものでした。これは連盟が未だ法人化されていない昭和40年代に,当時のケーブルテレビ事業者有志が長い年月の苦労の末,権利者団体と折衝してまとめ上げたもので,ケーブル業界にとって著作権処理の記念すべき第一歩となりました。今では権利者団体と契約締結すれば,テレビ再送信に際しての著作権使用許諾とその対価である使用料支払いが簡便に実施できますが,連盟がとりまとめるブランケットルールはケーブル事業者にとって極めて利便性を持っております。・・・なお,実演家の権利(著作隣接権)は,一般的に保護強化される潮流にありますが,ケーブルでの同時再送信においては著作権法第92条2項にあるように,厳密には「放送される実演を有線放送する場合は有線放送権は及ばない」と規定されています。これにも拘らず,実演家の団体である芸団協が権利処理団体に入っているのは,権利者団体との権利処理交渉の妥協の産物でもあります(『テレビ同時再送信契約書』で実演家部分が「使用料」でなく,「補償金」となっているのは,芸団協が通常慣習的に使用している表現ということもありますが,以上のような背景があることも理由になっています)」
③「ケーブル事業で空中波を再送信するにあたっては各放送事業者から再送信同意を得る必要があります。ただし,この行為は有線テレビジョン放送法(第13条2項)に拠るものです。・・・テレビ同時再送信に際して支払う著作権使用料は放送局に配分されるものではありません。しかしながら一方で,放送事業者は有線放送権を持っておりますから(著作権法上99条),これにより再送信については有テレ法の同意とは別の,著作権法上の許諾権を持っているのは事実です。従って,放送事業者の再送信同意には著作権法上の許諾という意味も備えております。・・・同意書には「放送の再送信に際しての著作権処理はケーブルテレビ事業者が行うこと」などの文面も入っています。これは,放送される番組を再送信することは放送番組に係る放送作家や音楽作曲家などの個々の権利(著作権法第23条1項「公衆送信権」と表現)が「権利の束」となって働くことになりますので,これをケーブル事業者自身が処理して下さいよ,という意味です。5団体との同時再送信ブランケットルールはこの部分の処理に当たります。」
ウ 上記ア,イに認定したところによれば,本件各契約の契約書では,原告芸団協に支払われる金員は,原告日脚連らに支払われる著作物の使用料とは,「補償金」,「乙の会員の実演によって制作された放送番組を・・・同時再送信することに対し,放送事業者に異議を申し立てないことを約定する」として明確に区別されている上,被告らは,本件各契約を締結するに当たって,CATV連盟と権利者代表との上記交渉の経緯,本件各団体契約書式による契約の内容,著作権法第92条2項に「放送される実演を有線放送する場合」に実演家の有線放送権は及ばないと規定されているにもかかわらず実演家の団体である原告芸団協が契約当事者となっている意味,及び本件各契約のうち原告芸団協に係る契約の部分については,著作物の使用料ではなく,第1条2項の「補償金」を支払うものであることについて,認識していたものと認められる。
そうすると,原告芸団協に被告ら主張の欺罔行為があったとも,また本件各契約の内容について被告らに錯誤があったとも認めることはできない。
(5) 以上検討したところによれば,被告らの詐欺及び錯誤の主張は,いずれも理由がない。
原判決は,著作隣接権を有しない原告芸団協と締結した本件各契約は錯誤により無効としたが,失当であり,上記のように改める。
(6) 被告らは,仮に,本件各契約が無効でないとしても,原告らの請求は,著作権法に違反するものであって認められないとも主張する。しかし,著作権法92条2項は,「放送される実演を有線放送する場合」に実演家の有線放送権は及ばない旨規定するが,同規定の趣旨は,実演家ないし実演家の団体である原告芸団協が,契約に基づき,放送の同時再送信についてその利用の対価として「補償金」を受けることを禁止する趣旨であると解することはできないから,本件各契約が著作権法に違反するものということはできない。本件各契約は,実演家・放送事業者・有線放送事業者三者間の権利関係処理の簡便化を図るという意味で一定の合理性を有するものであり,契約自由の原則からして容認できると解される。
被告らの上記主張は失当である。
4 判例・信義則違反(被告らの主張(3))
(1) 被告らは,最高裁キャンディ事件判決によれば,二次的著作物の原著作者は,当該著作物の著作者を含む他の権利者と共同しなければ権利行使なし得ないと主張する。しかし,上記判決は,二次的著作物の著作者による当該二次的著作物の複製行為に関し,原著作物の著作者は,当該二次的著作物を合意によることなく利用することの差止めを求めることができる旨を明らかにしたものであり,二次的著作物の原著作物の著作者が単独で第三者に許諾権限を行使することができない旨を示したものではない。したがって,被告らの上記主張は失当である。
(2) また,被告らは,原告らは脚本を二次的著作物とした場合の漫画家など,自らの著作物の原著作者等に対しては,同時再送信について使用料を支払っていないが,自ら原著作者の権利を侵害しながら,被告らに対する権利を主張するのは,権利の濫用,信義則違反として許されないとも主張する。しかし,原告らが脚本を二次的著作物とした場合の原著作者等に対して同時再送信について使用料を支払っていないとしても,そのことを理由に,原告らの被告らに対する本件各契約に基づく権利行使が権利の濫用ないし信義則違反になるということはできない。
被告らの上記主張も採用できない。
(略)
6 期間満了の有無(被告らの主張(5))
被告らは,本件各契約は,いずれも有効期間が平成3年3月31日又は平成5年3月31日までであるから,既に契約期間が満了し,失効している(本件各契約第8条)と主張する。
しかし,本件各契約第8条には,「本契約の期間満了の日の1か月前までに,甲ら乙または丙から本契約の廃棄,変更について特別の意思表示が文書によってなされなかった場合は,期間満了の日の翌日から起算しさらに1か年間その効力を有する。以降の満期のときもまた同様とする」として,契約期間満了の日の1か月前までに,契約当事者から契約の廃棄,変更について特別の意思表示が文書によってなされなかった場合は,期間満了の日の翌日から起算しさらに1年間その効力を有すること,それ以降の満期のときもまた同様であることが定められているところ,原告らが使用料等の請求の対象期間としている平成7年度から平成11年度の間に被告らから本件各契約を解除する旨の意思表示がなされたことを認めるに足りる証拠はない。被告らは,被告らが原告らに対して一貫して使用料等を支払っていないこと等に照らせば,被告らが本件各契約を更新する意思がなかったことは明らかであるとも主張するが,前記契約条項からすると使用料等の不払いの事実のみから本件各契約を解除する旨の意思表示がなされたものと認めることはできない。
被告らの期間満了の主張も理由がない。