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著作権判例セレクション

【演奏権】店舗のBGMとして楽曲を再生する行為は演奏権の侵害に当たるか

▶平成30319日札幌地方裁判所[ 平成29()1272]
() 本件は,原告は,音楽著作権等管理事業者であるところ,被告が,理容所として経営する「C」(「本件店舗」)において,背景音楽(BGM)として,携帯音楽プレーヤー,アンプ,スピーカー等のオーディオ装置(以下これらの装置を「再生装置」という。)を利用して,原告が著作権を管理する楽曲を再生し,原告の管理する著作権(著作権法22条1項の演奏権)を侵害したとして,被告に対し,①原告が著作権を管理すると主張する別添楽曲リスト(以下,原告が著作権を管理する楽曲を「原告の管理楽曲」といい,原告が自らの管理楽曲であると主張する楽曲を「本件各楽曲」という。)につき,本件店舗において再生装置を用いて利用することの差止め,並びに②主位的に不法行為に基づく損害賠償請求として,予備的に不当利得に基づく返還請求として,原告の管理楽曲である楽曲を背景音楽(BGM)として利用したことの使用料相当額である3万1104円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成29年8月10日から支払済みまで,民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

1 争点1(本件各楽曲が原告の管理楽曲であるか)についての判断
(1) 原告は,本件各楽曲について,原告の管理楽曲の作品データベースから,社交場や飲食店等において日常的に反復継続して利用されている主要な楽曲(別添楽曲リスト),並びに被告が本件店舗のBGMとして利用した原告の管理楽曲及びこれを基に他に利用される可能性が高い管理楽曲を抽出したもの(別添楽曲リスト(追録))であると主張し,原告の北海道支部の支部長であるKは,これに沿う証言をしている。
原告が著作権等管理事業法に基づいて文化庁長官の登録を受けた音楽著作権等管理事業者であることなどからすると,本件各楽曲を抽出したという原告の管理楽曲の作品データベースは,一般的に信用性が高いと考えられるのであって,具体的にその信用性を疑わせるような事情が存在しない限り,同データベースから抽出された本件各楽曲は,原告の管理楽曲であると認められるというべきである。
(2) この点,被告は,本件各楽曲の一部の楽曲について,第三者サイト上で著作権が消滅したことを表す本件マーク[注:著作権行使の対象とはならない旨を表す,パブリックドメイン又はクリエイティブ・コモンズ・ライセンスのマークのこと]が付されていることを理由に,本件各楽曲が原告の管理楽曲であることを争っている。そこで,以下,第三者サイトにおける本件マークの信用性について検討する。
ア 第三者サイトは,米国の非営利団体が,音楽等のデータを蓄積し,世界中の人がこれを利用できるようにすることを目的に作成されたデジタルライブラリであるところ,同サイトには,「当サイトのコレクションに投稿されている素材の著作権に関して,厳格な保証を与えることはできません。」,「著作権その他の知的所有権に関するコレクション・ページについて,投稿されている情報を保証することはできません。」との記載や,「適切な状況において自由裁量により,他者の著作権又はその他の知的所有権の侵害が疑われるコンテンツを削除,又はコンテンツへのアクセスを遮断することができます。」との記載がある。すなわち,第三者サイト上に本件マークが付されているとしても,同サイトを運営する非営利団体が,著作権が消滅し,いわゆるパブリックドメインに属するものであることを,厳密に保証するものではない。
イ また,第三者サイトは,アカウント登録を行えば誰でも楽曲をアップロードすることができ,その際にアップロードした者が本件マークを付する旨の選択を行えば,楽曲に本件マークが付されることとなるものであるから,本件マークは,当該楽曲の著作権の消滅の有無を確認することなしに,付される可能性があるものである。
ウ さらに,我が国の著作権は,著作者が死亡した日の属する年の翌年から起算して50年を経過するまでの間存続するとされるが(著作権法51条2項,57条),我が国が太平洋戦争中に連合国民の著作権を保護しなかったことに対する代償措置として,連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律により,いわゆる戦時加算が定められており,戦争当時に米国民が有していた著作権については,その保護期間が3794日(約10年5か月)延長されることから,著作者の死亡から50年が経過した楽曲であっても,我が国においては,著作権の保護期間はなお満了していない場合があることになる。
(3) 被告は,本件各楽曲の一部に,第三者サイト上で本件マークが付されているものがあるとして,本件各楽曲には原告が著作権の管理を委託されていない楽曲が含まれており,信用できないと主張するが,上記検討したところによれば,むしろ被告の主張に理由がないといわざるを得ず,本件各楽曲は,原告の管理楽曲であると認めるのが相当である。
2 争点2及び争点3について
(1) 認定事実
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(2) 争点2(被告が本件店舗で原告の管理楽曲を再生したか)についての判断
ア 原告は,上記各実態調査の際に,本件店舗のBGMとして再生されていた楽曲には,原告の管理楽曲が含まれていたと主張し,本件各実態調査の際に被告がBGMとして再生していた楽曲の中で,曲目の判明したもののうち,86.2%が原告の管理楽曲であったとのK作成に係る報告書を提出している。
上記の調査結果は,本件店舗のBGMとして再生されていた楽曲を原告の作品データベースと対照させることで,原告の管理楽曲であるか否かを判断したものと解されるところ,原告の作品データベースが信用できるものであることは前記1のとおりであるから,本件各実態調査の際にBGMとして利用されていた楽曲には,原告の管理楽曲が含まれていたことが認められる。
イ また,被告は,平成26年5月22日,株式会社Fの電話オペレーターに対し,1930年代から1940年代の音楽を利用している旨を説明しているところ ,本件各実態調査の際に再生されていた楽曲の中で曲目の判明した全319曲のうち,1930年代及び1940年代の楽曲は245曲であり,うち原告の管理楽曲は,208曲に及んでいたことが認められる。
また,被告は,平成27年2月24日,原告の従業員に対し,本件店舗のBGMとしてHの楽曲を利用している旨を述べ ,同年4月24日には,本件店舗のBGMとしてIの楽曲を再生し ,同年6月23日には,札幌簡易裁判所に対し,本件調停において,Jなどの楽曲を利用している旨を記載した答弁書を記載しているところ,H,I及びJが,アーティスト名又は著作者名として登録されている全楽曲661曲のうち,610曲が原告の管理楽曲であると認められる。
さらに,被告は,本件店舗でBGMとして再生する楽曲を,第三者サイト等のウェブサイトからダウンロードしていたところ,第三者サイトに本件マークが付されているからといって,原告の管理楽曲に当たらないといえないことは前記1のとおりであるから,被告は,継続的に原告の管理楽曲を,本件店舗でBGMとして再生していたものと認めるのが相当である。
ウ 我が国においては,昭和9年改正の旧著作権法30条1項8号において,レコード等の適法な複製物を用いた演奏は,出所を明示すれば,著作権侵害にならない旨が定められ,昭和45年の著作権法改正の際にも,著作権法附則14条が置かれ,適法に録音された音楽の著作物の演奏の再生については,放送や,音楽を鑑賞させる営業等を除き,当分の間,旧著作権法30条1項8号は効力を有するとされたため,長年にわたり,一般的な店舗等で,適法に取得したレコードやCDをBGMとして再生することは,著作権侵害には当たらないとされてきた。
しかしながら,国際的な著作権保護のための条約との整合性の観点から,平成11年の著作権法改正の際に,著作権法附則14条が廃止されたため(平成12年1月1日施行),以後,この問題は,公表された著作物は,営利を目的とせず,かつ,聴衆又は観衆から料金を受けない場合には,公に演奏等することができるとする現行著作権法38条1項により規律されることになり,同項にいう営利目的には,楽曲の再生により利用者の満足度を高めるなど,間接的に事業を促進する場合も含まれると解されるから,平成12年以降,店舗のBGMとして楽曲を再生する等の行為は,著作者の許諾がなければ,著作者が専有する演奏権(著作権法22条1項)の侵害に当たることとなった(なお,特別な再生装置によらず,通常の家庭用受信装置を用いてラジオ等の放送をそのまま伝達する場合には,同法38条3項後段により,店舗におけるBGM利用であっても,著作権侵害とはならない。)。
エ したがって,平成26年5月以降,被告が,理容業を営む本件店舗のBGMとして,原告の許諾を得ずに原告の管理楽曲を再生したことは,原告が管理する著作権を侵害したことになる。
(3) 争点3(被告の故意又は過失)についての判断
ア 上記1のとおり,第三者サイトにアップロードされている楽曲が,著作権行使の対象でないことの明確な保証はなく,第三者サイトにもその旨明記されているにもかかわらず,被告は,原告のウェブサイト等によって本件店舗のBGMとして利用する楽曲の著作権について調査しないまま,本件店舗のBGMとして,原告の管理楽曲を利用したのであるから,被告には,平成26年5月以降,原告の管理する著作権を侵害したことについて,過失があるというべきである。
イ 被告は,被告が利用していた楽曲の著作権の管理状況等について,原告に説明を求めたにもかかわらず,原告から何の説明もなかったとして,被告には過失がない旨を主張するが,前記(1)の事実経過に照らし,被告の上記主張を認めることは困難というべきであるし,店舗で楽曲をBGMとして再生する以上,自ら権利関係については調査をしなければならないのであって,仮に原告の説明に不十分な点があったとしても,被告は過失を免れるものではない。
3 争点4(原告の損害又は損失の額)についての判断
()
4 結論
前記2(1)及び(2)のとおり,被告は,平成26年5月以降,本件店舗において,再生装置を用いて原告の管理楽曲をBGMとして利用し,原告の管理する著作権を侵害していたことが認められ,被告が,原告との間で利用許諾契約を締結することを拒否し,使用料相当額の支払の求めにも応じないことからすると,今後も,再生装置を用いることにより,本件店舗のBGMとして本件各楽曲を再生し,原告の著作権を侵害するおそれはあると認められる。したがって,被告に対し,本件店舗で再生装置を使用することによって,本件各楽曲を利用することの差止めを求める原告の請求は,理由がある。
また,上記2(2)及び(3)のとおり, 原告の管理楽曲を本件店舗のBGMとして再生していたことには過失が認められ,これにより,上記3のとおり,原告に合計3万1104円の損害を与えたと認められるから,被告に対し,不法行為に基づき,3万1104円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成29年8月10日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の請求も,理由がある。