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著作権判例セレクション
【コンテンツ契約紛争事例】印刷製本契約(印刷用データに関する権利の帰属などが争点となった事例)
▶平成29年1月12日大阪地方裁判所[平成27(ワ)718]
(注) 本件は,原告は,被告らが,原告が「柴田是真
下絵・写生集」との題名の書籍(「原告書籍」)を出版した際に製作された印刷用のデータ(「本件印刷用データ」)を使用して,「柴田是真の植物図」との題名の書籍(「被告書籍」)を印刷・製本し,出版したと主張して,被告らに対し,以下の請求をした事案である。
原告は,被告N写真印刷に対し,本件印刷用データの無断使用が,同データに係る所有権の侵害に当たると主張して,不法行為による損害賠償請求権に基づき,損害金等の支払を求めた(主位的請求)。
原告は,被告N写真印刷に対し,原告書籍の出版の際,被告N写真印刷との間で,本件印刷用データを原告以外の出版社の出版物の印刷・製本に使用する場合は,原告の許諾を得た上で当該出版社が原告に使用料を支払うこととする旨の合意(「本件合意」)をしたところ,同データの無断使用が本件合意に違反すると主張して,債務不履行による損害賠償請求権に基づき,損害金等の支払を求めた(予備的請求1)。(その他の請求については省略)
被告N写真印刷は,原告書籍の出版の際に作成した本件印刷用データを保存した記録媒体を所持している。
原告書籍及び被告書籍では,宮内庁所蔵に係る明治宮殿「千種の間」の室内写真2葉(「本件写真」)が,共通して掲載されている。被告N写真印刷は,被告書籍の出版の際,本件写真につき,宮内庁の許可を得た後,原告書籍の出版の際に製作された印刷用のデータ(以下,本件印刷用データのうち本件写真に係るデータを「本件写真データ」といい,絵画部分に係るデータを「本件絵画データ」という。)を使用して印刷,転載し,本件写真が掲載されたページの下部には,「2点とも『柴田是真
下絵・写生集』(○○出版[注:原告のこと] 平成十七年)より転載」と記載されている。
当裁判所は,被告N写真印刷は,原告に無断で本件写真データを使用したことにつき,原告に対して債務不履行による損害賠償責任を負い(予備的請求1),また,被告K書院は,上記の債務不履行に加担したことにつき,原告に対して不法行為による損害賠償責任を負い(予備的請求1),原告に生じた損害の合計額は6万円であると認められると判断する。
以下,その理由を説明する。
1 被告N写真印刷関係について
(1) 争点1(被告N写真印刷が本件絵画データを使用したか)について
(略)
ウ まとめ
以上からすれば,被告N写真印刷が,被告書籍の出版に当たり,本件絵画データを使用したと認めることはできない。したがって,本件の被告N写真印刷に対する各請求のうち,本件絵画データの使用を前提とするものは,その余について判断するまでもなく,理由がない。
これに対し,被告N写真印刷が被告書籍の出版の際に本件写真データを使用したことは当事者間に争いがないため,以下では,本件写真データの使用との関係で,原告の被告N写真印刷に対する各請求を検討することとする。
(2) 争点2(原告が本件印刷用データを所有しているか)について
ア 前提事実のとおり,被告N写真印刷は,本件印刷用データが保存された記録媒体を所持している。
ここで,民法上の所有権の客体である「物」は「有体物」に限定されており(民法85条),本件印刷用データそれ自体は,デジタル化された情報であり,無体物であるため,所有権の客体たり得ず,原告が同データを所有する旨の原告の主張は,採用することができない。
イ なお,原告の主張が,所有権そのものではなく,所有権に類似する本件印刷用データの使用・収益・処分権を問題とする趣旨であったとしても,次のとおり,採用することができない。
すなわち,本件印刷用データに関する権利の帰属を検討するに,後記(3)のとおり,原告と被告N写真印刷は,原告書籍の出版の際,原告書籍に関する印刷・製本契約を締結したと認められるが,同契約は,所定の部数の原告書籍を印刷・製本し,注文者である原告に引き渡すことを目的とし,原告書籍を印刷・製本する過程は,請負契約において仕事を行う過程とみることができるから,請負契約と同様の規律に服すると解するのが相当である。そして,請負契約においては,請負の目的物以外については特段の規律は存せず,請負人が請け負った仕事をする過程で自己の材料を使用して作成した中間生成物については,それ自体として請負の目的物ではないから,契約当事者間でその所有権について合意をするなど特段の事情がない限り,その所有権は請負人に帰属するものと解すべきである。したがって,中間生成物が版下や製版フィルム等の有体物である場合には,特段の事情のない限り,それらの所有権は請負人に帰属することとなる。他方,印刷用データは有体物ではないが,請負契約の当事者において,中間生成物が有体物か否かで異なる取扱いをする合理的意思を有しているとは認められないから,仮に印刷用データに所有権類似の使用・収益・処分権が認められるとしても,特段の事情のない限り,なお請負人に属すると認めるのが相当であり,このことは,日本印刷産業連合会が平成12年3月に発行した調査研究報告書において,「原則として,印刷データの所有権も印刷原版と同様に印刷事業者に帰属すると考えるのが一般的であろう」との認識が示されていることにも沿うものである。
これを本件についてみるに,本件印刷用データは,原告書籍の印刷・製本のために作成された中間生成物であり,原告と被告N写真印刷との間に特段の合意はなされておらず,その使用・収益・処分権は,被告N写真印刷に帰属すると認められる。
なお,原告は,本件印刷用データにつき,原告が所有する柴田是真の絵画や明治宮殿の写真のリバーサルフィルムが加工されたとして,民法246条が適用される旨主張するが,上記に照らして採用できない。
ウ したがって,その余の点について判断するまでもなく,原告の被告N写真印刷に対する主位的請求は理由がない。
そこで,以下,本件写真データの使用に係る予備的請求1について検討する。
(3) 争点3(原告と被告N写真印刷が,原告書籍の出版の際,本件合意をしたか)について
前記(1)アのとおり,原告書籍の出版の際に,原告は被告N写真印刷に対して原告書籍の印刷・製本の対価を支払っているから,その前提として,原告と被告N写真印刷は,契約書は作成していないものの,原告書籍に関する印刷・製本契約を締結したと認められる。
そこで,原告と被告ニューカラー写真印刷が,上記契約の締結に伴い,原告の主張するところの本件合意をしたかを検討する。
(略)
ウ まとめ
以上によれば,被告N写真印刷は,原告書籍に関する印刷・製本契約の締結に伴い,原告との間の黙示の合意又は信義則に基づき,原告の許諾を得ない限り,本件印刷用データの再利用をすることができないとの義務を負っていたと認められる。
(4) 争点6(原告は,本件写真データの使用を許諾したか)について
(略)
(5) 争点7(本件写真データの使用について,著作権法32条1項が類推適用されるか)について
被告らは,著作権法32条1項の類推適用により,原告の許諾がなくとも本件写真データを使用できる旨主張する。
この点,同項は,公正な慣行に合致し,報道,批評,研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行われる限りで,著作権者の許諾を得ることなく,公表された著作物を自己の作品に採録して利用することができるとしているが,その趣旨は,新たな表現行為を行う上で,その内容上,既存の著作物を利用する必要があることを考慮した点にある。
これに対し,本件写真データの使用につき原告の許諾を要するか否かは,被告書籍を出版する際に,原告書籍に掲載された本件写真を転載する方法に関わる事項であるにすぎず,本件写真を転載するに当たり,原告書籍のために作成された本件写真データを利用する内容上の必要性があるというわけではないから,同項の類推適用の基礎を欠くというべきである。
したがって,本件において同項を類推適用することはできず,被告らの上記主張は,採用することができない。
(6) 争点8(損害額又は本件印刷用データの使用料)について
(以下、略)