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著作権判例セレクション
【言語著作物】運動トレーニング方法に関する理論及び記事が問題となった事例
▶平成17年7月12日大阪地方裁判所[平成16(ワ)5130]▶平成18年04月26日大阪高等裁判所[平成17(ネ)2410]
1 著作権侵害に基づく請求について
(1) 請求原因(著作物性)について検討する。
(2) 本件において原告Aは,「初動負荷」,「終動負荷」という表現が,自己の創作した著作物であると主張する。
同原告の主張によれば,「初動負荷」とは,「その運動の主動筋を最大限に伸長させたポジション(すなわち,その動作の開始時)において負荷を与えた後,その負荷を適切に漸減することで,主動筋の「弛緩→伸長→短縮」の一連過程を促進させると共に,主動筋活動時に,その拮抗筋並びに拮抗的に作用する筋の収縮(共縮)を防ぎながら行う運動・トレーニング方法」の名称として同原告が創作したものであり,「終動負荷」とは,「動作中筋出力が維持され,あるいは高くなるが,同原告は,このような動作終了に向けて負荷が継続ないし徐々に増加するような筋の活動様式による運動・トレーニング方法」の名称として創作したものである。
(3) しかしながら,まず,このような運動・トレーニング方法に関する理論を原告が独創し,その名称を創作したものであるとしても,著作物性は具体的な表現について認められるものであり,理論について認められるものではないから,理論が独創的であるからといって,直ちにその名称に著作物性が認められるわけではない。
(4) そこで,原告Aが創作した「初動負荷」及び「終動負荷」という名称表現について検討するに,まず「初動負荷」について見ると,ある抽象的な理論や方法(ここでは運動・トレーニング方法がそれに当たる。)を端的に表現する名称として,それを漢字四文字の熟語で構成することは,日本語において常用される表現方法であるところ,前記のような,運動の動作の開始時において負荷を与えた後に,その負荷を適切に漸減するという運動・トレーニング方法の名称を考えるに当たり,「運動の動作の開始時において」「負荷を与える」という代表的な要素を抽出して,「初動負荷」と名付けることは,「広辞苑」(第五版)において「初動」とは「初期段階の行動」の意味であるとされていることもふまえると,ありふれた表現にすぎず,創作性を有する著作物と認めることはできないというべきである。
また,「終動負荷」という名称について見ると,確かに「終動」という言葉は一般の日本語にはなく(前掲「広辞苑」にも見られない。),原告Aの創作した造語であると認められる。しかし,新旧二つの理論や方法に名称を付与する際に,両者の名称が対になるようにするのは日本語として常用される表現方法であることからすると,新規な運動・トレーニング方法を「初動負荷」と名付ける一方で,従来の運動・トレーニング方法を「終動負荷」と名付けることも,やはりありふれた表現にすぎず,創作性を有する著作物と認めることはできないというべきである。
(5) この点について原告Aは,前記のような運動・トレーニング方法を端的に表現する方法はいくらでもあるから,「初動負荷」及び「終動負荷」という表現には創作性があると主張する。
しかし,原告Aが「初動負荷」の代わりに考えられるとする名称も,「主動筋円滑」トレーニング,「筋共縮防止」トレーニング,「初期負荷後漸減」トレーニング,「始動負荷」トレーニング,「瞬間負荷」トレーニング,「反射促進」トレーニング,「終盤加速型」トレーニング,「負荷変動式」トレーニング,「逓減負荷」トレーニング,「加速増進負荷」トレーニングという程度にとどまるのであって,このうち四文字熟語として構成されるのは4種類にすぎず,しかも,うち3種類に「○○負荷」の名称を付されているのであるから,「運動の開始時に負荷を与える」ということから最も端的に発想される「初動負荷」という名称に特段の創作性を認めることはできない。
原告Aは,同様に「終動負荷」についても,「均一継続負荷」トレーニング,「持続負荷」トレーニング,「逓増負荷」トレーニングという名称が考えられると主張するが,わずか3種類にすぎず,「初動負荷」と対になる四文字熟語として表現しようとした場合に最も端的な「終動負荷」に特段の創作性を認めることはできない。
(6) 以上より,原告Aの著作権侵害に基づく請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がない。
[控訴審]
(注) 本件は, 「初動負荷理論」と称するトレーニング理論を開発したスポーツトレーナーである控訴人A及び同人の経営する株式会社である控訴人会社が,被控訴人会社発行の雑誌「チョイス」に掲載された被控訴人B解説の記事(本件記事)は,①控訴人Aの著作権(複製権)及び著作者人格権(氏名表示権)を侵害し,②控訴人らの周知商品等表示に対する混同行為(不正競争防止法2条1項1号)に該当し,③控訴人A・被控訴人会社間の執筆契約の附随義務の債務不履行に該当し,④控訴人らの名誉・信用を毀損する不法行為に該当すると主張して,損害賠償の支払,謝罪広告の掲載
雑誌「チョイス」の販売差止め回収及び廃棄を求めた事案である。
原審は,控訴人らの請求をいずれも棄却したため,控訴人らが本件控訴を提起し,当審において,著作権(複製権)侵害,不正競争防止法違反及び債務不履行の主張を撤回するとともに,著作権(翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権及び名誉声望保持権)侵害の主張を追加した。
1 争点(1)について
(1) はじめに
言語の著作物の翻案とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することができる別の著作物を創作する行為をいう。そして,著作権法は,思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(同法2条1項1号参照),既存の著作物に依拠して創作された著作物が,思想,感情若しくはアイデア,事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において,既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には,翻案に当たらないと解するのが相当である(最高裁判所第一小法廷平成13年6月28日)。
自然科学論文における著作者の独創にかかる思想内容については,学問は先人の思想,発見をもとにして発展して行くものであり,その利用を禁止することは文化の発展を阻害することになるから,抽象的な理論体系,思想内容については,アイデアや事実など表現それ自体ではない部分に該当するものと解するのが相当である。
(2) 控訴人Aの初動負荷理論及びその著作物
(略)
(3) 本件記事
(略)
(4) 対比表1について
ア 控訴人らは,控訴人Aの著作物の表現上の本質的な特徴が, 「初動負荷法では,動作開始時に最も大きな力が発揮され,以後は慣性で動作が遂行されるために筋出力は低減する。これとは逆に,終動負荷法によるレジスタンストレーニングでは,動作の終了時に負荷が大きくなる。」という点にあると主張する。
しかるところ 対比表1の控訴人Aの著作物の文言は,「『BRT』では,動作開始時に最も大きな力が発揮され,以後は慣性で動作が遂行されるために筋出力は低減する。これとは逆に, 『終動負荷(non-BRT 』によるRTでは,動作の終了時に負荷が大きくなる。」, 「『BML』では動作初期に力を発揮し,以後は慣性の力で動作が行われていることが裏付けられる。これに対して,『終動負荷』では動作初期から終了時にかけて発揮する力が大きくなり,筋を弛緩させる時間が短くなっている。」というものであって,上記控訴人ら主張の控訴人Aの著作物の表現上の本質的な特徴の文言と一致せず,前提を欠く。
イ のみならず,控訴人Aの著作物と本件記事とを比較するに,控訴人Aの著作物は,「初動負荷」という表現単独でなく,『初動負荷法(Ballistic
Resistance Training;以下BRT』と呼ばれるトレーニング法と定義された『BRT』,『初動負荷法(Biginning Movement Lord;以下BML)』と呼ばれるトレーニング法と定義された『BML』という表現を使用し,「終動負荷」という表現単独のほか,「『終動負荷』(non-BRT 』によるRT」という表現を使用し,また, 「動作開始時に最も大きな力が発揮され,以後は慣性で動作が遂行されるために筋出力は低減する」,
「動作初期に力を発揮し,以後は慣性の力で動作が行われていることが裏付けられる」として,動作開始時に最大の力を発揮した後は慣性の力で動作が行われ,そのために筋出力は低減するという初動負荷理論の仕組みに着目して,初動負荷の定義ないし特徴を説明するという表現方法を用いているのに対し,本件記事は,慣性の力には触れずに,筋肉にかける負荷の大小から初動負荷の定義ないし特徴を説明するという表現方法を用いている点において,相違がある。
ウ したがって,いずれにしても,控訴人Aの著作物と本件記事との間に,表現上の本質的特徴の同一性があるということもできないから,本件記事
は,控訴人Aの著作物の翻案といえない。
(2) 対比表2について
(以下略)
(9) 小括
以上によれば,本件記事は,控訴人Aの著作物の表現上の本質的な特徴の同一性を維持しているとはいえず,控訴人Aの著作権(翻案権)を侵害しない。
(10) 著作者人格権侵害について
以上説示したところによれば,本件記事は,控訴人Aの著作物の翻案権を侵害しないから,控訴人Aの著作者人格権(同一性保持権,氏名表示権及び名誉声望権)を侵害するものにも当たらない。
2 争点(2)について
(以下略)