Kaneda Legal Service {top}
著作権判例セレクション
【コンテンツ契約紛争事例】執筆契約から生ずる付随義務の存否が問題となった事例
▶平成17年7月12日大阪地方裁判所[平成16(ワ)5130]
3 債務不履行に基づく請求について
(1) 原告Aと被告会社が本件執筆契約を締結し,原告Aが平成14年1月から平成15年10月まで,被告会社の発行する週刊ゴルフダイジェスト誌に,初動負荷理論の紹介,自宅でできる簡易な初動負荷トレーニング方法の紹介・解説の記事を執筆し,被告会社が同記事を掲載して原告Aに対価を支払ったことは当事者間に争いがない。
(2) 本件執筆契約に基づく原告A主張の付随義務の存否について検討する
原告Aは,被告会社においては,その発行に係る書籍において初動負荷理論・初動負荷トレーニングに関する記事を掲載する場合に,①その提唱・実践者が原告Aであることを曖昧にするような表現をしないよう注意する義務や,②同理論・同トレーニングの内容を歪曲しないよう注意する義務を,本件執筆契約から生ずる付随義務として負うと主張する。
ところで,契約を締結した当事者は,その合意内容に従い,互いに契約の目的とした給付を実現する義務を負う。本件執筆契約の場合には,原告Aについては原稿を執筆する義務が,被告会社の場合にはそれを雑誌に掲載するとともに報酬を支払う義務がそれに当たる。そして,原告A及び被告会社が,このような給付義務によって実現しようとした契約利益を達成するために,給付義務の発生,履行及び消滅の全過程を通じて,互いに何らかの注意義務を信義則上負う場合があることは原告Aの主張するとおりである。
しかし,本件では,本件執筆契約に基づく原告Aと被告会社の執筆義務,掲載義務及び報酬支払義務は,原告Aの執筆に係る原稿が掲載された週刊ゴルフダイジェスト誌の平成15年10月分までが無事発行され,原告Aに同執筆に係る報酬が支払われたことにより,いずれも履行されて消滅しており,それらの義務によって実現しようとした契約利益は実現されている。したがって,本件執筆契約に係る原稿の執筆及びその掲載を離れて,被告会社が原告A主張のような注意義務を信義則上負うとは認められない。
もっとも,原告Aの主張は,本件執筆契約が前提とした契約利益の中には,本件執筆契約による執筆・掲載後を通じて,一般的に被告会社が原告Aが提唱し実践する初動負荷理論・初動負荷トレーニングに関してその独創性を尊重し保護することや,初動負荷理論・初動負荷トレーニングに関する原告Aの経済的利益を尊重し保護することも含まれているという趣旨であるとも解される。しかし,このような合意内容は通常の執筆契約における契約当事者の合理的意思から大きく隔たっている。一般大衆向けのゴルフ関係雑誌を発行するにすぎない被告会社が,今後の記事内容を制約することにもなりかねないこのような意思の下に本件執筆契約を締結したものとは考えられない。このことは,原告Aが請求原因で指摘する事情が仮に存したとしても同様である。したがって,原告A主張のような前提は採用できない。
(3) 以上より,原告Aが主張する付随義務はこれを認めることができないから,その余について判断するまでもなく,原告Aの債務不履行に基づく請求は理由がない。
4 不法行為に基づく請求について
(1) 原告らは,自ら構築してきた独自の初動負荷理論と,その実践により得てきた社会的信用・名声の故に,「初動負荷理論」や「初動負荷トレーニング」といった名称を独占的に,あるいは,対価を得て第三者に専属的に利用させ得る法的救済に値する利益を有しているところ,被告らはこれを侵害したことによる不法行為責任を免れないと主張する。
しかしながら,原告Aが独自の初動負荷理論を自ら構築し,原告らにおいてその実践により社会的信用・名声を得てきたとしても,「初動負荷理論」や「初動負荷トレーニング」といった名称について,著作権等の知的財産権によらないで独占的な使用権を原告らに認めることはできない。すなわち,現行法上,営業や役務や理論や方法の名称の使用に関しては,商標法,著作権法,不正競争防止法等の知的財産権関係の各法律が,一定の範囲の者に対し,一定の要件の下に排他的な使用権を付与し,その権利の保護を図っているが,その反面として,その使用権の付与が国民の経済活動や文化的活動の自由を過度に制約することのないようにするため,各法律は,それぞれの知的財産権の発生原因,内容,範囲,消滅原因等を定め,その排他的な使用権の及ぶ範囲,限界を明確にしている。これら各法律の趣旨,目的にかんがみると,「初動負荷理論」や「初動負荷トレーニング」といった理論やトレーニング方法の名称等の使用につき,法令等の根拠もなく名称の発案・使用者に対し独占的な使用権を認めることは相当ではないというべきである。
したがって,不法行為の被侵害利益として,原告らが主張する法的保護に値する利益は認められない。
(2) 原告らは,被告会社及び被告Bは,原告Aが初動負荷理論という独自の理論の提唱者であり,原告らが同理論の実践を中心とした経済活動をしていることを熟知していたのであるから,被告会社が雑誌等の製作出版行為を行い,被告Bが本件記事の執筆を行う際,「初動負荷」理論について記述するならば,同理論については提唱者である原告Aを明示し,また内容を歪曲するなどして同理論の提唱・実践者である原告らの利益を侵害しないように注意すべき義務があったと主張する。
確かに,原告Aが初動負荷理論の提唱者として得ている社会的名声や,その実践によって原告らが得ている経済的利益を第三者が侵害することは許されるところではない。しかし,仮に原告ら主張のような事情を被告らが認識していたとしても,原告らにその理論や名称を独占的に使用する権利が認められない以上,被告らは自由にその理論や名称に言及して,同理論に関する記事を記述し得るのは当然であり,その記述が徒に原告らの名誉,信用を害するとか,営業を妨害するという内容のものでない限り,原告らに対する不法行為を構成するものではないというべきである。そして,本件記事にはそのような内容の記述も見当たらないから,被告らが本件記事において初動負荷理論の提唱者である原告Aを明示せず,また原告Aの考えるものと異なる内容を初動負荷理論の内容として記述したからといって,それが原告らに対する不法行為を構成するとはいえない。
(3) 以上より,不法行為に基づく請求は,その余について判断するまでもなく理由がない。