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著作権判例セレクション

【共有著作権】ソフトウエア(プログラム)の開発委託者と受託者の間で「著作権の共有」が問題となった事例

▶平成140829日大阪地方裁判所[平成11()965]
2 争点(1)(本件ソフトウエアは原告と被告Eの共有に係る著作物か)について
(1) 同ア(本件ソフトウエアは原告と被告Eの原始的共同著作物か)について
共同著作物(著作権法2条1項12号)とは、二人以上の者が共同して創作した著作物であって、その各人の寄与を分離して個別的に利用することができないものをいい、プログラムの著作物(同法10条1項9号)の作成に複数の者が関与している場合において、各人が共同著作者となるためには、各人が当該プログラムの作成に創作的に寄与していることを要し、著作物の企画を立てた者や単なる開発委託者のように、補助的に参画しているにすぎない者は共同著作者にはなり得ないものというべきである。
前記1で認定した事実及び証拠によれば、本件ソフトウエアの開発経緯(①要件定義、②外部設計、③内部設計、④プログラミング、⑤各種試験の実施)において、本件ソフトウエアのプログラムの著作物としての創作性を基礎付けるプログラム言語による具体的表現の作成(内部設計、プログラミング)は被告Eが単独で実行したものであり、原告は、要件定義及び外部設計の段階で、開発委託者として要望事項を述べるとともに、仕様確定の前提となる資料を提供し、また、本件ソフトウエアの暫定版の受入検査及び検査中に発生した不具合の指摘を行ったにすぎず、原告が、ソフトウエア開発委託契約における発注者としての行動を超えて、本件ソフトウエアのプログラムの具体的な表現に対して創作的な関与を行ったことを認めるに足りる証拠はない。
そうすると、本件ソフトウエアの著作者は、その従業員が会社の発意に基づき本件ソフトウエア開発の全過程に関与し、そのプログラムの著作物としての創作性を基礎付ける内部設計及びプログラミングを単独で行った同被告であり(著作権法15条2項)、本件ソフトウエアが原告と同被告の原始的共同著作物ということはできない。
(2) 同イ(原告と被告Eの間で、本件ソフトウエアの著作権を原告9割、同被告1割の共有とする合意が成立したか)について
ア 前記(1)のとおり、本件ソフトウエアの著作権は、著作者である同被告に原始的に帰属するところ、原告は、原告と同被告との間では、平成9年7月25日、本件ソフトウエアの著作権を原告9割、同被告1割の割合で帰属させる合意が成立し、原告は上記合意に基づき本件ソフトウエアの著作権の9割の持分を有すると主張するので、以下検討する。
前記1で認定した事実によれば、同被告は、原告に対し、平成9年6月11日及び同年7月25日の2回にわたり、本件ソフトウエアの著作権を原告と同被告の共有とし、その持分割合を原告9、同被告1とする条件を提示したこと、原告は、同年7月25日、本件ソフトウエアの著作権を原告と同被告の共有とし、持分割合を9対1にすることを承諾したことが認められ、これによれば、原告と同被告との間では、同年7月25日、本件ソフトウエアの著作権の持分の9割を原告に帰属させる合意が成立したということができる。
この点について、同被告は、乙の平成9年7月25日付け書面(甲7)の提案は、原告が開発費残代金及び追加開発費の支払を完了する条件で、本件ソフトウエアの著作権を原告と同被告の共有とするという提案にすぎず、原告が開発委託料の支払を完了していない以上、そのような合意は成立していないと主張する。
しかし、甲7には、開発委託料の支払について「現在及び、将来の開発費について別途打ち合わせ」との記載があるのみで、開発費の支払に関する項目と著作権持分の帰属に関する項目を関連付ける記載はないのであるから、同書面の趣旨を、原告が開発残代金及び追加開発費の支払を完了する条件で著作権の持分を移転するという意味に解することはできない。
前記1認定の事実によれば、乙が甲に送付した平成9年11月27日の文書では、「原告の被告Eに対する債務が消滅した時点で原告に本件ソフトウエアの90パーセントの所有権が移転する」旨記載されていたものであるが、この文書は、前記のとおり同年7月25日までに同被告からの条件提示とこれに対する原告の承諾により本件ソフトウエアの著作権の持分の9割を原告に帰属させることが両当事者間で確定的に合意された後に、同被告の側で作成したものにすぎないから、同文書の記載は前記認定を左右するものではない。
イ 以上によれば、原告は、平成9年7月25日、被告Eから、本件ソフトウエアの著作権の持分の9割の移転を受けたものというべきであり、これにより、本件ソフトウエアは、原告と同被告との共有に係る著作物になったものと認められる。
3 争点(2)(原告と被告Eの間で、原告のみが本件ソフトウエアを複製し、単独で販売できるという「共有著作権の行使に関する合意」(著作権法65条2項)、又は、原告に契約上の債権的権利として本件ソフトウエアの独占的販売権を付与する旨の合意が成立したか)について
(1) 前記1で認定した事実によれば、原告と被告Eの間では、平成9年7月25日に、本件ソフトウエアの著作権の持分を原告9、同被告1の持分の共有とすることを合意すると同時に、本件ソフトウエアの販売権を原告に独占させる合意が成立したものと認められる。このことは、もともと本件開発委託契約が原告において本件ソフトウエアを販売することを目的として、その開発を同被告に委託したという関係にあることからいっても、自然なものであるといえる。
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(3) 以上によれば、被告Eは、他の共有者である原告との合意に反して、共有著作物である本件ソフトウエアを複製、販売し、被告K及び被告Mは、原告から、同被告らの販売行為が著作権を侵害する旨の平成10年10月30日付け内容証明郵便を受領した後も、被告Eが複製した本件ソフトウエアの複製物を販売したものであるから、原告は、本件ソフトウエアの著作権の共有者として、著作権法112条1項、113条1項2号、117条に基づき、被告らに対し、本件ソフトウエアの複製、販売、頒布、展示の差止めを求めるとともに、同法112条2項に基づき、本件ソフトウエアの廃棄を求めることができるというべきである。なお、被告らは、本件口頭弁論終結時までに本件ソフトウエアの販売を止め、次バージョン「Easy BaseⅢ」を販売していることが認められ、証人乙は、被告Eにおいて本件ソフトウエアの販売を再開することは考えていないと証言している。しかし、被告Eは本件ソフトウエアのソースコードを現在も保持していること、前記1で認定した同被告が被告Kを通じて本件ソフトウエアを販売するに至った経緯のほか、本件訴訟において、被告Eが本件ソフトウエアの著作権は同被告だけに帰属していると主張し、かつ原告との間で同被告が販売することの合意があったと主張していることも勘案すると、被告らにおいて、将来、本件ソフトウエアを複製し、販売するなどの行為をするおそれがないとはいえない。
(4) また、本件ソフトウエアの著作権は、前記(1)のとおり、本件登録[注:被告Eは、平成10年1月28日、本件ソフトウエアのプログラムの著作権者として、財団法人ソフトウエア情報センターにおいて、プログラムの第一発行年月日等の登録を行った。]において著作物が最初に公表された年月日とされた平成9年8月4日時点では、原告と被告Eの共有であり、著作権者を被告Eのみとする本件登録は、この点で実体に反するものといえる。
著作権法76条1項の第一発行年月日等の登録は、著作権者が当該著作物が最初に発行され又は公表された年月日の登録を受ける制度であり、その法律上の効果は、登録に係る年月日にその著作物が第一発行又は第一公表されたものと推定されることにあるが(同条2項)、加えて、著作権登録原簿に著作者として登録されている者が著作権者であることを公示する事実上の効果があり、この事実上の効果を期待して登録が行われることも少なくない。
共有著作物について、共有者の一部の者が単独で著作者として第一発行年月日の登録をした場合、著作権者として登録されなかったその余の共有者は、その後、著作権登録申請(著作権法77条)をしようとしても、著作権登録申請書に前登録の年月日及び登録番号を記載することが要求されていること(著作権法施行規則8条の3第1項、別記様式第六4〔備考〕2、同様式第三〔備考〕6)から、前登録である第一発行年月日登録の内容と齟齬するものとして拒絶されるおそれがあり、また、第三者に対する権利行使において、自己が著作権者の一人であることの立証につきより重い負担を負うことになるなど、円満な著作権の行使を事実上制約されることになる。この点において、著作権者以外の者が第一発行年月日の登録を受けた場合と変わりない。したがって、著作権の共有者は、自己が持分を有する著作物について、共有者の一部の者が自分を単独の著作者と表示して著作年月日登録をした場合には、当該他の共有者に対して、当該著作年月日登録の抹消登録手続を求めることができると解するのが相当である。
以上によれば、原告の被告Eに対する本件登録の抹消登録手続請求は理由がある。
4 争点(3)(原告の本訴請求は権利の濫用か)について
前記1で認定した事実によれば、原告は、平成9年5月ころから、従業員に社外への口外を禁じた上でバージョン2の開発に着手し、平成10年6月、「スーパー土木」のバージョン2の販売を開始して本件ソフトウエアの販売を中止したこと、原告は、本件開発委託契約及び追加契約に基づく開発費の残代金400万円を現在も支払っておらず、被告Eの追加開発費一部負担の要求にも応じないことが認められる。しかし、上記事実は、同被告が共有者間の合意に反して共有著作物である本件ソフトウエアの複製、販売を行ったことについて、原告が著作権法に基づきしかるべき法的措置を講ずることを権利の濫用として排斥する根拠にはなり得ない事情であり、被告らの権利濫用の主張は失当である(同被告は、本件開発委託契約に基づく報酬請求として、原告に開発費残代金及び追加開発費の支払を請求することが可能であり、自己負担分の開発費の回収名目で、他の共有者である原告の同意なく本件ソフトウエアを複製、販売することは、法の禁止する自力救済に他ならない。)。
5 争点(4)(原告の損害額)について
(1) 著作権法114条2項[注:現3項。以下同じ]による損害賠償額
ア 前記認定事実によれば、被告Eは本件ソフトウエアを複製し、これを被告Kに譲渡し、被告Kは情を知ってこれを販売ないし頒布することにより原告の本件ソフトウエアに対する著作権を侵害したものであり、上記被告らには故意があるというべきであるから、上記被告らは著作権侵害によって原告が被った損害を賠償する義務を負う。
原告は、著作権法114条2項、117条に基づき、著作権の共有者持分の侵害に対する損害賠償請求をしているが、同法117条は、共有者相互間における損害賠償額の配分までも規律する趣旨ではなく、共有者が求め得る損害賠償額は、各共有者間の事情をも考慮して決せられるべきであると解するのが相当である。前記3のとおり、原告と同被告との間では、平成9年7月25日、本件ソフトウエアの著作権の持分を原告9、同被告1の持分の共有とする合意が成立すると同時に、販売権を原告に独占させる合意が成立し、同被告が本件ソフトウエアの複製物を販売することは著作権侵害行為となるから、原告の本件ソフトウエアの著作権の持分割合を損害額の算定に当たって考慮すること(全損害額を共有持分の割合に従って按分すること)は、侵害者である同被告に利得を残すことになり、相当でない。したがって、原告は、同被告らに対し、同法114条2項によって算定される著作権侵害によって生じた全損害の額を請求し得ると解するのが相当である。
そして、同法114条2項にいう「受けるべき金銭の額」とは、当事者間の具体的な事情を参酌した損害の賠償として妥当な金額を意味するものと解するのが相当である。本件において、原告が第三者に対し、外販用に本件ソフトウエアの複製、販売を許諾する場合における実施料率の算定基準を示す直接的な証拠はないが、コンピュータ・ソフトウエアの再生産の場合、ライセンシーの負担する再生産コストが極度に小さいことから、一般的にその実施料率は他の著作物と比較して高率であることに加え、前記4のとおり、被告Eの行為が原告との共有著作権の行使に関する合意に反する行為であることをも考慮すると、同法114条2項にいう「受けるべき金銭の額」は、本件ソフトウエアの販売価格の30%とみるのが相当である。
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そうすると、原告が本件ソフトウエアの著作権の共有持分を侵害されたことによる損害賠償額は、本件ソフトウエアの実施料相当額である1057万5000円と認められる。よって、原告は、被告E及び被告Kに対し、著作権法114条2項による損害賠償として、1057万5000円を求めることができる。
(2) 弁護士費用
本件著作権侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用としては、105万円を認めるのが相当である。
6 以上によれば、本訴請求は、原告が、被告らに対し、本件ソフトウエアの複製、販売、頒布、展示の差止め及び本件ソフトウエア複製物の廃棄を求め、被告Eに対し、本件登録の抹消登録請求を求め、被告E及び被告Kに対し、損害賠償として、連帯して1162万5000円及びこれに対する不法行為の後である平成11年2月18日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。