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著作権判例セレクション

【著作隣接権】誰が「レコード製作者」か(誰がレコード製作者の権利を有する)が争点となった事例/映画で使われている楽曲(BGM)の権利処理について、外国映画の配給会社にそれを確認する義務があるか

平成30419日大阪地方裁判所[平成29()781]
() 本件は,レコード会社である原告が,自己が販売する音楽CDに収録されている楽曲がBGMとして使用されている映画を複製した,外国映画の配給会社である被告に対し,レコード製作者の権利(複製権)侵害を理由として,民法709条に基づき,損害賠償金等の支払を求めた事案である。
(前提事実)
(1) 原告及び本件でレコード製作者の権利侵害が問題となっている音源
原告は,「SOUND HILLS RECORDS」のレーベル名で音楽CDを販売しているレコード会社である。原告が平成5年4月26日に販売を開始した「Holiday for Pans」という音楽CD(「本件CD」)には,世界的に著名なベーシストであるジャコ・パストリアス(以下「ジャコ」)によるベース演奏の音等で構成される楽曲が合計8曲収録されており,そのうちの1曲が「BIRTH OF ISLAND」という楽曲(「本件楽曲」)である(以下,本件CDに収録された本件楽曲の演奏を録音した音源を「本件音源」という。)。
(2) 被告による本件音源の複製
アメリカ合衆国の映画製作会社であるトラバース社から委託を受けたアメリカ合衆国の映像制作プロダクションであるスラング社が平成26年に制作したジャコのドキュメンタリー映画である「JACO」(「本件映画」)には,本件音源が2分弱のBGMとして使用され,エンドロールには,本件楽曲について,「バース・オブ・アン・アイランド 作曲及び演奏 ジャコ・パストリアス サウンドヒルズ(日本)許諾」と表示されていた。
被告は,平成28年7月1日付けで,本件映画の日本における配給会社として,スラング社との間で日本における映画権,ビデオ権等の許諾を受けるライセンス契約を締結し,同年9月にはスラング社からフィルム原版の送付を受けた。その後,本件映画は,同年12月1日に東京都の1映画館で上映された後,同月10日からは全国数映画館で上映された。これらの過程において,被告は本件映画を複製する中で,本件音源を複製した。
(3) 原告による通知
原告訴訟代理人は,被告に対し,同年11月21日到達の同月19日付け通知書(「本件通知書」)により,原告が本件音源の著作隣接権を有しているところ,本件音源を本件映画内で使用することについての許諾を与えていないとして,本件映画の配給中止等の措置を求めた。その後,被告は,本件映画から本件楽曲を削除した。

1 争点1(原告が,本件音源につきレコード製作者の権利を有するか否か)について
当裁判所は,原告は,本件音源のレコード製作者としてその権利を原始取得したとは認められないが,レコード製作者の権利を有するP1からその権利を譲り受けたことにより,本件音源につきレコード製作者の権利を取得した(承継取得)と判断した。
(1) 認定事実
後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 本件マスターテープ1の取得に関する事情
原告は,平成4年5月12日付けで,P1との間で,「P1によるマスターレコーディング(ジャコ・パストリアス演奏)の譲渡に関して」契約書を取り交わした(以下「本件契約書」という。)。そこでは,①P1は,本件契約書をもってマスターレコーディングに関する全ての権利を独占的に原告に譲渡すること(第1条),②これにより,原告は,コンパクトディスク等を含むすべての形式においてもマスターレコーディングを複製することができること(第2条),③P1は,本契約により付与された全ての所有権及び担保権が,付与の時点で同人に帰属することを原告に対して保証すること(第3条),④原告は,マスターレコーディングの代金として,P1に対して総額15万5000米ドルを支払い,P1は,原告に対して,現在P1が保持しているマスターレコーディングのコピーを引き渡し,支払は,本件契約書の作成及び日本におけるマスターレコーディングとコピーの引渡しのときに実行されること(第5条)等が合意された。
原告は,この契約に基づき,P1からジャコが演奏する本件楽曲のマスターテープ1の引渡しを受け,これを所持している。P1が所持していたマスターレコーディングに係る録音は,米国で行われたものである。
イ 本件マスターテープ2の制作及び本件CDの販売に関する事情
原告は,本件マスターテープ1にミキシング等を行い,本件マスターテープ2を制作し,それに基づいて本件CDを制作し,平成5年4月26日から販売し,日本音楽著作権協会にも登録している。(以下略)
(2) 音楽CDの一般的な制作工程
一般社団法人日本レコード協会のホームページに掲載されている「音楽CDができるまで」との記事によれば,音楽CDの一般的な制作工程のうち「レコーディング」以下の工程は,以下のとおりと認められる。
ア レコーディング
まず,楽曲を実演家が演奏し,これを複数のチャンネルに録音する。ドラム,ベース等のリズムパートを録音してから,その他の楽器を録音していき,こうして録音された伴奏に合わせて,ボーカルを録音する。
イ ミキシング(トラックダウン)
次に,マルチチャンネルで録音された音をバランスよく曲ごとにミックスして,音を完成させる。スタジオエンジニアの腕の見せ所となる。
ウ マスタリング
続いて,完成した各曲の音をCDの音に仕上げるために編集し,CDに含まれる情報とともにテープなどに記録する。
エ その後
さらに,マスタリングで完成した音をガラス原盤に刻み込むカッティングや,原盤から作られたスタンパーによってCDを製造するプレスの工程を経て,販売用の音楽CDが完成し,店舗に配送後販売される。
(3) 原告によるレコード製作者の権利の原始取得の有無について
ア 前記のとおり,原告は,P1から取得した本件マスターテープ1の音源にミキシング等を行って,本件マスターテープ2を制作し,それに基づいて本件CDを制作し,販売していると認められる(なお,被告は,原告によるミキシング等の事実を争うが,演奏を録音したマスターテープが商業用レコードを製作するために不可欠なものであり,極めて重要な商業的価値を有することからすると,本件マスターテープ2を原告が所持し,それに基づいて原告が本件CDを制作し,販売していることから,原告によるミキシング等の事実を推認するのが相当である。)。
そして,原告は,上記ミキシング等をしたことにより,自らが本件音源についてのレコード製作者であると主張する。
イ 著作権法2条1項6号は,レコード製作者を「レコードに固定されている音を最初に固定した者」と定義しているところ,「レコードに…音を…固定」とは,音の媒体たる有体物をもって,音を機械的に再生することができるような状態にすること(同項5号も参照),すなわち,テープ等に音を収録することをいう。
そうすると,レコード製作者たり得るためには,当該テープ等に収録されている「音」を収録していることはもとより,その「音」を「最初」に収録していることが必要である。
ところで,著作権法96条は,「レコード製作者は,そのレコードを複製する権利を専有する。」と定めているところ,ある固定された音を加工する場合であっても,加工された音が元の音を識別し得るものである限り,なお元の音と同一性を有する音として,元の音の「複製」であるにとどまり,加工後の音が,別個の音として,元の音とは別個のレコード製作者の権利の対象となるものではないと解される。
本件では,上記(2)の音楽CDの制作工程からすると,販売される音楽CDに収録されている最終的な音源は,ミキシング等の工程で完成するものの,ミキシング等の工程で用いられる音は,そこで初めて録音されるものではなく,既にレコーディングの工程で録音されているものである。そして,レコーディングの工程により録音された音を素材としてこれを組み合わせ,編集するというミキシング等の工程の性質(上記(2))からすると,ミキシング等の工程後の楽曲において,レコーディングの工程で録音された音が識別できないほどのものに変容するとは考え難く,現に,本件マスターテープ2に収録されている音が,本件マスターテープ1に収録されている音を識別できないものになっているとは認められない。そうすると,本件音源についてのレコード製作者,すなわち本件音源の音を最初に固定した者は,レコーディングの工程で演奏を録音した者というべきであるから,原告がミキシング等を行ったことによりそのレコード製作者の権利を原始取得したとは認められない。
これに対し,原告は,ミキシング等の工程後の楽曲は,レコーディングの工程で録音された音とは全く別物になり,その楽曲こそが販売されるレコードの音であるから,レコード製作者はミキシング等の工程を行った者であると主張する。確かに,ミキシングの工程は,楽曲の仕上がりやサウンドを大きく左右する重要な工程であって,多額の費用を投下する場合もあると考えられる。しかし,前記のとおりミキシング等は,レコーディングの工程で録音されたマルチチャンネルの音を組み合わせ,編集するものであって,その目的上,元の音を識別できないほどに変容させることは考え難いから,原告の上記主張は採用できない。
(4) 原告によるレコード製作者の権利の承継取得の有無について
ア 前記認定のとおり,本件音源に係る演奏のレコーディングは米国で行われたから,その音源たる本件マスターテープ1の音源は,米国法の下では録音物として著作権により保護される(米国著作権法102条)が,日本法の下では,著作権法8条4号ロにより,保護されるレコードとして,レコード製作者の権利により保護される。
本件では,日本国内において被告が本件音源を複製した行為が問題とされていることから,原告が本件マスターテープ1の音源について日本法の下でのレコード製作者の権利を有しているか否かが問題となるところ,原告は,自己がレコード製作者として本件音源の権利を原始取得したものでないとしても,P1から本件マスターテープ1の音源の権利を承継取得したと主張している。
イ そこで,まず,P1が本件マスターテープ1の音源についてのレコード製作者の権利を有していたか否かについて検討すると,確かに,前記認定の「ベースマガジン5月号」の編集部の記事では,P1は録音スタジオのエンジニアであるとされているから,通常はP1自身がレコード製作者であるとは考え難く,また,同記事ではP1がレコード製作者の権利を買い取った旨の消息筋の意見が記載されているものの,明確な裏付けがあるわけではない。また,甲12のKCCスタジオの録音記録も,日付の記載が空欄であるなど,どの時点のものか判然としない。しかし,P1は,本件音源のレコーディング時のマスターテープ(本件マスターテープ1)を所持しているところ,マスターテープは,その商業上の重要性からすると,通常はそれを複製して商業用レコードを製作する権利を有する者が所持するはずのものである。そして,原告は,P1から本件マスターテープ1を取得して本件CDを制作し,20年以上にわたり販売しているところ,ジャコが世界的に著名なベーシストでありながら,それまではスタジオ録音によるソロアルバムが2枚しかなかった状況にあって,本件CDが幻のサードアルバムとも位置付けられ,本件音源は米国で制作された本件映画にも使用されたことからすると,本件CDはベース業界においては相応に知られていたと推認されるから,本件音源について他に権利を有する者がいれば,原告に対してクレームが寄せられてしかるべきであるが,そのような事実は認められない。もっとも,前記認定のとおり,ジャコの遺族が関係するジャコ社は,本件音源について100%の著作権(米国著作権の趣旨と解される。)を有することを保証した上でスラング社に対してその使用を許諾しているが,本件原盤許諾契約書においても,本件映画に表記するクレジットは「“Birth of Island” Written and Performed by Jaco Pastorius」とされており,これによれば,ジャコは,日本法の下では,著作権と実演家の権利を有する立場にとどまり,レコード製作者の権利を有する立場には通常はない上,ジャコ社が本件マスターテープ1と同様のマスターテープを別途所持しているといった事情もうかがわれないから,ジャコ社がジャコの遺族が関係する会社であるとしても,本件マスターテープ1の音源のレコード製作者としての権利を有していることの根拠は不明というほかない。
以上に加え,前記の「ベースマガジン5月号」の編集部の記事において,P1が本件音源の権利を取得した経緯がそれなりに記されていることや,本件契約書においてP1がマスターレコーディングの権利を有することを保証していることを併せ考慮すると,本件楽曲に係る本件音源については,P1が日本法の下でのレコード製作者の権利を有していたと認めるのが相当である。
ウ そして,原告は,そのP1から本件契約書によりマスターレコーディングに関する全ての権利を独占的に譲り受けたのであるから,本件マスターテープ1の音源について日本法の下でのレコード製作者の権利を承継取得し,本件音源についての同権利も有すると認められる。
(5) そして,被告が,日本国内で本件音源を使用した本件映画を複製した行為は,著作権法96条の「レコードを複製する」行為に当たるところ,原告が本件映画の制作に当たりトラバース社やスラング社等の関係者に本件音源の使用を許諾したことの主張立証はなく,また,原告が,被告に対し,本件音源が使用された本件映画の複製を行うことを許諾したことの主張立証もないから,被告が本件音源が使用された本件映画を複製した行為は,原告のレコード製作者の権利を侵害するものと認められる。
そして,被告において本件音源が使用された本件映画を複製した時期は,平成28年11月21日に原告からの本件通知書を受領した後である(被告において争うことを明らかにしないことからこれを自白したものとみなす。)が,同年12月1日以降であることは被告が否認しており,このことを認めるに足りる証拠はない。
2 争点2(被告が本件音源を複製するにつき過失があったといえるか否か)について
当裁判所は,外国映画の配給会社が,複製しようとする映画に使用されている楽曲等の権利処理が完了していないのではないかと合理的に疑わせる事情もないのに,当該映画を複製するに先立って,当該映画に使用されている楽曲等の権利処理が完了しているか否かを確認する注意義務を負うとは認められないものの,本件の事情に照らせば,本件音源の権利処理が完了していないのではないかということを合理的に疑わせる事情が存し,被告は,そのような事態を十分予見することができたのであるから,上記疑いを合理的に払拭できるまで調査,確認を尽くし,その疑いが払拭できないのであれば本件音源の複製を差し控えるべき注意義務を負っていたにもかかわらず,上記注意義務を怠ったという過失があると判断した。以下,詳述する。
(1) 事実経過
()
(2) 被告が本件音源が使用された本件映画を複製するに当たっての注意義務違反の有無
ア 一般に映画は音楽を初め多数の著作物等を総合して成り立つことから,それらの著作物等の権利者からの許諾については,映画製作会社において適正に処理するのが通常である。また,外国映画の配給会社に,その著作物等の一つ一つについて,本国の映画製作会社が権利者から許諾を受けているか否かを確認させることは,多大なコストと手間を必要とし外国映画の配給自体を困難にさせかねないこととなる。このことからすると,外国映画の配給会社において,配給のために映画を複製する場合に必ずこれに先立って,当該映画に使用されている楽曲等に関する権利処理が完了しているか否かを確認するという一般的な注意義務を課すのは相当ではないというべきである。一般社団法人外国映画輸入配給協会の会長の陳述書において,外国映画の配給業界においては,外国映画における音楽原盤(レコード製作者)の権利処理については,本国の映画製作者等において権利処理済みであるということを前提とし,改めて権利処理の有無等を確認しないという実務慣行が確立しているとされていることは,この意味で肯認することができる。これに反する原告の主張は採用できない。
もっとも,本国の映画製作会社等が,ある楽曲の音源のレコード製作者の権利を有する者から適正な許諾を受けていないのではないかということを合理的に疑わせる特段の事情が存在する場合には,映画を複製することにより当該音源のレコード製作者の権利を侵害するという事態を具体的なものとして予見することが可能であるから,その場合には,これを打ち消すに足るだけの調査,確認義務を負う上,調査,確認を尽くしても上記疑いを払拭できないのであれば,当該音源を使用した当該映画の複製を差し控えるべき注意義務を負うと解するのが相当である。
この点について,被告は,外国映画の配給会社にはおよそ当該映画に使用されている楽曲の音源に関する権利処理に関する調査,確認義務を負わせるべきではないとの主張をする趣旨にも思われる。しかし,本国の映画製作者等がレコード製作者の権利を有する者から適正な許諾を受けていないのではないかということを合理的に疑わせる事情に接した場合に,そのような疑問が払拭されないまま映画の複製を行うことは,レコード製作者の権利を侵害する可能性が高いのであるから,そのような場合にまで調査確認義務を負わないと解することは,前記のような外国映画の配給における業界の実情を前提としても相当でないというべきであり,被告の主張は採用できない。
イ 上記(1)の事実経過に照らせば,被告が,本件音源が本件映画に使用されていることに関して,本件音源のレコード製作者から許諾を受けているか否かについて初めて疑義を提示されたのは,平成28年11月21日に原告から本件通知書が送付されてきたときのことである。そして,本件通知書には資料こそ添付されていなかったものの,本件映画のエンドロールにおいて,本件楽曲について「サウンドヒルズ(日本)許諾」と表示されている当の原告から,原告がマスターテープ及びこれに関する全ての権利を譲り受けて本件CDを制作,販売しており,本件映画の音楽最高責任者とされるP2から本件映画に本件楽曲を使用することについての許諾を求められたとの具体的な事実関係とともに,許諾を与えていないとの指摘がされたのであるから,これにより,トラバース社ないしスラング社が本件音源のレコード製作者から適正な使用許諾を受けていないのではないかという合理的疑いが生じたというべきである。
これに対し,被告は,本件通知書は何ら資料が添付されていない根拠不明の内容であったとして,上記疑いは具体的なものではなかった旨主張する。しかし,本件通知書による指摘は,本件映画との関係が不明な第三者からのものというわけではなく,また,上記(1)のような本件契約書等の添付資料がある場合と比べれば具体性を欠くというだけであって,本件通知書での原告からの指摘内容に照らせば,相応の根拠があるものとして受け止めるべきものであるから,被告の主張は採用できない。
ウ そこで,被告が上記疑いを合理的に払拭できるだけの調査,確認を尽くしたか否かについて見ると,被告の複製時期との先後関係は必ずしも定かではないが,被告に最大限有利に考えると,上記(1)のとおり,被告は,本件映画を複製するまでに,調査の結果,トラバース社から,本件楽曲のレコード製作者はジャコの遺族の関係するジャコ社であり,同社から許諾を受けているという回答を得て本件原盤許諾契約書を入手するとともに,本件映画の音楽最高責任者とされるP2が原告から許諾を得ようとしたことはP2の誤信に基づくものであるという回答も得ていたことになる。このように被告は,本件音源のレコード製作者の権利に関する権利処理に関する調査,確認をとるべく行動していたと認められる。しかし,原告からの本件通知書では,通常はレコード製作者の権利を有する者が所持するはずのマスターテープを原告が取得し,それに基づいて平成5年以降本件CDを販売しており,その音源が本件映画に無断使用されたと記されていることから,原告がレコード製作者の権利を有することが相応の根拠をもって提示されていたといえる。
このことからすると,被告が,トラバース社から,単に真の権利者はジャコ社であるとの説明や,P2による許諾の求めは誤信によるものであったとの説明を受け,ジャコ社が100%の著作権を表明保証する本件原盤許諾契約書の送付を受けただけでは,真の権利者がジャコ社であるとの確証を得たとはいい難く,上記の疑問が合理的に払拭されたとはいえない。取り分け,本件映画のエンドロールにおいて「サウンドヒルズ(日本)許諾」と表記しながら,海外公開後になって,わざわざ本件楽曲だけを対象とするライセンス料無償の本件原盤許諾契約書を作成し,それでいながら音楽最高責任者のP2が原告から許諾を得ようとしたという一連の事態は,トラバース社ないしスラング社においても,本件音源の使用許諾を原告から取得する必要があると考えていたのではないかと疑わせる事情であり,単に誤信の一言で疑問が払拭される状況であるとはいえない。そうすると,本件音源のレコード製作者の権利に関する権利処理に関する調査,確認をそれ以上行わずに,疑問が払拭されないまま本件音源を使用した本件映画を複製した被告には,上記注意義務違反が認められる。
これに対し,被告は,①トラバース社から,本件映画のクレジットに原告から許諾を得たとの表示がされていることについても,原告がレコード製作者の権利を有するとの誤信に基づくものであったとの回答を得ていたことから,調査,確認を尽くしていたといえる旨主張するとともに,②本件映画の複製を差し控えると興行会社との関係で債務不履行になり,本国の権利元等の許諾を得ずに本件映画から本件楽曲を削除すると著作者人格権侵害に問われかねないことから,義務遵守の決意を期待できない状況にあったとの趣旨と思われる主張をし,③被告は本件映画から本件楽曲を削除する措置も採ったとの主張をする。
しかしまず,①について被告の主張が採用できないことは上記のとおりである。
次に,②について見ると,確かに,本件映画の複製を差し控えると興行会社との関係で債務不履行になる可能性があることから,被告としては難しい選択が迫られる状況にあったとはいえる。しかし,そうであるからといって,原告のレコード製作者の権利を侵害する合理的な疑いが生じている状況下で,自己の損害を避けるために複製行為を強行することが許容されるということはできない。また,③について見ると,被告として原告の権利侵害を避けるための努力をしたことは認められるが,だからといって,その措置を採る前に複製行為を強行したことを免責するものではない。
(3) 以上によれば,被告には,原告のレコード製作者の権利を侵害するにつき過失があったと認められるから,被告は,原告に対して,不法行為に基づく損害賠償責任を負う。
3 争点3(原告の損害額)について
当裁判所は,原告が許諾料相当額を損害として主張する本件における損害の額としては,2万円が相当であると判断した。以下,詳述する。
本件で原告は,本件音源の許諾料相当額の損害を主張しているところ,これは,著作権法114条3項による損害額の主張をするものと解される。
そこで,検討するに,まず,本件では,前記のとおり,本件映画の音楽最高責任者であるP2が,原告に対し,本件音源を本件映画に使用するライセンス料として,他の楽曲の場合と同じく,前金として2500米ドルを支払い,全世界興行収入が100万,300万,500万,1000万,1200万米ドルを超えるごとに,それぞれ段階的に2500米ドルを支払うとの条件を提示したことが認められるところ,これは,楽曲の音源を本件映画に使用する場合の,実際の使用態様も踏まえた,他の楽曲についてのライセンス料水準と同様の具体例として重視すべきものである。
もっとも,この提示条件は,「現在知られている,又は今後判明するすべてのメディアについて,恒久的かつ全世界な許諾」についてのものであり,本件映画は,ダウンタウン映画祭LA.やアテネ国際映画祭等の8つの海外での映画祭に出品されたことから,数か国以上の国で上映されたと推認される。これに対し,被告による本件映画の複製は,日本のみでの上映を目的とするものである上,前記認定のとおり,本件映画に本件音源が使用された期間は平成28年12月1日から同月9日までの間にとどまっており,前記の提示条件との間に大きな差異があるから,この点は上記の提示額からの減額要素として考慮する必要がある。
また,実際にも,弁論の全趣旨によれば,被告がその間に得た配給収入は86万円にとどまると認められ,被告が本件音源を使用した本件映画によって多額の利益を受けたとも認められないから,このことからしても同様である(なお,原告は被告による上記の配給収入を認定し得るだけの証拠がないと主張するが,被告は,上記のとおり,本件訴訟提起前の交渉段階において,原告に対し,本件映画から本件楽曲を削除した旨を速やかに通知していること,弁論の全趣旨によれば,被告は,本件訴訟の早期の段階から,興行収入及び興行会社との配分割合について,釈明を求められていないにもかかわらず明らかにしていること,原告も具体的な立証をしているわけでもないことからすると,上記のとおり認められる。)。
他方,原告は,上記のP2からの提示を拒絶したのであり,その理由は主として事後承諾を求めることについての不信感によるものであったと思われるが,その結果,無許諾での使用となったのであるから,この事情も踏まえる必要がある。
以上を勘案すると,本件での許諾料相当額は2万円と認めるのが相当である。
これに対し,原告は,本件楽曲は,原告が約5080万円を掛けてミキシング等して制作した本件CDに収録された合計8曲の楽曲のうちの1曲であることに照らせば,許諾料相当額は635万円とするのが相当であると主張するが,その主張はいわば製造原価をそのまま許諾料相当額とするものに等しく,本件映画では約2分弱のBGMに本件音源が使用されているにすぎないことやP2からの提示内容に照らして採用できない。