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著作権判例セレクション
【著作権侵害総論】幼児児童向けの書籍(教育教材)の翻案権侵害の成否が問題となった事例
▶平成15年11月28日東京地方裁判所[平成14(ワ)23214]▶平成16年03月31日東京高等裁判所[平成16(ネ)39]
(注) 本件は,原告らが,本件各書籍について原告らが「5分の1の割合」により著作権を共有し,本件各書籍の出版が本件各書籍の著作権(複製権)若しくはこれに対応する新シリーズの各書籍の著作権(翻案権)を侵害し又は不法行為に当たるなどと主張して,被告に対し,本件各書籍の共有著作権の確認,著作権(本件各書籍の複製権又はこれに対応する新シリーズの各書籍の翻案権)に基づく本件各書籍の発行及び頒布の差止め並びに廃棄など求めた事案である。
(争いのない事実)
(1) 原告会社は,本の企画及び出版等を業とする株式会社であり,原告Aは,イラストレーターである。被告は,出版社である。
(2) 原告会社代表者,原告A,B,C及び被告担当者Dらは,昭和56年ころから,別紙書籍一覧表「Bの頭脳開発シリーズ」(当初シリーズ)欄記載の各書籍(以下,併せて「当初シリーズ」という。)を企画し,制作し,編集し,表現した。被告は,昭和57年ころから随時,当初シリーズを出版した。被告は,当初シリーズの出版に際し,原告らとの間で,それぞれ出版契約書を用いて契約を締結した。
(3) 被告は,平成6年から8年ころにかけて,別紙書籍一覧表「Bの頭脳開発シリーズ」(新シリーズ)欄記載の各書籍(以下,併せて「新シリーズ」という。)を出版した。被告は,原告会社との間で新シリーズの書籍全部について,原告Aとの間で同原告が絵を描いた「新めいろおけいこ」(2歳ないし6歳)について,それぞれ出版契約書を用いて契約を締結した。
(4) 被告は,平成11年から,別紙書籍一覧表「Bの新頭脳開発シリーズ」(本件シリーズ)欄記載の各書籍(以下,併せて「本件シリーズ」という。)を出版している。この際,被告は,原告らとの間で,「ひらがな」(2歳ないし6歳)及び「かず」(2歳ないし6歳)については,出版契約書を取り交わした。他方,本件シリーズのうち平成13年以降に出版した別紙書籍目録1ないし10記載の書籍(以下,それぞれを「本件書籍1」などといい,併せて「本件各書籍」という。)については,出版契約書を取り交わしていない。
1 争点(1)(共有著作権の有無)について
(1) 共同著作に基づく共有著作権について
著作権の原始的な帰属主体は著作者であり(著作権法17条),著作者とは,思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属する著作物を創作した者をいう(同法2条1項1号,2号)。原告らは,いずれも本件各書籍の創作には関与していないことを自認している。したがって,原告らが,本件各書籍の著作者であるということはできず,原始的に原告らが本件各書籍の著作権を取得することはあり得ない。
なお,原告らは,本件各書籍に当初シリーズ及び新シリーズについて原告らが案出した有形無形のノウハウが用いられている旨主張するが,仮にそうであったとしても,上記ノウハウは,同法2条1項1号にいう「思想又は感情を創作的に表現したもの」ということはできず,著作権法において保護されるものではない。
また,本件各書籍が新シリーズを翻案したものでないことは,後記2認定のとおりであるから,原告らが,本件各書籍について二次的著作物として著作権を有するに至るものでもない。
(2) 合意に基づく共有著作権について
原告らは,平成11年11月ころ,被告との間で,本件シリーズの著作権は原告らに帰属する旨の合意をしたとして,その合意に基づき,本件各書籍の著作権が原告らに帰属する旨主張する。
しかしながら,全証拠を精査しても,上記合意の成立を認めるに足りる証拠はない。なお,著作権は,著作者が著作物を創作した時点で直ちに著作者に生じる権利であるから,いまだ著作物が創作されておらず,著作物の内容が具体化される前に,あらかじめ合意によって,著作権の原始的帰属を決定することはできないものというべきである。
したがって,原告らの上記主張は理由がない。
(3) 著作権の一部譲渡について
原告らは,予備的に,被告から原告らに本件各書籍の著作権を一部譲渡する旨の黙示の意思表示があったとして,本件シリーズ「ひらがな」及び「かず」について出版契約書を取り交わしたことをもって,黙示の著作権譲渡の根拠として主張する。
しかしながら,同書と本件各書籍は,あくまでも別個の書籍であり,上記「ひらがな」及び「かず」について契約を締結したからといって,本件各書籍について著作権譲渡の意思表示があったものということはできない。
また,証拠によれば,新シリーズの出版契約書には,契約の対象である新シリーズの複製権及び著作者人格権について定めた条項はあるものの,改訂版又は増補版については,別途協議により決定する又は協議する旨記載されているのみであり,本件シリーズの著作権者を原告らとする旨の記載はないことが認められる。したがって,たとえ本件シリーズが新シリーズの改訂版又は増補版に当たるとしても,上記契約条項をもって,原告らに著作権を譲渡する意思表示であるということもできない。
他に著作権譲渡の黙示の意思表示があったことをうかがわせる事実はないから,結局,被告が,原告らに対し,本件各書籍の著作権を一部譲渡したとの事実を認めるに足りない。
(4) 以上のとおり,原告らが本件各書籍について共有著作権を有するということはできない。
よって,共有著作権の確認請求,本件各書籍の複製権に基づく発行及び頒布の差止請求等並びに上記複製権侵害を理由とする損害賠償請求は,いずれも理由がない。
2 争点(2)(翻案権侵害の成否)について
(1) 翻案(著作権法27条)とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいい,著作権法は,思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから,既存の著作物に依拠して創作された著作物が,思想,感情若しくはアイデア,事実,事件若しくは素材など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において,既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には,翻案には当たらないと解するのが相当である(最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決参照)。
(2) 原告らが新シリーズの共有著作権を有するか否かについてはそもそも争いがあるが,この点はさておき,まず,本件各書籍とこれに対応する新シリーズの各書籍との表現上の本質的な特徴の同一性を検討する。
原告らは,本件各書籍とこれに対応する新シリーズの各書籍が,各分野ごとに年齢別に作成された独創的なプログラムに則った構成において類似性を有する旨主張するところ,個々の書籍についての判断は,以下のとおりである。
ア 本件書籍1について
本件書籍1と新シリーズ「入学準備 新かんじ」の構成が,前記〔原告らの主張〕の点において類似するとしても,かん字シールを用いて作業する点はアイデアにすぎず,表現そのものとはいえない。また,漢字の読み書きの学習方法や,漢字に親しみを持たせた上で書き順を示して漢字を書かせるという点は,漢字の学習を目的とする幼児用教育教材に関する思想又はアイデアというべきものであって,表現には当たらない。なお,両者を比較すると,「木」,「山」及び「川」を学習する頁,身体の部分,自然及び学校に関連する漢字を学習する頁並びにカレンダーの頁など,対応する頁における絵の具体的表現そのものは,大きく異なっており,表現上の同一性はない。
イ 本件書籍2について
本件書籍2と新シリーズ「入学準備 新かずととけい」の構成が,前記〔原告らの主張〕の点において類似するとしても,時計の仕組み及び数と時計の関係についての学習方法や,どのような順序で時計について理解させる設問を設けるかという点は,数や時計の学習を目的とする幼児用教育教材の構成に関する思想又はアイデアにすぎず,表現には当たらない。なお,両者を比較すると,対応する頁における時計の絵やイラストなどの具体的表現そのものは,大きく異なっており,表現上の同一性はない。
ウ 本件書籍3ないし7について
本件書籍3ないし7と新シリーズ「新めいろおけいこ」(2歳ないし6歳)の構成が,前記〔原告らの主張〕の点において類似するとしても,迷路遊びによって,鉛筆の使い方を身につけたり,目と手の協応作業の訓練をし,洞察力,集中力を養うという点は,本件書籍3ないし7を構成する目的そのものであり,表現するにあたっての思想又はアイデアであって,表現には当たらない。なお,両者を比較すると,類似する絵は存在せず,表現上の同一性はない。
エ 本件書籍8ないし10について
本件書籍8ないし10と新シリーズ「新きりえこうさく」(3歳ないし5歳)の構成が,前記〔原告らの主張〕の点において類似するとしても,各年齢ごとにどのようなはさみの使い方を訓練させるかという点は,このような幼児用教育教材に関する思想又はアイデアにすぎず,表現には当たらない。
また,原告らは,本件書籍8ないし10については,さらに別紙きりえこうさく対照表「原告らの主張」欄記載のとおり主張する。個々の箇所についての判断は,同表「当裁判所の判断」欄記載のとおりである。すなわち,発想や作り方はアイデアであって,表現それ自体ではない。また,原告らの指摘する箇所のほとんどは,対象とする絵の素材が異なるため具体的表現も全く異なっており,絵の素材が同一のものについても,素材は表現それ自体とはいえず,またその具体的表現は異なっている。さらに,名称や文章の類似をいう点については,同じことがらを説明するためのありふれた短い表現であって,表現上の創作性がない。その他,本件書籍8ないし10は,色彩も鮮やかで裏のページにも絵や模様があり,これに対応する新シリーズ「新きりえこうさく」(3歳ないし5歳)とは色彩や配置が異なるなど,本件各書籍に接する者がこれに対応する新シリーズの各書籍の表現上の本質的な特徴を感得することはできない。
(3) 以上のとおり,原告らが主張する類似点は,思想,アイデア若しくは素材など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分における同一性をいうもので,たとえこれらの点が類似していても翻案には当たらない。そして,本件各書籍の表現とこれに対応する新シリーズの各書籍の表現は,表現上の同一性があるとはいえず,本件各書籍に接する者がこれに対応する新シリーズの各書籍の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる箇所は見当たらない。なお,本件各書籍とこれに対応する新シリーズの各書籍の表紙裏に記載されている「この本のねらいと構成」は,まさに書籍として表現するにあたっての思想又はアイデアを記したものであり,思想又はアイデアが類似していても翻案には当たらない。また,年齢別,分野別としたこと,1枚ずつ外して使えるものとしたこと,シールを利用したこと及びボードをつけたこと等原告ら主張のノウハウは,本件シリーズ等を制作するにあたって利用されたアイデアであって,表現それ自体ではないから,この点が類似していても,翻案には当たらない。
(4) なお,原告らは,シリーズの名称,新シリーズと本件シリーズとの関係,書籍一覧表の記載及び原告会社と被告との交渉経過等を翻案の根拠として主張するが,翻案に該当するためには,本件各書籍とこれに対応する新シリーズの各書籍における表現上の本質的特徴の同一性が必要であって,シリーズの名称や当事者の合意ないし認識によって翻案に当たるか否かが決せられるものではない。
(5) したがって,原告らが新シリーズについて共有著作権を有するか否かにかかわらず,本件各書籍は,これに対応する新シリーズの各書籍の翻案であるとはいえない。
よって,新シリーズの翻案権に基づく本件各書籍の発行及び頒布の差止請求等並びに上記翻案権侵害を理由とする損害賠償請求は,いずれも理由がない。
3 争点(3)(不法行為の成否)について
(1) 原告らは,被告が本件各書籍を許諾なく出版したことは,法的保護を受けるべき財産的価値としての企画,ノウハウ,プログラム,構成及び信用等の総体を侵害するものとして,不法行為を構成する旨主張する。
しかしながら,被告が本件各書籍を原告らの許諾なく出版したことは,次のとおり違法性がない。
すなわち,仮に,原告らが新シリーズについて著作権を有しているとしても,その複製又は翻案に当たらない書籍を別個に制作し出版する行為について,著作権侵害ということはできない。本件各書籍がこれに対応する新シリーズの各書籍の翻案に当たらないことは前記2のとおりであり,その複製にも当たらないことは明らかである。したがって,著作権法上は,被告が本件各書籍を出版するにあたって,原告らから許諾を受ける必要はない。
もっとも,新シリーズについて原被告間で締結された出版契約書には,「本著作物の改訂版または増補版の出版及び電子出版利用については,甲乙別途協議により決定する。」(9条)又は「本著作物の改訂増補についてその必要が生じたときは,甲乙協議する。」(8条)との定めがある。しかしながら,本件各書籍は,これに対応する新シリーズの各書籍を翻案したものでないことは前記2で認定したとおりであるから,改訂版や増補版にも当たらず,その出版に原告らの許諾が必要であるということはできない。
したがって,本件各書籍の出版には,著作権法上も契約上も原告らの許諾が必要であるとはいえない。このように,被告が本件各書籍を出版した行為は,著作権侵害に該当せず,契約上も原告らの許諾が必要であるとはいえないのであるから,被告が本件各書籍を許諾なく出版した行為には,そもそも不法行為を基礎づける違法性が存在しないというべきである。
(2) 仮に,著作権侵害にも契約違反にも該当しない場合に,なお民法上の不法行為が成立する事例があり得るとしても,本件において原告らの主張する「企画,ノウハウ,プログラム,構成及び信用等の総体」なる概念は,極めてあいまいなものである上,原告らの主張するノウハウ等は,当初シリーズに特有のものではなく,その出版前から,被告発行の他の書籍や公文数学研究センター発行の書籍にも使用されていたものであるから,民法上も保護に値する法律上の利益として原告らに帰属するものであるとはいえない。
(3) よって,原告らの不法行為を理由とする損害賠償請求は,理由がない。
4 争点(5)(新シリーズ「3歳 新きりえこうさく」の著作権使用料)について
証拠及び弁論の全趣旨によれば,原告Aは,当初シリーズ「3歳 切り絵あそび」を一部変更して昭和61年に出版された旧版(「3歳 きりえこうさく」)の絵を描いたこと,新シリーズ「3歳 新きりえこうさく」は,同原告が新たに描いた数枚の絵を使用しているほかは,旧版の絵を再使用していること,同原告は,旧版の絵の再使用を許諾をしたこと,同原告は,新シリーズ「3歳 新きりえこうさく」についての出版契約書を締結していないこと,被告は,平成7年4月17日,同原告に対し,新シリーズ「3歳 新きりえこうさく」の原稿料として,「再使用」として20万円,「さし絵」として30万円の合計50万円を支払ったこと,同原告は,被告に対し,その後,本件訴訟に至るまで7年以上もの間,何らの請求もしていないことが認められる。
以上の事実によれば,原告Aが旧版及び新シリーズ「3歳 新きりえこうさく」のために描いたこれらの絵については,同原告が著作権を有し,同原告はこれらの絵の使用を被告に対し許諾していたものと認められるものの,同原告は,被告に対し,上記50万円の対価をもって,上記の絵を使用又は再使用して新シリーズ「3歳 新きりえこうさく」を出版することを許諾したものと認めるのが相当である。そして,被告は,同原告に対し,新シリーズ「3歳 新きりえこうさく」についての上記対価50万円を支払済みである。
なお,原告Aは,絵の使用料とは別個に著作権使用料が発生するかの主張をするが,同原告が,新シリーズ「3歳 新きりえこうさく」について,絵を描いたほか,何らかの創作行為を行ったと認めるに足りないから,著作権使用料の請求は理由がない。また,当初シリーズ「3歳 切り絵あそび」についての契約を根拠として,上記金額を超えて新シリーズ「3歳 新きりえこうさく」の著作権使用料を請求することはできない。
よって,原告Aの新シリーズ「3歳 新きりえこうさく」についての著作権使用料請求は,理由がない。
5 結論
よって,その余の点につき判断するまでもなく,原告らの請求はいずれも理由がないから,棄却することとして,主文のとおり判決する。
[控訴審]
1 争点(1)(共有著作権の有無)について
(1) 共同著作に基づく共有著作権について
著作権の原始的な帰属主体は著作者である(著作権法17条)ところ,著作者とは,著作物を創作する者をいい(同法2条1項2号),著作物とは,思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいう(同項1号)。しかるに,控訴人らは,いずれも本件各書籍の制作自体に関与していないことを自認しているから,控訴人らが,本件各書籍の著作者であるということはできず,控訴人らが本件各書籍の著作権を原始的に取得することはあり得ないというべきである。
これに対し,控訴人らは,「本件各書籍には,控訴人らが当初シリーズ及び新シリーズについて案出した,原判決〔控訴人らの主張〕のノウハウが用いられているから,控訴人らも本件各書籍の共同著作者として共有著作権を有する。」旨主張する。しかしながら,控訴人ら主張のノウハウは,著作権法2条1項1号にいう「思想又は感情を創作的に表現したもの」ということはできず,著作権法において保護されるものではない。また,本件各書籍が新シリーズを翻案したものでないことは,後記2認定のとおりであるから,控訴人らが,本件各書籍について二次的著作物として著作権を有するに至るものということもできない。したがって,控訴人らの上記主張は理由がない。
(2) 合意に基づく共有著作権について
控訴人らは,「控訴人らと被控訴人は,平成11年11月,本件シリーズについて控訴人らが著作権を有することを合意したから,同合意に基づき,控訴人らは,本件各書籍の共有著作権を原始的に有する。」旨主張する。
しかしながら,全証拠を精査しても,上記合意の成立を認めるに足りる的確な証拠はない。また,著作権の原始的な帰属主体は,上記(1)のとおり,著作者である(著作権法17条)から,客観的に著作者としての要件を満たさない者について,著作権が原始的に帰属することはあり得ず,仮に,当事者間において,著作者でない者につき著作権が原始的に帰属する旨の合意が成立したとしても,そのような合意の効力を認めることはできないと解さざるを得ない。したがって,控訴人らの上記主張も理由がない。
(3) 著作権の一部譲渡について
控訴人らは,予備的に,「被控訴人は,控訴人らに対し,黙示の意思表示により,本件各書籍の著作権を一部譲渡した。」旨主張し,その根拠として,被控訴人が控訴人会社との間において,本件シリーズ中の「ひらがな」及び「かず」について出版契約書を取り交わしたことを挙げる。
ア 証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(略)
イ 上記認定事実によれば,控訴人らが指摘するとおり,被控訴人は控訴人会社との間において,平成11年11月15日,本件シリーズ中の「ひらがな」及び「かず」について出版契約書を取り交わし,その際,控訴人会社が上記各書籍についての著作権者であることを認めていたものである。しかしながら,本件各書籍と本件シリーズ中の「ひらがな」及び「かず」とは,あくまでも別個の書籍であるから,被控訴人が,上記「ひらがな」及び「かず」について控訴人会社が著作権者であることを認めているからといって,本件各書籍について著作権の一部譲渡があったものということはできない。
ウ なお,上記認定事実によれば,被控訴人は控訴人会社に対し,平成12年9月ころ,新シリーズ中の「入学準備 新かんじ」及び「入学準備 新かずととけい」についても,本件シリーズ中の「ひらがな」及び「かず」について取り交わされた出版契約書と同一内容の使用許諾を求め,控訴人会社の事実上の承諾の下に,上記「入学準備 新かんじ」及び「入学準備 新かずととけい」を基にした新書籍の出版準備作業を開始していたことが認められる。しかしながら,被控訴人は,当初は控訴人会社に上記使用許諾を求めたものの,その後,上記許諾申込みを撤回する旨通知しており,また,上記「入学準備 新かんじ」及び「入学準備 新かずととけい」に対応するものと認められる本件シリーズ中の本件書籍1及び2は,後記2認定のとおり,上記「入学準備 新かんじ」及び「入学準備 新かずととけい」の翻案には当たらないものであるから,これらの事情によれば,被控訴人が,本件書籍1及び2について控訴人会社が著作権者であることを認めているということはできない。
エ 他に著作権譲渡の黙示の意思表示があったことをうかがわせる事実はないから,結局,被控訴人が,控訴人らに対し,本件各書籍の著作権を一部譲渡したとの事実を認めることはできない。
(4) 以上のとおり,控訴人らが本件各書籍について共有著作権を有するということはできない。
よって,本件各書籍についての共有著作権の確認請求,本件各書籍についての複製権に基づく本件各書籍の発行及び頒布の差止請求等並びに上記複製権侵害を理由とする損害賠償請求は,いずれも理由がない。
2 争点(2)(翻案権侵害の成否)について
(1) 翻案(著作権法27条)とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいい,著作権法は,思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから,既存の著作物に依拠して創作された著作物が,思想,感情若しくはアイデア,事実,事件若しくは素材など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において,既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には,翻案には当たらないと解するのが相当である(最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決参照)。
(2) 控訴人らが新シリーズについての共有著作権を有するか否かについてはそもそも争いがあるが,この点はさておき,まず,本件各書籍と新シリーズ対応書籍との表現上の本質的な特徴の同一性について検討する。
控訴人らは,本件各書籍と新シリーズ対応書籍が,各分野ごとに年齢別に作成された独創的なプログラムに則った構成において類似性を有する旨主張するところ,個々の書籍についての判断は,以下のとおりである。
ア 本件書籍1について
本件書籍1と新シリーズ「入学準備 新かんじ」の構成が,原判決〔控訴人らの主張〕の点において類似するとしても,これらの点は,思想又はアイデアにすぎず,表現とはいえない。すなわち,シールを用いて作業する点はアイデアにすぎず,表現とはいえない。また,漢字の読み書きの学習方法や,その学習に先立ってまず漢字に親しみを持たせるという点は,漢字の学習を目的とする幼児用教育教材に関する思想又はアイデアというべきものであって,表現には当たらない。なお,本件書籍1と新シリーズ「入学準備 新かんじ」を比較すると,「木」,「山」及び「川」の字を学習する頁,身体の部分,自然及び学校に関連する漢字を学習する頁並びにカレンダーの頁など,対応する頁における絵の具体的表現そのものは,大きく異なっており,前者に接する者が後者の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるとはいえない。
イ 本件書籍2について
本件書籍2と新シリーズ「入学準備 新かずととけい」の構成が,原判決〔控訴人らの主張〕の点において類似するとしても,これらの点は,思想又はアイデアにすぎず,表現とはいえない。すなわち,時計の仕組み及び数と時計の関係についての学習方法や時計について理解させるための設問をどのような順序で設けるかという点は,数や時計の学習を目的とする幼児用教育教材の構成に関する思想又はアイデアにすぎず,表現には当たらない。なお,本件書籍2と新シリーズ「入学準備 新かずととけい」を比較すると,対応する頁における時計の絵やイラストなどの具体的表現そのものは,大きく異なっており,前者に接する者が後者の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるとはいえない。
ウ 本件書籍3ないし7について
本件書籍3ないし7と新シリーズ「新めいろおけいこ」(2歳ないし6歳)の構成が,原判決〔控訴人らの主張〕の点において類似するとしても,これらの点は,思想又はアイデアにすぎず,表現とはいえない。すなわち,迷路遊びによって,鉛筆の使い方を身につけたり,目と手の協応作業の訓練をし,洞察力,集中力を養うという点は,本件書籍3ないし7を構成する目的そのものであり,幼児用教育教材の構成に関する思想又はアイデアにすぎず,表現には当たらない。なお,本件書籍3ないし7と新シリーズ「新めいろおけいこ」(2歳ないし6歳)を比較すると,類似する絵は存在せず,前者に接する者が後者の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるとはいえない。
エ 本件書籍8ないし10について
本件書籍8ないし10と新シリーズ「新きりえこうさく」(3歳ないし5歳)の構成が,原判決〔控訴人らの主張〕の点において類似するとしても,これらの点は,思想又はアイデアにすぎず,表現とはいえない。すなわち,各年齢ごとにどのようなはさみの使い方等を訓練させるかという点は,幼児用教育教材に関する思想又はアイデアにすぎず,表現には当たらない。
また,控訴人らは,本件書籍8ないし10については,さらに別紙きりえこうさく対照表「控訴人らの主張」欄記載のとおり主張する。個々の箇所についての判断は,同表「当裁判所の判断」欄記載のとおりであり,いずれの箇所についても,本件書籍8ないし10に接する者が新シリーズ「新きりえこうさく」(3歳ないし5歳)等の書籍の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるとはいえない。すなわち,控訴人ら主張の発想や作り方はアイデアにすぎず,表現それ自体とはいえないから,これらの点が類似していても,翻案とはいえない。また,控訴人らの指摘する箇所のほとんどは,絵の素材が異なるため具体的表現も全く異なっている。さらに,絵の素材が同一のものについても,素材自体は表現とはいえず,また,その具体的表現は異なっている。さらに,名称や文章の類似をいう点については,同じことがらを説明するためのありふれた短い表現であって,表現上の創作性がない。加えて,本件書籍8ないし10は,色彩も鮮やかで裏のページにも絵や模様があるなど,新シリーズ「新きりえこうさく」(3歳ないし5歳)等とは絵の色彩や配置等が異なる。
(3) 以上のとおり,控訴人らが主張する本件各書籍と新シリーズ対応書籍との類似点は,思想,アイデア若しくは素材など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分における類似をいうものにすぎないから,仮に,これらの点が類似していても,翻案には当たらない。そして,本件各書籍の表現と新シリーズ対応書籍の表現は,表現上の本質的特徴の同一性を有するとはいえず,本件各書籍に接する者が新シリーズ対応書籍の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる箇所は見当たらない。
なお,本件各書籍と新シリーズ対応書籍それぞれの表紙裏に記載されている「この本のねらいと構成」は,まさに書籍として表現するにあたっての思想又はアイデアを記したものにすぎないから,仮に,この内容が類似していても,翻案には当たらない。また,年齢別,分野別としたこと,1枚ずつ外して使えるものとしたこと,シールを利用したこと及びボードをつけたこと等控訴人ら主張のノウハウは,本件シリーズや新シリーズを制作するにあたってのアイデアにすぎず,表現それ自体ではないから,この点が類似していても,翻案には当たらない。
(4) 控訴人らは,本件シリーズと新シリーズの名称が類似していること,本件シリーズの発行と同時に新シリーズの発行が停止されたこと,本件シリーズに掲載された書籍一覧表には,新シリーズの書籍が混在して記載されていること及び控訴人会社と被控訴人との交渉経過等を翻案の根拠として主張する。しかしながら,翻案に該当するためには,本件各書籍と新シリーズ対応書籍における表現上の本質的な特徴の同一性が存在することが必要であって,表現上の本質的な特徴の同一性に関係しない,シリーズの名称や当事者間の交渉経過等の上記事情は,翻案に当たるか否かの判断に何ら影響を与えないものであるから,控訴人らの上記主張は理由がない。
(5) したがって,控訴人らが新シリーズについて共有著作権(翻案権)を有するか否かにかかわらず,本件各書籍が新シリーズ対応書籍の翻案に当たるということはできない。
よって,新シリーズ対応書籍の翻案権に基づく本件各書籍の発行及び頒布の差止請求等並びに上記翻案権侵害を理由とする損害賠償請求は,いずれも理由がない。
(なお,別紙「きりえこうさく対照表」記載の当初シリーズ中の「4歳 切り絵あそび」「5歳 切り絵あそび」についても,新シリーズ対応書籍についての上記判断と同様である。)
3 争点(3)(不法行為の成否)について
(1) 控訴人らは,「控訴人らと被控訴人との間には,新シリーズの改訂版である本件各書籍の発行については控訴人らの許諾を必要とする旨の合意が成立したから,被控訴人が本件各書籍を控訴人らの許諾なく発行したことは,不法行為を構成する。」旨主張し,上記合意成立の根拠として,本件シリーズの「ひらがな」及び「かず」の制作発行について,控訴人会社と被控訴人との間で出版契約が締結されていること等,両者間の交渉経過を挙げる。
前記1(3)ア認定の事実によれば,控訴人ら指摘のとおり,①被控訴人は,平成11年11月15日,控訴人会社との間において,本件シリーズ中の「ひらがな」及び「かず」について出版契約書を取り交わしたこと,②被控訴人は,平成12年9月ころ,新シリーズ中の「入学準備 新かんじ」及び「入学準備 新かずととけい」についても,上記「ひらがな」及び「かず」について取り交わされた出版契約書と同一内容の使用許諾を求め,控訴人会社の事実上の了解の下に,上記「入学準備 新かんじ」及び「入学準備 新かずととけい」を基にした新書籍の出版準備作業を開始したことが認められる。しかしながら,前記1(3)イ,ウ説示のとおり,①については,被控訴人が,上記「ひらがな」及び「かず」の制作発行について,控訴人会社の使用許諾を求めて出版契約書を取り交わしたからといって,これとは別個の書籍である本件各書籍の発行についてまで控訴人らの使用許諾を必要とする旨の合意が成立したということはできないし,②についても,前記1(3)ア及び2認定のとおり,被控訴人は,平成13年2月には,控訴人会社に対し,上記許諾申込みを撤回する旨通知したこと,また,上記「入学準備 新かんじ」及び「入学準備 新かずととけい」に対応する本件シリーズ中の本件書籍1及び2は,上記「入学準備 新かんじ」及び「入学準備 新かずととけい」の翻案には当たらないものであることが認められるから,これらの事情によれば,本件書籍1及び2の制作発行について控訴人会社の使用許諾が必要であるとの合意が成立したということはできず,まして,本件各書籍全体の制作発行について控訴人らの使用許諾が必要であるとの合意が成立したということはできない(なお,控訴人らは,上記合意成立の根拠として,上記「ひらがな」及び「かず」について取り交わされた出版契約書が本件各書籍にもそのまま使用できる体裁であることも挙げるが,本件各書籍について出版契約書が作成されていない以上,出版契約書の体裁が他の書籍にも流用できるからといって,出版契約書が取り交わされた「ひらがな」及び「かず」の場合と本件各書籍の場合を同視できないのは当然である。)。
もっとも,新シリーズについて控訴人らと被控訴人との間で締結された出版契約書には,「本著作物の改訂版または増補版の出版及び電子出版利用については,甲乙別途協議により決定する。(9条)」又は「本著作物の改訂増補についてその必要が生じたときは,甲乙協議する。(8条)」との条項があるから,新シリーズの改訂版や増補版の発行に際しての協議義務が定められていることが認められる。しかしながら,前記2認定のとおり,本件各書籍に接する者が新シリーズ対応書籍の表現上の本質的な特徴を直接感得することはできないため,本件各書籍は新シリーズ対応書籍を翻案したものとはいえないのであるから,そのような本件各書籍が新シリーズの改訂版や増補版に当たるということもできない。したがって,上記条項に基づき本件各書籍の発行に控訴人らの許諾が必要であるということもできない。
控訴人らは,新シリーズと本件シリーズの名称が類似していること,本件シリーズに掲載された書籍一覧表には,新シリーズの書籍が混在して記載されていることを挙げて,本件各書籍が新シリーズ対応書籍の改訂版に当たる旨主張する。
しかしながら,改訂,増補という語の語義に照らせば,既存の著作物の改訂版,増補版というためには,少なくとも既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することができることを要すると解すべきであるところ,控訴人ら主張のような事情は,本件各書籍や新シリーズ対応書籍の表現内容(表現上の本質的な特徴等)とは関係がないものであるから,そのような事情があるからといって,本件各書籍が新シリーズ対応書籍の改訂版や増補版に当たるということはできない。
したがって,控訴人らの上記主張も理由がない。
(2) また,控訴人らは,「被控訴人が本件各書籍を控訴人らの許諾なく発行したことは,当初シリーズ及び新シリーズを通じての企画,ノウハウ,プログラム,構成及び信用等の総体という法的保護を受けるべき財産的価値を侵害するものとして,著作権侵害とは別個に,不法行為を構成する。」旨主張する。
しかしながら,本件において控訴人らの主張する「企画,ノウハウ,プログラム,構成及び信用等の総体」なる概念は,極めてあいまいなものであり,その内容が不明確であるといわざるを得ない。また,控訴人らの主張するノウハウ等は,当初シリーズ等に特有のものではなく,当初シリーズの刊行前から,被控訴人発行の他の書籍や公文数学研究センター発行の書籍にも既に使用されていたものであるから,民法上も保護に値する法律上の利益として控訴人らに帰属するものであるとはいえない。これらの事情に加えて,被控訴人による本件各書籍の発行が著作権侵害に該当しないものであることは,前記1,2認定のとおりであるところ,物の無体物としての面の利用に関しては,著作権法等の知的財産権関係の各法律が,それぞれの知的財産権の発生原因,内容,範囲,消滅原因等を定め,その排他的な使用権の及ぶ範囲,限界を明確にすることにより,その使用権の付与が国民の経済活動や文化的活動の自由を過度に制約することのないようにしており,そのような上記各法律の趣旨,目的も併せ考慮すれば,控訴人らの主張する「企画,ノウハウ,プログラム,構成及び信用等の総体」が,著作権法上保護されないものでありながら,なお不法行為法上保護に値する利益であるということは到底できない。
したがって,控訴人らの上記主張は理由がない。
(3) よって,控訴人らの不法行為を理由とする損害賠償請求は,理由がない。
4 結論
以上によれば,控訴人らの被控訴人に対する本訴請求をいずれも棄却すべきものとした原判決は相当であって,控訴人の本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。