Kaneda Legal Service {top}

著作権判例セレクション

【美術著作物】デザイン書体の著作物性(「書」及び「花文字」の著作物性にも言及)/応用美術を著作権法によってどこまで保護するべきか

▶昭和540309日東京地方裁判所[昭和49()1959]
一 原告の被告らに対する本訴請求は、いずれも、本件各文字ないし本件文字セツトが著作物を有すること、換言すれば、著作権法第2条第1項第1号所定の著作物たる要件をすべて具備することを、その請求を理由あらしめるためには必要な原因の一部とするものである。
そこで、まず、原告がデザインしたと主張する本件各文字及び本件文字セツトの著作物性について、検討することとする。
二 本件各文字[注:「ヤギ・ボールド」「ヤギ・ダブル」「ヤギ・リンク・ライト」「ヤギ・リンク・ダブル」と称する各一連の装飾文字(文字のほか数字、記号等を含む。)]及び本件文字セツト[注:本件各文字にかかる一連の装飾文字の書体のセツト]は、原告の主張それ自体から明らかなとおり、いずれもデザインされた文字の書体、すなわちデザイン書体であるところ、デザイン書体は、一般に、著作物性を有しないものというべきである。その理由は、以下に説示するとおりであり、これが説示に反する趣旨の、成立に争いのない(証拠)にみられる見解は、当裁判所の採らないところである。
1 現行著作権法は、その第2条第11において、著作物を「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と定義し、ある作品が著作物であるためには、少なくともそれが文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものであることを要求する。そして、デザイン書体が一般に文芸、学術又は音楽の範囲に属するものでないことは、ここに縷説するまでもなく明白であり、また本件当事者間においても争いがない。したがつて、デザイン書体が著作物性を有するといえるためには、それが著作権法上美術の範囲に属するものでなければならない。
2 著作権法上「美術」とは、原則として、鑑賞の対象たるべき純粋美術のみをいい、応用美術でありながら著作権法により保護されうるのは、同法第22項の規定によつてとくに美術の著作物に含まれるものとされる美術工芸品に限られる、と解するのが相当である。
およそ美術は、種々の観点から分類されうるが、美術価値に関する純粋性、ないしは美的価値と効用価値の関係という観点からは、純粋美術・鑑賞美術と応用美術・効用美術とに分けられ、両者は相互に排斥し合う関係に立つものとされる。すなわち、純粋美術は、絵画、彫刻等専ら美の表現のみを目的とするものであるのに対し、応用美術は、単に美の表現のみではなく、装飾又は装飾及び実用の兼用をも目的とするもの、換言すれば、実用に供され、あるいは産業上利用されることを目的とする美的な創作物をいい、(一)美術工芸品、装身具等実用品自体であるもの、(二)家具に施された彫刻等実用品と結合されたもの、(三)文鎮のひな型等量産される実用品のひな型として用いられることを目的とするもの、(四)染織図案等実用品の模様として利用されることを目的とするもの等が、これに属するものと理解されている。
ところで、著作権法第2条第1項第1号にいわゆる「美術」を純粋美術の趣旨に解し、同条第2項をもつて、本来美術の著作物に含まれない美術工芸品をとくにこれに含ませるべく定めた特別規定とみるべきか、はたまた、右にいう「美術」を純粋美術のみならず応用美術をも指すものと解し、同条第2項を単なる注意的規定とみるべきかは、解釈上一個の問題たりうべく、右各規定の文言のみからは、必ずしも十分な決め手は得られないかもしれない。しかしながら、現行著作権法制定の経過をも併せ考えれば、解釈論としては前説を採るのが妥当であろう。すなわち、同法成立に至るまでの過程においては、著作権制度審議会審議記録(一)にもその一端が窺われるように、応用美術をどの範囲まで著作権法によつて保護すべきかが大いに論議されたが、結局、意匠法等工業所有権制度との調整措置の法制化が困難であること、使用者側関係団体に強い反対があつたこと等の事情から、応用美術については、純粋美術に最も近い実体をもつ美術工芸品だけをとくに保護することとしたのである。
以上に説示したところとは異つて、純粋美術と応用美術とは相互に排斥し合う関係に立つ概念ではなく、応用美術作品でありながら同時に純粋美術の性質をも兼有するものがありうるとの前提に立つて、かかるものも美術の著作物に含まれるとする見解が見受けられる。前掲著作権制度審議会審議記録(一)に、「図案その他量産品のひな型または実用品の模様として用いられることを目的とするものについては、著作権法において特段の措置は講ぜず、原則として意匠法等工業所有権制度による保護に委ねるものとする。ただし、それが純粋美術としての性質をも有するものであるときは、美術の著作物として取り扱われるものとする。」(22頁)、「図案等については、原則として意匠法等による保護に委ね、著作権法においては特段の措置を講じないこととするが、量産品のひな型または実用品の模様として用いられることを目的として製作されたものであつても、それが同時に純粋美術としての絵画、彫刻等に該当するものであれば、美術の著作物としての保護を受けるものとする。」(57頁)、「産業上の利用を目的として創作されたものであつても、それが純粋美術と同様な意味において美術的著作物にあたるものであれば、美術的著作物として取り扱うこととする。」(304頁)とあるのは、その一例である。しかしながら、この見解において、応用美術品でありながら同時に純粋美術としての絵画、彫刻等に該当するものと、該当しないものとの境界は、極めてあいまいであり、したがつて、応用美術品でありながら著作物性を有するものとして、具体的にいかなる態様の作品を想定するのか詳かでないうえ、それが産業上の利用を目的として製作される以上、意匠法等工業所有権制度による保護に値するものであるかぎり、製作者には当該制度を利用する機会は与えられている(この点で、当初は純粋美術として製作された絵画が、後に至つてたまたま産業上利用されるようになつた場合とは、大いに異る。)のであるから、工業所有権制度との調整措置が講じられていない現段階において、にわかにこの見解を解釈論として採用することには、いささか躊躇を感ぜざるをえない。かりに一歩を譲り、この見解を採るにしても、著作権法によつて保護されるべき応用美術作品は、それが産業上利用されることを目的とするという製作意図を一応捨象して、客観的外形的に観察するかぎり、絵画、彫刻等専ら美の表現のみを目的とする純粋美術作品と区別しえず、通常美術鑑賞の対象とされうるものに限定されるべきは、むしろ当然であろう。
3 デザイン書体は、一般に、専ら美の表現のみを目的とする純粋美術の作品とはいえず、また、通常美術鑑賞の対象とされるものでもない。すなわち、文字は、元来、情報伝達のための実用的記号(の一種)であるところ、デザイン書体は、かかる事実を前提に情報伝達という実用的機能をにない、かつ、当該機能を果すために使用される記号としての文字に、美的形象を付与すべくデザインしたものであつて、そのこと自体から、実用に供されることを目的とするものということができる。デザイン書体のうち、印刷用活字・写真植字用文字盤等大量生産を予定する実用品に直接応用されることを目的とてデザインされるタイプ・フエイスにおいては、実用品との関連性は極めて直接的であるが、一応これら実用品との直接的関連をはなれて、抽象的に記号としての文字にデザインを施す場合にも、その本質においてはなんらの差異も認められない(なお、デザイン書体が応用美術の分野に属するものであること自体は、原告も自認するところである。)。
著作物性を肯定されることのある「書」及び「花文字」も、文字を素材とする美的作品であるという点においては、デザイン書体と異るところがない。しかし、「書」についていえば、文字が毛筆で書かれているからといつて、ただそれだけで著作物性を取得するわけではない。専ら美の表現を目的として書かれ、美術的書となつて、はじめて美術の著作物として保護されるのである。そして、美術的書においては、たしかに文字が書かれてはいるが、それは情報伝達という実用的機能を果すことを目的とせず、専ら美を表現するための素材たるに止まり、そのことによつて、通常美術鑑賞の対象とされるのである。ことは「花文字」についても同様である。文字に装飾が施され、社会的には「花文字」といわれるものであつても、それが書籍のテキスト等に使用され、情報伝達のための実用的記号として機能するものであるかぎり、いまだ著作物とはいえず、絵画ともいえる程度にまで達し、通常美術鑑賞の対象とされるに及んで、はじめて美術の著作物として保護されるものというべきである。そして、ここに至れば、その文字は実用的記号としての性格を喪失するのである。したがつて、「書」及び「花文字」に著作物性を肯定される場合があるからといつて、これをもつて、デザイン書体が著作物たりうることを理由づける根拠とすることは、できないものというべきである。
そして、デザイン書体が美術工芸品に該当しないことは、説明するまでもない。
三 のみならず、(証拠等)によれば、本件各文字及び本件文字セットは、単にデザイン書体であるというに止まらず、1969年から翌70年にかけて、原告が、写植機及び写植用フイルムの販売を業とするフアクシミル・フオト・タイプ社の注文に応じ、いずれもタイプ・フエイスとして製作したものであることが認められるのであり、これに反する証拠はない。
四 そうすると、以上、説示してきたところにより、本件各文字及び本件文字セツトは、いずれも著作物性を有しないものというべきであり、それらが著作物であることを請求の原因の一部とする原告の本訴各請求は、進んでその余の点につき判断するでもなく、すでにこの点においてすべて理由がないから、これを棄却することと(する。)