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著作権判例セレクション
【著作権の譲渡】市が実施した中学校改築工事の基本設計コンペに提出された設計図書の帰属が争点となった事例/建築設計図の同一性保持権の侵害性に言及した事例
▶平成13年8月9日東京高等裁判所[平成13(ネ)797]
(注) 本件は,控訴人(株式会社A設計)が作成し,小諸市立東中学校改築事業基本設計コンペ(「東中コンペ」)に提出して合格したコンペ案(「東中コンペ案」)を前提とした実施設計図中の1枚である別紙設計図(「本件設計図」)を,被控訴人が複製又は翻案して,同市立芦原中学校改築事業基本設計コンペ(「芦原中コンペ」)に提出するために別紙設計図(「被控訴人設計図」)を作成し,控訴人の著作権及び著作者人格権(同一性保持権)を侵害したとして,控訴人が,被控訴人に対し,被控訴人設計図の使用の中止並びに慰謝料300万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案の控訴審である。
当裁判所も,控訴人の本訴請求は理由がないものと判断する。その理由は,次のとおりである。
1 請求の根拠となる著作物の特定について
(略)
2 東中実施設計図の著作権の帰属について
(1)
証拠によれば,次の事実が認められる。
(ア) 小諸市は,同市立小諸東中学校の改築工事を実施するに当たって,複数の建築設計業者から構成される設計監理共同企業体を一つの応募単位として,同改築工事の基本的な設計を競わせ(東中コンペ),応募させる設計図書(付近見取図,配置図,各階平面図,立面図,説明書)を審査したうえ採否を決定し,採用した設計図書の作成者には,改築工事の実施に当たり,実施設計・監理を委託し,これに対する報酬を支払うという方針を立て,昭和63年12月23日に,応募説明会を催した。その際の応募要領には,「採用した設計図書等の著作権は小諸市に帰属するものとし,この使用については小諸市が自由に行えるものとする。」と記載されていた。
(以下略)
(2)
上記認定の事実によれば,A共同企業体名義で提出し,採用された東中コンペ案及びこれを前提にした実施設計図(東中実施設計図)は,その著作者が控訴人であるかA共同企業体であるかにかかわりなく,その著作権が小諸市に帰属していることが明らかである。
(3)
この点について,控訴人は,原審において,東中コンペに合格したとしても,採用された設計図書の著作権全部が小諸市に移転するものではなく,東中学校を建設するのに必要な範囲で著作権の一部が小諸市に譲り渡されるにすぎず,それ以外は設計者である控訴人に残存する旨主張している。
しかしながら,小諸市の応募要領には,前記のとおり,「採用した設計図書等の著作権は小諸市に帰属するものとし,この使用については小諸市が自由に行えるものとする。」と記載されており,応募者は,この条件を受け入れることを前提として,東中コンペ案を提出し,これが採用されたのであるから,小諸市と応募して採用された者との間には,採用された設計図書の著作権を小諸市に移転することについての合意が成立していると認められる。そして,小諸市の応募要領には,小諸市に移転するべき著作権の範囲について何らの限定もなく,また,上記権利移転の合意について何らかの制限があったことを窺わせるものは,本件全証拠を検討しても見いだすことができない。
(4)
そうすると,東中コンペ案についてもこれを前提にした東中実施設計図についても,控訴人が,これに基づく著作権主張をなし得ないことは,明白というべきである。
3 著作者人格権(同一性保持権)の帰属について
前記認定の事実によれば,控訴人は,東中コンペ案及びこれを前提にした東中実施設計図を単独で作成したものということができる。
これをA共同企業体の法人等著作といい得るためには,単に,A共同企業体の著作の名義の下に公表されたのみならず,東中コンペ案及びこれを前提にした東中実施設計図がA共同企業体の発意に基づいていること,控訴人がA共同企業体の業務として東中コンペ案及びこれを前提にした東中実施設計図を作成したことが必要である。しかし,前記認定の事実によれば,A共同企業体は,ある目的で結成された一つの組織とみることができるものの,著しく便宜的な組織であり,控訴人とF及びBとは,別個独立にコンペ案を作成し,採用された控訴人は,A共同企業体の名目で小諸市長と契約を締結し,報酬のほとんどを取得しているという事情を考慮すると,東中コンペ案及びこれを前提にした東中実施設計図の作成について,A共同企業体自体の発意があったとみることは困難というべきである。
そうすると,控訴人は,東中コンペ案及びこれを前提にした東中実施設計図の著作者として,これらについて著作者人格権(同一性保持権)を享受することができるというべきである。
4 著作者人格権(同一性保持権)侵害について
(1)
控訴人は,被控訴人設計図は芦原中コンペに提出されたもので,被控訴人作成に係るものである旨主張する。
しかしながら,本件全証拠を検討しても,被控訴人が,被控訴人設計図を作成したことを認める証拠を見いだし得ない。被控訴人が芦原中コンペにおいて作成した設計図は,(証拠)に記載されている被控訴人作成名義の小諸市立芦原中学校改築工事における外構計画図,1階ないし3階の配置・平面計画図,日照計画図及び配置図(以下「芦原中コンペ設計図」と総称する。)等である。したがって,被控訴人設計図によってする控訴人の著作者人格権侵害の主張は,この点で既に失当である。
(2)
しかし,事案に鑑み,芦原中コンペ設計図が,東中実施設計図について控訴人が有する著作者人格権(同一性保持権)を侵害するものであるかどうかについて検討する。
(ア) 前記1(1)に認定したところによれば,控訴人は,その精神活動に基づいて,東中実施設計図を作成したものであり,その各図面の全体に控訴人の思想又は感情が表現されているものということができ,この具体的な表現は,誰が行っても同じになるであろうといえるほどにありふれたものとはいえないから,東中実施設計図の図面には,表現されたものの全体として創作性が存在するものと認めることができる。
(イ) 次に問題となるのは当該著作物の保護の範囲である。保護の範囲の広狭を検討するに当たって,本来は著作権法上の保護の対象とならない発想,すなわち,思想又は感情あるいは表現手法ないしアイデア自体の創作性が影響を及ぼすことがあることは,否定できないところである。一般的にいって,発想に卓越した創作性が存在する場合には,保護の範囲は広いものとなるであろうし,単に著作者の個性が表われているだけで,誰が行っても同じになるであろうといえるほどにありふれたものとはいえないといった程度の創作性しか認められない場合には,保護の範囲は狭いものとなり,ときにはいわゆるデッドコピーを許さないという程度にとどまることもあり得る。
(証拠)によれば,東中実施設計図の図面の基本的な構成をなすのは,校舎棟4棟,給食室棟1棟(ただし,配置図においては,給食室予定地が示されているのみである。),体育館1棟,中央廊下,らせん階段であること,校舎棟は,いずれも細長い長方形の外形をした建築物であり,給食室棟,体育館は,長方形の外形をした建築物であり,中央廊下は,細長い形状となっていること,校舎棟,給食室棟,体育館の建築物は,学校の敷地の北側の略長方形の敷地内に建築されることにされており,図面の中央に,南北一直線の廊下を配置し,上記廊下の東側には,北から南に向かって,順に,校舎棟,給食室棟,体育館を配置し,上記廊下の西側には,北から南に向かって,同じ長さの校舎棟3棟(北校舎,中央校舎,南校舎)を等間隔で配置し,南校舎と廊下の北側によって形成される北側の角にらせん階段を配置していることが認められる。
中学校の校舎の設計図面において,校舎棟,給食室棟,体育館,廊下,らせん階段があること,また,校舎棟がいずれも細長い長方形の外形をしていること,給食室棟,体育館が長方形の外形をしていること,中央廊下が細長いものであることが,いずれもごくありふれたことであることは,当裁判所に顕著である。
また,中学校における限られた敷地に,合計6棟の建築物を,廊下に接して建てようとする場合,中央に廊下を配置し,その両側に3棟ずつ建築物を配置してみようとすることは,誰でも容易に考えつくことである。
(証拠)によれば,東中実施設計図の各図面の基本的な構成に基づく具体的な表現は,別紙第四図1ないし4のとおりであり,前述したとおり,図面全体に控訴人の思想又は感情が表現されているものということができ,この具体的な表現は,誰が行っても同じになるであろうといえるほどにありふれたものとはいえないから,東中実施設計図の図面の創作性は,まさにこの具体的な表現においてのみ存在するものというべきである。
(ウ) 東中実施設計図のうちの創作性の認められる具体的な表現について,芦原中コンペ設計図と対比すると,校舎の長さ,幅,各教室の配置,中央廊下の具体的形状,らせん階段の校舎に対する大きさ,建築物の間の広場の利用状態,プールの位置,駐車場の配置,その他多数の箇所において相違しており,全体として表現が相違していることは一目瞭然であり,後者から前者を直接感得できるものではない。
(エ) 控訴人は,本件設計図に表現された,中学校という建築物に対する外形(デザイン),機能(動線計画など)に関するアイデアが,すべてそっくり,被控訴人設計図に取り入れられている旨主張する。控訴人の主張は,要するに,東中実施設計図の配置図と芦原中コンペにおける配意図とを対比したとき,そこに表現された建築物の外形(デザイン)や機能(動線計画など)に関するアイデアが同一であるというものである。
しかしながら,アイデアは,それ自体として保護の対象とはなり得ない。のみならず,前記のとおり,控訴人のいう建築物の外形(デザイン)や機能(動線計画など)に関するアイデアをみても,格別の創作力を認めることができない。いずれにせよ,控訴人の主張は,失当というほかない。
5 被控訴人の当事者能力について
(略)
6 以上検討したところによれば,控訴人の本訴請求は,いずれも理由がないから,原判決は結論において相当であって,本件控訴は理由がない。