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著作権判例セレクション
【著作者人格権】名誉回復等の措置(法115条)の意義と解釈
▶平成17年6月23日東京地方裁判所[平成15(ワ)13385]▶平成18年02月27日知的財産高等裁判所[平成17(ネ)10100等]
(1)
著作権法115条に基づく謝罪広告請求について
原告は,被告に対し,著作権法115条に基づいて,別紙謝罪広告目録記載の謝罪広告をすることを求めている。
著作権法115条は,著作者は,故意又は過失により,著作者人格権を侵害した者に対し,既に発生した損害を回復するために,損害賠償請求だけでは損害を回復するのに十分ではないこともあるため,「著作者・・であることを確保し,又は,訂正その他著作者・・の名誉若しくは声望を回復するために適当な措置を請求することができる。」と規定するものである。
ここにいう名誉声望とは,著作者がその品性,徳行,名声,信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価,すなわち社会的名誉声望を指すものであり,人が自己自身の人格的価値について有する主観的な評価,すなわち名誉感情は含まれないものと解され(最高裁昭和45年12月18日第二小法廷判決参照),著作者は,この名誉声望を害された場合,その回復に必要な範囲内において,謝罪広告を求めることも許されるものである(最高裁昭和61年5月30日第二小法廷判決参照)。
前記認定事実によれば,被告は,故意又は過失により,将来,一般に展示されることが予定されている本件各銅像に,その建立時から,その制作者として被告名を表示し,いずれも被告が制作したものとして発表し,その後,本件各銅像の所有者等をしてこれを展示させることにより,原告の著作者人格権(氏名表示権)の侵害を現在まで継続しているものである。
しかし,本件各銅像は,その建立持から既に三十数年が経過しているものである。ジョン万次郎像は,土佐清水市の足摺岬公園内に観光名所の一つとして設置されたものであるものの,公刊物「平和と美術」(高知平和美術会平成13年8月1日発行)の21頁に,「この足摺岬に立つ万次郎銅像の彫刻家の氏名については誰も知らないし,知ろうともしない。地元の役場に問い合わせても,観光パンフレットには写真でレイアウトに利用はするが,知る人は誰もいない。」との記載があるように,ジョン万次郎像の功績や容姿等に関心を持つ人は多いとしても,当該銅像の制作者が誰であるかについて関心を持つ人は少なく,また,C銅像についても,沼津市青野の岡野公園に設置された銅像であるから,ジョン万次郎像と比べても,その知名度は高くはなく,その制作者が被告と表示されていることに関心を持つ人が多いとは認めにくいものである。
このように,本件各銅像にその制作者として被告の名前が表示されていることにより,その本来の制作者である原告が有する社会的名誉や声望が害されているとしても,本件各銅像が建立されてから30数年が経過した現在においては,その程度がそれほど高くはないこと,及び,前記認定のとおり,原告は,本件各銅像の制作者として被告の通称が刻まれ,原告の名前が制作者として公表されるものでないことについては,銅像の依頼者と被告との関係などを考慮して,少なくともこれを黙認していたものであり,その後30数年を経過した今日に至って本件訴訟を提起したとの事情があることに照らせば,本件においては,現段階において謝罪広告請求を認めることは相当ではない。
(2)
著作権法115条に基づく通知請求について
ア 原告は,著作権法115条に基づき,被告が,本件各銅像の所有者等である土佐清水市及び駿河銀行に対し,別紙「通知目録(3)」及び同「通知目録(4)」の内容に記載のとおり,本件各銅像について,その制作者が被告ではなく原告であるとの通知をすること,及び,その制作者として原告の氏名を表示することを申し入れをすること(以下「本件通知請求」という。)を求めている。
前記認定の事実によれば,本件各銅像の所有者等は,本件各銅像の著作者は被告であると認識しているはずである。しかし,本件各銅像の著作者は,前記認定のとおり,原告である。このことと前記に認定した本件の経緯を考慮すれば,原告は,著作権法115条の「著作者・・・であることを確保・・・するために適当な措置」として,本件各銅像にその制作者であると表示されている被告に対し,本件各銅像の所有者等宛に,本件各銅像の著作者が原告であることを通知させることを請求することができるというべきである。すなわち,このような通知は,本件においては,原告が本件各銅像の著作者であることを確保し,原告と本件各銅像の所有者との紛争を未然に防止することにもつながることであり,同条にいう「適当な措置」に当たると認められる。
ただし,本件通知請求のうち,別紙通知目録(3)中,「私は,本書をもって,御市に対し,中浜万次郎銅像の台座にある「Bⅱ」との表示を抹消し,「A」の表示に改めていただくよう申し入れいたします。」との部分,及び,別紙通知目録(4)中,「私は,本書をもって,御行に対し,C銅像の台座にある「Bⅲ」との表示を抹消し,「A」の表示に改めていただくよう申し入れいたします。」との部分は,単なる事実の通知にとどまらず,申し入れた相手方に一定の行為を求める内容を含むものであり,被告が,本件各銅像の所有者等に対し,このような作為を求める請求権を有するわけではないことからすれば,被告に対し,このような作為を相手方に求める申入れをすることまで命じることは相当ではない。
イ 被告は,被告から本件各銅像の所有者に対し,本件通知請求の内容を申し入れたとしても,各所有者が,申し入れられたとおりに強いられるわけではないのであれば,これを判決主文で言い渡すことはできない,と主張する。
しかし,上記のとおり,被告が本件各銅像の所有者に対し,特定の内容の事実を通知することを認めるものであれば,被告に課せられた義務の内容は明確であるから,被告の上記主張は当たらない。著作権法115条において,既に表示された氏名について訂正請求をすることが認められている以上,氏名表示権に基づき,著作物の所有者に対し,表示の訂正請求の前段階の行為として,著作者についての事実の通知を求めることが許されないとする理由はない。
被告は,原告に著作者としての権利が認められれば,自ら氏名表示権の行使が可能となるから,本件通知請求による義務を被告に強いるのは制裁的な負担であり,相当ではない,とも主張する。
しかし,前記に認定した本件の経緯,すなわち,被告は,原告に制作者としての報酬を支払うことを約束して,本件各銅像の制作を依頼し,実際にその制作をしてもらい,原告に対し,深く感謝していたにもかかわらず,最近になって,原告に対し,本件各銅像を制作したのは被告であり,原告は単なる助手にすぎなかったと主張するようになり,原告の名誉感情を著しく害したこと,また,上記のとおり,本件のような通知請求を認めることが,原告と本件各銅像の所有者との紛争を未然に防止することにつながることなどの事情も参酌すれば,原告が本件各銅像の著作者であることを確保するための措置として,上記のとおり,被告に本件各銅像の所有者に対し事実の通知をさせることを認めても,被告に対する制裁的な負担とまでは認められないというべきである。
[控訴審]
本件通知請求の当否について
ア 一審被告は,原判決は本件各銅像の著作者が一審原告であることを前提として本件通知請求を認容したが,その前提が誤りである,あるいは,仮に一審被告が本件各銅像の共同著作者であって一審原告も本件各銅像の著作者であるとしても,原判決の認めた本件通知請求の内容は,一審被告が制作者(共同著作者)でないことをその内容とするものであるから,誤った内容であると主張する。
しかしながら,本件各銅像の著作者が一審原告であり,一審被告は共同著作者とも認められないことは上記認定のとおりであるから,一審被告の上記主張は,その前提自体が誤りであるというほかない。
イ また,一審被告は,本件合意の効果として一審原告が本件各銅像の著作者(ないし共同著作者)であるという事実を第三者に対して明らかにすることは許されないというべきであるとも主張するが,本件合意が認められないこと,仮に本件合意が認められるとしてもそのような合意が無効であることは,上記(2)ウのとおりである。
ウ さらに,一審被告は,本件通知請求を認めても,本件通知請求を認めない場合と比して,一審原告の名誉回復等に役に立つといった事情は本件では認められず,本件通知請求を認めたとしても,これにより一審原告の名誉回復等に直接に役立たないから,本件通知請求に係る通知は著作権法115条にいう「適当な措置」には該当しないと主張する。
なるほど,本件各銅像の所有者等である土佐清水市や駿河銀行は,本件訴訟の当事者ではないから,本件通知がなされたからといってこれに従う法的義務はないが,本件判決により現に制作者として表示されている一審被告から本件通知がなされれば(一審被告が任意にこれを履行しないときは,民事執行法174条によりこれを擬制することができる。),土佐清水市又は駿河銀行は本件各銅像の制作者表示を変更することが容易になると認められ,そうである以上,本件通知が一審原告の名誉回復のため適当な措置ということになる。したがって,原判決の認めた本件通知請求は著作権法115条にいう「適当な措置」として認められるものと解すべきである。
エ また一審被告は,著作権法115条に基づく名誉回復等の措置が認められるためには侵害者の「故意又は過失」が要求されるところ,本件では一審被告は本件合意が存在すると考えて本件各銅像に署名を行っていたのであり,本件合意が存在すると信じるにつき相当の理由があるので,一審被告には一審原告の著作者人格権を侵害する故意も過失も認められないとも主張する。
しかし,本件合意が成立したと認められないことは上記のとおりであるところ,上記認定の本件各銅像が制作された経緯(ジョン万次郎像について原判決…,P像について…)に照らせば,一審被告は,本件各銅像に署名を行なった際,一審原告が本件各銅像の著作者であることを認識し得たことは明らかであり,それにもかかわらず将来一般に展示されることが予定されている本件各銅像に署名を行ったものであるから,一審被告には,一審原告の著作者人格権(氏名表示権)を侵害することにつき,少なくとも過失があったものと認められる。したがって,一審被告の上記主張も理由がない。