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著作権判例セレクション

【氏名表示権】銅像の著作者名の表示が問題となった事例(著作者の推定を覆した事例/氏名表示権に消滅時効はあるか/氏名表示権の意義/その他)

▶平成17623日東京地方裁判所[平成15()13385]▶平成180227日知的財産高等裁判所[平成17()10100]
() 本件は,彫刻家である原告が,被告から,中濱万次郎(通称ジョン万次郎)の銅像(昭和43年完成。以下「ジョン万次郎像」)及び,Cの銅像(昭和45年完成。以下「C像」。上記2体の銅像をまとめて「本件各銅像」)の制作を依頼され,その塑像を制作したにもかかわらず,上記各銅像の台座部分には,被告の通称(「Bⅱ」)が表示されているとして,被告に対し,上記各銅像について,原告が著作者人格権(氏名表示権)を有することの確認と,これに伴い,被告に対し,銅像の所有者ないし管理者に各銅像の制作者が原告であることとその表示を原告名義に改めるように通知すること及び謝罪広告を求めた事案である。

1 争点1について
被告は,原告は,本件においては,本来,給付の訴えを提起することが可能であるから,請求の趣旨第1項の確認請求について,確認の利益を有しない,などと主張する。しかし,本件各銅像に被告の通称が表示されていることが原告の本件各銅像の著作者人格権(氏名表示権)の侵害を構成するとしても,被告は本件各銅像の所有者ではないのであるから,被告に対し,本件各銅像に表示された被告の通称の表示の削除を求めるとの給付の訴えを提起することができないことは明らかである。
確認の訴えは,一定の法律関係についてこれを確定させることが原告と被告との間の紛争を解決するために必要かつ適切である場合に,即時確定の利益が存在するものとして,当該訴えを提起することが許されるものである。本件では,原告が,本件各銅像についてその制作者(著作者)であると表示され,その旨を主張している被告を相手方として,本件各銅像について原告が有する著作者人格権(氏名表示権)を侵害されたとして,原告が同権利を有することの確認を求めているものであり,同権利の確認の訴えが,原告と被告との間の紛争を解決するために必要かつ適切である場合に当たり,即時確定の利益が存するものと認められる。
被告は,原告の氏名表示権に基づく請求権が,消滅時効ないし権利失効の原則により消滅しており,給付の訴えを提起してもその請求が認められないのであるから,確認の訴えが認められることはないと主張する。
しかし,原告の氏名表示権に基づく請求権が,消滅時効ないし権利失効の原則により消滅していないことは,後記のとおりであり,被告の主張はその前提を欠き,理由がない。そもそも,著作者人格権は,著作者の一身に専属し,譲渡することが許されないものである(著作権法59条)から,原告が本件各銅像の著作者であるとすれば有するはずの氏名表示権が消滅することはないのである。
また,被告は,原告は,氏名表示権確認の訴えを本件各銅像の所有権者である土佐清水市ないし駿河銀行に対してなすべきであり,被告に当事者適格はない,と主張する。
しかし,本件各銅像の著作者が,原告と被告のいずれであるかは,原告と被告との間で争われているのであり,この点を原告と被告間の本件訴訟において争うことが必要かつ適切であることは明らかである。
被告の上記主張はいずれも失当である。
2 争点2について
著作物とは,思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいい,著作者とは,著作物を創作する者をいうのであるから(著作権法2条1項1号,2号),本件各銅像についても,本件各銅像を創作した者をその著作者と認めるべきである。
ジョン万次郎像は,ブロンズ像であり,ブロンズ像は,塑像の作成,石膏取り,鋳造という工程を経て製作されるものである。そして,ブロンズ像の顔の表情,全体の構成,体格やポーズなどにおける表現が確定するのは塑像の段階であるから,塑像を制作した者,すなわち,塑像における創作的表現を行った者が当該銅像の著作者であることは明らかである。
本件においては,ジョン万次郎像の制作者として,被告が自己のサインをその台座部分に施しているため,著作権法14条により,ジョン万次郎像の著作者は,被告と推定される。しかしながら,当裁判所は,ジョン万次郎像の塑像を制作した者すなわちジョン万次郎像の著作者は,原告であると認定する。その理由は次のとおりである。
(1) ジョン万次郎像の制作に至るまでの経緯
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(2) ジョン万次郎像の制作と本訴提起までの経緯
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(3) 上記認定に至る根拠について
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(4) 争点2についての結論
上記で認定したところによれば,ジョン万次郎像の塑像制作について創作的表現を行った者は原告であるから,ジョン万次郎像は原告が制作したものと認められる。被告は,ジョン万次郎像について,その塑像の制作,石膏どり,鋳造といった銅像の制作工程において,原告の助手として,その制作に必要な準備を行ったり,粘土付け等に関与したにすぎないものと認められる。
以上によれば,本件では,被告がジョン万次郎像の制作者として,自己のサインをその台座部分に施しているため,著作権法14条により,ジョン万次郎像の著作者であると推定されるものの,その推定は覆されたものというべきであり,ジョン万次郎像は,原告により制作され,著作されたものと認められる。
3 争点3について
本件においては,C像の制作者として,被告が自己のサインをその台座部分に施しているため,著作権法14条により,C像の著作者は被告と推定される。しかしながら,当裁判所は,C像の塑像を制作した者すなわちC像の著作者は,原告であると認定する。その理由は次のとおりである。
(1) C像の制作に至るまでの経緯
()
(2) C像の制作と本訴に至るまでの経緯
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(3) 上記認定の根拠について
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(4) 争点3についての結論
上記で認定したところによれば,C像の塑像制作について創作的表現を行った者は原告であるから,C像は原告が制作したものと認められる。被告は,C像について,その塑像の制作,石膏どり,鋳造といった銅像の制作工程において,原告の助手として,その制作に必要な準備を行ったり,粘土付け等に関与したにすぎないものと認められる。
以上によれば,本件では,被告がC像の制作者として,自己のサインをその台座部分に施しているため,著作権法14条により,C像の著作者であると推定されるものの,その推定は覆されたものというべきであり,C像は,原告により制作され,著作されたものと認められる。
4 争点4及び5について
(1) 著作権法115条に基づく謝罪広告請求について
原告は,被告に対し,著作権法115条に基づいて,別紙謝罪広告目録記載の謝罪広告をすることを求めている。
著作権法115条は,著作者は,故意又は過失により,著作者人格権を侵害した者に対し,既に発生した損害を回復するために,損害賠償請求だけでは損害を回復するのに十分ではないこともあるため,「著作者・・であることを確保し,又は,訂正その他著作者・・の名誉若しくは声望を回復するために適当な措置を請求することができる。」と規定するものである。
ここにいう名誉声望とは,著作者がその品性,徳行,名声,信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価,すなわち社会的名誉声望を指すものであり,人が自己自身の人格的価値について有する主観的な評価,すなわち名誉感情は含まれないものと解され(最高裁昭和45年12月18日第二小法廷判決参照),著作者は,この名誉声望を害された場合,その回復に必要な範囲内において,謝罪広告を求めることも許されるものである(最高裁昭和61年5月30日第二小法廷判決参照)。
前記認定事実によれば,被告は,故意又は過失により,将来,一般に展示されることが予定されている本件各銅像に,その建立時から,その制作者として被告名を表示し,いずれも被告が制作したものとして発表し,その後,本件各銅像の所有者等をしてこれを展示させることにより,原告の著作者人格権(氏名表示権)の侵害を現在まで継続しているものである。
しかし,本件各銅像は,その建立持から既に三十数年が経過しているものである。ジョン万次郎像は,土佐清水市の足摺岬公園内に観光名所の一つとして設置されたものであるものの,公刊物「平和と美術」(高知平和美術会平成13年8月1日発行)の21頁に,「この足摺岬に立つ万次郎銅像の彫刻家の氏名については誰も知らないし,知ろうともしない。地元の役場に問い合わせても,観光パンフレットには写真でレイアウトに利用はするが,知る人は誰もいない。」との記載があるように,ジョン万次郎像の功績や容姿等に関心を持つ人は多いとしても,当該銅像の制作者が誰であるかについて関心を持つ人は少なく,また,C銅像についても,沼津市青野の岡野公園に設置された銅像であるから,ジョン万次郎像と比べても,その知名度は高くはなく,その制作者が被告と表示されていることに関心を持つ人が多いとは認めにくいものである。
このように,本件各銅像にその制作者として被告の名前が表示されていることにより,その本来の制作者である原告が有する社会的名誉や声望が害されているとしても,本件各銅像が建立されてから30数年が経過した現在においては,その程度がそれほど高くはないこと,及び,前記認定のとおり,原告は,本件各銅像の制作者として被告の通称が刻まれ,原告の名前が制作者として公表されるものでないことについては,銅像の依頼者と被告との関係などを考慮して,少なくともこれを黙認していたものであり,その後30数年を経過した今日に至って本件訴訟を提起したとの事情があることに照らせば,本件においては,現段階において謝罪広告請求を認めることは相当ではない。
(2) 著作権法115条に基づく通知請求について
ア 原告は,著作権法115条に基づき,被告が,本件各銅像の所有者等である土佐清水市及び駿河銀行に対し,別紙「通知目録(3)」及び同「通知目録(4)」の内容に記載のとおり,本件各銅像について,その制作者が被告ではなく原告であるとの通知をすること,及び,その制作者として原告の氏名を表示することを申し入れをすること(以下「本件通知請求」という。)を求めている。
前記認定の事実によれば,本件各銅像の所有者等は,本件各銅像の著作者は被告であると認識しているはずである。しかし,本件各銅像の著作者は,前記認定のとおり,原告である。このことと前記に認定した本件の経緯を考慮すれば,原告は,著作権法115条の「著作者・・・であることを確保・・・するために適当な措置」として,本件各銅像にその制作者であると表示されている被告に対し,本件各銅像の所有者等宛に,本件各銅像の著作者が原告であることを通知させることを請求することができるというべきである。すなわち,このような通知は,本件においては,原告が本件各銅像の著作者であることを確保し,原告と本件各銅像の所有者との紛争を未然に防止することにもつながることであり,同条にいう「適当な措置」に当たると認められる。
ただし,本件通知請求のうち,別紙通知目録(3)中,「私は,本書をもって,御市に対し,中浜万次郎銅像の台座にある「Bⅱ」との表示を抹消し,「A」の表示に改めていただくよう申し入れいたします。」との部分,及び,別紙通知目録(4)中,「私は,本書をもって,御行に対し,C銅像の台座にある「B」との表示を抹消し,「A」の表示に改めていただくよう申し入れいたします。」との部分は,単なる事実の通知にとどまらず,申し入れた相手方に一定の行為を求める内容を含むものであり,被告が,本件各銅像の所有者等に対し,このような作為を求める請求権を有するわけではないことからすれば,被告に対し,このような作為を相手方に求める申入れをすることまで命じることは相当ではない。
イ 被告は,被告から本件各銅像の所有者に対し,本件通知請求の内容を申し入れたとしても,各所有者が,申し入れられたとおりに強いられるわけではないのであれば,これを判決主文で言い渡すことはできない,と主張する。
しかし,上記のとおり,被告が本件各銅像の所有者に対し,特定の内容の事実を通知することを認めるものであれば,被告に課せられた義務の内容は明確であるから,被告の上記主張は当たらない。著作権法115条において,既に表示された氏名について訂正請求をすることが認められている以上,氏名表示権に基づき,著作物の所有者に対し,表示の訂正請求の前段階の行為として,著作者についての事実の通知を求めることが許されないとする理由はない。
被告は,原告に著作者としての権利が認められれば,自ら氏名表示権の行使が可能となるから,本件通知請求による義務を被告に強いるのは制裁的な負担であり,相当ではない,とも主張する。
しかし,前記に認定した本件の経緯,すなわち,被告は,原告に制作者としての報酬を支払うことを約束して,本件各銅像の制作を依頼し,実際にその制作をしてもらい,原告に対し,深く感謝していたにもかかわらず,最近になって,原告に対し,本件各銅像を制作したのは被告であり,原告は単なる助手にすぎなかったと主張するようになり,原告の名誉感情を著しく害したこと,また,上記のとおり,本件のような通知請求を認めることが,原告と本件各銅像の所有者との紛争を未然に防止することにつながることなどの事情も参酌すれば,原告が本件各銅像の著作者であることを確保するための措置として,上記のとおり,被告に本件各銅像の所有者に対し事実の通知をさせることを認めても,被告に対する制裁的な負担とまでは認められないというべきである。
5 争点6について
(1) 被告は,氏名表示権そのものは消滅時効にかからないとしても,本件通知請求や謝罪広告請求は単純なる債権であって時効によって消滅する,と主張する。
しかし,著作者人格権には譲渡性及び相続性がなく,保護期間の定めもないことからすれば,本件各銅像についての原告の著作者人格権(氏名表示権)が,消滅時効にかかることなく,存続することは明らかである。そして,被告も,本件各銅像が一般に展示され続けることを知りながら,本件各銅像に被告が制作者であるとの表示を刻したものであり,このことにより,現在において,本件各銅像が一般に展示され,原告の氏名表示権の侵害が継続しているのである。
以上によれば,被告の行為に起因して現在でも原告の氏名表示権に対する侵害が継続しているのであるから,原告の被告に対する本件通知請求権等が,時効により消滅すると解することはできない。
(2) 被告は,本件においては,原告が30数年にわたり,氏名表示権を行使していなかったのであるから,原告の氏名表示権に基づく請求権は,権利失効の原則により消滅している,と主張する。
しかし,氏名表示権(著作権法19条)については,公表権(同法18条)のように,著作者の同意があれば侵害の成立を阻却することを前提とする規定(同条2項)が設けられていないこと,著作者ではない者の実名等を表示した著作物の複製物を頒布する氏名表示権侵害行為については,公衆を欺くものとして刑事罰の対象となり得ることをも別途定めていること(同法121条)からすると,氏名表示権は,著作者の自由な処分にすべて委ねられているわけではなく,むしろ,著作物あるいはその複製物には,真の著作者名を表示をすることが公益上の理由からも求められているものと解すべきである。
このように,氏名表示権については,著作者の自由な処分にすべて委ねられているわけではなく,むしろ,著作物には真実に即した著作者の氏名表示をすることが公益上の要請から求められていること,原告が被告に対し,本件各銅像建立時に,本件各銅像に被告名を刻することを黙認していた経緯があるとしても,その後,前記のように,被告が原告を助手呼ばわりしたことにより,原告の名誉感情を毀損し,本訴に至ったこと,また,被告は,本件各銅像制作当時,依頼者から本件各銅像の制作について高額の報酬を受領しながら,結局,高額の報酬を得たことを原告に隠し,原告との約束を違え,原告に対し,何らの制作報酬も支払わないまま今日まで経過してきたことなど,原告との合意に反する行為を継続してきたこと,以上の事情を考慮すれば,本件においては,被告が原告の氏名表示権に基づく権利行使が行われないと信頼すべき正当な事由が存在するとは認められず,これを行使することが信義誠実に反するとは認めることはできない(最高裁昭和30年11月22日第三小法廷判決頁参照)。
よって,被告が本件各銅像についてその制作者であると表示することを,原告が長期間にわたって黙認していたとしても,本件においては,後にその意を撤回し,真実を明らかにすることは,氏名表示権の正当な権利行使というべきである。被告の上記主張は採用することができない。
6 まとめ
以上のとおりであるから,原告の本訴請求は,本件各銅像の著作者であって,著作者人格権を有することを確認すること,並びに,被告に別紙通知目録(1)及び通知目録(2)に記載の通知をさせる限度において理由があるから,これを認容し,その余の請求については理由がないからこれを棄却し,訴訟費用の負担については,民事訴訟法64条を適用して,主文のとおり判決する。

[控訴審]
1 当裁判所も,一審原告の本訴請求は,原判決主文第1項ないし第3項の限度で理由があると判断する。その理由は,当審における一審被告(控訴人・当審反訴原告)の主張に対する判断として付加するほか,原裁判記載のとおりであるから,これを引用する。
また,一審原告の当審における反訴請求については,前記本訴請求に対する判断において説示したとおり,本件各銅像の著作者は,一審被告ではなく一審原告であると判断する。
2 当審における一審被告(控訴人・当審反訴原告)の主張に対する判断
(1) 本件各銅像の著作者
ア 著作物とは,「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」をいい(著作権法2条1項1号),著作者とは,「著作物を創作する者をいう」のであるから(同項2号),美術品である本件各銅像については,本件各銅像を創作した者をその著作者と認めるべきである。そして本件各銅像のようなブロンズ像は,塑像の作成,石膏取り,鋳造という3つの工程を経て制作されるものであるが,その表現が確定するのは塑像の段階であるから,塑像を制作した者,すなわち,塑像における創作的表現を行った者が当該銅像の著作者というべきである。そこで,以上の見解に立って,以下の検討を進める。
イ 制作への複数の関与者が存在する場合と著作権法14条との関係
一審被告は,創作的表現を行ったと主張するものが複数関与する場合であって,その一方当事者につき著作権法14条による推定が働いている場合にあっては,推定を受けない他方当事者が自らの単独著作を主張するためには,双方とも著作者である可能性がある以上,当該著作物が自らの著作物であることを主張・立証することに加え,当該著作物が推定を受けている者の著作物ではないことまでを主張・立証する必要がある,と主張する。
著作権法14条は,「著作物の原作品に,又は著作物の公衆への提供若しくは提示の際に,その氏名若しくは名称(以下「実名」という。)又はその雅号,筆名,略称その他実名に代えて用いられるもの(以下「変名」という。)として周知のものが著作者名として通常の方法により表示されている者は,その著作物の著作者と推定する。」と規定しているところ,ジョン万次郎像においては一審被告の通称である「X」と,P像においては「X」と,それぞれ記入されているから,一審被告は,上記規定により,本件各銅像の著作者であるとの推定を受けることになる。
ところで,上記規定は,著作者として権利行使しようとする者の立証の負担を軽減するため,自らが創作したことの立証に代えて,著作物に実名等の表示があれば著作者と推定するというものであるが,同規定の文言からして「推定する」というものにすぎず,推定の効果を争う者が反対事実の証明に成功すれば,推定とは逆の認定をして差し支えないことになる。この理は,創作的表現を行ったと主張するものが複数関与する場合であっても異なるところはないというべきであって,一審被告の上記主張は,独自の見解というほかなく,採用することができない。
そして,原裁判及び後に述べる説示のとおり,原審及び当審における各証拠を精査すれば,本件各銅像の塑像制作について創作的表現を行なった者は一審原告のみであって,一審被告は塑像の制作工程において一審原告の助手として準備をしたり粘土付け等に関与しただけであると認めることができるのであるから,一審原告はいわば反対事実の証明に成功したのであった,同規定にかかわらず,一審被告に対し自らが著作者であることを主張できることになる。
ウ 事実認定に関する一審被告の主張について
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(2) 一審被告名義での公表に関する合意の有無について
ア 一審被告は,一審原告が本件各銅像に一審被告の署名が入っていたことを当初より認識していたにもかかわらず,30年以上もの長期にわたり何ら異議を述べていなかった等の事情からすれば,一審被告と一審原告との間には,本件各銅像につき,一審被告名義で公表することについての明示又は黙示の合意(本件合意)が存在したことが認められ,本件合意の効果として,一審原告はその事実を第三者に対して明らかにすることは許されず,したがって,本件通知請求は認められないことになると主張する。
これに対し,一審原告は,本件の審理経過に照らせば,一審被告による「本件合意」の主張は,明らかに時機に後れた防御方法であって,却下を免れないものであると主張する。
イ まず一審被告の前記主張が時機に後れたものであるかどうかについて検討すると,一審被告が当審に至り上記主張を追加したからといって,当然に訴訟の完結を遅延させることはないのみならず,現に特段の立証方法の追加がなされた事実は認められないから,時機に後れたとする一審原告の上記主張は採用することができない。
ウ そこで,進んで本件合意に関する一審被告の上記主張について検討する。
本件各銅像が制作された経緯はジョン万次郎像について原判決…,Pについて…のとおりであり,一審原告は,ジョン万次郎像についてはその制作直後から像の台座部分に一審被告のサインがあり,その備え付け石板にも,制作者として一審被告の名前が記入されていることは認識していたが,一審被告と注文者との関係を考慮して異議を述べなかったにすぎない。一方,P像について一審原告は,制作者が同原告であることの証拠を残そうという思いと,ジョン万次郎像について一審被告から報酬を受領していないことに対する抗議の気持ちから,P像の頭頂部に「Y」と一審原告のサインを刻したのであり,これらの事情に照らせば,明示的にはもちろん,黙示的にも,一審被告が主張するような本件合意が成立したとまで認めることはできない。
加えて,著作者人格権としての氏名表示権(著作権法19条)については,著作者が他人名義で表示することを許容する規定が設けられていないのみならず,著作者ではない者の実名等を表示した著作物の複製物を頒布する氏名表示権侵害行為については,公衆を欺くものとして刑事罰の対象となり得ることをも別途定めていること(同法121条)からすると,氏名表示権は,著作者の自由な処分にすべて委ねられているわけではなく,むしろ,著作物あるいはその複製物には,真の著作者名を表示をすることが公益上の理由からも求められているものと解すべきである。したがって,仮に一審被告と一審原告との間に本件各銅像につき一審被告名義で公表することについて本件合意が認められたとしても,そのような合意は,公の秩序を定めた前記各規定(強行規定)の趣旨に反し無効というべきである。
一審被告は,著作権法19条が氏名表示権の行使の一内容として,明文を以て著作者の変名を表示することや著作者名を表示しないことも認めていることを理由に,真の著作者名を表示することが公益上の理由からも求められていると解することは妥当でないとも主張するが,著作権法は,真の著作者の変名表示や非表示を認めるにすぎず,真の著作者ではない者を著作者と表示することまでも許容する趣旨ではないから,一審被告の上記主張は採用することができない。
(3) 本件通知請求の当否について
ア 一審被告は,原判決は本件各銅像の著作者が一審原告であることを前提として本件通知請求を認容したが,その前提が誤りである,あるいは,仮に一審被告が本件各銅像の共同著作者であって一審原告も本件各銅像の著作者であるとしても,原判決の認めた本件通知請求の内容は,一審被告が制作者(共同著作者)でないことをその内容とするものであるから,誤った内容であると主張する。
しかしながら,本件各銅像の著作者が一審原告であり,一審被告は共同著作者とも認められないことは上記認定のとおりであるから,一審被告の上記主張は,その前提自体が誤りであるというほかない。
イ また,一審被告は,本件合意の効果として一審原告が本件各銅像の著作者(ないし共同著作者)であるという事実を第三者に対して明らかにすることは許されないというべきであるとも主張するが,本件合意が認められないこと,仮に本件合意が認められるとしてもそのような合意が無効であることは,上記(2)ウのとおりである。
ウ さらに,一審被告は,本件通知請求を認めても,本件通知請求を認めない場合と比して,一審原告の名誉回復等に役に立つといった事情は本件では認められず,本件通知請求を認めたとしても,これにより一審原告の名誉回復等に直接に役立たないから,本件通知請求に係る通知は著作権法115条にいう「適当な措置」には該当しないと主張する。
なるほど,本件各銅像の所有者等である土佐清水市や駿河銀行は,本件訴訟の当事者ではないから,本件通知がなされたからといってこれに従う法的義務はないが,本件判決により現に制作者として表示されている一審被告から本件通知がなされれば(一審被告が任意にこれを履行しないときは,民事執行法174条によりこれを擬制することができる。),土佐清水市又は駿河銀行は本件各銅像の制作者表示を変更することが容易になると認められ,そうである以上,本件通知が一審原告の名誉回復のため適当な措置ということになる。したがって,原判決の認めた本件通知請求は著作権法115条にいう「適当な措置」として認められるものと解すべきである。
エ また一審被告は,著作権法115条に基づく名誉回復等の措置が認められるためには侵害者の「故意又は過失」が要求されるところ,本件では一審被告は本件合意が存在すると考えて本件各銅像に署名を行っていたのであり,本件合意が存在すると信じるにつき相当の理由があるので,一審被告には一審原告の著作者人格権を侵害する故意も過失も認められないとも主張する。
しかし,本件合意が成立したと認められないことは上記のとおりであるところ,上記認定の本件各銅像が制作された経緯(ジョン万次郎像について原判決…,P像について…)に照らせば,一審被告は,本件各銅像に署名を行なった際,一審原告が本件各銅像の著作者であることを認識し得たことは明らかであり,それにもかかわらず将来一般に展示されることが予定されている本件各銅像に署名を行ったものであるから,一審被告には,一審原告の著作者人格権(氏名表示権)を侵害することにつき,少なくとも過失があったものと認められる。したがって,一審被告の上記主張も理由がない。
(4) 権利濫用等の有無について
一審被告は,本件の事情にかんがみれば,本件においては,一審被告が一審原告の氏名表示権に基づく権利行使が行なわれないと信頼すべき正当な事由が存在するというべきであって,権利失効の原則に基づき,あるいは権利濫用(民法1条3項)として,一審原告の著作者人格権に基づく各請求は否定されるべきであると主張する。
しかし,上記のとおり氏名表示権については,著作者の自由な処分にすべて委ねられているわけではなく,むしろ,著作物には真実に即した著作者の氏名表示をすることが公益上の要請から求められていることにかんがみると,一審原告が本件各銅像に一審被告の署名が入っていたことを当初より認識していたにもかかわらず30年以上の間何ら異議を述べていなかった等の事情があるとしても,一審被告は依頼者から本件各銅像の制作について高額の報酬を受領しながら,原告に対し何らの制作報酬も支払わないまま今日まで経過してきたこと,その後,一審被告とその元妻J(昭和34年2月23日に婚姻し平成7年10月9日に離婚。子2人。)との離婚に関する給付金請求訴訟の過程で,平成14年5月8日ころ一審被告が一審原告を助手呼ばわりし,一審原告の名誉感情を毀損したことを発端として本訴に至ったこと等の事情を総合考慮すれば,本件においては,一審被告が一審原告の氏名表示権に基づく権利行使が行われないと信頼すべき正当な事由が存在するとまでは認められず,また,一審原告の本訴請求が権利濫用に該当するということもできない。
3 結論
以上によれば,原判決は相当であって,一審被告の本件控訴及び当審における反訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。