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著作権判例セレクション
【一般不法行為】他人の研究成果の「横取り(剽窃)」の(一般)不法行為性が争点となった事例
▶平成12年03月29日東京高等裁判所[平成11(ネ)4243]
二 当審における控訴人の主張について
1 不法行為について
控訴人は、他人の研究成果に依拠し、その研究成果をあたかも自己のもののごとく装って発表することは、その発表の仕方が著作権侵害行為になるか否かにかかわらず、不法行為に該当するものであるのに、原判決は、著作権侵害の有無についてのみ判断し、不法行為を審理判断していないと主張する。
しかし、原判決は、争点一及び二において、被告第一論文並びに被告科研費論文及び第二論文が、いずれも原告論文及び原告報告を翻案したものであるか否かを詳細に検討した上、これを否定するに至り、このことを前提として、争点三において、これらの論文等の一部に共通する部分があるとしても、被告第一論文並びに被告科研費論文及び第二論文が原告論文及び原告報告を剽窃したものではなく、これらを発表することに違法性があるとは認められないと明確に判断している。そして、このように他人の論文等を翻案したものと認められない論文等の発表が不法行為を構成することを認めるに足る証拠はないから、控訴人の主張を採用する余地はない。
また、控訴人は、学術論文においては個々の記載の文章上の工夫より、論文の構造、論旨、論理展開が重要視され、先輩研究者といえども、自分がその分野の研究で先行したからといって、後輩研究者の研究成果を横取りしたり、研究論文を剽窃したりすることは許されないから、そのような行為は、研究者の学問的業績に対する権利、利益を奪うものであって、不法行為を構成すると主張する。
このような一般的見解自体は正当なものと解されるが、本件の場合、被告第一論文並びに被告科研費論文及び第二論文が、原告論文及び原告報告を翻案したものでなく、これらを剽窃したものでもない上、被告第一論文と原告論文とは、C論文の紹介を通じて「エスニシティ」を論ずるという基本的性格において共通する面があり、両者を全体として対比すると、その目的、構成、議論の展開、結論がいずれも異なるものと認められ、被告科研費論文及び第二論文と原告報告とを全体として対比しても、その目的、構成、論理展開がいずれも異なるものと認められる以上、その発表行為が不法行為に該当しないのは当然といわなければならない。
2 依拠について
控訴人は、著作権侵害の問題において、依拠(アクセス)がなければ侵害が生じないから、まず依拠の有無が問題となるにもかかわらず、原判決は、著作権侵害の判断において、同一性(翻案)の有無のみを判断し、依拠の有無を判断していないと主張する。
しかし、同一性(翻案)の有無が、著作権侵害の要件であることに争いはなく、原判決は、争点一及び二において、被告第一論文並びに被告科研費論文及び第二論文が、いずれも原告論文及び原告報告を翻案したものとはいえないと判断しているのであるから、その余の点について判断するまでもなく、著作権侵害は否定されることになる。したがって、原判決が、「被告第一論文が原告論文に依拠したかどうかについて判断するまでもなく」、「被告科研費論文が原告報告(原告報告書)に依拠したかどうかについて判断するまでもなく」と説示した上、著作権侵害は否定したことに誤りはなく、控訴人の主張は、到底、採用することができない。
また、当審における、被告第一論文が原告論文に依拠した旨の控訴人の主張、被告科研費論文及び第二論文が原告報告に依拠した旨の控訴人の主張は、いずれも原審における主張の範囲を実質的に出るものではなく、それらがいずれも採用できないことは、原判決の争点一に関する説示及び争点二に関する説示に照らして明らかといわなければならない。
3 翻案について
控訴人は、本件において複製権の侵害ではなく翻案権の侵害を主張するものであるとし、複製においては同一性が論じられるが、翻案においては「原著作物を感得し得るか」が論じられるのであるから、その判断基準は類似をも含む実質的同一よりも更に広い範囲であり、同一性の薄い場合も含むものであって、原著作物の内面的形式を維持しつつ、これに創意に基づき新たな具体的表現(外部的形式)を与えた場合も翻案であるにもかかわらず、原判決は、表現の相違を根拠として翻案を否定しており、外部的形式の変更にとらわれて内面的形式が維持されていることへの配慮を怠ったものであると主張する。
仮に、控訴人の主張のように、翻案権の侵害を判断するにおいて、「原著作物を感得し得るか否か」という基準を採用するとしても、本件においては、前示のとおり、被告第一論文並びに被告科研費論文及び第二論文が、いずれも原告論文及び原告報告を翻案したものでなく、すなわち、表現上の類似性を欠くものであり、しかも、両者を全体として対比すると、その目的、構成、議論の展開等がいずれも異なるものと認められる以上、前者が後者を感得させるものでないことは明らかである。
したがって、この点に関する原判決に誤りはなく、控訴人の主張は失当といわなければならない。