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著作権判例セレクション
【権利濫用】同一性保持権等の侵害を理由として慰謝料の支払いなどを請求することが権利の濫用であって許されないとした事例
▶平成8年02月23日東京地方裁判所[平成5(ワ)8372]
(注) 本件は、原告が被告らに対し、被告らが本件原画に改変を加えたことは、原告の著作権(複製権)及び著作者人格権(同一性保持権)を侵害するものであるなどとして、同一性保持権等の侵害による慰謝料等の支払いなどを求めた事案である。
(争いのない事実)
原告と被告らは、平成2年6月、原告においてサクラにおける連載漫画「衝撃のシリーズ やっぱりブスが好き」(「本件シリーズ」)の原画を作成すること、被告らが右原画を利用してサクラに掲載し出版することを許諾することを内容とする寄稿契約を締結した。
原告は、同年7月、本件シリーズの第一回目である「衝撃のシリーズ やっぱりブスが好き STAGE1 スリーピング・ブーティ」の原画を作成し、被告らは、右原画を利用して同年8月8日発行のサクラ平成2年9月号に掲載して出版した。
原告は、本件シリーズの第二回目である「衝撃のシリーズ やっぱりブスが好き STAGE2 ブリンセス ブリンセス」(「本件作品」)の原画合計24枚(「本件原画」)を作成し、被告A出版に引き渡した。
被告らは、本件原画の絵柄、セリフ(台詞)、書文字のうち、別紙1のとおり、合計75か所に、加筆、削除、変更するなどの改変を加えた。
被告らは、右改変した原画を利用して同年9月8日発行のサクラ10月号に掲載して出版した。
三 争点2(権利濫用)について
1(一)A編集長が本件原画に別紙1のとおりの改変を加えたことは、少なくとも外形的には原告の本件原画についての同一性保持権を侵害するものということができる。
(二)他方、原告が、ネーム打ち合わせの際及び下絵のコピー授受の後、A編集長に対し、皇族を連想させる表現を使わないこと及び皇族の似顔絵にしないことの約束をしていたもので、原告は締切を大幅に経過し、下版日である8月30日夕刻になってようやく本件原画を引渡したが、本件原画は、右合意に反したものであった。原告は、A編集長からの右合意に従った修正要求に対し、8月30日深夜これを拒絶したが、A編集長としては、皇族の似顔絵や皇族を連想させる登場人物名、皇室について使われることの多い敬語が使用された本件原画をそのまま掲載することは、被告らの方針に反するのでできないことであった。
また、8月30日夜の時点で、被告A出版には、本件作品に代えて掲載可能な代用原稿のストックはなく、サクラ10月号から本件作品のみを抜いて発行することは、印刷が32ページを一単位(台)としてされるところ、本件作品は前後三台にかかっているので、結局三台96ページを抜き取らざるをえないことになり、他の作者の作品にも影響を与えるため不可能であった。
さらに、原画を撮影して作った紙焼きは表面が非常に滑りやすく、普通の水性インクや修正液が乗らず、しかも、原画の82パーセントの大きさに縮小されるので、作業が細かく困難なため、紙焼き上の修正は簡単な作業の場合行うことがあるが、絵柄の修正等には不向きである。そのうえ、紙焼き上での修正はA編集長が実際に行った原画上の修正にかかった時間より長い時間を要することが予想され、下版を行う株式会社F企画の工程上、印刷業者に持ち込む納入時間を超過してしまうおそれが大きく、ひいては発売遅延という結果を引き起こすおそれがあることから、結局、紙焼き上での修正は不可能であった。また、原画をコピーしそのコピーを修正して製版することも、画質が悪くなり、しかも、用紙に厚みと強度がないため、校了作業にも製版業者での作業にも不都合が生じ、作業中にトナーがはがれやすい欠点があるうえ、コピーでの修正を行う場合、原稿のベタ部分を再度黒く塗りつぶし、吹き出し内の鉛筆文字を予め消しておく等の作業が必要となり、ますます時間を要するのでコピーでの修正も不可能であった。
これらの事情から、A編集長としては、本件原画そのものに修正を加えなければならない状況であった。
(三)A編集長は、右のような状況のもとで、本件原画に別紙1のとおりの改変を加え、これを掲載することとしたもので、8月30日の夜の段階でA編集長としては、他にとりうる手段がなく、やむを得ず行ったものであったということができる。
右のような事実関係において、すなわち、自ら事前に二回にわたり、皇族の似顔絵や皇族を連想させるセリフ等の表現を用いないことを合意しておきながら、締切を大幅に経過し、製版業者への原画持込期限のさし迫った8月30日の夕刻になって、ようやく本件原画を渡し、長時間にわたる修正の要求、説得を拒否し、A編集長を他に取りうる手段がない状態に追い込んだ原告が、このように重大な自己の懈怠、背信行為を棚に上げて、A編集長がやむを得ず行った本件原画の改変及び改変後の掲載をとらえて、著作権及び著作者人格権の侵害等の理由で本件請求をすることは、権利の濫用であって許されないものといわざるをえない。
2 原告は、(前記)のとおり、本件原画を被告A出版に引渡したのは8月16日であり、また仮に8月30日としても、(1)皇室のパロディー作品を掲載しないという被告らの編集方針は存在自体疑問であり、改変の正当な目的とはいえない、(2)原告と充分に論議を尽くして原告の手で変更させるか、変更に応じなければ本件作品の掲載を断念し、代用原稿を掲載するとか、手の早い他の漫画家に代わりの作品を依頼する、原告の過去の作品を転載する、などの代替手段が取りえたはずである、(3)改変するとしても、原画を改変するのではなく、本件原画を撮影した印画紙またはコピーを使用して改変すべきであったもので、被告らの改変は正当化されえない旨主張する。
(一)まず、原告が本件原画を被告A出版に引き渡したのが8月16日であることを前提とする主張は、前提事実が認められないから失当である。
(二)サクラは、レディーズコミック誌で、一般向け娯楽漫画雑誌の範疇に属するものであり、被告らにおいては、他の少なからぬ娯楽雑誌出版者と同様に、皇室批判や皇室を茶化した作品を掲載することはしない方針であったことは、証人Aの証言及び弁論の全趣旨によって認定することができ、原告も、ネーム打ち合わせの際や下絵のコピーの授受直後のA編集長とのやりとりの中で、A編集長に対し、皇族を連想させる表現を使わないこと、皇族の似顔絵にしないことを渋々ながらも同意していたものであるから、A編集長、被告らの右方針を認識し、渋々ながらもこれに従うことを同意していたものということができる。
前記のような被告らを含む出版者の方針をマスコミの自主規制として批判する見解があるけれども、前記のような方針をもって権利濫用について判断する上で顧慮される一要素とすることが許されないような不当なものとみることは相当でない。
原告は、皇室をモデルにした作品をコミック誌に掲載することがタブーであるということは、民主主義国家である日本で本来あってはならないことであるとの認識に基づいて本件作品を創作したものであり、右のような認識は原告の思想として尊重されなければならないことは当然である。
しかしながら、右のような認識に基づく本件作品を、本件原画のまま掲載、出版することは、本件原画のような皇族の似顔絵、皇族を連想させる登場人物名、敬語による表現について、賛同、多様性の中の一態様として容認、無関心等いずれの理由によるにせよ、問題にしない出版業者によるか、自ら出版するべきものであって、右のような原画のままでは掲載しない方針の出版業者の方針に従うことを一旦合意しておきながら、一定の期日に発行しなければならない商業月刊雑誌の出版のための作業日程上、許される期限間際に右合意に反する原画を引き渡すことによって行うべきものではない。
もとより、出版業者が、原画の内容が自社の方針に反するからといってこれを無断で改変することは、決して許されるものではない。けれども、事前の合意に反して自社の方針に反する原画を出版のための作業日程上、許される期限間際に引き渡された本件の場合、A編集長がやむを得ずした本件原画の改変、掲載を理由に原告が損害賠償や謝罪広告を請求するのは、あまりに身勝手である。
右(1)の主張は採用できない。
(三)また、A編集長は、8月30日の夜、充分な時間をかけて原告に自ら原画を修正するよう説得したけれども、原告はこれに応じなかったものである。コミック雑誌で、漫画家が予定した原稿を出さなかったり、掲載できないような原稿が出された場合に、代用原稿や、同一作家の他の作品を掲載した実例がある。
しかしながら、前記1認定のとおり、原告が、ネーム打ち合わせの際も下絵のコピー引渡直後のやりとりにおいても、皇族の似顔絵にしないことや皇室を連想させる用語を使わないことを合意していた状況のもとで、A編集長が予め掲載可能な代用原稿を準備しておき本件作品を代用原稿に差し替えなかったことを重大な手落ちとみることはできない。
前記(2)の主張は失当である。
(四)本件の場合、本件原画を直接修正したもので、厳密な意味での本件原画の復元は困難なものと推認され、原告の著作者人格権の侵害の程度は大きいと見られるところ、本件原画を撮影した印画紙や本件原画のコピーを改変したものを製版印刷すること自体は可能であるから、原画に改変を加えることなく修正することも技術的には可能であった。
しかしながら、一般論としては印画紙やコピーを修正したものによる製版印刷が不可能ではないとしても、本件の場合、前記1認定のとおり作業に更に長い時間を要し、日程上採用することは困難であったもので、A編集長がそのような方法によらなかったことをとがめるのは相当でない。
前記(3)の主張も採用できない。
四 結論
よって、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。