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著作権判例セレクション
【著作権制度全般】著作権に基づく差止請求権不存在確認の訴えの利益の有無が争点となった事例/著作権の存続期間満了が満了した絵柄への「C」表示が問題(不正競争性)となった事例
▶平成19年10月2日大阪高等裁判所[平成19(ネ)713等]
(注) 本件は,ベアトリクス・ポター(Beatrix Potter)が創作した絵本である「THE TALE OF PETER
RABBIT」(邦題「ピーターラビットのおはなし」。以下「本件絵本」という。)中の絵柄の原画(原著作物)についての著作権の日本における管理業務(商品化許諾業務)を行っている1審被告に対し,同絵柄の一部を使用したバスタオル及びフェイスタオル(以下「原告製品」といい,これに使用されている絵柄を「本件絵柄」という。)の販売を企画したと主張する1審原告が,①日本における本件絵柄の原画の著作権が存続期間満了により消滅したことを理由に,1審被告が1審原告に対し同著作権に基づく差止請求権を有しないことの確認を求めるとともに,②同著作権が消滅した後も1審被告が被告ライセンス商品についていわゆるC表示など本件絵本中の絵柄の原画について未だ著作権が存続しているかのような表示記載1ないし5の表示(以下「被告表示」又は「本件表示」と総称し,個別に指称するときは「被告表示1」などという。)をライセンシーをして使用させ,需要者ないし取引者をして同絵柄の原画の著作権が日本において未だ存続しているかのように誤認させる表示をしているところ,同表示は,被告ライセンス商品の品質又は内容及び被告商品化許諾業務に係る役務の質又は内容を誤認させる不正競争行為(不正競争防止法2条1項13号)に該当すると主張して,同法3条1項に基づき,同表示を自ら使用すること並びにライセンシーをして使用させること及び同表示を使用し,又は使用させた商品の販売等や役務の提供等の差止めと,③同法4条又は民法709条の不法行為に基づく損害賠償等の支払をそれぞれ求めた事案である。
原審は,上記①の請求を認容し,その余の請求をいずれも棄却したため,1審原告が本件控訴を,1審被告が本件附帯控訴をそれぞれ提起した。
1 争点(1)(著作権に基づく差止請求権不存在確認の訴えの利益の有無)について
当裁判所も1審原告の請求は理由があるものと判断する。その理由は原判決記載のとおりであるからこれを引用する。
この点,1審被告は,以下のとおり主張するが,いずれも採用できない。
(1)
1審被告は,1審被告が原告製品にある本件絵柄の原画(原著作物)につき著作権を有したことはないし,有していると主張したこともなく,独占的通常実施権者は差止請求権を有さず,代理行使も許されないなど,1審被告が著作権に基づく差止請求権を行使するおそれはないと主張する。
しかし,引用にかかる原判決の認定・説示のとおり,消極的確認訴訟の場合,被告が権利の存在を何らかの形で主張していれば,特段の事情のない限り,原告としてはその権利行使を受けないという法律的地位に不安・危険が現存することになるというべきであり,これを除去するために判決をもってその不存在の確認を求める利益を有するものということができるところ,1審被告が表示させている本件C表示は,本件絵柄とそうでない二次的著作物を何ら区別することなく,包括的に著作権を表示するものとなっているなど,実際上の機能として本件絵柄の原画について未だ著作権が存続しているとの印象を与えるおそれのあるものであり,1審被告はこれを前提にその侵害に対しては断固たる法的措置を執ることを言明しているものであって,少なくとも外観上,1審被告が自己又はライセンシーの名の下に,自らの判断で又はFW社の指示によって原告製品にある本件絵柄につき著作権に基づく差止請求権を行使するおそれがないとはいえない。
(2)
1審被告は,1審原告は未だ商品企画の段階にとどまるなど,1審原告が1審被告の著作権を侵害し又は侵害するおそれがあるといえず,また,1審原告は直営店で原告製品を販売しておらず,かかる企画は本件訴訟を提起することを目的とした仮装であるなどと主張する。
しかし,引用にかかる原判決の認定・説示のとおり,本件絵柄を使用した原告製品を取り扱うことを予定する百貨店等の取引者が,原画の著作権存続期間が満了した本件絵柄とそうでない二次的著作物の区別に疎いこともあり,1審被告からの著作権に基づく権利行使を受けることを慮り,これを一因として原告製品の取扱を躊躇しているものであり,1審原告には,1審被告から著作権に基づく権利行使を受けることなく原告製品を販売し得るという法律的地位に不安・危険が生じているということができ,このような不安・危険を除去するためには,1審原告が原告製品にある本件絵柄につき著作権に基づく差止請求権を有しないことを確認する旨の判決を得るのが有効適切であるということができるし,加えて,1審原告は平成19年1月以降原告製品の一部の製造に着手しているものであり,その企画が仮装であるといえない。
(3)
1審被告は,1審原告が原告製品を製造販売した場合,FW社が有する登録商標や不競法に基づく差止請求を選択することが客観的かつ容易に予測でき,存続期間が満了した著作権を持ち出すことなど考えられないから,著作権に基づく差止請求権行使の蓋然性はないと主張する。
しかし,引用にかかる原判決の認定・説示のとおり,本件C表示の存在やウェブサイト等での1審被告の広告により取引者が1審被告から著作権に基づく権利行使を受けることを懸念することは十分あり得ることであり,1審被告の商標権や不競法に基づく権利行使を受けることがあり得ることは,著作権に基づく差止請求権を有しないことの確認を求める利益が存在することを否定するものではない。
2 争点(2)(被告表示を表示する1審被告の行為は不競法2条1項13号の不正競争行為に当たるか,また1審被告の上記行為は民法709条の不法行為を構成するか)について
当裁判所も1審原告の請求は理由がないものと判断する。その理由は原判決記載のとおりであるからこれを引用する。(中略)
この点,1審原告は,以下のとおり主張するが,いずれも採用できない。
(1)
1審原告は,被告表示1・2は,著作権の存在を示すものとして広く一般に認識されているCそのもの又はそれと酷似する表示を含むところ,取引の実情を踏まえるとCのみでも十分な警告的作用を有するし,1審被告はかかる作用を期待して被告表示1,2を使用するものであり,被告表示1については,万国著作権条約上はCのみでは著作権は保護されないが,通常の需要者はこれを知らず専門家に確認もしないから,百貨店のようにトラブルを極力回避する取引先との実際の取引は阻害されるなどと主張し,(証拠)がこれに沿うかのごときである。
しかし,引用にかかる原判決の認定・説示のとおり,Cの記号は,自国の法令に基づき一定の方式の履践を著作権の保護の条件とする万国著作権条約の締約国において,著作権の保護を受けるための方式として要求されるものを満たしたと認めるための要件として,著作者その他の著作権者の許諾を得て発行された当該著作物のすべての複製物がその最初の発行の時から著作権者の名及び最初の発行の年とともに,これを表示することを要求されたものであって(同条約3条1項),C表示(Cの記号,著作者名,最初の発行年の記載)には,当該著作物につき当該著作者を著作権者とする著作権が存続している旨を積極的に表明するとの側面も有するものであり,その著作物を無断で使用する場合には著作権侵害になることを需要者又は取引者に対し警告するという機能を有することは否定できないが,他方,単なるCの記号のみには法的にかかる機能はないものであり,上記証拠をもっても取引の実際上もかかる機能があるとまで認めるに足りず,他にこれを認めるに足りる的確な証拠はなく,被告表示1が本件絵本の原画について日本においては著作権存続期間が満了しているのに未だこれが存続しているかのように誤認させるような表示とまではいえない。
また,1審原告は,被告表示2については,上記に加えて,FW社の著作権表示と共になされているから,著作権の存在を誤認させる可能性を更に高めるものであり,需要者においてコピーライツグループの企業名は周知・著名でなく,複製権と同じ名称の会社の表記としての頭文字「C」を「○」で囲んで複製物の近くに表記すると需要者は原画の著作権の存在を誤認するとも主張する。
しかし,引用にかかる原判決の認定・説示のとおり,Cの記号のみではかかる表示といえないものであり,需要者の通常の判断能力を前提として観察すれば,被告表示2はコピーライツグループのロゴとして使用されていると認識されるといえ,これをもってFW社ないし1審被告もその構成員となっているコピーライツグループが本件絵本の原画(原著作物)の著作権を有していることを表示しているものとは外観上も解することができないから,被告表示2が本件絵本の原画について日本においては著作権存続期間が満了しているのに未だこれが存続しているかのように誤認させるような表示とまではいえない。
(2)
1審原告は,「商品の内容」に関する誤認惹起表示の意義を,「商品に誤認を招くような表示をすることによりその表示を信じた需要者の需要を不当に喚起するような表示」と解するにしても,消費者等においては正規の許諾を受けた適法な商品かどうかも購入の選択基準となりえ,また,絵柄等を利用した商品化許諾事業においては著作権表示を行うことによりそれが著作権として保護される著作物であることを示すと共に,その絵柄を許諾なく使用することが違法であるとの印象を与えるから,消費者等が著作権表示がなされている絵柄の商品について購入を検討する場合,未だ著作権が存続すると誤解し,かかる表示のない商品は違法な模倣品と誤解して購入を控えることがありうるから,著作権の表示は需要を不当に喚起するものといえると主張する。
しかし,1審原告は,1審被告に対して,ベアトリクス・ポターが創作した著作物に被告表示を使用してはならないこと,及び1審被告のライセンシーに対してベアトリクス・ポターが創作した著作物に被告表示を使用させ,又はこれを表示させた商品の販売,広告をさせてはならないことを請求するところ,請求にかかる「ベアトリクス・ポターが創作した著作物(の複製物)」に「これ(被告表示)を表示させた商品」は極めて多岐にわたることが窺われるところ,1審原告は,被告表示が使用されるなどしている商品を具体的に特定して主張,立証していない。
そして,「商品」の「品質」・「内容」を「誤認させる」表示をしたか否かは,当該具体的商品の具体的内容を前提に具体的に品質,内容を検討した上で決せられる事柄であり,そのような具体的検討もなく,被告表示が一般的,抽象的に「商品」の「品質」・「内容」を誤認させるとすることはできない。
しかるところ,1審原告は,一般的,抽象的に主張,立証するのみであり,引用にかかる原判決の認定・説示のように,例示的に,例えばタオルという商品であれば,消費者等の需要者は,タオルの素材となる繊維の種類,配合割合,肌触り,仕上がり具合等を当該商品の典型的選択基準とすると考えられるところ,タオルの種類,性格等によっては当該タオルの絵柄そのものが選択基準となる場合もあり,当該タオルの種類,性格の如何により,当該絵柄が著作権の保護を受ける著作物であるか否かが選択基準となることも生じ,要は具体的個々の商品につき個々に結論が異なる可能性があるということとなる。
そうすると,個々の商品につきその成否を判別するに足りる証拠が十分でないというほかなく,個々に具体的商品を特定して主張,立証していない以上,1審原告の主張はこれを認めるに十分でないというべきである。
(3)
1審原告は,1審被告が二次的著作物と主張するのは,原著作物と同一の範囲内のものが多く,仮に二次的著作物としての著作権が成立するとしても極めて限られた範囲であり,それを殊更強調し,あたかも原画自体に著作権が残存しているかのような表示を行うことは,二次的著作物が成立しているという一部の情報のみを強調した全体の質・内容についての誤認惹起表示にあたるなどと主張する。
しかし,引用にかかる原判決の認定・説示に加えて,万国著作権条約上,二次的著作物について,原著作物と新たに付与された創作部分を区別して著作権表示をすることを求める条項は設けられておらず,同条約上,二次的著作物を含む著作物全体についての著作権表示が問題とされるものとは直ちに解されないこと,個々の具体的な著作物について二次的著作権が成立する範囲は,日本法下においても他国の著作権法下においても必ずしも一義的に明確なものではないこと等からすると,被告ライセンス商品等に本件C表示を付することが虚偽の表示にあたると直ちには認められない。
のみならず,1審原告は,被告表示につき,個々の具体的表示例を特定して主張,立証しておらず,本件絵本の原画の絵柄に併せて他の絵柄が使用されている例の有無,併用された絵柄の内容如何により,結論が個々異なることとなるのに,抽象的,概括的に主張,立証しているにすぎず,これを認めるに十分でないというほかない。
(4)
1審原告は,万国著作権条約に加盟し,方式主義を採用する国はカンボジアとラオスだけであるところ,カンボジアでは保護期間を50年とする著作権法が制定されて本件絵本の原画の保護期間は満了しており,ラオスでは未だ著作権法が整備されていないが,わずか1国で原画の著作権が保護される可能性があるにしても,1審被告が日本で製造販売された製品をどの程度ラオスに輸出しているか明らかでないと主張し,(証拠)によればカンボジアにつき上記のとおり認められる。
しかし,引用にかかる原判決の認定・説示のとおり,ラオスにおいて本件絵本を含むベアトリクス・ポターの著作物の著作権に基づく権利行使が必要となる事態が現実に生じるかどうかはともかく,万国著作権条約が,方式主義を採用する締約国で著作権の保護を受けるためには全ての複製物について著作権表示を要すると規定している以上,著作権の保護期間が満了した国のみにおける著作権表示の禁圧は,同条約の趣旨に合致しないといわざるを得ず,この観点からしても,著作権表示又はその一部を含む被告表示3ないし5を表示する行為をもって,商品の品質・内容を誤認させる不正競争行為に該当すると解することはできない。
(5)
1審原告は,1審原告は本件絵本について商品化許諾業務を行う者ではないが,本件絵柄を使用した原告製品の販売を計画しているところ,他者が本件絵本の原画について著作権管理業務を行っているとの表示を付した製品が市場で競合することに密接な利害関係を有しており,現実に被告表示により原告製品の販売に支障を来しているから,被告表示につき利害関係を有しており,同表示により営業上の利益を侵害されるおそれがあるなどと主張する。
しかしながら,1審原告は,子供用被服,文房具,日用品雑貨品等の商品の製造販売を業とするところ,上記商品と競合する商品の製造販売については格別,それ以外の商品の製造販売,役務の提供については,被告表示の有無は1審原告の営業に影響を及ぼさないというべきところ,1審原告は,具体的に商品,役務を特定して主張,立証せずに,営業上の利益が侵害されるか否かを概括的に主張,立証しているのみであるから,これを認めるに十分でないというほかない。
また,1審原告は,1審被告と競争関係に立つ商品化許諾業務を営む事業者ではなく,商品化許諾業務という役務の質・内容を誤認させる表示により,本件における需要者である被告商品化許諾業務における日本のライセンシーを奪われるという関係に立たないことが明らかであり,一方,被告ライセンス商品に被告表示3ないし5を付することが,その商品の品質・内容を誤認させる表示に当たらないことは前記(2)のとおりであり,さらに,1審被告がライセンスした対象業務が役務の提供を業とするものであれば,上記のとおり,そもそも1審原告の営業と競合しないのであるから,いずれにしても,1審被告が被告ライセンス商品や広告等に被告表示3ないし5を付する行為により,1審原告の営業上の利益を侵害するおそれがあるとは認められない。
(6)
1審原告は,被告表示を本件絵本の原画に付した場合や二次的著作権がわずかに認められるにすぎない二次的著作物に付した場合はいずれも虚偽の表示となるところ,著作者でない者の実名等を著作者として表示した著作物の複製物の頒布は処罰対象となるなど(著作権法121条),被告表示の使用は違法性が高く,かかる虚偽の表示を本件絵本の原画の複製物に付した場合は,需要者に1審被告に無断でその絵柄を使用してはならないとの印象を与えるから,不法行為としての違法性が認められると主張する。
しかし,引用にかかる原判決の認定・説示のとおり,1審被告が被告表示を使用することが1審原告に対する不法行為責任を生じさせるほどの違法性を有するものではないというべきである。また,1審被告が被告表示を付する行為が直ちに著作権法121条に該当するか明らかでないし,仮に一部該当する場合があるとしても,以上の検討に照らせば,かかる行為をもって1審原告に対する不法行為を構成するとまでは直ちにいえない。
3 以上のとおり,1審被告との間で1審被告が1審原告に対し本件絵柄の原画の著作権に基づく差止請求権を有しないことの確認を求める1審原告の請求は理由があるが,その余の請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。