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著作権判例セレクション
【同一性保持権】複合商業施設内の「庭園」を(建築)著作物と認めた事例/法20条2項2号を類推適用した事例
▶平成25年09月06日大阪地方裁判所[平成25(ヨ)20003]
(注) 本件は,債権者が,大阪市北区に所在する複合施設である「新梅田シティ」内の庭園を設計した著作者であると主張して,著作者人格権(同一性保持権)に基づき,同庭園内に「希望の壁」と称する工作物を設置しようとする債務者に対し,その設置工事の続行の禁止を求める仮の地位を定める仮処分を申し立てた事案である。
2 争点についての判断
(1)
争点(1)(本件庭園が著作物(著作権法2条1項1号)に当たるか。)及び,争点(2)(債権者が本件庭園の著作者か。)について
ア 著作物性について
(ア) 前記1で述べたところによれば,本件庭園は,新梅田シティ全体を一つの都市ととらえ,野生の自然の積極的な再現,あるいは水の循環といった施設全体の環境面の構想(コンセプト)を設定した上で,上記構想を,旧花野,中自然の森,南端の渦巻き噴水,東側道路沿いのカナル,花渦といった具体的施設の配置とそのデザインにより現実化したものであって,設計者の思想,感情が表現されたものといえるから,その著作物性を認めるのが相当である。
(イ) 債務者は,本件庭園の構成や水の循環の表現形態がありふれたものであるとして,疎明資料を提出する。
しかしながら,仮に池,噴水といった個々の構成要素はありふれたものであったとしても,前記構想に基づき,超高層ビルと一体となる形で複合商業施設の一角に自然を再現した本件庭園は,全体としては創造性に富んでいるというべきであり,これをありふれていると評価することは到底できず,債務者の主張は採用できない。
イ 著作者について
(ア) 債務者または開発協議会の契約の相手方や基本設計図等の名義がいずれも環境事業計画研究所であることは既に述べたとおりであるが,前記構想の前提となる思想,感情の主体は債権者であり,本件庭園の著作者は債権者というべきである。
(イ) 債務者は,職務著作の規定(著作権法15条1項)が適用される旨を主張するが,前記1(1)で述べたとおり,環境事業計画研究所は,債権者がその計画を実現するために設立した小規模な法人であること,本件庭園の設計者として,環境事業計画研究所のみが表示された例はないこと,債務者も,債権者個人を新梅田シティの環境ディレクターとして表示していること等を総合すると,環境事業計画研究所が本件庭園の著作者になるとは考えられず,債務者の主張は採用できない。
ウ 著作物の範囲
(ア) 債権者は,本件土地から建物の存在部分を除いた本件敷地全体が,債権者の著作物である旨を主張する。
債権者が新梅田シティ全体についての環境計画の作成を委託されたことは前述のとおりであるが,必ずしも庭園の一部とはいえない通路や広場までを債権者の著作物とすることは広汎に過ぎるというべきであり,著作物として認めることができるのは,債権者の思想または感情の表現として設置された植栽,樹木,池等からなる庭園部分に加え,水路等の庭園関連施設から構成される本件庭園と,これと密接に関連するものとして配置された施設の範囲に限られるというべきであるが,その範囲では,本件庭園を一体のものとして評価するのが相当である。
(イ) 債務者は,本件庭園を一体として評価すべきではなく,通路等で区分される区画ごとに創作性の有無を検討すべきであると主張し,これを前提に,本件工作物が設置される区画には,水路等のありふれた要素しかなく,何らの創作性も認められないから,同一性保持権の行使は認められない旨を主張するが,上記説示したところに照らし,採用できない。
エ 平成18年改修の影響
債務者は,平成18年改修を理由に,債権者は著作者でないと主張する。
その主張の趣旨は明らかではないが,仮に当初の設計により債権者が著作権を取得したとしても,旧花野を新里山に変更するという大幅な平成18年改修があった以上,債権者は本件庭園全体について著作権を失ったとする趣旨か,あるいは,本件庭園の創作性を通路等で区分される区画ごとに評価すべきであるとの前記主張を前提に,本件工作物が設置される区画には著作権は成立せず,本件工作物の西側に存在する新里山についても,債権者はもはや著作者ではない以上,同一性保持権の行使は認められないとする趣旨のいずれかと解される。
しかしながら,平成18年改修の内容が,通路,水路といった地形の基本はそのままに,池を棚田に,草花を樹木や野菜畑に変更するといったものであることは前記1(4)で述べたとおりであるから,これによって,債権者が本件庭園の著作者でなくなると解することはできないし,本件庭園の著作物性を区画ごとに分断して論じるべきでないことも,既に述べたとおりであるから,いずれにせよ債務者の主張は採用できない。
(2)
争点(3)(本件工作物を設置することが,著作者の意に反する改変(著作権法20条1項)に当たるか。)について
ア 改変について
本件工作物の設置態様は,前提となる事実記載のとおりであり[注:「希望の壁」と称する巨大緑化モニュメント(高さ9.35メートル,長さ78メートル,幅2メートル(プランターや植栽を含めると幅約3メートル)のコンクリート基礎を有する鋼製構造物)のこと],カナル西側の通路上に,カナルにほぼ接する形で,かつ花渦を跨ぐように設置される。
上記設置場所である通路は,カナルから花渦に至る水の循環を鑑賞し,あるいは散策,休息等をする人が訪れる範囲であるから,庭園及び庭園関連施設と密接に関連するものということができ,著作物としての本件庭園の範囲内にあるというべきである。
本件工作物の設置態様は,カナル及び花渦に直接物理的な変更を加えるものではないが,本件工作物が設置されることにより,カナルと新里山とが空間的に遮断される形になり,開放されていた花渦の上方が塞がれることになるのであるから,中自然の森からカナルを通った水が花渦で吸い込まれ,そこから旧花野(新里山)へ循環するという本件庭園の基本構想は,本件工作物の設置場所付近では感得しにくい状態となる。また,本件工作物は,高さ9メートル以上,長さ78メートルの巨大な構造物であり,これを設置することによって,カナル,花渦付近を利用する者のみならず,新里山付近を利用する者にとっても,本件庭園の景観,印象,美的感覚等に相当の変化が生じるものと思われる。
そうすると,本件工作物の設置は,本件庭園に対する改変に該当するものというべきである。これが改変に当たらない,あるいは軽微であって同一性保持権の侵害となる改変には当たらないとする債務者の主張は,上記説示に照らし,採用できない。
イ 債権者の意思
債務者は,本件庭園の著作物としての性質や,平成18年改修に対する債権者の抗議の内容に照らし,本件庭園の改変につき債権者の黙示の同意があるかのような主張をする。
しかしながら,債務者または開発協議会と環境事業計画研究所との前記各契約において,著作権については何らの取り決めもされておらず(したがって,この種契約における権利処理の慣行等につき何ら主張疎明のない本件の事情のもとでは,法令に基づく権利処理が前提とされていたとみるほかない。),また,平成18年改修に対する債権者の態度は,全体としては抗議であって,これに将来の改変に対する黙示の承諾が含まれていると解することはできない。
ウ まとめ
以上によれば,本件工作物の設置は,著作者である債権者の意思に反した本件庭園の改変に当たるというべきである。
(3)
争点(4)(本件工作物を設置することが,建築物の改変(著作権法20条2項2号)の規定若しくはその類推適用により,又はやむを得ないと認められる改変(同4号)に当たり,許容されるか。)について
ア 著作権法20条2項2号の類推適用
既に述べたとおり,本件庭園は,自然の再現,あるいは水の循環といったコンセプトを取り入れることで,美的要素を有していると認められる。
しかしながら,本件庭園は,来客がその中に立ち入って散策や休憩に利用することが予定されており,その設置の本来の目的は,都心にそのような一角を設けることで,複合商業施設である新梅田シティの美観,魅力度あるいは好感度を高め,最終的には集客につなげる点にあると解されるから,美術としての鑑賞のみを目的とするものではなく,むしろ,実際に利用するものとしての側面が強いということができる。
また,本件庭園は,債務者ほかが所有する本件土地上に存在するものであるが,本件庭園が著作物であることを理由に,その所有者が,将来にわたって,本件土地を本件庭園以外の用途に使用することができないとすれば,土地所有権は重大な制約を受けることになるし,本件庭園は,複合商業施設である新梅田シティの一部をなすものとして,梅田スカイビル等の建物と一体的に運用されているが,老朽化,市場の動向,経済情勢等の変化に応じ,その改修等を行うことは当然予定されているというべきであり,この場合に本件庭園を改変することができないとすれば,本件土地所有権の行使,あるいは新梅田シティの事業の遂行に対する重大な制約となる。
以上のとおり,本件庭園を著作物と認める場合には,本件土地所有者の権利行使の自由との調整が必要となるが,土地の定着物であるという面,また著作物性が認められる場合があると同時に実用目的での利用が予定される面があるという点で,問題の所在は,建築物における著作者の権利と建築物所有者の利用権を調整する場合に類似するということができるから,その点を定める著作権法20条2項2号の規定を,本件の場合に類推適用することは,合理的と解される。
イ 模様替え
本件工作物の設置は,本件庭園の既存施設であるカナルや花渦を物理的に改変せずに行うものであることから,著作権法20条2項2号が定める中では,「模様替え」に相当すると解される。債権者は,建築基準法の解釈として,本件工作物の設置は「模様替え」に当たらない旨を主張するが,本件庭園は建築物そのものではなく,著作権法の定めを建築基準法と同一に考える必要もないから,債権者の主張は採用できない。
ウ 著作権法20条2項2号のあてはめ
本件への適用を考えるに,著作権法20条は,1項において,著作者が,その著作物について,意に反して変更,切除その他の改変を受けず,同一性を保持することができる旨を定めた上で,2項2号において,建築物の増築,改築,修繕又は模様替えによる改変については,前項の規定を適用しない旨を定めている。
著作権法は,建築物について同一性保持権が成立する場合であっても,その所有者の経済的利用権との調整の見地から,建築物の増築,改築,修繕又は模様替えによる改変について,特段の条件を付することなく,同一性保持権の侵害とはならない旨を定めているのであり,これが本件庭園の著作者と本件土地所有者の関係に類推されると解する以上,本件工作物の設置によって,本件庭園を改変する行為は,債権者の同一性保持権を侵害するものではないといわざるをえない。
エ 債権者の主張について
(ア) 債権者は,著作権法20条2項2号が適用されるためには,①経済的,実用的な観点から必要な範囲の増改築であること,②個人的な嗜好に基づく恣意的な改変ではないことが必要であり,本件工作物の設置は,そのいずれの要件も欠くから,同号は適用されない旨を主張する。
しかしながら,同号の文言上,そのような要件を課していないことに加え,著作物性のある建築物の所有者が,同一性保持権の侵害とならないよう増改築等ができるのは,経済的,実用的な観点から必要な範囲の増改築であり,かつ,個人的な嗜好に基づく恣意的な改変ではない場合に限られるとすることは,建築物所有者の権利に不合理な制約を加えるものであり,相当ではない。
以上によれば,同号の文言に特段の制約がない以上,建築物の所有者は,建築物の増築,改築,修繕又は模様替えをすることができると解されるのであり,その理は,債権者と債務者の関係にも類推されるというべきである。
債務者の主張はこの理をいうものとして理由があり,これに反する債権者の主張は採用できない。
(イ) もっとも,建築物の所有者は建築物の増改築等をすることができるとしても,一切の改変が無留保に許容されていると解するのは相当でなく,その改変が著作者との関係で信義に反すると認められる特段の事情がある場合はこの限りではないと解する余地がある。債権者が,本件工作物の設置はP2個人のプロジェクトのモニュメントであり,実用性,経済性,必要性を欠くと主張する点も,その趣旨を述べたものとして理解することもできるが,前記1で述べたところに照らすと,なお採用できないというべきである。
すなわち,本件庭園は,複合商業施設である新梅田シティと一体をなすものであり,市場動向や流行に従って,その設備を適宜に更新していく必要があることは,債権者も理解していたはずであること,債権者は,本件庭園の設計当初から,旧花野について,将来新たな建築がされることを予見していたこと,平成18年改修の際も,一定の改変は受忍するともとれる趣旨を述べていること,債務者は,本件工作物を設置する場所の検討に当たって,一応,債権者の意見を聴取し,一定程度反映させていること,以上の点を指摘することができるのであって,これらを総合すると,本件工作物の設置について,本件庭園の著作者である債権者との関係で,信義に反すると認められる特段の事情があるとまではいえない。
オ まとめ
以上によれば,本件工作物の設置は,著作者である債権者の意に反した本件庭園の改変にはあたるものの,著作権法20条2項2号が類推適用される結果,同一性保持権の侵害は成立しないことになる。
3 結論
以上によると,被保全権利について,債務者の抗弁の疎明があったことになるから,その余の争点について判断するまでもなく,債権者の本件申立てを却下することとする。