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著作権判例セレクション
【コンテンツ契約紛争事例】コンピューターソフトの開発企画業務契約(契約書中の「成果物」の意義等が争点となった事例)
▶令和5年5月31日東京地方裁判所[令和3(ワ)13311]▶令和5年11月28日知的財産高等裁判所[令和5(ネ)10073]
(注) 本件は、原告が、①被告Tが、原告が著作権を有する著作物である本件各動画を使用して、Xとの名称のゲームソフト(「本件ソフト」)並びにその派生作品であるY及びZ(以下、順次、「本件派生ソフト1」、「本件派生ソフト2」といい、これらを併せて「本件各派生ソフト」という。)を開発又は製作し、これらのソフトに係る権利を被告Bに譲渡して、被告Bが本件ソフト及び本件各派生ソフトを販売したことにより、被告らが、共同して原告の本件各動画に係る頒布権を侵害し、また、それにより利益を得て、②被告Tが、原告が作成した、戦闘の仕様、ゲームの仕組み等に関する仕様書、指示書等(「本件成果物」)を原告に無断で利用して、本件ソフト及び本件各派生ソフトを製作し、これらを被告Bに譲渡することにより、利益を得て、③被告Tが、本件ソフトのエンディングクレジットに原告の氏名を表示せず、本件各動画に係る著作者人格権(氏名表示権)を侵害したと主張し、被告らに対し、損害賠償等の支払いを求めた事案である。
(前提事実)
原告の退社及び被告Tとの業務委託契約
原告は、平成21年5月31日、被告Tを退職し、同年6月1日、被告Tとの間で、以下の条項(ただし、下記の「甲」は被告Tを、 「乙」は原告を示すものである。)を含む業務委託契約(「本件業務委託契約」)を締結した。
ア 第1条(目的)
「(1)甲は、1.コンピューターソフトの開発業務 2.コンピューターソフトの企画業務(以下「本件業務」という。)を乙に委託する。…」
イ 第2条(製作)
「乙は、甲からそのつど個別に発行される発注書の仕様、日程等に従って本件業務を行わなければならない。ただし、甲は、都合により発注書に定める仕様変更の申し入れをすることができる。」
ウ 第3条(機材その他の貸与)
「(1)本件業務の遂行のために必要な設備、機器、機材は、乙が自らこれを準備するものとし、乙が甲の事業場内に自己の使用機材等を搬入する場合には甲の許可を得るものとする。…」
エ 第4条(作業場所等)
「(1)乙は本件業務を甲の事業所内で行うものとする。甲の事業所外で本件業務を行う必要のある場合には、本件業務の作業所は甲・乙協議のうえ決定する。」
オ 第5条(納入)
「(1)乙は、甲からそのつど個別に発行される発注書の定める納期に本件業務の成果物を甲の指定する場所に納入する。」
カ 第7条(著作権及び著作者人格権)
「(1)成果物(成果物がコンピューターソフトのプログラムである場合にはソースコード及びオブジェクトコードを含む)並びにその関連資料とテスト結果報告書の著作権(著作権法第27条及び第28条に規定する権利を含む)その他一切の知的財産権及び成果物の所有権は、第5条に規定する成果物の引渡完了をもって乙から甲へ移転する。
(2)甲は、譲り受けた著作権その他の権利に基づき成果物の複製、販売、ライセンス、他機種への移植その他成果物に関する一切の利用を独占的になし得る。
(3)乙は、成果物の著作者人格権を甲及び甲の指定する第三者に対する関係で放棄し、甲による本件プログラムの著作権の行使及び甲の著作権に基づく第三者による権利の行使に対し、著作者人格権を含む一切の権利を主張しない。」
キ 第8条(対価)
「(1)甲は乙に対し、発注書に定める作業委託料を支払う。
(2)前項の委託料は、毎月末日までに納入された成果物を甲の規準で集計、評価し、翌月末日までに下記の乙が指定する銀行口座に振込送金して支払うものとする。…」
事案に鑑み、まず、争点3から判断する。
1 争点3(本件業務委託契約の効力により本件各動画に係る著作権が被告Tに帰属したといえるか)について
(1)
前提事実のとおり、原告と被告Tは、平成21年6月1日、本件業務委託契約を締結し、同契約第7条において、同契約に基づき原告が製作した成果物及びその関連資料等の著作権等は、同契約第5条に規定する成果物の引渡し完了をもって原告から被告Tに移転する旨合意した。
上記第5条の「納入」の対象物は「成果物(…)並びにその関連資料」と規定され、本件業務委託契約において、その対象物の意義を限定的に解釈すべきことをうかがわせる規定もないことから、受託した業務の完成、未完成に関わらず、原告が同契約に基づいて発注を受けて製作したもの全てを意味すると解するのが合理的である。そうすると、製作途中のデータや資料についても同契約第7条の「成果物(…)並びにその関連資料」に含まれると解するのが相当である。
また、本件業務委託契約第5条においては、「成果物を甲の指定する場所に納入する。」とのみ規定され、具体的な納入場所は規定されていないところ、弁論の全趣旨によれば、被告Tにおいては、成果物の納入場所はデータ共有サーバと指定されていたものの、未完成の成果物を被告Tが貸与したパソコンに収納したままの状態でパソコンの返却を受けることも許容されていたと認められるから、成果物に係るデータをデータ共有サーバにアップロード又はパソコン内に格納して同パソコンを被告Tに引き渡すことも、同契約第7条の「第5条に規定する成果物の引渡」に含まれると解するのが相当である。
そして、原告の主張によれば、原告は、本件業務委託契約を解消する際、本件各動画又はその一部のデータを含む、自身が作業をして製作したデータ等を、自身が使用していたパソコン内に格納して、同パソコンを被告Tに引き渡し、又は開発スタッフの作業用のデータ共有サーバに保管したというのであるから、本件各動画については、原告から被告Tに対する、「第5条に規定する成果物の引渡」がされたと解するのが相当である。
以上によれば、本件各動画の著作権は、本件業務委託契約の効力により、被告Tに帰属したと認められる。
(2)
原告の主張について
ア 本件業務委託契約の効力は本件追加業務の成果物である本件各動画の著作権には及ばないとの主張について
原告は、原告と被告Tの間においては、本来の業務に関する本件業務委託契約とは別途、被告Tが原告に本件追加業務の発注を行い、これに対して原告に追加の報酬を支払う旨の業務委託契約を締結することが合意されていたから、本件業務委託契約の効力は本件各動画に係る著作権には及ばないと主張する。
しかし、本件において、原告と被告Tとの間に、原告の主張するような、本件業務委託契約に基づく本来の業務とは別の本件追加業務に対して追加の報酬を支払う旨の合意がされたことを認めるに足りる証拠はない。
また、仮に、原告が主張するとおり、本件追加業務に対して追加の報酬を支払う旨の合意がされたとしても、直ちに、その成果物に係る権利について本件業務委託契約第7条の効力が排除されることにはならない。
すなわち、本件業務委託契約においては、具体的な委託業務の内容や報酬についての定めはなく、同契約第2条において、「乙は、甲からそのつど個別に発行される発注書の仕様、日程等に従って本件業務を行わなければならない。」と規定され、同契約第8条において、「(1)甲は乙に対し、発注書に定める作業委託料を支払う。」と規定されており、実際に、原告と被告Tの間において、「注文書」と題する書面の交付により具体的な業務の委託がされ、同書面の「注文金額」欄記載の金額が作業委託料として支払われていたことからすると、原告と被告Tとの間の本件追加業務についての合意は、「注文書」に記載の業務を委託し、その「注文金額」をいくらと設定するかについて定めて、本件業務委託契約の内容を具体化するものにすぎない。
加えて、原告の上記主張によっても、原告と被告Tとの間において合意されていたのは、追加の報酬を支払うということのみであり、「本来の業務」とは異なる本件追加業務の成果物に係る著作権及び著作者人格権の帰属について、本件業務委託契約とは異なる合意をしたことはうかがわれない。したがって、原告が主張する本件追加業務に係る合意は、本件追加業務により製作された本件各動画の著作権及び著作者人格権の帰属について、本件業務委託契約第7条の効力を排除する合意であるとはいえない。
以上によれば、原告の上記主張は理由がない。
イ 本件各動画の引渡しがされていないとの主張について
原告は、被告Tから引渡し場所がどこであるかを聞かされたことがないから、本件業務委託契約第7条の規定は適用されない旨主張するが、前記(1)で説示したとおり、原告の主張は採用することができない。
また、原告は、本件業務委託契約を解消する際には本件各動画は未完成だったのであり、それを被告Tに引き渡すことはありえなかった旨主張する。しかし、証拠及び弁論の全趣旨によれば、被告Tは、原告に対し、本件各動画の製作に係る報酬を支払っていたことが認められる。この事実に照らすと、被告Tとしては、原告が本件各動画を完成させることができない場合には、他の従業員や外注先等に未完成の本件各動画を引き継ぎ、残りの部分を完成させることを予定していたといえるし、報酬を受け取っていた原告としても、そのことを認識していたと認めるのが相当である。そうすると、仮に、本件各動画が未完成であったとしても、そのことによって引渡しの事実が否定されるものではないというべきである。したがって、この点に係る原告の主張も採用することができない。
2 争点4(原告は被告Bを製作者とする本件ソフトの製作に参加約束をしたか)及び争点5(被告Tが原告に対し原告の参加約束による著作権の移転を主張することが信義則に違反するか)について
(1)
著作権法29条1項は、映画の著作物の著作権について、著作者が映画製作者に参加約束をすることにより、当該映画製作者に帰属する旨を規定しているところ、同項は、著作者の映画製作者に対する参加約束があれば、法律上当然に著作権が映画製作者に移転する効果が生じることを定めたものであり、意思表示により著作権が移転するとの効果を定めたものではない。そして、著作者が映画製作に参加する場合、必ずしも映画製作者との間で参加に係る契約を締結するとは限らず、著作者が所属する法人と映画製作者との間で契約が締結されたり、映画製作者と第三者との間で契約が締結され、更に当該第三者と著作者との間で契約が締結されたりして、著作者が映画の製作に参加するような場合もあり得ると考えられ、そのような場合に参加約束を認めなければ、同項が設けられた意味がなくなるというべきである。したがって、同条における参加約束は、映画製作者に対して必ずしも直接される必要はなく、映画の製作に参加しているという認識の下、実際に映画の製作に参加して、その製作が行われれば、著作者が映画製作者に対して映画製作への参加意思を表示し、映画製作者もこれを承認したといえ、黙示の参加約束があったと認めることができるというべきである。
本件において、原告は、前提事実のとおり、被告Tが株式会社Bソフトから受注を受けた本件ソフトの製作又は開発業務につき、被告Tから業務委託を受け、本件各動画の製作に携わり、被告Tから業務委託の報酬の支払を受けていたのであるといえ、製作者を被告B(事業譲渡前は株式会社Bソフト)とする本件ソフトの製作に携わるとの認識の下、本件ソフトの製作に参加し、その過程で本件各動画を製作したと認められる。
よって、原告は、被告Bに対し、本件各動画の製作に係る参加約束をしたと認められる。
(2)
これに対し、原告は、被告Tとの間で本件追加業務につき相当額の報酬の支払を内容とする契約が締結されることを条件として参加約束をしていたから、同契約が締結されなかったことにより参加約束も条件不成就により存在しなくなったか、仮にそうでないとしても、原告が本件ソフトの製作に関与しなくなった時点において参加約束は撤回された旨主張する。
しかし、本件において、原告と被告トーセとの間に、原告が主張するような、「本来の業務」とは別途の本件追加業務に対して報酬を支払う旨の合意がされたことや、原告が本件ソフトの製作に参加した時点において、上記の報酬が支払われなければ参加約束を撤回するなどといった別段の定めがされたことを認めるに足りる証拠はない。
よって、原告の上記主張は、その前提を欠くものであって、採用することができない。
(3)
また、原告は、追加の報酬を支払うとの約束があることを前提とし、被告Tが原告の参加約束による著作権の移転を主張することは信義則に違反すると主張するが、前記(2)において説示したとおり、この点に関する原告の主張は、前提を欠くものであって、採用することができない。
争点7(原告と被告Tの間で本件各動画につき著作者人格権の不行使の合意がされたといえるか)について
(1)
前提事実のとおり、原告と被告Tは、平成21年6月1日、本件業務委託契約を締結し、本件業務委託契約第7条(3)において、原告は、成果物の著作者人格権を被告トーセ及び被告トーセの指定する第三者に対する関係で放棄する旨合意した。
したがって、仮に、被告Tが、本件各動画を利用して本件ソフトを製作し、本件ソフトに原告の氏名又は名称を表示せずこれを公表したとしても、原告は、被告Tに対し、原告の本件各動画に係る著作者人格権を行使することはできない。
(2)
これに対し、原告は、本件各動画は原告と被告Tとの間の本件追加業務の合意に基づいて製作されたものであるから、本件各動画に係る著作者人格権の帰属に本件業務委託契約の効力は影響しないと主張する。
しかし、前記1において説示したとおり、原告と被告Tの間に、本件追加業務についての合意がなされたことを認めるに足りる証拠はない。
仮に、原告の主張するとおり、原告と被告Tとの間で本件追加業務について追加の報酬を支払う旨の合意がされたとしても、直ちに、本件各動画に係る著作権の帰属についての本件委託業務契約の効力が排除されることにはならない。
したがって、原告の上記主張は採用することができない。
(3)
以上のとおり、原告と被告トーセの間で本件各動画につき著作者人格権の不行使の合意がされたと認められるから、原告の被告Tに対する著作者人格権侵害に基づく損害賠償請求は理由がない。
4 争点9(被告Tに本件成果物の利用につき不当利得が成立するか)について
原告は、被告トーセに対し、本件成果物を引き渡し、被告Tはこれに基づいて本件ソフトを製作し、利益を受けたと主張する。
しかし、本件において、原告が、被告Tに対し、本件成果物を引き渡したこと、被告Tが、本件成果物を利用して本件ソフトを製作したこと、これにより利益を受けたことについて、これらを認めるに足りる証拠はない。
したがって、原告の被告トーセに対する本件成果物に係る不当利得返還請求は理由がない。
5 結論
以上の次第で、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
[控訴審]
1 当裁判所も、原告の請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は、次のとおりである。
なお、事案に鑑み、争点3及び9、争点5の順に判断する。
2 争点3及び9(本件業務委託契約に基づく本件各動画に係る著作権の移転、著作者人格権の不行使の合意)について
(1)
前提事実のとおり、原告と被告Tーセは、平成21年6月1日、本件業務委託契約を締結したところ、その第7条第1項には、「成果物及びその関連資料等の著作権は、第5条に規定する成果物の引渡完了をもって原告から被告Tに移転する」旨の約定があり、第7条第3項には、「原告は、成果物の著作者人格権を被告T及び被告Tが指定する第三者に対する関係で放棄する」旨の約定があり、第1条第1項には、「被告トーセは、コンピューターソフトの開発業務(以下「本件業務」という。)を原告に委託する」旨の約定があり、第5条第1項には、「原告は、被告Tからその都度個別に発行される発注書に定める納期に本件業務の成果物を被告トーセが指定する場所に納入する」旨の約定がある。
まず、本件業務委託契約第7条第1項及び第3項にいう「成果物」の納入に関し、本件業務委託契約第5条は、当該成果物は同条第1項又は第3項の規定に従って被告Tに納入されるべきものと定めている。このような成果物は、その完成の程度にかかわらず、これに係る著作権又は著作者人格権が生じる可能性がある。第7条の規定は、これらの著作権又は著作者人格権を対象とする趣旨の規定と解されるのであり、同条の文言上も、成果物の程度について限定は付されていないし、被告Tに納入されるべき本件業務の成果物のうちから一定範囲の物を除外すべき合理的理由も見当たらない。したがって、本件業務委託契約第7条の規定によりその著作権を移転し、又は著作者人格権を行使させない対象となる「成果物」には、原告による本件業務の遂行の結果製作され、被告Tに納入されるべき物全てが、その完成の程度いかんにかかわらず含まれると解するのが相当である。
次に、弁論の全趣旨によると、被告Tは、ゲームソフトの開発に関する成果物の納入場所につき、これを被告Tが管理するデータ共有サーバと指定していたが、被告Tにおいては、パソコン(被告Tが業務受託者に貸与したもの)に成果物を格納したままの状態で当該パソコンを返却することをもって、当該成果物の納入とするとの扱いがされていたものと認められるから、本件業務委託契約第7条第1項にいう「第5条に規定する成果物の引渡」とは、被告Tが管理する共有サーバに成果物をアップロードすること又は被告Tから貸与を受けていたパソコンに成果物を格納したままの状態で当該パソコンを被告トーセに返却することのいずれかを指すものと解するのが相当である。
(2)
これを本件についてみると、本件各動画及び本件ソフトが、被告Tから委託を受けたコンピューターソフトの開発業務を原告が遂行した結果製作された物であることは、当事者間に争いがないから、本件各動画及び本件ソフトは、その完成の程度いかんにかかわらず、本件業務委託契約第7条第1項及び第3項にいう「成果物」に該当する。
また、原告は、「原告は、本件業務委託契約の終了の際、原告が作業をして製作したデータ等を原告が使用していたパソコンに格納した上、当該パソコンを被告Tに返却し、また、当該データ等を開発スタッフの作業用のデータ共有サーバに保管した」旨主張する。原告が当該「原告が作業をして製作したデータ等」から特に本件各動画(未完成のものも含む。)を除いて引き渡したとの事情はうかがわれない。そうすると、原告は、本件各動画について、遅くとも本件業務委託契約の終了時(平成22年12月末頃)には、「第5条に規定する成果物の引渡」をしたものと認めるのが相当である。
以上によると、仮に、争点1及び争点2で原告が主張するとおり本件各動画が著作物に該当し、原告がその著作者であったとしても、その著作権は、本件業務委託契約第7条第1項の約定により、遅くとも平成22年12月末頃、原告から被告Tに移転したことになる。また、仮に、争点7で原告が主張するとおり原告が本件ソフトの著作者であるとしても、原告は、同条第3項の約定により、被告Tとの間で、本件ソフトに係る著作者人格権を行使しない旨の合意をしたものと認められる。
(3)
原告の主張について
ア 原告は、本件各動画及び本件ソフトは原告が本件業務委託契約の対象外である本件追加業務を遂行した結果製作されたものであるから、本件業務委託契約第7条第1項及び第3項の適用はないと主張する。
しかしながら、弁論の全趣旨によると、本件各動画は、コンピューターソフトである本件ソフトの開発又は製作の過程で製作されたものと認められるから、少なくとも形式的には、本件業務委託契約第1条第1項に定める「コンピューターソフトの開発業務」の遂行の結果製作された成果物に該当する。他方、原告が主張する合意(本件業務委託契約とは別に本件追加業務に係る業務委託契約を締結する旨の原告と被告Tとの間の合意)があったことや、被告Tが原告に対し、本件業務委託契約の対象外の業務を委託し、原告が当該業務を遂行した結果本件各動画が製作されたことを認めるに足りる証拠はない。そもそも、本件業務委託契約の各約定、特に、「原告は、被告Tからその都度個別に発行される発注書の仕様、日程等に従って本件業務を行わなければならない」旨の約定(第2条)、「原告は、被告Tからその都度個別に発行される発注書に定める納期に本件業務の成果物を被告Tが指定する場所に納入する」旨の約定(第5条第1項)並びに「被告Tは、原告に対し、発注書に定める作業委託料を支払う」旨の約定(第8条第項)及び「前項の委託料は、毎月末日までに納入された成果物を被告Tの規準で集計し、評価し、翌月末日までに原告が指定する銀行預金口座に振込送金する方法により支払うものとする」旨の約定(第8条第2項)に照らすと、本件業務委託契約は、コンピューターソフトの開発業務に係る原告と被告Tとの間の包括的な基本契約としての性質を有しているものと解するのが相当である(なお、前提事実のとおり、原告は、被告Tから委託を受けて本件各動画を製作したところ、被告Tから原告に対する具体的な業務の委託は、「注文書」と題する書面の交付によってされていたものである。)。これらの点に照らすと、本件各動画及び本件ソフトは、原告が本件業務委託契約の対象たる業務を遂行した結果製作されたものと認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
したがって、原告の主張は、前提を欠くものであるから、採用することができない。
イ 原告は、①原告は、被告Tから成果物の引渡場所がどこであるか聞かされていない、②原告は、データを特定の場所に移す行為やデータを特定の者に引渡す行為をしていない、③原告は、本件業務委託契約の終了の際、業務の引継ぎをしなかったし、その際、被告Tから本件各動画の引渡しを求められなかった、④原告は、本件業務委託契約第7条第1項にいう「成果物」の意義が曖昧であったことなどから、被告Tに対して何を納入すればよいのか分からなかった、⑤本件各動画は、本件業務委託契約の終了時には未完成であったところ、原告が未完成の成果物を被告Tに引き渡すことはあり得ず、被告Tも未完成の成果物の引渡しを求めなかったとして、原告は本件各動画を被告Tに引き渡していないと主張する。
しかしながら、前記(2)のとおり、原告は、「原告は、本件業務委託契約の終了の際、原告が作業をして製作したデータ等を原告が使用していたパソコンに格納した上、当該パソコンを被告Tに返却し、また、当該データ等を開発スタッフの作業用のデータ共有サーバに保管した」旨の主張をしているのであるから、②の事情は認められない。また、仮に、①、③及び④の事情並びに⑤のうち本件各動画が本件業務委託契約の終了時に未完成であったとの事情があったとしても、これらの事情は、原告が被告Tに対し本件業務委託契約第5条の規定に従って被告Tに対し本件各動画を含む成果物を納入したとの前記認定を覆すに足りない(なお、未完成の成果物も本件業務委託契約第7条第1項にいう「成果物」に含まれることは、前記(1)において説示したとおりである。)。さらに、⑤のうち未完成の成果物の引渡しがあり得ないとの事情を認めるに足りる証拠はない。
そもそも、原告は、本件訴訟において、被告Tが本件各動画を使用し本件ソフト等を完成させた旨主張しており、他方で、被告Tが本件各動画を窃取するなどしてこれを不正に入手したなどの主張をしていないのであるから、原告が被告Tに対し本件各動画の引渡しをしていない旨の原告の主張は、自己矛盾の主張であるといわざるを得ない。
以上のとおりであるから、原告の主張を採用することはできない。
3 本件各動画に係る著作権の侵害又は不当利得に関する請求及び本件ソフトに係る著作者人格権の侵害に関する請求についての結論
(1)
前記2で判示したところによれば、原告は、遅くとも平成23年1月以降、本件各動画に係る著作権を有していなかったことになる。したがって、平成24年11月29日以降の本件各動画に係る著作権(頒布権)の侵害を理由とする損害賠償請求及び平成23年1月以降の本件各動画に係る被告らの利得等を理由とする不当利得返還請求は、争点1、2及び4について判断するまでもなく、いずれも理由がない。
なお、原告は、仮に原告が本件各動画に係る著作権を有していなかったとしても、被告らは原告が提供した労務を法律上の原因なく利用して利益を受けたとも主張するが、前記のとおり、本件各動画が本件業務委託契約に従って原告から被告Tに納入されたものであると認められる以上、被告らにおいて原告が提供した労務を法律上の原因なく利用したということはできないから、同主張は採用することができない。
(2)
前記2で判示したところによれば、仮に、争点7で原告が主張するとおり原告が本件ソフトの著作者であったとしても、原告は、被告Tに対し、本件ソフトに係る著作者人格権(氏名表示権)を行使することはできない。したがって、本件ソフトに係る著作者人格権の侵害を理由とする損害賠償請求は、争点7、8、10及び11について判断するまでもなく、理由がない。
4 争点5(本件成果物の無断利用に係る不当利得の成否)について
仮に、原告が本件ソフトの開発業務又は製作業務に関与する過程で本件ソフトにおける戦闘の仕様、ゲームの仕組み等に関する仕様書、指示書等の本件成果物を作成し、これらを被告Tに引き渡し、被告Tにおいてこれらを利用したとしても、前記2で判示したところによれば、本件成果物はいずれも本件業務委託契約に基づく業務の一環として原告から被告トーセに対し提供されたものであることが推認されるというべきである。すなわち、被告Tによる当該利用が法律上の原因なくされたものであるとはにわかに認めることはできず、これを認めるに足りる的確な証拠はない(なお、本件業務委託契約第7条第1項には、「成果物の所有権は、第5条に規定する成果物の引渡完了をもって原告から被告Tに移転する」 旨の約定がある。)。
5 本件成果物の無断利用に関する請求についての結論
前記4で判示したところによれば、本件成果物の無断利用に関する不当利得返還請求は、争点6について判断するまでもなく、理由がない。
6 結論
よって、当裁判所の判断と同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。