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著作権判例セレクション
【美術著作物】 Tシャツの模様として制作された図柄(原画)の(美術)著作物性を認めた事例
▶昭和56年04月20日東京地方裁判所[昭和51(ワ)10039]
三 わが国の著作権法第2条第1項第1号は、「著作物」とは「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」と定義し、思想又は感情を創作的に表現したものであること、及び文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものであることを著作物であることの要件としている。そして、本件原画は原告の販売するテイーシヤツに模様として印刷することを目的として製作されたものであること前記一前段のとおりであるから、いわゆる応用美術に当たるものである。そこで、このような応用美術が右第2条第1項第1号所定の「美術」に含まれるか否かを検討する。
1 およそ美術は種々の観点から分類されうるが、美的価値に関する純粋性ないしは美的価値と実用的価値という観点から、鑑賞を目的とする純粋美術と、実用に供する物品に応用することを目的とする応用美術とに区分することができる。純粋美術は絵画、彫刻等専ら美の表現のみを目的とするものであるのに対し、応用美術は、単に美の表現のみではなく、装飾又は装飾及び実用を目的とするもの、換言すれば、実用に供しあるいは産業上利用することを目的とする美的創作物をいい、純粋美術に対置されるものとして歴史的にいわば自然発生的に生じてきたものであり、現在のところ、概ね、(一)美術工芸品、装身具等実用品自体であるもの、(二)家具に施された彫刻等実用品と結合されたもの、(三)文鎮のひな型等量産される実用品のひな型として用いられることを目的とするもの、(四)染織図案等実用品の模様として利用されることを目的とするもの等が応用美術に属するものとされている(後記2(一)の「著作権制度審議会答申説明書」第八頁参照。以下、(三)、(四)のものを便宜「実用目的の図案、ひな型」という。)。
2(一)「著作権制度審議会答申説明書」(昭和41年7月文部省発行。著作権制度審議会の付託を受けた著作権制度審議会会長主査連絡会に属する委員によつて作成され、昭和41年4月20日付著作権制度審議会答申の趣旨を述べたものとして、右答申の付属書として同審議会から文部大臣に提出されたもの。)によれば、現行の著作権法制定の過程において、応用美術については、第一として「応用美術について、著作権法による保護を図るとともに現行の意匠法等工業所有権制度との調整措置を積極的に講ずる方法としては、次のように措置することが適当と考えられる。(一)「保護の対象」(1)実用品自体である作品については、美術工芸品に限定する。(2)図案その他量産品のひな型または実用品の模様として用いられることを目的とするものについては、それ自体が美術の著作物であり得るものを対象とする。(二)「意匠法、商標法との間の調整措置」図案等の産業上の利用を目的として創作された美術の著作物は、いつたんそれが権利者によりまたは権利者の許諾を得て産業上利用されたときは、それ以後の産業上の利用の関係は、もつばら意匠法等によつて規制されるものとする。」、第二として「上記の調整措置を円滑に講ずることが困難な場合には、今回の著作権制度の改正においては以下によることとし、著作権制度および工業所有権制度を通じての図案等のより効果的な保護の措置を、将来の課題として考究すべきものと考える。(一)美術工芸品を保護することを明らかにする。(二)図案その他量産品のひな型または実用品の模様として用いられることを目的とするものについては、著作権法においては特段の措置は講ぜず、原則として意匠法等工業所有権制度による保護に委ねるものとする。ただし、それが純粋美術としての性質をも有するものであるときは、美術の著作物として取り扱われるものとする。(三)ポスター等として作成され、またはポスター等に利用された絵画、写真等については、著作物あるいは著作物の複製として取り扱うこととする。」との答申がなされ、更に右第二の立場について、「今回の著作権制度の改正においては、美術工芸品の保護を明らかにするほかは、おおむね現状を維持することとし、……図案等については、原則として意匠法等による保護に委ね、著作権法においては特段の措置を講じないこととするが、量産品のひな型または実用品の模様として用いられることを目的として製作されたものであつても、それが同時に純粋美術としての絵画、彫刻等に該当するものであれば、美術の著作物としての保護を受けうるものとする。」旨の説明が附されていることが認められる。そして、現行の著作権法においては、結局、答申の前記第一の立場は採用されなかつたものと解され、かかる現行著作権法制定の経緯に照らせば、現行著作権法の解釈としては、応用美術を広く美術の著作物として保護するような立場は採りえないが、しかしながら、実用目的の図案、ひな型が客観的、外形的にみて純粋美術としての絵画、彫刻等と何ら質的に差異のない美的創作物である場合に、それが、実用に供しあるいは産業上利用することを目的として制作されたというだけの理由で著作権法上の保護を一切否定するのは妥当ではなく、応用美術については、前記答申の第二の立場を参考として、美術工芸品の外に実用目的の図案、ひな型で、客観的、外形的に絵画、彫刻等の純粋美術と同視しうる美的創作物が美術の著作物として保護されるものと解すべきである(著作権法第2条第2項は、答申の第二の立場の前記説明に照らすと、少なくとも美術工芸品は美術の著作物として保護されることを明記したにとどまり、美術工芸品以外の応用美術を一切保護の対象外とする趣旨とは解されない。なお、家具、食器等にかかるいわゆるプロダクトデザイン等は現段階においては著作権法による保護の対象となるとは解しえない。)。
(二)しかして、純粋美術という概念自体、種々のものを含みうる概念であり(例えば、極端に抽象的な前衛画、彫刻等もある。)、また、いわゆる応用美術も思想又は感情を創作的に表現した美的創作物であることに変りはない(右のような意味での美的創作物といえない図案、ひな型はそもそも応用美術とはいえない。)から、右「実用目的の図案、ひな型で、客観的、外形的に絵画、彫刻等の純粋美術と同視しうる美的創作物」の意味について更に考えるに、純粋美術、鑑賞美術といわれるものは、前記のように「専ら美の表現のみを目的としたもの」、すなわち「専ら美の表現を追究したもの」であることをその本質的特徴とするものであるが、これに対し、実用目的の図案、ひな型の中には、客観的、外形的にみて、実用に供しあるいは産業上利用する目的のため美の表現において実質的制約を受けて制作されたとみられるものがあり(例えば、商品名、商標、会社名等をその構成に不可欠の要素とした包装紙、商品のラベルの図案等。)、これらは、仮に全体として思想又は感情を創作的に表現した美的創作物といえるものであつても、客観的、外形的にみて「専ら美の表現を追求したもの」という純粋美術の本質的特徴を有するものとはいえず、絵画、彫刻等の純粋美術と同視しうるものということはできない。したがつて、客観的、外形的に絵画、彫刻等の純粋美術と同視しうるものといえるためには、主観的な制作目的を除外して、客観的、外形的にみたときに、専ら美の表現を追求して制作されたものとみられる美的創作物であることを要し、かかる要件を充足する実用目的の図案、ひな型は著作権法上美術の著作物として保護されるが、逆に、実用に供しあるいは産業上利用する目的のため美の表現において実質的制約を受けて制作されていることが客観的、外形的に看取しうるものは、専ら美の表現を追求したもの、すなわち絵画、彫刻等の純粋美術と同視しうるものとはいえず、これらは現行著作権法上著作として保護されず、専ら意匠法、商標法による保護に委ねられるべきものである(なお、実用目的の図案、ひな型で、絵画、彫刻等の純粋美術と同視しうるものについては、著作権法による保護と意匠法、商標法による保護との重複的保護が可能となるが、このような重複的保護は、純粋美術として創作されたものが、後に登録意匠、登録商標として保護される場合にも起りうることであり、何ら不当ではない。)。
(三)以上のように、応用美術については、現行著作権法は、美術工芸品を保護することを明文化し、実用目的の図案、ひな型は原則として意匠法等の保護に委ね、ただ、そのうち、主観的な制作目的を除外して客観的、外形的にみて、実用目的のために美の表現において実質的制約を受けることなく、専ら美の表現を追求して制作されたものと認められ、絵画、彫刻等の純粋美術と同視しうるものは美術の著作物として保護しているものと解するのが相当である。
四 三に説示した著作権法による応用美術の保護についての解釈を前提に、本件原画が著作権法上美術の著作物といえるか否かにつき判断する。
1 証人Aの証言、同証言により真正に成立したと認められる(証拠)及び本件口頭弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。
(一)Aは、原告のパートナーの一員としてカリフオルニア州の原告のオフイスにおいて原告の宣伝用ポスターのデザイン、原告が販売するテイーシヤツに模様として印刷する図案の制作等の職務に従事しているものであり、その職務を果たすために、種々の図案を制作するものであるが、制作の当初においては、使用目的を特に決めずに鉛筆で自由にスケツチを描き、次に多数のスケツチの中から原告が販売するテイーシヤツに模様として印刷するのに適したもの、あるいは原告の宣伝広告用のポスターに適したもの、又は自己の作品として後記の芸術祭や個展などに展示するのに適したもの等をA自ら選択し、テイーシヤツに模様として印刷するのに適したものはテイーシヤツ用の原画に仕上げるというように最後にそれぞれの目的に合うように仕上げをする。
本件原画も、Aが、このようにして描いた多くのスケツチの中から原告が販売するテイーシヤツに模様として印刷するのに適したものとして自ら選択した一つのスケツチを基にして、テイーシヤツに模様として印刷するための原画として仕上げたものである。
(二)Aは、アメリカ合衆国カリフオルニア州オレンジ郡美術協会の会員であり、その作品は四〇数年の歴史を有し毎年カリフオルニア州ラグナビーチで開催されている芸術祭のシルク・スクリーン部門においてここ数年連続して展示される等カリフオルニア州においてシルク・スクリーン部門のデザイナーとしてその実力が評価されている。
2 証人Aの証言により本件原画と同様にAにより制作され原告によりテイーシヤツに模様として印刷された図案の原画と認められる(証拠)(以下、この原画を「原画甲」という。)によれば、原画甲は、上部に「go For 1t」の文字を配し、左下方に花の模様を、中心にサーフアーのスピード感あふれる波乗りの姿を描いたもので、全体として十分躍動感を感じさせる図案であり、思想又は感情を創作的に表現したものであつて、客観的、外形的にみて、テイーシヤツに模様として印刷するという実用目的のために美の表現において実質的制約を受けることなく、専ら美の表現を追求して制作されたものと認められる。したがつて、原画甲は、前記三に説示したところにより、純粋美術としての絵画と同視しうるものと認められ、著作権法上の美術の著作物に該当するということができる。
3 証人Aの証言及び本件口頭弁論の全趣旨により原画甲、本件原画その他多数のA制作のテイーシヤツ用の図案を複製したポスターと認められる(証拠)及び同証人の証言によれば、本件原画は、原画甲と同種類のものであり、下方に花の模様を、左右両側にイルカの躍動的な動きを配置し、中心に波にのまれそうになりながらバランスをとろうとしているサーフアーの瞬間的な姿を描いたもので、全体として十分躍動感を感じさせる図案であり、思想又は感情を創作的に表現したものであつて、客観的、外形的にみて、テイーシヤツに模様として印刷するという実用目的のために美の表現において実質的制約を受けることなく、専ら美の表現を追求して制作されたものと認められる。したがつて、本件原画は、前記三に説示したところにより、原画甲同様、純粋美術としての絵画と同視しうるものと認められ、著作権法上の美術の著作物に該当するということができる。すなわち、本件原画はテイーシヤツに模様として印刷することを目的として制作されたものではあるが、わが国の著作権法上美術の著作物として客観的に著作物性を有するものであると認められる。