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著作権判例セレクション
【美術著作物】仏壇彫刻の(美術)著作物性を認めた事例
▶昭和54年07月09日神戸地方裁判所姫路支部[昭和49(ワ)291]
一 原告本人尋問の結果によりいずれも原告製作の彫刻を使つた仏壇の全体および部分の写真と認められる(証拠)、同本人尋問の結果により原告製作の彫刻の原型の写真と認められる(証拠)、同本人尋問の結果、検証の結果によれば、原告が本件彫刻を製作したことが認められ、右認定に反する証拠はない。
ところで、本件においては、著作権法2条1項の規定する著作物性の要件たる、本件彫刻の創作性および美術性が争われているので、まず、これらの点について順次判断する。
二 本件彫刻の創作性について考える。
原告本人尋問の結果および検証の結果を総合すると、原告は昭和28年中学卒業と同時に彫刻師の従弟となり数年間仏壇を含む各種彫刻の製作につき修業をしたのち、昭和32年頃に独立し、爾来仏壇彫刻の製作・研究を行つてきたこと、従来仏壇彫刻は手彫り(木彫)で製作されていたが、原告は、将来大量生産の可能なプラスチツク製仏壇彫刻が普及すると予想し、昭和30年代の後半から木彫りとかわらない状態に仕上げることのできるプラスチツク製仏壇彫刻の製作の研究に取り掛け、昭和44年頃、本件彫刻(原型・木彫)を完成し、以来、そのプラスチツク製品を次の方法により製作し市販するようになつたこと、本件彫刻は、右原型からシリコンゴムで型枠をとり、その中にポリエステル樹脂(プラスチツクの一種)を注入して製作されうるため、その大量生産が可能であること、原告は、右原型の考案に際しては、多年に亘り、多くの古文書および古典仏壇彫刻を網羅し参考としつつ、仏壇彫刻師としての美的感覚と技法を駆使し、既製仏壇を模写することなく特異の美的表象を創案すべく、殊に型枠使用による大量生産にも適合するように配慮しながら、右彫刻の紋様を立体的、写実的に精巧かつ端麗な表現を表象するよう、独自の執刀方法で描くことに苦心したすえ、独自の創意による本件彫刻(原型)を完成したこと、以上の事実が認められ、後記措信しない証拠(人証)を措いて、他に右認定に反する証拠はない。
右認定事実に前出(証拠)および検証の結果により認められる本件彫刻の形状・構成をあわせ考えると、本件彫刻は原告が長年の研究の成果として独自の着想により仏教美術の一部に属する仏壇装飾につき感情を創作的に表現したものと認めることができる。
もつとも、被告は、仏壇彫刻の紋様は古来より特定のものに限局され、永年にわたりこれを模写してきたものにすぎず、製作者により殊更創作的に表現されうるものではない、と主張している。
なるほど、証人Aの証言によれば、仏壇彫刻の文様は、既に室町桃山時代から特定の紋様に限局され、本件彫刻の紋様も当時既に存在していたことが認められ(これに反する証拠はない)、また、原告が本件彫刻の完成につき古文書および古典仏壇彫刻を研究しこれを参考にしたことは前判示のとおりである。
しかしながら、著作物の創作性は当該著作物が著作者の独自の創意工夫により著作されたか否かにあり、その表現形式等において先人の影響が存したからといつて直ちにこれを否定されるべきではなく、具体的著作物がその模写ではなくそこに知的創造活動が認められるときは、その著作物に創作性を肯定すべきものと解するのが相当である(したがつて、著作権における創作性は相対的なものであり、工業所有権における創作性の如く新規性すなわち絶対的な独創性を要しないといわねばならない)。
本件彫刻は、原告がその独自の創意工夫により完成したものであり、その表現形式も独特の着想に基づくこと、前段所述のとおりであつて(これに反する、右彫刻に何らの特異性も認められないという証人B、同Aの証言は、これを裏付けるに足る適確な補強証拠がないのでにわかに措置できない)、また、被告が本件彫刻の完成前からあつた仏壇彫刻と主張する(証拠)も、本件彫刻と対照するに、これと類似するものではないと検証することができ、他に本件彫刻が先人の模写に留まるものとする確証は存在しないところである。したがつて、被告の前記主張は採用することができない。
以上のとおりであるから、本件彫刻は原告の独創に基づくものといわねばならない。
三 次に、本件彫刻の美術性について考える。
本件彫刻が、仏壇内部の装飾につき美的表現を目的とした美術に関する著作であることは、前判示のとおりである。
一般に、美術は、(1)個別に製作された絵画・版画・彫刻の如く、思想または感情が表現されていて、それ自体の鑑賞を目的とし、実用性を有しない純粋美術と、(2)実用品に美術あるいは美術上の感覚・技法を応用した応用美術に分かれ、後者すなわち応用美術はさらに、(イ)純粋美術として製作されたものをそのまま実用品に利用する場合、(ロ)既成の純粋美術の技法を一品製作に応用する場合(美術工芸品)、および、(ハ)右純粋美術に見られる感覚あるいは技法を画一的に大量生産される実用品の製作に応用する場合等に細分されていることは周知のところである。
本件彫刻は、前判示のとおり、原型たる木彫そのものを一品として鑑賞するものではなく、原型に合わせて型枠をシリコンゴムで作り、これにプラスチツクを注入して同型のものを大量に製作し、これを仏壇の装飾に利用することを目的としているものであるから、前記応用美術のうち(ハ)の部類に属するものと解される。
ところで、著作権法は、その2条1項1号で美術の範囲に属するものを著作物の対象とすると規定するとともに、同条2項では、「美術の著作物」には美術工業品を含む、と規定しているので、応用美術のうち美術工芸品に属しないものは美術の著作物として著作権法の保護の対象となりうるかは問題である。
応用美術をどこまで著作権法の保護対象となすべきかは意匠法等工業所有権制度との関係で困難な問題が存すること周知のところであるが、著作権を意匠権を対比してみると、等しく視覚を通じた美感を対象とする作品であつても、著作権の対象とされると、何らの登録手続や登録料の納付を要せずして当然に著作権が成立し、かつ、著作者の死後50年間右権利の存続が認められるのに対し、意匠権にあつては、設定登録によつて初めて発生し、登録料の支払を要し、その存続期間も設定登録の日から15年間に限られており、両者の保護の程度は著しく相異していること(なお、意匠権以外の工業所有権にあつては、その実施義務が課されている)、および、産業上利用を目的とする創作は総じて意匠法等工業所有権制度の保護対象としていること等を勘案すると、応用美術であつても、本来産業上の利用を目的として創作され、かつ、その内容および構成上図案またはデザイン等と同様に物品と一体化して評価され、そのものだけ独立して美的鑑賞の対象となしがたいものは、当然意匠法等により保護をはかるべく、著作権を付与さるべきではないが、これに対し、実用品に利用されていても、そこに表現された美的表象を美術的に鑑賞することに主目的があるものについては、純粋美術と同様に評価して、これに著作権を付与するのが相当であると解すべく、換言すれば、視覚を通じた美感の表象のうち、高度の美的表現を目的とするもののみ著作権法の保護の対象とされ、その余のものは意匠法(場合によつては実用新案法等)の保護の対象とされると解することが制度相互の調整および公平の原則にてらして相当であるというべく、したがつて、著作権法2条2項は、右の観点に立脚し、高度の美的表現を目的とする美術工芸品にも著作権が付与されるという当然のことを注意的に規定しているものと解される。
そうだとすると、図案・デザイン等は原則として意匠法等の保護の対象とのみなることは勿論のこと、工業上画一的に生産される量産品の模型あるいは実用品の模様として利用されることを企図して製作された応用美術作品も原則的に専ら意匠法等の保護の対象になるわけであるが、右作品が同時に形状・内容および構成などにてらし純粋美術に該当すると認めうる高度の美的表現を具有しているときは美術の著作物として著作権法の保護の対象となりうるわけである。
本件についてみると、本件彫刻は仏壇の装飾に関するものであるが、表現された紋様・形状は、仏教美術上の彫刻の一端を窺わせ、単なる仏壇の付加物ないしは慣行的な添物というものではなく、それ自体美的鑑賞の対象とするに値するのみならず、前判示の如く、彫刻に立体観・写実観をもたせるべく独自の技法を案出駆使し、精巧かつ端整に作品を完成し、誰がみても、仏教美術的色彩を背景とした、それ自体で美的鑑賞の対象たりうる彫刻であると観察することができるものであり、その対象・構成・着想等から、専ら美的表現を目的とする純粋美術と同じ高度の美的表象であると評価しうるから、本件彫刻は著作権法の保護の対象たる美術の著作物であるといわなければならない。したがつて、これに反する被告の主張は採用することができない。
四 以上のとおりであるから、本件彫刻は著作権法の保護の対象たる著作物に該当するといわなければならない。
五 そこで、被告が本件彫刻を複製したか否かについて判断する。
(略)
右認定事実に検証の結果を総合すると、被告が製作した前記彫刻は本件彫刻の表現上の特徴をすべて備えており、本件彫刻を複製し利用したものというべきであり、したがつて、被告の右行為は原告の本件彫刻についての著作権(複製権)を侵害するものというべきである。
もつとも、被告は、被告製作にかかる右彫刻は本件彫刻と全く同一でなく、その大きさ・配置等が異なるから、その複製とはいえない、と主張するが、著作物複製の有無は、創作にかかる具体的表現が製作物中に利用されたか否かにあり、末節において多少の修正等が施されていても、当該作品が原作の再現と感知させるものはなお複製とみるのが相当であつて、本件においても、前記認定のとおり、その作品の出来映えなどからすれば、被告の施した修正は微細なものにすぎず、本件彫刻と彼此対比すると、被告製作にかかる右彫刻が本件彫刻の再現であることは容易に首肯することができ、被告の本件彫刻取得の経緯、その利用の方法・目的などをも勘案するとき、被告製作の右彫刻は本件彫刻の複製であり、改作あるいは新作等には当らないものというべく、したがつて、被告の前記主張は採用することができない。