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著作権判例セレクション
【美術著作物】宮城県伝統工芸品「つつみ人形」の著作物性が問題となった事例
▶平成20年01月31日仙台地方裁判所[平成15(ワ)683]
(争いがない事実)
堤人形の由来と伝統工芸の推移
伊達政宗公は,慶長5年より,仙台に城下町を造ったが,奥州街道の北の入口を守る侍町の堤町や台の原周辺に,奈良時代より瓦を作る良質の粘土が豊富にあったことに着目し,藩内の産業発展と生活の安定に役立つ人形と焼物を侍の内職として作らせた。元禄時代,当時の伊達藩主綱村公が,江戸から陶工上村万右衛門を招いて改良を重ね,その後,足軽や町人によって内職として人形作りが盛んになった。天明の大飢饉の際に衰退したことがあったものの,文化の頃に,佐藤九平次という名人が現れ全盛期となったが,天保の大飢饉を境にして人形業者らが没落し幕末の政情不安もあって衰退した。
明治時代に入ると,明治維新とともに藩主の庇護もなくなり,堤人形の制作は衰退し,明治晩年には,原告Aの家と訴外J家のみが堤人形を制作していた。
1 争点1について
(1)
原告Aの著作権の取得について
ア 「最新の著作権」について
原告らは,別紙4「原告Aの著作権一覧表」において,昭和45年から平成19年までの間に,各堤人形について,それぞれ改良を加え,最新の著作権を取得したと主張する。
ところで,著作物とは,思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいうところ(著作権法2条1項1号),ここに創作性は,人間の知的活動の成果として,著作者個人の工夫した表現について認められると解される。
したがって,既存の著作物に基づいてそのまま機械的に表現した物及び既存の著作物と同一性を保ちつつこれに多少の修正,増減等を加えた物は,著作権法上,既存の著作物を有形的に再製した複製物(同法2条1項15号)に該当するから,これらの物に創作性を認めることはできない。
堤人形は,江戸時代から仙台市堤町で制作されてきた伝統工芸品であり,その品名についても恵比寿大黒天神等の信仰土偶に由来するものと歌舞伎舞踊,神話,干支等に題材を求めた風俗人形に由来するものとがあり,先代Eや原告Aが制作した堤人形もこれらに工夫を加えながら改良されてきたものであるということができる。そうすると,堤人形は,原告らが独自に考案したものではなく,原告らの商品に著作権があるというためには,高度な創作性が必要となる。原告らが主張する「最新の著作権」の有無についての判断は,原告らが主張する創作あるいは新作の内容如何によるところ,原告らは個々の堤人形について上記の伝統工芸品や題材に対し,どのような創作的表現を施したのか別紙2「原告Aの著作権の取得について」,別紙3「著作権の侵害及び不正競争行為について」記載の限度で主張するのみで,個々の堤人形のどの部分に,どのような創作的表現を施したのか,具体的な主張をしていない。原告らの著作権の主張は,主張として不十分である。
仮に,原告らの主張が,個々の堤人形を制作する際において,伝統工芸品に対し,より精緻な形に整え,鮮やかな彩色をした行為を改良であると主張するものであるならば,かかる行為は,技術的に優れた表現行為と評価される余地はあるものの,改良は同一性の範囲を超えるものではないから,創作的な行為と評価される余地はなく,主張自体失当というべきである。
イ そこで,以下においては,原告らが,上記別紙4「原告Aの著作権一覧表」において,原告A又は先代Eが原始的に取得したと主張する著作権について,個々の堤人形ごとにその有無を判断することとする。
ウ なお,原告らが先代Eが原始的に取得したと主張している著作権について,別紙4「原告Aの著作権一覧表」のとおり先代Eから原告Aへの承継年は各著作権ごとに異なっており,各承継原因について特定した主張はされていない。
したがって,先代Eが原始取得し原告Aが承継取得したとの法律構成は,主張すべき事実を欠いている。
もっとも,最終的には,先代Eの著作権は,同人の死亡によって,著作者人格権を除き(同法59条),原告Aに承継されると解することが可能であり,先代Eが昭和53年に死亡したことと原告Aが先代Eの子であることは証拠上明らかな事実であるから,原告らが主張する承継年を先代Eの死亡年(昭和53年)と解することとして,検討する。
(2)
証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,これらの事実によれば,個々の堤人形について,著作権の有無は以下のとおりとなる。
ア 共通する事実
(ア) 江戸時代の堤人形の特徴
a 江戸時代の堤人形の制作過程は,前後2枚の土型を使用し,それぞれに粘土を押し付けたものを貼り合わせ,型抜き・整形・乾燥の後,焼成,胡粉で下塗りの後
彩色をする。もっとも,背面は雛人形を除けば彩色されない。底は制作される場合と制作されない場合がある。
b 土人形の美的評価のポイントとしては,①構図,②色彩,③描彩の3点がある。
江戸時代の堤人形は,信仰土偶と風俗人形にわけられるが,美的評価の中心は風俗人形にあり,①浮世絵にヒントを得た立体浮世絵様式で,一挙手一投足に絶妙の動きを感じさせる形状であること,②明治時代中ごろより以前においては,赤色(緋色)に蘇芳を使用し, 明治時代中ごろより以後においては,ドイツ製スカーレットに丹色を併合したもの等を使用したこと,③人形ごとに目
眉及び髪を描き分ける描彩が特徴としてあげられている。
(イ) 原告Aの家の堤人形制作
(略)
(ウ) 被告Cの堤人形制作
(略)
イ 牛乗天神について
(ア) 平成17年1月27日に実施した検証の結果によれば,江戸期に使用されていた土型は写真番号62であり,その素焼きは写真番号64である。
また,先代Eが制作した石膏型は,写真番号65であり,その素焼きと彩色した人形については,証拠として提出されていない。
なお,昭和50年から60年ころに使用していた石膏型は,写真番号67及び68であり,そのころ以前の土型ないし石膏型と異なり,台が制作されている。
(イ) 江戸期に使用されていた土型と先代Eが制作した石膏型とを並べると,牛の顔の位置,天神の顔の向き,天神の袴の形において同一性を認めることができる。
よって,先代Eの作品は,江戸期に制作された堤人形に多少の修正を加えたものといえる。
また,牛乗天神に台を付けることで何らかの創作性を表現していると評価することはできない。
(ウ) 検証①の結果によれば,原告Aが制作した牛乗天神は,写真番号59の左側である。
他方,先代Eが独自に考案したとされる色合いと図柄を直接証明する証拠は見当たらない。
(エ) 原告らは,原告Aが,先代Eの作品を基本として,文様,色等を少しずつ変化させていると主張するが,先代Eの作品から原告Aの作品へどの程度の変化があったのかを認めるに足りる証拠はない。
(オ) よって,牛乗天神について,その形状,または彩色のいずれにおいても,原告Aまたは先代Eが著作権を取得したと認めることはできない。
(以下略)