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著作権判例セレクション
【言語著作物】動画のテロップの著作物性及び侵害性が争点となった事例/仮想使用料率を3%程度と認定した事例
▶令和5年6月12日東京地方裁判所[令和4(ワ)9090]
(注) 本件は、別紙記載の動画(「本件動画」)におけるテロップ(「本件テロップ」)を創作したとする原告が、被告による別紙投稿記事(「本件記事」)の投稿は原告の著作物である本件テロップを複製、翻案及び公衆送信したものであり、本件テロップに係る原告の著作権(複製権、翻案権及び公衆送信権)を侵害するものである旨主張して、被告に対し、不法行為(民法 709 条)に基づき、損害金等の支払を求めた事案である。
(前提事実)
原告は、動画の配信・閲覧サービス「YouTube」において、「感動アニマルズ」との名称の動画配信チャンネル(「本件チャンネル」)を運営し、動画の配信を業として行う者であるところ,原告は、令和2年6月 5日、本件チャンネルに本件動画を投稿して公開した。本件動画は、動物等のイメージ画像等を繋ぎ合わせたスライドショー、BGM、本件テロップ及びこれを朗読したナレーションによって構成されている。
1 争点 1-1(本件テロップの著作物性及び原告の著作権の有無)
(1)
前提事実、証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件動画は、動物等のイメージ画像等を繋ぎ合わせたスライドショー、BGM、本件テロップ及びこれを朗読したナレーションによって構成されるところ、スライドショー及びBGMのみではストーリー性が乏しく、本件動画の内容を正しく把握することは困難であると認められる。その意味で、本件テロップ及びこれを朗読したナレーションは、その余の構成部分に比して、本件動画の中で重要な役割を担うものといえる。また、このような役割を担う本件テロップの内容は、男性2人が群れを離れた野生のライオンを保護し育てた後、野生動物の保護地区に戻したことや、後に男性らの1名がこの保護地区を訪れた際の当該ライオンとの再会の模様等の一連の出来事に関し、推察される各主体の心情等を交えて叙述したものである。表現方法についても、本件テロップは、動画視聴者の興味を引くことを意図してエピソード自体や表現の手法等を選択すると共に、構成や分量等を工夫して作成されたものといえる。
したがって、本件テロップは、その作成者である原告の思想及び感情を創作的に表現したものであり、言語の著作物と認められる。
(2)
被告は、本件テロップと同様の文章の構成により本件テロップと同じエピソードを紹介するインターネット上の記事は本件テロップの公開前から散見されるなどとして、本件テロップの著作物性は認められない旨主張する。
証拠によれば、本件テロップの公開前から、男性2人が野生のライオンを育て、保護地区に戻したことや、後に男性が保護地区を訪れた際の当該ライオンとの再会の模様等の一連の流れに関して、本件テロップと共通性を有する少なくとも4つの記事がインターネット上で公開されていることが認められる。そのうちの1つの内容は、おおむね別紙「既公開記事の内容」記載のとおりであり、本件テロップとその公開前から存在する記事とでは、アイデアないし事実を共通にする部分があると認められる。しかし、その具体的な表現を比較したとき、各主体の心情その他の表現の内容及び方法においてこれらは表現を異にし、本件テロップにおいては、上記既存の記事には見られない創作性が発揮されているといってよい。したがって、この点に関する被告の主張は採用できない。
2 争点 1-2(複製権、翻案権及び公衆送信権侵害の有無)
本件テロップと本件記事の各内容を比較すると、本件記事には、本件テロップと完全に一致する表現が多数含まれる。他方、相違する部分は、句読点の有無や助詞の違い、文言の一部省略等の僅かな相違のほか、例えば、本件テロップには、「ドイツ出身のCさんは幼い頃からずっと動物を大切に思ってきました。」とあるのに対し、本件記事には、「この感動のストーリーは2人の人間から始まります。その 1 人がCさん。Cさんはドイツ出身。幼い頃よりずっと動物を大切に思ってきました。」とあるなどの相違部分が存在する。これらの相違部分は、表現の手法等に若干の違いが見られるものの、内容的には、本件テロップの表現を若干修正したり、要約又は省略したり、前後の表現を入れ替えるなどしているにとどまり、実質的にほぼ同一の内容を表現したものといえる。
複製とは、印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製することをいうところ(著作権法 2 条 1 項 15 号)、著作物の再製とは、既存の著作物に依拠し、これと同一のものを作成し、又は、具体的表現に修正、増減、変更等を加えても、新たに思想又は感情を創作的に表現することなく、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持し、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得できるものを作成する行為をいうものと解される。また、翻案とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得できる別の著作物を創作する行為をいうものと解される(最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決参照)。
本件記事は、記事中に本件動画が埋め込まれていることや、上記のとおり、本件テロップと完全に一致する表現を多数含み、相違する部分も、句読点の有無等の僅かな形式的な相違や本件テロップの表現の僅かな修正、要約、前後の入れ替え等にとどまり、実質的にほぼ同一の内容を表現したものであることに鑑みると、本件テロップに依拠したものと認められると共に、著作物である本件テロップの表現上の本質的な特徴の同一性を維持し、これに接する者がその特徴を直接感得できるものと認められる。
したがって、被告が本件記事を被告サイト上に投稿する行為は、原告の本件テロップに係る複製権又は翻案権を侵害するものであると共に、本件記事を送信可能化するものとして公衆送信権を侵害するものと認められる。また、本件記事が本件テロップに依拠していることから、上記著作権侵害行為につき、被告には少なくとも過失が認められる。これに反する被告の主張は採用できない。
以上より、原告は、被告に対し、著作権(複製権又は翻案権、公衆送信権)侵害の不法行為に基づき、損害賠償請求権を有することが認められる。
3 争点 1-3(原告が本件テロップの著作権を主張することの信義則違反の有無)
被告は、原告が第三者の著作権を侵害して作成した動画による収益が減少したとして損賠賠償を請求し、また、本件動画全体としては請求が認められない可能性があるため、本件テロップのみを対象として権利侵害を主張しているとして、原告の請求が信義則に反する旨主張する。
しかし、そもそも、本件動画につき第三者の著作権を侵害して作成されたものであることを認めるに足りる的確な証拠はない。その点を措くとしても、本件テロップは独立した表現物として把握し得るものであること、本件記事もそのような本件テロップに依拠して作成されたものとみられることに鑑みると、原告が本件テロップの著作権侵害を主張することをもって信義則に反するということはできない。この点に関する被告の主張は採用できない。
4 争点 2(原告の損害)
(1)
認定事実
前提事実、証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 原告は、令和2年6月5日に本件動画を投稿した。YouTubeでは動画の再生回数等に応じて動画投稿者に収益が支払われるところ、上記投稿日から同年10月10日までの本件動画の再生回数は約680万 5000回、推定収益は309万6740円であった。また、推定収益の推移は別紙「推定収益の推移データ」のとおりであり、上記投稿日から同年11月30日までの推定収益は379万4863円であった。
イ 令和2年7月27日、被告は本件記事を投稿して公開したが、同年9月30日まで閲覧者はおらず、その後、原告の申入れを受けて本件記事を削除した同年11月までの本件記事の閲覧回数は154回であった。
ウ 作家等文芸を職業とする者の職能団体であり、著作権管理事業を行う日本文藝家協会は、その著作物使用料規程である本件規程により、著作物を書籍として複製し、公衆に譲渡する場合の使用料につき、本体価格の15%に発行部数を乗じた額を上限として利用者と協会が協議して定める額としている。
エ 原告は、本件訴訟に先立ち、本件記事につき発信者情報開示請求訴訟を提起して発信者情報の開示を受けたところ、その際、原告は、弁護士に訴訟追行を委任し、弁護士費用 44 万円(消費税込)、実費1万
4194円を支払った。
(2)
逸失利益について
ア 主位的主張について
上記認定のとおり、本件記事の閲覧回数は、同年10月1日以降本件記事が削除されるまでの間の154回にとどまる。このことと、本件動画の再生回数及び推定収益、とりわけ推定収益の推移の状況に鑑みると、このような本件記事の投稿と本件動画の再生回数ないし収益の減少との間に因果関係を認めることはできない。したがって、この点に関する原告の主張は採用できない。
イ 予備的主張について
原告は、本件記事により被告が得た収益の額ではなく、本件動画の経済的価値に本件規程を参考にした仮想使用料率を乗じて、一回的な給付としての「著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額」(著作権法 114 条 3 項)を算出すべき旨主張するものと理解される。他方、被告は、このような原告の主張を前提としつつ、本件記事により被告が得た収益の額を本件動画の経済的価値(ただし、その算定対象期間は原告の主張と異なる。)に加算したものに仮想使用料率を乗じて「著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額」を算出すべき旨を主張する。そこで、本件においては、本件動画の経済的価値を基礎とし、これに仮想使用料率を乗ずることによって、一回的な給付としての「著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額」を算出することとする。
まず、本件動画の経済的価値は、本件記事の投稿期間とは直接の関わりがないと思われることから、原告の主張のとおり、本件動画の投稿日から本件記事の削除日までの収益額379万4863円をもって本件動画の経済的価値とするのが相当である。
他方、上記本件動画の経済的価値及び本件規程の内容を参酌すると共に、本件テロップは、本件動画の中で重要な役割を担うものではあるものの、画像等と一体となって本件動画を構成するものであること、ここでの仮想使用料率は著作権侵害をした者との関係で事後的に定められるものであることその他本件に現れた一切の事情を考慮すれば、仮想使用料率については3%程度とみるのが相当である。そうすると、本件テロップに係る「著作権の行使につき受けるべき金銭の額」(著作権法 114条 3 項)は、12 万円をもって相当とすべきである。これに反する原告及び被告の主張はいずれも採用できない。
(3)
発信者情報の取得に要した費用
ウェブサイトに匿名で投稿された記事が不法行為を構成し、被侵害者が損害賠償請求等の手段を取ろうとする場合、被侵害者は、侵害者である投稿者を特定する必要がある。このための手段として、非侵害者には、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律により発信者情報の開示を請求する権利が認められているものの、これを行使するためには、多くの場合、訴訟手続等の法的手続を利用することが必要となる。その際、手続遂行のために、一定の手続費用を要するほか、事案によっては弁護士費用を要することも当然あり得る。
そうすると、これらの発信者情報開示手続に要した費用は、当該不法行為による損害賠償請求の遂行に必要な費用という意味で、不法行為との間で相当因果関係のある損害となり得るといってよい。
本件では、上記認定のとおり、原告は、発信者情報開示請求訴訟に係る弁護士費用44万円費税込)及び実費1万4194円の合計45万4194円を支出した。発信者情報開示手続の性質・内容等を考慮すると、このうち10万円をもって被告の不法行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
(4)
弁護士費用
本件事案の性質・内容、本件訴訟に至る経過、本件審理の経過等諸般の事情に鑑みれば、本件訴訟に係る弁護士費用のうち、被告の不法行為と相当因果関係のある損害を2万円と認めるのが相当である。
(5)
まとめ
以上より、原告は、被告に対し、著作権(複製権又は翻案権、公衆送信権)侵害の不法行為に基づき、24 万円の損害賠償請求権及びこれに対する不法行為の日である令和2年7月27日から支払済みまで民法所定の年
3%の割合による遅延損害金請求権を有する。
[参考]
▶令和3年9月6日大阪地方裁判所[令和3(ワ)2526]<発信者情報開示請求事件>
1 著作物性の有無(争点1-1)について
前提事実,証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件動画は,動物等のイメージ画像等を繋ぎ合わせたスライドショー,BGM,本件テロップ及びこれを朗読したナレーションによって構成されるところ,スライドショー及びBGMのみではストーリー性が乏しく,本件動画の内容を正しく把握することは困難であると認められる。その意味で,本件テロップ及びこれを朗読したナレーションは,その余の構成部分に比して,本件動画の中で重要な役割を担うものといえる。
また,このような役割を担う本件テロップの内容は,男性2名が群れを離れた野生のライオンを保護し育てた後,野生動物の保護地区に戻したことや,後に男性らの1名がこの保護地区を訪れた際の当該ライオンとの再会の模様等の一連の出来事に関し,推察される各主体の心情等を交えて叙述したものである。表現方法についても,本件テロップは,動画視聴者の興味を引くことを意図してエピソード自体や表現の手法等を選択すると共に,構成や分量等を工夫して作成されたものといえる。
したがって,本件テロップは,その作成者である原告の思想及び感情を創作的に表現したものであり,言語の著作物と認められる。これに反する被告の主張は採用できない。
2 著作権侵害の成否(争点1-2)について
(1)
本件テロップと本件記事の各内容を比較すると,本件記事には本件テロップと完全に一致する表現が多数含まれる。他方,相違する部分は,句読点の有無や助詞の違い,文言の一部省略等の僅かな相違のほか,例えば,次のような相違部分が存在する。これらの相違部分は,表現の手法等に若干の違いが見られるものの,内容的には,本件テロップの表現を若干修正したり,要約又は省略したり,前後の表現を入れ替えるなどしているにとどまり,実質的にほぼ同一の内容を表現したものといえる。
① 本件テロップ:「ドイツ出身のヴァレンティンさんは幼い頃からずっと動物を大切に思ってきました。」
本件記事:「この感動のストーリーは2人の人間から始まります。その1人がヴァレンティンさん。ヴァレンティンさんはドイツ出身。幼い頃よりずっと動物を大切に思ってきました。」
② 本件テロップ:「2人はボツワナで自然保護プロジェクトを立ち上げました。野生動物の保護を目的とするプロジェクトです。」
本件記事:「2人はボツワナで野生動物の保護を目的とする自然保護プロジェクトを立ち上げました。」
③ 本件テロップ:「メスのライオンで非常に弱っており,瀕死の状態です。」
本件記事:「そのメスの幼いライオンで非常に弱っており,瀕死の状態です。」
④ 本件テロップ:「けれどシルガにとって,人間に慣れてしまう事は危険な事です。」
本件記事:「しかし,人間に慣れてしまってはいけません。」
⑤ 本件テロップ:「そう決めた2人は決して他の人間をシルガと交流させたりしませんでした。」
本件記事:「他の人間とは交流させませんでした。」
⑥ 本件テロップ:「2人は本当にシルガの為を思い,幸せを願っていたのです。」
本件記事:「2人はシルガの幸せ,野生に戻る事を1番に考えていました。」
⑦ 本件テロップ:「ヴァレンティンさんとミッケルさんは,シルガの世話をするだけでなく狩りの仕方も教えます。」
本件記事:「2人は世話だけでなく,狩りの仕方も教えます。」
⑧ 本件テロップ:「何度も何度も練習を重ね,ようやくシルガが獲物を狩る事が出来るようになった頃,2人は複雑な気持ちに襲われはじめていました。」
本件記事:「狩りの練習を何度も練習を重ね,ようやくシルガは獲物を狩る事が出来る様になった頃,2人は複雑な気持ちになりました。」
⑨ 本件テロップ:「そしてシルガは予想を上回る反応を示します。」
本件記事:「そこで予想を超える事に。」
⑩ 本件テロップ:「ずっとヴァレンティンさんに会えずに寂しく思っていた事が,その表情から伝わります。」
本件記事:「ずっとヴァレンティンさんに会えず,さみしかった事が分かります。」
(2)
複製とは,印刷,写真,複写,録音,録画その他の方法により有形的に再製することをいうところ(著作権法2条1項15号),著作物の複製とは,既存の著作物に依拠し,これと同一のものを作成し,又は,具体的表現に修正,増減,変更等を加えても,新たに思想又は感情を創作的に表現することなく,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持し,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできるものを作成する行為をいうものと解される。また,翻案とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することができる別の著作物を創作する行為をいうものと解される(最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決参照)。
本件記事は,記事中に本件動画が埋め込まれていることや,上記のとおり,本件テロップと完全に一致する表現を多数含み,相違する部分も,句読点の有無等の僅かな形式的な相違のほか,本件テロップの表現の僅かな修正,要約,前後の入れ替え等にとどまり,実質的にほぼ同一の内容を表現したものであることに鑑みると,本件テロップに依拠したものと認められると共に,著作物である本件テロップの表現上の本質的な特徴の同一性を維持し,これに接する者がその特徴を直接感得できるものと認められる。
したがって,本件投稿は,少なくとも原告の本件テロップに係る複製権又は翻案権を侵害する。
また,本件投稿につき違法性阻却事由の存在をうかがわせる事情の不存在については,当事者間に争いがない。
以上から,本件投稿によって原告の本件テロップに係る著作権(複製権又は翻案権)が侵害されたことは明らかである。これに反する被告の主張は採用できない。
3 発信者情報の開示を受けるべき正当な理由の有無(争点3)について
証拠及び弁論の全趣旨によれば,原告は,本件投稿者に対し,著作権侵害を理由とした不法行為に基づく損害賠償請求等をする意思を有すること,その権利行使のためには,被告が保有する本件発信者情報の開示を受ける必要があることが認められる。
したがって,原告には,本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があると5 いえる。これに反する被告の主張は採用できない。
4 以上より,その余の争点について判断するまでもなく,原告は,被告に対し,法4条1項に基づき,本件発信者情報開示請求権を有する。