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著作権判例セレクション

【美術著作物】加湿器の(美術)著作物性を否定した事例

▶平成28114日東京地方裁判所[平成27()7033]▶平成281130日知的財産高等裁判所[平成28()10018]
2 争点(2)ア(原告加湿器1及び原告加湿器2の著作物性の有無)について
(1) 原告加湿器1及び2は,加湿器として実用に供されるためにデザインされたものであるから,いわゆる応用美術の領域に属すると認められる。原告らは,これらが「著作物」として著作権法による保護を受けると主張するものである。
(2) そこで判断するに,同法2条1項1号は「著作物」とは「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいう」旨,同条2項は「この法律にいう『美術の著作物』には,美術工芸品を含むものとする」旨規定している。これらの規定に加え,同法が文化の発展に寄与することを目的とするものであること(1条),工業上利用することのできる意匠については所定の要件の下で意匠法による保護を受けることができることに照らせば,純粋な美術ではなくいわゆる応用美術の領域に属するもの,すなわち,実用に供され,産業上利用される製品のデザイン等は,実用的な機能を離れて見た場合に,それが美的鑑賞の対象となり得るような創作性を備えている場合を除き,著作権法上の著作物に含まれないものと解される。
(3) これを本件についてみるに,証拠及び弁論の全趣旨によれば,原告加湿器1及び2は,試験管様のスティック形状の加湿器であって,本体の円筒状部の下端に内部に水を取り込むための吸水口が,本体の上部に取り付けられたキャップの上端に噴霧口がそれぞれ取り付けられており,この吸水口から内部に取り込んだ水を蒸気にして噴霧口から噴出される構造となっていることが認められる。そして,以上の点で原告加湿器1及び2が従来の加湿器にない外観上の特徴を有しているとしても,これらは加湿器としての機能を実現するための構造と解されるのであって,その実用的な機能を離れて見た場合には,原告加湿器1及び2は細長い試験管形状の構造物であるにとどまり,美的鑑賞の対象となり得るような創作性を備えていると認めることはできない。
したがって,原告加湿器1及び2は著作物に当たらないと解すべきである。
(4) これに対し,原告らは,原告加湿器1及び2は従来の加湿器にない斬新な形態であって原告らの個性が強く発揮されており,加湿器としての実用性及び機能性から切り離しても鑑賞の対象となり得るなどと主張して,著作権法による保護を求めるが,その著作物性については以上に説示したとおりであり,原告らの主張は失当というほかない。
(5) したがって,著作権侵害に基づく原告らの請求は,その余の点について判断するまでもなく,いずれも理由がない。

[控訴審]
5 争点(2)ア(控訴人加湿器1及び控訴人加湿器2の著作物性の有無)について
前記3によれば,控訴人らの不正競争防止法違反に基づく差止請求は理由がないから,これと選択的併合とされている,著作権に基づく差止請求の当否について判断する。
(1) 応用美術と著作物性について
著作権法2条1項1号は,著作物の意義につき,「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」と規定しており,そして,ここで「創作的に表現したもの」とは,当該表現が,厳密な意味で独創性を有することまでは要しないものの,作成者の何らかの個性が発揮されたものをいうと解される。
控訴人らは,控訴人加湿器1及び控訴人加湿器2が,加湿という実用に供されることを目的とするものであることを前提として,その著作物性を主張する(著作権法10条1項4号)から,本件は,いわゆる応用美術の著作物性が問題となる。
ところで,著作権法は,建築(同法10条1項5号),地図,学術的な性質を有する図形(同項6号),プログラム(同項9号),データベース(同法12条の2)などの専ら実用に供されるものを著作物になり得るものとして明示的に掲げているのであるから,実用に供されているということ自体と著作物性の存否との間に直接の関連性があるとはいえない。したがって,専ら,応用美術に実用性があることゆえに応用美術を別異に取り扱うべき合理的理由は見出し難い。また,応用美術には,様々なものがあり得,その表現態様も多様であるから,作成者の個性の発揮のされ方も個別具体的なものと考えられる。
そうすると,応用美術は,「美術の著作物」(著作権法10条1項4号)に属するものであるか否かが問題となる以上,著作物性を肯定するためには,それ自体が美的鑑賞の対象となり得る美的特性を備えなければならないとしても,高度の美的鑑賞性の保有などの高い創作性の有無の判断基準を一律に設定することは相当とはいえず,著作権法2条1項1号所定の著作物性の要件を充たすものについては,著作物として保護されるものと解すべきである。
もっとも,応用美術は,実用に供され,あるいは産業上の利用を目的とするものであるから,美的特性を備えるとともに,当該実用目的又は産業上の利用目的にかなう一定の機能を実現する必要があり,その表現については,同機能を発揮し得る範囲内のものでなければならない。応用美術の表現については,このような制約が課されることから,作成者の個性が発揮される選択の幅が限定され,したがって,応用美術は,通常,創作性を備えているものとして著作物性を認められる余地が,上記制約を課されない他の表現物に比して狭く,また,著作物性を認められても,その著作権保護の範囲は,比較的狭いものにとどまることが想定される。そうすると,応用美術について,美術の著作物として著作物性を肯定するために,高い創作性の有無の判断基準を設定しないからといって,他の知的財産制度の趣旨が没却されたり,あるいは,社会生活について過度な制約が課されたりする結果を生じるとは解し難い。
また,著作権法は,表現を保護するものであり,アイディアそれ自体を保護するものではないから,単に着想に独創性があったとしても,その着想が表現に独創性を持って顕れなければ,個性が発揮されたものとはいえない。このことは,応用美術の著作物性を検討する際にも,当然にあてはまるものである。
以上を前提に,控訴人加湿器1及び控訴人加湿器2の著作物性を判断する。
(2) 著作物性について
ア 検討
控訴人加湿器1の形態は,本判決別紙4「控訴人加湿器1構成目録」に記載のとおりであり,控訴人加湿器2が控訴人加湿器1と実質的に同一のものであることは前述のとおりであるから,著作物性の検討に当たっても,両者は実質的に同一のものとみてよいといえる。
そこで,控訴人加湿器1についてみると,控訴人加湿器1は,加湿器を試験管様のスティック状のものとし(さらに,下端は半球状とし,上端にはフランジ部を形成する。),本体の下端寄りの位置に吸水口を設け,キャップの上端の噴霧口から蒸気を噴出するようにしたものであり,水の入ったコップ等に挿して使用することにより,ビーカーに入れた試験管から蒸気が噴き出す様子を擬するようにしたものである。この観点からみると,リング状パーツ5は,試験管に入った液体の上面を模したものとも理解され,このような構成自体は,従来の加湿器にはなかった外観を形成するものといえる。しかしながら,前述のとおり,著作権法は,表現を保護するものであって,アイディアを保護するものではないから,その表現に個性が顕れなければ,著作物とは認められない。加湿器をビーカーに入れた試験管から蒸気が噴き出す様子を擬したものにしようとすることは,アイディアにすぎず,それ自体は,仮に独創的であるとしても,著作権法が保護するものではない。そして,ビーカーに入れた試験管から蒸気が噴き出す様子を擬した加湿器を制作しようとすれば,ほぼ必然的に控訴人加湿器1のような全体的形状になるのであり,これは,アイディアをそのまま具現したものにすぎない。また,控訴人加湿器1の具体的形状,すなわち,キャップ3の長さと本体の長さの比(試験管内の液体の上面),本体2の直径とキャップ3の上端から本体2の下端までの長さの比(試験管の太さ)は,通常の試験管が有する形態を模したものであって,従前から知られていた試験管同様に,ありふれた形態であり,上記長さと太さの具体的比率も,既存の試験管の中からの適宜の選択にすぎないのであって,個性が発揮されたものとはいえない。
したがって,著作物性を検討する余地があるのは,上記構成以外の点,すなわち,①リング状パーツ5を用いたこと,②吸水口6の形状,③噴霧口7周辺の形状であるが,いずれも,平凡な表現手法又は形状であって,個性が顕れているとまでは認められず,その余の部分も同様である。
したがって,控訴人加湿器1及び控訴人加湿器2には,著作権法における個性の発揮を認めることはできない。
イ 控訴人らの主張について
控訴人らは,控訴人加湿器1及び控訴人加湿器2は,①コップ等に入れて使用する試験管状のスティック形状からなる携帯用の加湿器であり,下端が半球状に構成され,その上の中心部分が円筒状に形成され,上端にフランジ部が形成されている点と②最上部よりやや下がった箇所に,リング状のパーツが組み込まれ,このリング状のパーツよりも上の部分は取外し可能となっている点に,特に,個性が発揮されていると主張する。
しかしながら,リング状パーツ5よりも上の部分(キャップ3)が取外し可能となっているのは,吸水棒35の交換のためであると推認されるところ,吸水棒35を交換するためには,いずれかの部分が取外し可能でなければならないから,キャップ3を取外し可能としたのは,加湿器としての機能を発揮するために必要な構成にすぎず,また,取外し可能な箇所をキャップ3としたのは,ごくありきたりの箇所を選択したまでであって,いずれにせよ,個性を発揮する余地はない。
リング状パーツ5よりも上の部分が取外し可能となっているとの点以外は,上記アにて説示したとおりである。
したがって,上記控訴人らの主張は,採用することができない。
(3) 小括
以上から,控訴人加湿器1及び控訴人加湿器2は,美的特性を備えるか否かを検討するまでもなく,著作物であるとは認められない。