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著作権判例セレクション

【美術著作物】幼児の練習用箸(そのデザイン画を含む。)(美術)著作物性及び侵害性を否定した事例

▶平成28427日東京地方裁判所[平成27()27220]平成281013日 知的財産高等裁判所[ 平成28()10059]
() 本件は,「エジソンのお箸」という商品名の幼児用箸を製造販売している原告が,「デラックストレーニング箸」という商品名の幼児用箸を製造販売している被告に対し,自らが別紙原告著作物目録1記載の図画(「原告図画」)及び別紙原告著作物目録2記載1ないし19の各幼児用箸(「原告各製品」)に係る各著作権を有することを前提に,被告による各幼児用箸(「被告各商品」)の製造販売が上記各著作権(複製権及び翻案権)を侵害する旨主張して,被告に対し,著作権法112条1項・2項に基づき,被告各商品の製造及び販売の差止めなどを求めた事案である。
(前提事実)
原告各製品は,「エジソンのお箸」と称する幼児用箸である。これら別紙原告著作物目録2記載のとおりの19種類の各製品は,一方の箸に1個のリング,他方の箸に2個のリングが設けられている点で共通するが,両箸が結合する上部の形状ないし模様(キャラクター)や全体の色がそれぞれ異なっている。
原告図画は,「子供の知能を発展させる練習用箸」と称する白黒のデザイン画である。原告図画については,米国著作権局において「2次元美術品」として著作権登録(基本登録:登録番号VAu 1-173-069,発効日2014年4月14日,補充登録:登録番号VAu 757-819,発効日2015年2月12日)がされており,同登録上,2001年(平成13年)にAⅰが完成したものとされている。

1 原告各製品に係る著作権侵害(複製権又は翻案権)の成否について
(1) 原告各製品が,幼児用箸として実用に供されるためにデザインされた機能的な工業製品であること自体は当事者間に争いがないところ,原告は,これが「著作物」として著作権法による保護を受ける旨主張する。
(2) そこで検討するに,著作権法2条1項1号は,「著作物」とは「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいう」旨規定し,同条2項は,「この法律にいう『美術の著作物』には,美術工芸品を含むものとする」と規定している。そして,そもそも,著作権法は,文化的所産に係る権利の保護を図り,もって「文化の発展に寄与すること」を目的とするものである(同法1条参照)。これに対し,産業的所産に係る権利の保護については,工業上利用することができる意匠(物品の形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合であって,視覚を通じて美感を起こさせるもの)につき,所定の要件の下で意匠法による保護を受けることができる(同法2条1項,3条ないし5条,6条,20条1項等参照)など,工業所有権法ないし産業財産権法の定めが設けられており,このほか,商品の形態については,不正競争防止法により,「実質的に同一の形態」等の要件の下に3年の期間に限定して保護がされている(同法2条1項3号,同条5項,19条1項5号イ等参照)。
以上のような各法制度の目的・性格を含め我が国の現行法が想定しているところを考慮すれば,実用に供される機能的な工業製品ないしそのデザインは,その実用的機能を離れて美的鑑賞の対象となり得るような美的特性を備えていない限り,著作権法が保護を予定している対象ではなく,同法2条1項1号の「文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」に当たらないというべきである。
なお,原告は,実用に供される機能的な工業製品やそのデザインであっても,他の表現物と同様に,表現に作成者の何らかの個性が発揮されていれば,創作性があるものとして著作物性を肯認すべきである旨主張するけれども,著作権は原則として著作者の死後又は著作物の公表後50年という長期間にわたって存続すること(著作権法51条2項,53条1項)などをも考慮すると,上述のとおり現行の法体系に照らし著作権法が想定していると解されるところを超えてまで保護の対象を広げるような解釈は相当でないといわざるを得ず,原告の上記主張を採用することはできない。
(3) 前記前提事実に証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,原告各製品については,①幼児が食事をしながら箸の正しい持ち方を簡単に覚えられることを目的とした幼児の練習用箸であり,このような用途・機能を有する実用品として量産される工業製品であること,②一方の箸には,人差し指挿入用のリング及び中指挿入用のリングが設けられ,他方の箸には,これら2つのリングよりは大きな,やや縦長楕円形の,親指挿入用のリングが設けられているところ,これら各リングが配置されている位置及び向きは,リングが上記3指の位置を固定して,正しい箸の持ち方の手の形になるようにするという目的に適った位置及び向きであり,人体工学に基づいて設計されたものであること,③箸本体を上部の円形部材等で連結させているところ,これは1本1本の箸を固定して箸先の交差を防止するという機能を果たす目的によるものであることが認められる。これら各点に照らせば,上記②のリングの個数,配置,形状等及び上記③の連結箸である点は,いずれも上記①の幼児の練習用箸としての実用的機能を実現するための形状ないし構造であるにすぎず,他に,原告各製品の外観のうち,原告が被告各商品と共通し同一性があると主張する部分を見ても,際立った形態的特徴があるものとはうかがわれない。そうすると,原告各製品が,上記実用的機能を離れて美的鑑賞の対象となり得るような美的特性を備えているということはできない(もとより純粋美術と同視し得る程度の美的特性を備えているということもできない。)。
なお,原告各製品について原告が保護を求めているところのものは,結局のところ,前示のとおり意匠法が意匠として保護を予定している量産され工業上利用可能な物品の形状等そのものであり,原告製品9と同一の形状とみられる意匠について現に意匠登録もされている(ただ,被告各商品の販売開始時期に比してその出願・登録が遅かったにすぎない。)ものである。
(4) 以上によると,原告各製品は,著作権法2条1項1号所定の著作物には当たらないというべきである。
したがって,被告による被告各商品の製造販売が原告各製品に係る著作権(複製権又は翻案権)を侵害するということはできない。
2 原告図画に係る著作権侵害の成否について
(1) 前記前提事実に証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,原告図画は,原告各製品ないしこれに類似する製品を製作するための,あくまで工業用のデザイン画の域を出ないものと認められる。そうすると,原告図画は,「学術的な性質」を有する図面(著作権法10条1項6号)とはいえないことはもとより,前記1で原告各製品について説示したところに照らし,直ちに著作権法上の著作物に当たるとはいい難い。
(2) もっとも,原告は,「原告図画は,あたかも画家がスケッチするようなタッチで描かれたものであって,特にデザイン画中の影の表現等は絵画的な表現形式であり,美術の著作物に当たる。」と主張する。
そこで検討するに,原告図画について,前記(1)の原告各製品等工業製品の製作とは離れて,純粋に白黒のスケッチ画として見るとすると,3次元の被告各商品とは形状や色彩等において全く異なるし,仮に原告の指摘する影の表現等の絵画的な特徴をもって創作性を認めるとした場合,その特徴は被告各商品には何ら現れていないから,被告各商品から原告図画の表現形式上の本質的特徴は感得することができないというほかはない。
また,被告各商品が原告図画に依拠して作られたとの事実を認めるに足りる証拠もない。
そうすると,いずれにせよ,被告各商品が原告図画の複製にも翻案にも当たらないことは明らかである。
(3) 以上によると,被告による被告各商品の製造販売が原告図画に係る著作権(複製権又は翻案権)を侵害するということはできない。

[控訴審]
1 当裁判所も,控訴人の請求はいずれも理由がなく棄却すべきものと判断する。
その理由は,後記2のとおり付加するほかは,原判決…に記載のとおりであるから,これを引用する。
2 付加判断
(1) 原告各製品に関し
ア 控訴人は,工業的に大量生産され,実用に供されるものであるからといって,「美的」という観点からの高い創作性の判断基準を設定することは相当でなく,「美術工芸品」に該当しない応用美術であっても,著作権法2条1項1号所定の著作物性の要件を満たすものについては,「美術の著作物」としてこれを保護すべきである(意匠法等の他の法律によって保護されることを根拠として,実用に供される機能的な工業製品ないしそのデザインは,その実用的機能を離れて美的鑑賞の対象となり得るような美的特性を備えていない限り,著作権法が保護を予定している対象ではないとするのは誤りである)とした上で,原告各製品は,①キャラクターが表現された円形部材により最上部で結合された連結箸である点,②1本の箸に人差し指と中指を入れる2つのリングを有し,かつ,他方の箸に親指を入れる1つのリングを有して,合計3つのリングが設けられている点において,他社製品に比べて特徴的な形態を有しており,そこには作者の個性が発揮されていて創作性が認められるから,「美術の著作物」として保護されるべきものである,と主張する。
イ しかしながら,控訴人の主張は採用できない。理由は次のとおりである。
() 第一に,実用品であっても美術の著作物としての保護を求める以上,美的観点を全く捨象してしまうことは相当でなく,何らかの形で美的鑑賞の対象となり得るような特性を備えていることが必要である(これは,美術の著作物としての創作性を認める上で最低限の要件というべきである)。したがって,控訴人の主張が,単に他社製品と比較して特徴的な形態さえ備わっていれば良い(およそ美的特性の有無を考慮する必要がない)とするものであれば,その前提において誤りがある。
() 第二に,原告各製品の形態は一様ではなく,少なくとも前記①の点をもって共通の特徴的な形態とするのは誤りである。
すなわち,原告製品1~6は,最上部で結合されているものの,連結部分はそれぞれ左右に大きな円形の耳を有しており,単純な円形部材ではない。また,キャラクターが表現されているのは連結部分ではなく円形の耳の方である。
原告製品7及び8は,最上部で結合されているものの,連結部分はそれぞれ機関車トーマスシリーズのキャラクターが模られており,円形部材ではない。
原告製品9は,最上部で結合されているものの,連結部分は括れた楕円形のような形をしており,単純な円形部材ではない。
原告製品10,14及び15は,最上部で結合されているものの,連結部分は星形のような形をしており,円形部材ではない。
原告製品11~13は,そもそも最上部で結合されておらず,連結部分も円形部材ではない。
原告製品16~19は,最上部で結合されているが,連結部分は立体的なディズニーのキャラクターが模られており,円形部材ではない。
以上のとおり,原告各製品はいずれも連結箸であるが,必ずしも「キャラクターが表現された円形部材により最上部で結合され」ているとはいえず,せいぜい,原判決が認定するとおり,「箸本体を上部の円形部材等で連結させている」といい得るにすぎない。したがって,前記①の点をもって共通の特徴的な形態とするのは誤りである。
() 第三に,原告各製品は,幼児が食事をしながら正しい箸の持ち方を簡単に覚えられるようにするための練習用箸であって,その目的を実現するために,2本の箸を連結する,あるいは,箸を持つ指の全部又は一部を固定するというのは,いずれもありふれた着想にすぎず,このことは(証拠)の各製品や,(証拠)の各公報に描かれたデザインを見ても明らかである。また,かかる着想を具体的な商品形態として実現しようとすれば,箸という物品自体の持つ機能や性質に加え,練習用箸としての実用性が求められることからしても,選択し得る表現の幅は自ら相当程度制約されるのであって,美術の著作物としての創作性を発揮する余地は極めて限られているものといえる。
() 以上に基づいて検討するに,まず,箸を連結すること自体はアイデアであって表現ではない(なお,連結部分にキャラクターを表現することも,それ自体はアイデアであって,著作権法上保護すべき表現には当たらない。)し,その具体的な連結の態様を見ても,原告各製品が他社製品と比較して特徴的であるとまではいえず,まして美的鑑賞の対象となり得るような何らかの創作的工夫がなされているとは認め難い。よって,前記①の点に美術の著作物としての創作性を認めることはできない。
次に,箸を持つ指やその位置が決まっている以上,これを固定しようと考えれば,固定部材を置く位置は自ずと決まるものであるし,人差し指,中指,親指の3指を固定することや固定部材として指挿入用のリングを設けることも,例えば,原告各製品が製造販売されるより前に刊行された(証拠)の各公報においても類似の構成が図示されている(すなわち,(証拠)には,一対の箸のうち1本が人差し指と中指を入れる2つのリングを有し,他方の1本が親指と薬指を入れる2つのリングを有するものが図示されている。乙8には,一対の箸のうち1本が人差し指と中指を入れる2つのリングを有し,他方の1本が薬指を入れる1つのリングを有するものが図示されている。)ように,特段目新しいことではない。原告各製品も通常指を置く位置によくあるリングを設けたにすぎず,その配置や角度等に実用的観点からの工夫があったとしても,美的鑑賞の対象となり得るような何らかの創作的工夫がなされているとは認め難い。よって,前記②の点についても,美術の著作物としての創作性を認めることはできない。
() 以上のとおり,控訴人が主張する前記①②の点は,いずれも実用的観点から選択された構成ないし表現にすぎず,総合的に見ても何ら美的鑑賞の対象となり得るような特性を備えるものではない。
よって,前記①②の点を理由に,原告各製品について美術の著作物としての著作物性を認めることはできないというべきである。
(2) 原告図画について
ア 控訴人は,原告図画が美術の著作物として保護されることを前提に,被告各商品は,最上部で結合された連結箸であり,1本の箸に人差し指と中指を入れる2つのリングを有し,かつ,他方の箸に親指を入れる1つのリングを有し,合計3つのリングを有する点において,表現されている本質的特徴を共通にするものであること,原告図画の影の表現等の絵画的な特徴は,三次元の物体を感得させる創作的表現であり,被告各商品は原告図画に創作的に表現された思想又は感情を三次元化したものであることを理由に,被告各商品は原告図画を翻案したものである,などと主張する。
イ そこで検討するに,著作物の翻案とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいうが,既存の著作物に依拠して創作された著作物が,思想,感情若しくはアイデア,事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には,翻案には当たらないと解すべきである(最高裁判所平成13年6月28日第一小法廷判決参照)。
これを本件についてみるに,そもそも,被告各商品が原告図画に依拠して作られたとの事実を認めるに足りる証拠がないことは,原判決が指摘するとおりである。
この点を措くとしても,控訴人が表現上の本質的特徴を共通にすると主張する部分は,原告各製品において検討した前記①②の点と同じであり,これらの点に創作性が認められないことは前記のとおりであるから,控訴人の主張は,結局のところ,表現上の創作性がない部分において同一性を主張するにすぎないものである(なお,原告図画は,原告製品1~6を図示したものであることが明らかであって,連結部分の左右に大きな円形の耳が描かれているのに対し,被告各商品はいずれも連結部分にそのような耳を備えておらず,両者は一見して明らかに異なる物品であることが明らかである。)。
ウ 以上によれば,被告各商品について,原告図画の翻案権侵害が成立する余地はないというべきであり,これに反する控訴人の主張は採用できない。
3 結論
以上の次第であるから,原判決は相当であり,本件控訴は理由がない。よって,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。