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著作権判例セレクション
【美術著作物の侵害性】猫のイラストの侵害性が争点となった事例
▶平成31年4月18日大阪地方裁判所[平成28(ワ)8552]
(注) 本件は,「原告イラスト」をデザインした原告が,「被告イラスト」の一部が描かれたTシャツ等を製造販売している被告に対し,①被告イラストは,原告イラストを複製又は翻案したものであり,上記Tシャツ等の製造は原告の複製権又は翻案権を侵害すること,②上記Tシャツ等の写真を被告が運営するホームページにアップロードしたのは,原告の公衆送信権を侵害すること,③さらに被告が原告イラストを複製又は翻案し,原告の氏名を表示することなく上記Tシャツ等を製造等したのは,原告の同一性保持権及び氏名表示権を侵害することを主張して,(a)著作権法112条1項に基づき,被告イラストを複製,翻案又は公衆送信することの差止め,(b)同条2項に基づき,被告イラストを使用した被告物品目録記載の各物品の廃棄並びに被告イラストに関する画像データ及び被告が運営するホームページの被告イラストが掲載された上記各物品の表示の削除,(c)著作権及び著作者人格権侵害の不法行為に基づき,原告の損害の一部である1000万円の賠償及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成28年9月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,(d)著作権法115条に基づき,謝罪文の掲載を請求した事案である。
1 争点1(原告イラストの著作物性)について
(1)
証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認定することができる。
(略)
ウ 原告イラストの表現上の特徴
原告イラスト[注:タイトル「眠り猫」]については,以下の表現上の特徴を看取することができる。
(ア) 原告イラストは,丸まって眠っている猫を上方から描くに当たり,円形状の上部に配された猫の顔のあごの下から片前足を出して,その片前足を片後ろ足や尻尾とほぼ同じ場所でまとめて描くことによって,ほぼ全体を略円形状の輪郭の中に収める一方で,輪郭より外の部分等は描いていないため,全体が一個のマーク(原告は家紋と表現する。)であるかのような印象を与える。
(イ) 原告イラストの基本的輪郭は円形状であるが,耳や片後ろ足が円から若干突出して描かれているほか,猫の後頭部から肩にかけての部位は若干ふくらむように描かれ,機械的な真円ではないことから,猫がきれいに丸まっているという基本的な印象を維持しつつも,柔らかく自然な印象を与える。
(ウ) 略円形状の上半分には,猫の頭部,片前足,片後ろ足及び尻尾が猫と分かるように描かれているのに対し,略円形状の下半分は,雲を想わせる抽象的な紋様となっているところ,略円形状の輪郭に沿って右回りにたどると,猫の顔や首の白黒の模様が徐々に変化して雲を想わせる紋様となり,さらにたどると,猫の片後ろ足と尻尾になるという形で連続的に変化しており,また,猫の片前足の付け根は渦巻状になっているが,これを白黒反転させた紋様が下半分の雲を想わせる紋様の中に三個存在するため,全体として,猫を描いた部分と抽象的な紋様の部分とが,うまく一体化している。
(2)
被告の主張について
被告は,平成23年9月以前から,原告イラストと同種のイラスト又は写真が存在していたことを理由に,原告イラストはありふれたものであって創作性がなく,美術の著作物に該当しないことを主張する趣旨と解される。
しかしながら,(証拠)は,実物の猫が鍋の中で丸まって眠っている様子を上方又は横から撮影した写真であるが,原告イラストは,実物の猫をそのまま忠実にデッサンしたものではないから,これらの写真によって原告イラストの創作性が否定されるとはいえない。
また,(証拠)は猫が丸まって眠っている様子を上方から描いたイラストであるが,(証拠)の絵には原告イラストとは異なる点が相当数みられ,これらによっても,原告イラストがありふれたものであると認めることはできない。
なお,被告は,被告イラストを作成する過程で(証拠)を入手し,被告デザイナーに渡した旨主張しているが,これが原告において原告イラストを作成した平成23年9月までの時点で存在していたことを認めるに足りる証拠はない。
(3)
争点1についての判断
原告イラストは,前記(1)ウで述べたとおり,表現上の特徴を有するところ,前記(2)で検討したとおり,これらはありふれたものということはできず,創作性が認められるから,原告イラストは,原告がこれを作成した時点で,美術の著作物として創作されたものと認められる。
原告は,前記(1)ア及びイで認定した経緯により,原告イラスト作成後,それを広めるために,あるいは商業的に利用するために,Tシャツ販売サイトを介して,原告イラストを付したTシャツを販売したことが認められるが,これは原告が創作した美術の著作物を用いたTシャツを販売したにすぎないから,このことは,原告イラストの著作物性を否定する理由とはならず,原告イラストが応用美術に属するものとして,その著作物性を否定する被告の主張は,採用できない。
2 争点2(被告イラストは原告イラストを複製又は翻案したものか等)について
(1)
原告イラストと被告イラストの類似性
被告イラストには,原告自身が被告商品に用いられていないことを自認しているものも含まれている(被告イラスト4,13,14,19,20)が,原告はそれらを含めて複製や翻案等の差止めを請求していることから,上記各被告イラストを含め,原告イラストの複製又は翻案に当たるかを検討する。
ア 被告イラスト1ないし4について
まず,原告イラストと被告イラスト1ないし4は,丸まって眠っている猫を上方から円形状にほぼ収まるように描くとともに,片前足と片後ろ足と尻尾をほぼ同じ位置でまとめて描きつつ,耳や片後ろ足を若干円形状から突出して描いている点で共通している。これらの共通点は,前記1で認定した原告イラストの創作性が認められる表現上の特徴部分そのものであり,上記各被告イラストの表現上の特徴は,原告イラストのそれと共通しているといえる。
他方,原告イラストでは猫の目の周囲が黒いのに,上記各被告イラストはそうではないが,全体からすると微差にとどまるものというべきである。
また,上記各被告イラストでは,猫の胴体部分に波様の紋様が描かれており,原告イラストの雲様の紋様とは異なっているが,前述のとおり,原告イラストの表現上の特徴は,上半分に猫と分かるよう描かれた模様が徐々に変化して抽象的な紋様につながり,猫の片前足の付け根の模様が,下半分の紋様にも使われるなど,猫を描いた部分と抽象的な紋様とが連続的,一体的に構成され,全体として略円形状のマークのような印象を与える点にあると解され,上記各被告イラストは,これらをすべて有していると認められるが,下半分の抽象的な紋様にどのようなものを用いるかは表現上の本質的特徴といえるものではない。
以上より,原告イラストと上記各被告イラストとの上記共通点に照らせば,上記各被告イラストは,原告イラストを有形的に再製したものと認めることができる。
イ 被告イラスト5ないし8について
上記アで認定した原告イラストと被告イラスト1ないし4の共通点は,被告イラスト5ないし8にも認められる。
他方,被告イラスト5ないし8には,猫の前足が2本とも描かれる一方で,ひげが描かれておらず,抽象的な紋様が唐草様であるといった相違点もみられるが,それらの前足は片後ろ足や尻尾とほぼ同じ場所にまとめて描かれており,前記1で認定した原告イラストの表現上の特徴は維持されているといえるし,ひげの有無等の相違点は微差であり,抽象的な紋様の相違は本質的ではない。
以上より,上記各被告イラストは,原告イラストを有形的に再製したものと認めることができる。
ウ 被告イラスト9ないし12について
上記アで認定した原告イラストと被告イラスト1ないし4の共通点は,被告イラスト9ないし12にも認められる。
他方,被告イラスト9ないし12には,猫の前足が2本とも描かれ,そのうち左前足が円形状の外に突出しているという相違点や,足裏(肉球)が見えるように描かれている(したがって,猫が両前足を上げているように描かれている)という相違点等が認められる。
しかし,右前足は片後ろ足や尻尾とほぼ同じ場所にまとめて描かれており,前記1で認定した原告イラストの表現上の特徴が基本的に維持されているということができるし,左前足が円形状から突出しているものの,耳や片後ろ足の円形状からの突出の程度は原告イラストと同程度にすぎず,丸まって眠っている猫を上方から描き,猫を描いた部分と抽象的紋様の部分が連続的,一体的に構成され,全体として略円形状のマークのように見えるという原告イラストの基本的な特徴は維持されており,上記相違点によって,原告イラストの表現上の本質的な特徴を感得できなくなるものとは認められない。
以上より,上記各被告イラストは,原告イラストの表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,一部を変更したものと認めることができる。
エ 被告イラスト13ないし16について
被告イラスト13ないし16は,被告イラスト5ないし8と類似している点が多く,被告イラスト13ないし16では,顔の傾きや2本の前足の重ね具合,片後ろ足が円形状の中に収められている点等が異なっているものの,ひげが描かれている点で原告イラストに近く,全体として前記イの判断が妥当するといえる。したがって,上記各被告イラストは,原告イラストを有形的に再製したものと認めることができる。
オ 被告イラスト17ないし20について
被告イラスト17ないし20は,そもそも丸まって眠っている猫を描いたものではなく,前記1で認定した原告イラストの表現上の特徴との共通点がみられない。したがって,上記各被告イラストは原告イラストを有形的に再製したものとは認められないし,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持していると認めることもできない。
(2)
依拠性
ア 原告イラストとの類似性
(証拠),弁論の全趣旨及び被告商品におけるイラストの使用状況に照らせば,被告イラスト1ないし3,5ないし12,15及び16は,いずれも被告デザイナーが作成したものと認められる。
そこで,被告デザイナーが上記各被告イラストを原告イラストに依拠して作成したと認められるかが問題となるが,(証拠)及び弁論の全趣旨によっても,上記各被告イラストが作成されたのは平成24年6月頃から平成25年3月頃であると認められ,これは原告イラストが作成されて,複数のTシャツ販売サイトに原告イラストが付されたTシャツが出品された平成23年9月よりも後のことであるから,被告デザイナーが原告イラストに接する機会はあったと認められる。
そして,上記(1)で検討したことを踏まえると,上記各被告イラストは,表現上の本質的な特徴部分において,原告イラストに類似又は酷似しているということができるのであって,特に被告イラスト1については,原告イラストを見ずにこれをデザインしたということが実際上考え難いといえる程に似ている。
以上のように,原告イラストと上記各被告イラストとが類似又は酷似していることに照らせば,そのようなイラストを作成した被告デザイナーが,原告イラストを参照し,これに依拠して上記各被告イラストを作成した事実が推認される。
イ 被告の主張について
被告は,上記各被告イラストが原告イラストに依拠するものであることを否定し,被告の依頼を受けてデザインを作った被告デザイナーの陳述書を提出し,同デザイナーは,原告イラストを参照せず,被告より交付された資料(乙1,2,4,5)を基にデザインを作った旨を述べている。
しかしながら,上記資料のうち乙5については,被告はその入手の経緯は不明であるとしている上に,それが乙1,2及び4とは別に証拠提出されたことに照らせば,被告が乙5の資料を被告デザイナーに交付したか疑問があり,被告主張の時期に交付されたと認めるに足りる証拠もない。また,乙1,2及び4については,原告イラストとも上記各被告イラストとも相違点が多く,むしろ上記各被告イラストと原告イラストとの間に表現上の共通点が多いといわざるを得ないから,上記陳述については,採用できない。
さらに,被告は被告デザイナーが作成した他のイラスト(乙6,7)と被告イラストの類似性を指摘しているが,そもそもそれらのイラストは動物の全身を丸めて描いたものではなく,被告イラストとは表現上の特徴を全く異にするものであるから,それらの証拠の存在は上記認定を左右しない。
ウ まとめ
以上より,被告デザイナーは,原告イラストに依拠して上記各被告イラストを作成したと推認することができる。
そして,仮に被告が被告商品を製造販売した際に原告イラストの存在を認識していなかったとしても,被告は被告デザイナーから,原告イラストに依拠して作成された上記各被告イラストの提供を受け,これを付して,被告商品を製造販売したのであるから,被告の依拠性も認められる。
(3)
著作権侵害についてのまとめ
上記(1)及び(2)によれば,被告イラスト1ないし8及び13ないし16は原告イラストを複製したものと,被告イラスト9ないし12は原告イラストを翻案したものと認められるが,被告イラスト17ないし20については,原告イラストの複製,翻案のいずれにも当たらず,また,被告イラスト1ないし16の写真を被告が運営するホームページにアップロードしたことは,公衆送信権侵害に当たるというべきである。
(4)
被告の故意又は過失
被告はイラストをTシャツ等に付して製造販売する業者であるから,自らが製造販売するTシャツ等に付されるイラストが他人の著作権等を侵害するものでないかを調査・確認する義務を負っているというべきである。
そして,前記認定したとおり,被告は自らインターネットを利用して猫に関するデザインを収集しており,被告が被告デザイナーから上記各被告イラストの提供を受け,被告商品の製造を開始した時点では,既に原告イラストが付されたTシャツはTシャツ販売サイトで販売されており,被告がこれを見付けることが困難であったとの事情は認められないから,少なくとも被告には過失があったと認められる。
(5)
争点2についての結論
以上より,被告は,少なくとも過失により,原告イラストについての原告の複製権又は翻案権及び公衆送信権を侵害したことになる。
3 争点3(原告の同一性保持権及び氏名表示権の侵害の有無)について
前記1及び2の認定・判示によれば,被告は原告イラストを改変した被告イラスト1ないし3,5ないし12,15及び16を付した被告商品を製造し,被告が運営するホームページに被告商品の写真をアップロードした上に,その際に原告の氏名や原告が使用していたデザイナー名を表示しなかったから,原告イラストについての原告の同一性保持権及び氏名表示権を侵害したものと認められる。
4 争点4(差止請求や謝罪文の掲載請求等の成否)について
(1)
差止請求
まず,前記2(1)オの判示によれば,被告イラスト17ないし20の複製,翻案及び公衆送信の差止請求には理由がない。
そこで,その他の被告イラストに関する差止請求について検討すると,まず被告は,被告商品が時期的なシーズンものであり,既に製造販売を中止したと主張している。
しかし,仮に被告の主張のとおりであったとしても,被告は被告商品の一部を少なくとも平成29年11月28日まで販売し続けており,本件訴訟では被告イラスト1ないし16を含め,原告イラストを複製し,翻案したものであることなどを争うのみならず,本件訴訟係属中である同年12月頃,被告イラスト1をアレンジした虎のイラストを付した商品を新たに販売している。
以上の経緯を踏まえると,被告が被告商品に使用していた被告イラストを複製,翻案又は公衆送信することによって,原告イラストについての原告の著作権及び著作者人格権を侵害するおそれは,なお存在していると認めるほかない。
また,被告イラスト4,13及び14については,被告商品に用いられていないことを原告自身が自認しているものの,被告は商品によってイラストを左右反転させたり,色を反転させたりしており,これまで使用していなかった上記各被告イラストについても,既に使用していた被告イラストの左右を反転させたり,色を反転させたりして,Tシャツ等に付すおそれがあると認めることができる。
なお,被告イラスト1ないし16からは原告イラストの表現上の本質的な特徴を相当強く感得することができるから,その被告イラストを翻案することは,原告イラストを翻案することに他ならないと認めることができる。そして,前記認定の被告の行為態様によれば,原告イラストの一部を変更することで作成した被告イラストについて,さらにその一部を変更することで新たな被告イラストを作成した経緯が認められるのであり,この点を考慮すると,被告イラスト1ないし16の翻案の差止めも認めるのが相当である。
以上より,被告イラスト1ないし16については,原告による複製,翻案及び公衆送信の差止請求には理由がある。
(2)
廃棄請求等
まず,前記2(1)オの判示によれば,被告イラスト17ないし20を使用した物品の廃棄請求や,同イラストに係るデータ等の削除請求には理由がない。
また,被告イラスト4,13及び14については,原告自身がこれを用いた被告商品がないことを自認しており,それらのイラストを使用した物品の廃棄請求及び同イラストに係るデータの削除請求等にも理由がない。
さらに,被告は原告が主張するホームページの記載は存在していないと反論しており,被告がその運営するホームページに被告商品の写真を現在もアップロードし続けていることを認めるに足りる証拠はないから(なお,甲49は検索サイトの画像検索の結果にすぎない。),被告が運営するホームページからの表示の削除請求にも理由がない。
もっとも,被告イラスト1ないし3,5ないし12,15及び16を用いた被告商品は被告によって,平成27年3月18日ないし平成29年11月28日まで販売されており,その返品もあったというのであり,被告が被告商品をすべて売り尽くしたとか,在庫をすべて廃棄したことを認めるに足りる証拠があるわけでもないから,被告が上記商品を所持していることは推認され,その廃棄請求を認めるのが相当である。また,被告はそれらのイラストに関する画像データを記録した記録媒体を所持していることも推認されるから,その削除請求も認めるのが相当である。
(3)
謝罪文の掲載請求
被告の行為態様を踏まえても,後記5で認める損害賠償に加えて,著作権法115条の信用回復等の措置を認める必要があるとはいえない。
5 争点5(原告の損害額)について
(以下略)