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著作権判例セレクション

【損害額の算定例】法114条3項適用事例(Tシャツ等への猫のイラストの複製翻案が問題となった事例)
平成31418日大阪地方裁判所[平成28()8552]
() 本件は,「原告イラスト」をデザインした原告が,「被告イラスト」の一部が描かれたTシャツ等を製造販売している被告に対し,①被告イラストは,原告イラストを複製又は翻案したものであり,上記Tシャツ等の製造は原告の複製権又は翻案権を侵害すること,②上記Tシャツ等の写真を被告が運営するホームページにアップロードしたのは,原告の公衆送信権を侵害すること,③さらに被告が原告イラストを複製又は翻案し,原告の氏名を表示することなく上記Tシャツ等を製造等したのは,原告の同一性保持権及び氏名表示権を侵害することを主張して,(a)著作権法112条1項に基づき,被告イラストを複製,翻案又は公衆送信することの差止め,(b)同条2項に基づき,被告イラストを使用した被告物品目録記載の各物品の廃棄並びに被告イラストに関する画像データ及び被告が運営するホームページの被告イラストが掲載された上記各物品の表示の削除,(c)著作権及び著作者人格権侵害の不法行為に基づき,原告の損害の一部である1000万円の賠償及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成28年9月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,(d)著作権法115条に基づき,謝罪文の掲載を請求した事案である。

5 争点5(原告の損害額)について
(1) 著作権法114条3項に基づく損害
ア 双方の主張
原告は,要旨,被告の卸売先である販売店の小売価格に,原告が利用するTシャツ販売サイトに準じた使用料率を乗じて,著作権法114条3項の損害の額を算定すべきであると主張するのに対し,被告は,被告の販売店に対する販売金額(基準卸値,卸売価格)に,より一般的な使用料率を乗じ,さらに販売店から返品されたものについては控除して,これを算定すべきであると主張する。
イ 被告に販売店から返品された商品の売上げを含むことの当否
著作権法114条3項に基づく損害を算定する基礎となる譲渡数量に,被告が販売店から返品を受けた商品の数を含むべきか,換言すれば,使用料率を乗じる売上額から返品分に係る売上額を控除すべきかについて,当事者間に争いがある。
しかし,被告は返品を受けた被告商品を含めて製造し,その時点で原告イラストについての原告の複製権又は翻案権の侵害が発生し,それを販売店に販売することによって一旦売上げが計上されたのであるから,被告が製造し,販売店に販売した被告商品の数をもって上記譲渡数量と認めるのが相当であり,返品を受けた商品の数(売上げ)を控除すべき旨の被告の主張は採用することができない。
この点については,被告が提出する乙14の第6条において,ジャージやTシャツに関する商品化権許諾契約の対価(使用料)は使用料単価に「製造数量」を乗じて算定することとされ,その「製造数量」には見本品,試供品その他販売,頒布を15 目的としない商品についても含まれるものとされており(同1条3項),まさに製造された商品の数量によって使用料を算定することが定められている。被告商品は上記契約の対象とされるジャージやTシャツと同じ種類の物品であるから,乙14の上記条項は,被告商品についても,製造され,販売店に販売された商品の数量(売上げ)をもとに使用料を算定することを正当化する根拠になると考えられる。
ウ 使用料率
() 原告の主張について
まず,原告は自らがデザイナー登録してTシャツ等を販売しているサイトにおける報酬割合や報酬パーセンテージを引用したり,原告が実際に支払を受けていた報酬額と販売価格とを対比したりして,本件では少なくとも25%の使用料率が相当であると主張している。
しかし,原告がデザイナー登録しているサイトは,前記1(1)で認定したとおり,デザイナー等を応援することをコンセプトとしたものであったり,デザイナーが自らデザインしたイラストを付したTシャツを販売したりするためのサイトとしての性質も有しており,原告イラストあるいは原告の作品自体を入手することを目的として購入する者が多いと考えられるのに対し,被告による商品の販売態様は,主として,ショッピングモールに店舗を構えるなどして,多種多様な商品を販売する販売店(量販店)に対して商品を販売するというものであり,販売態様が大きく異なっている。
また,原告がデザイナー登録しているサイトにおいては,上記性質上,必ずしも一般的に,商品登録の際に多くの販売(売上げ)が見込まれるという性質のものとまで認めることはできないのに対し,被告は上記のような量販店に商品を販売することから,被告商品の製造販売を開始する時点で,ある程度の販売数(売上げ)が見込まれるのが一般的と推認される。
このように,商品の販売実態も,原告が引用している販売サイトの例と,被告の例とでは大きく異なっているから,上記のように著作物が複製等された商品が量販店に対して販売され,かつ,ある程度の販売数(売上げ)が見込まれる本件において,「著作権…の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額」を算定するに当たり,商品の販売態様や販売実態の異なる原告主張の販売サイトの報酬割合等を参考にすることは相当でないといわざるを得ない。なお,原告は(証拠)の例も引用しているが,その実態は以上検討した例と変わるものではなく,(証拠)にも以上の判示が同じく妥当する。
() 本件の使用料率
a 上記()の判示を踏まえると,本件では,著作物が複製等された商品が量販店に対して販売され,かつ,ある程度の販売数(売上げ)が見込まれる場合を前提とした使用料率によるのが相当であるところ,そのような契約の例としては,被告が引用している乙14[注:「国民的人気を誇るキャラクターの場合(乙14)でも,衣服に用いる場合の使用料率は小売価格の4%(卸売価格の8%)であることも踏まえると,本件での使用料率は被告の卸売金額の5%を超えることはない。」(使用料率にかかる被告の主張)]の契約の例が挙げられ,被告商品の販売態様・販売実態と同じ例と認められるから,本件の使用料率を算定にするに当たって,これを参考にするのが相当である。
b また,乙14の契約は,乙17ないし19の各商品について商品化権を許諾した契約であるから,これらとは商品における著作物の使用割合等が異なれば,当然,使用料単価(使用料率)も異なってくるものと考えられる。したがって,本件において乙14の契約の例を参考にするに当たっては,被告商品における原告イラストを複製又は翻案した被告イラスト(被告イラスト17ないし20を除く。以下同じ。)の使用割合,ないし売上げへの寄与を考慮すべきである。
そのような観点から被告商品を見てみると,被告商品においては,被告イラストのみを単独で付したようなものはなく,被告において作成した他のデザイン,他の紋様と組み合わせる形で,全体的なデザインの一部として被告イラストが使用されており,例えば,被告商品4,16,18及び21のように,被告イラストが比較的目立つように付されている商品がある一方で,被告商品5のように被告イラストが見えにくい商品や,被告商品19のように別のイラストの方が相当目立つ形で付されている商品等があり,商品における被告イラストの使用割合は相当異なっている。
したがって,本件の使用料率を認定するに当たっては,原告イラストを複製又は翻案した被告イラストの商品における使用割合(大きさや数)を考慮するのが相当であり,その際には,乙14で使用料単価(使用料率)が定められた乙17ないし19の各商品においては,キャラクターが比較的大きく描かれていることを踏まえつつ,相当な使用料率を認定すべきと考えられる。
c 被告の主張について
被告は,被告商品では被告のオリジナルな図柄も描かれていることを指摘しているが,そのことは乙17ないし19の各商品においても同じであるから,乙14を参考にする場合には,上記bで述べた被告商品における被告イラストの使用割合の中で考慮すれば足りると考えられる。
また,被告は,被告イラストごとに,原告イラストと関連する程度に応じて使用料率を考慮すべき旨を主張しているが,被告イラストは原告イラストを複製又は翻案したもので,前記2の判示によれば,原告イラストの表現上の本質的な特徴を強く感得することができるものと認められるから,上記被告が主張する点を,使用料率の認定に当たり考慮する必要はないというべきである。
さらに,被告は乙14の契約の例が国民的人気を誇るキャラクターについての契約であることを強調しているが,乙14の契約においてどのような点を考慮して使用料単価(使用料率)が定められたのかは不明であるし,また乙14の契約は商品の小売価格が1万1000円ないし1万7000円であることを前提としたものであるところ,被告商品の小売価格は,一部1万円を超えるものがあるものの,大半は7000円程度であり,安い商品では5000円を下回っているから,乙14の契約の例では,結果的に使用料単価が高く設定されているとみることもでき,本件で乙14の契約の例よりも使用料率を低くすべき事情があるとまでいうことはできない。
d 小売価格と卸売金額のいずれをもとに算定すべきか
著作権法114条3項の著作権の行使につき受けるべき金銭の額を算定するに当たっては,特段の事情のない限り,販売店に対する卸売価格ではなく,販売店における小売価格を基準とするのが相当であるが,その場合においても,被告が当初販売店に卸売りした際に予定していた価格(定価,標準価格)に固定するのではなく(原告はそれを前提とする主張をする。),被告商品においては,季節の変わり目に被告商品を値下げして販売することもやむを得ないと解されるから,販売店が値下げして販売した場合には,その値下げ後の価格をもとに算定するのが相当である。
そして,本件では,被告商品が販売店において,実際にいくらで販売されたかを認めるに足りる証拠はないが,被告の卸売金額から逆算して販売店での販売価格を認定することができ,被告は,販売店がこの金額で被告商品を販売することを前提に,販売店に卸売りしたのであるから,この販売店での販売価格に基づき,原告が受けるべき金銭の額を算定するのが相当である。
被告が販売店に対して卸売りした被告商品に係る卸売金額(返品分を含む。)は,別紙「損害額(販売店関係)計算表(裁判所認定)」の「販売店関係の売上額()5 …④」欄記載のとおりであるところ,被告は販売店に卸売りするに当たり,原則として小売価格を基準卸値の2倍の金額に設定していることを踏まえると,販売店における販売額は,その金額の2倍に相当する金額(同別紙の「販売店における販売額()」欄記載のとおり)と認めることができる。
以上に対し,被告が通販サイトにおいて小売りした被告商品については,被告が実際に販売した金額(別紙「損害額(通販サイト関係)計算表(裁判所認定)」の「通販サイト関係の売上額()」欄記載の金額。)をもとに算定することになる。
e 上記a及びbで判示した諸事情を考慮しつつ,乙14を参考にすると,本件の使用料率は次の通り認定するのが相当である(別紙「損害額(販売店関係)計算表(裁判所認定)」及び「損害額(通販サイト関係)計算表(裁判所認定)」の「使用料率」欄参照)。
(a) 被告イラストの使用割合,ないし売上げへの寄与が比較的高いもの 小売価格の5%
被告商品4,16,18,21
(b) 被告イラストの使用割合,ないし売上げへの寄与が比較的小さいもの 小売価格の3%
    被告商品19
(c) 被告イラストの使用割合,ないし売上げへの寄与が極めて小さいもの 小売価格の2%
    被告商品29
(d) 被告イラストの使用割合,ないし売上げへの寄与が平均的なもの 小売価格の4%
  上記(a)ないし(c)記載の商品以外のもの
f 上記d及びeをもとに著作権法114条3項に基づく損害の額を算定すると,次のとおりとなる。
(a) 被告が販売店に販売した商品に係る分
別紙「損害額(販売店関係)計算表(裁判所認定)」の右下欄記載のとおり,合計121万9681円となる。
(b) 被告が通販サイトにおいて小売価格で販売した商品に係る分別紙「損害額(通販サイト関係)計算表(裁判所認定)」の右下欄記載のとおり,合計3889円となる。
(c) 以上より,著作権法114条3項に基づく損害は,合計122万3570円である。
(2) 慰謝料
本件で認定した被告の行為態様が,原告イラストを複製又は翻案した被告イラストを多種多様な衣類等に付して幅広く販売し,被告商品の写真を被告が運営するホームページにアップロードするというものであること,原告イラストと被告イラストとが類似又は酷似しているにもかかわらず,被告は,本件訴訟で著作権侵害等を争っていること,他方で,被告は,被告イラストを商業的に利用しているのであって,原告イラストを揶揄したりすることを目的に翻案等しているのではないこと,以上の点を指摘することができるのであり,その他の本件に現れた一切の事情を総合すると,原告の著作者人格権侵害による慰謝料は30万円と認めるのが相当である。
(3) 弁護士費用
原告は本件訴訟の追行等を原告訴訟代理人弁護士に委任したところ,被告の著作権及び著作者人格権侵害の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は15万円と認めるのが相当である。
(4) 小括
以上より,被告の著作権及び著作者人格権侵害による原告の損害額は,合計167万3570円である。
なお,原告は訴状送達日の翌日から支払済みまでの遅延損害金の支払を請求しているが,被告は訴状送達後にも被告商品を販売等しているから,訴状送達日の翌日までに不法行為がされたものと,その後に不法行為がされたものとを区別する必要がある。
そのような観点から検討すると,本件では被告商品の製造日は不明であるから,販売日を不法行為日とみるほかなく,訴状送達日の翌日より後に不法行為がされたものは,別紙「平成28年9月9日以降の販売一覧表」記載のとおりであり(同別紙の「原告の損害」欄の金額は1円未満を四捨五入したものである。),同表記載の各販売分に係る損害を時系列順に並べると,別紙「遅延損害金一覧表」記載のとおりとなり,同別紙の「元金」欄記載の各金額については「起算日」欄記載の各日が遅延損害金の起算日となる。
他方で,著作権法114条3項に基づくその余の損害に係る賠償支払債務は,訴状送達日の翌日までには遅滞に陥っていたと認められる。また,訴状送達日の翌日までに,被告商品の大半が販売されていたことを踏まえると,慰謝料と弁護士費用に係る損害についても,訴状送達日の翌日までには遅滞に陥っていたと認めるのが相当である。したがって,これらについては,訴状送達日の翌日を遅延損害金の起算日とすべきである。