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著作権判例セレクション
【二次的著作物】「編曲」の意義
▶平成14年09月06日東京高等裁判所[平成12(ネ)1516]
(1)
「編曲」の意義
歌曲「どこまでも行こう」は、控訴人Aの作詞に係る歌詞と同人の作曲に係る楽曲(甲曲)との、いわゆる結合著作物と解されるところ、本件では、後者すなわち歌詞を除く楽曲としての音楽の著作物に係る著作権(編曲権)の侵害が問題となっている。著作権法は、楽曲の「編曲」(同法2条1項11号、27条)について、特に定義を設けていないが(文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約2条(3)、12条も同じ。)、同法上の位置付けを共通にする言語の著作物の「翻案」が、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう(最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決)のに準じて、「編曲」とは、既存の著作物である楽曲(以下「原曲」という。)に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が原曲の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物である楽曲を創作する行為をいうものと解するのが相当である。
なお、社団法人日本音楽著作権協会の編曲審査委員会の審査基準は、音譜を単に数字や符号などに書き変えたもの、原曲の調を単に他の調に移調したもの等を編曲著作物として取り扱わないと定めているが、これは主として編曲に至らない程度の改変と編曲との区別に着目した基準と解されるものであって、原曲と、その改変の程度が大きくなり、別個独立の楽曲の創作としてもはや編曲とはいえなくなるようなものとの区別に関して参考にすることはできない。
ところで、一般用語ないし音楽用語としての「編曲」(アレンジメント)については、例えば、代表的な国語辞書では、「ある楽曲を他の楽器用に編みかえたり、他の演奏形式に適するように改編したりすること」(株式会社岩波書店発行の「広辞苑第5版」)、「ある楽曲をその曲本来の編成から他の演奏形態に適するように書き改めること」(株式会社三省堂発行の「大辞林」)などとされ、平成11年2月28日株式会社音楽之友社発行の「新訂
標準音楽辞典」においては、「(1)楽曲の本来の形から、通常、原曲の実体の本質をできるだけそこねずに、他の演奏形態に適するように改編することをいう。・・・大規模な編成を小編成に改める場合・・・編曲者の創作の入る余地はない。また演奏上の目的で行われる改編もあり、その場合は、編曲者による創作的要素が加わることが多い。たとえば、旋律だけの原形に伴奏を付加したり、まったく異なった楽器編成に改めたり、小規模な編成の楽曲を大編成に書き改めたりする場合などが含まれる。異なった編成への編曲を〈トランスクリプション〉とよぶこともある。(2)ポピュラー音楽やジャズでは、旋律や和声の特定の解釈をいう。・・・普通このような場合では、作曲家の役割は旋律を指定し、簡単に伴奏の和声を示すことだった。そして編曲者に演奏形態やオーケストレーションに関して自由裁量を残し、リズムや和声の細目についてはまかせている」とされているが、上記(1)の例として挙げられている「大規模な編成を小編成に改める場合」などは、著作権法上はむしろ「複製」の範ちゅうと解されるものであり、結局、一般用語ないし音楽用語としての「編曲」が著作権法上の「編曲」と必ずしも一致するものとはいえない。また、当審証人I(以下「I証言」という。)によれば、音楽業界で一般に「編曲」という場合には、上記(2)の趣旨、すなわち、旋律と和声の構造の確定した楽曲について、その構造を変更することなく、バックのオーケストラのスコアを制作することを指すものと認められるが(Eの陳述書によれば、同人による乙曲の「編曲」もこのような態様を指すものと解される。)、著作権法上の「編曲」がこのような態様のものに限定されるものでないことは当然である。
そこで、一般用語ないし音楽用語としての「編曲」と著作権法上の「編曲」とでは、概念が必ずしも一致しないことを前提に、以下では、上記に示した著作権法上の解釈に従って、まず、乙曲が甲曲の表現上の本質的な特徴の同一性を維持しているかどうかについて検討する。