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著作権判例セレクション

【損害額の算定例】法1143項適用事例(楽曲の「編曲権」侵害が問題となった事例)

▶平成140906日東京高等裁判所[平成12()1516]
() 本件控訴は、別紙記載の歌曲(以下、歌詞付きの楽曲として「歌曲」の用語を用いる。)「どこまでも行こう」に係る楽曲(「甲曲」)の作曲者である控訴人Aびその著作権者である控訴人K音楽出版が、別紙記載の歌曲「記念樹」に係る楽曲(「乙曲」)の作曲者である被控訴人に対し、乙曲は甲曲を編曲したものであると主張して、控訴人Aおいて著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)侵害による損害賠償を、控訴人K音楽出版において著作権(編曲権)侵害による損害賠償をそれぞれ求め、他方、被控訴人が、控訴人Aに対し、反訴請求として、乙曲についての著作者人格権を有することの確認を求めた事案である。

4 争点3(控訴人らの損害)について
4-1 控訴人K音楽出版の損害
(1) 控訴人K音楽出版は、著作権(編曲権)侵害による損害賠償として、著作権法114条2項[注:現3項。以下同じ]に規定する「通常受けるべき金銭の額に相当する額」の支払を求めているが、平成13年1月1日に施行された平成12年法律第56号により上記規定の「通常」の文言が削除され、本件においても、同法による改正後の規定が適用されることは明らかであり、弁論の全趣旨に照らし、同控訴人の主張の趣旨とするところも、これと殊更に別異の前提に立つものではないと解されるから、以下、改正後の規定に基づく、甲曲に係る著作権(編曲権)の行使につき「受けるべき金銭の額に相当する額」(以下「相当対価額」という。)について判断する。
(2) 録音、映画録音、ビデオグラム録音及び出版に係る相当対価額について
ア 調査嘱託に対する協会の平成13年10月29日付け、同年12月6日付け各回答書及び(証拠)によれば、歌曲「記念樹」の楽曲(乙曲)の著作権及び歌詞の著作権は、著作権者であるFパシフィックと協会との間の著作権信託契約に基づいて協会が管理していることが認められるところ、上記回答書にあるとおり、歌曲「記念樹」の使用料として協会がFパシフィックに対して既に分配した金額(平成5年3月分配期分~平成11年3月分配期分)及び分配を保留(本件訴訟が係属中であり、乙曲の著作権者が不確定であることを理由とするものである。)している金額(平成10年12月保留期分~平成12年12月保留期分)の合計額が、別紙記載の内訳により、録音につき108万2500円(分配額85万0539円、分配保留額23万1961円)、映画録音につき240円(分配額0円、分配保留額240円(ただし、楽曲分のみ))、ビデオグラム録音につき9800円(分配額5370円、分配保留額4430円)、出版につき102万6686円(分配額58万7219円、分配保留額43万9467円)、以上合計211万9226円(分配額144万3128円、分配保留額67万6098円)であることは、当事者間に争いがない(この分配額及び分配保留額を併せて以下「分配額等」という。)。
そして、控訴人K音楽出版は、上記分配額等は甲曲の相当対価額を構成する旨主張するところ、音楽著作権の管理が、実際上、大多数の場合において、協会に対する信託を通じてされていること、当該管理は、協会の使用料規程及び分配規程に準拠して行われていること、この使用料規程については、平成12年法律第131号による廃止前の著作権に関する仲介業務に関する法律(昭和14年法律第67号)3条の規定により文化庁長官の認可を受けていたものであることは当裁判所に顕著であるから、協会の使用料規程及び分配規程に基づく著作物使用料の徴収及び分配の実務は、音楽の著作物の利用の対価額の事実上の基準として機能するものであり、著作権法114条2項に規定する相当対価額を定めるに当たり、これを一応の基準とすることには合理性があると解される。その上で、被控訴人が主張する個別の問題について、以下、順次検討する。
イ まず、被控訴人は、上記分配保留額は、本件訴訟が確定した時点で正当な権利者に支払われるものであるから、控訴人K音楽出版の損害を構成しない旨主張する。しかし、同控訴人において、録音、映画録音、ビデオグラム録音及び出版に係る分配額等を損害項目として主張している趣旨が、あくまでも著作権法114条2項に基づき甲曲に係る著作権(編曲権)の行使につき受けるべき相当対価額の算定上の問題にあることは明らかであるから、たまたま本件訴訟の係属によってFパシフィックへの分配が保留されている(分配規程5条3項、著作権信託契約約款15条2号参照)からといって、そのことにより、上記相当対価額に消長を来すものではない。また、分配が保留されているとの一事をもって、現実の損害のてん補又はこれと同視すべき事情ということもできない。
ウ 次に、被控訴人は、上記分配額等は、作詞者であるD及び歌手に対する分配分も含まれているから、これを控除すべき旨主張するところ、まず、歌手に対する分配をいう点の主張は採用することができない。すなわち、協会の著作権信託契約約款から明らかなように、協会は、音楽の著作物の著作権の管理を受託する趣旨で、作詞者、作曲家、音楽出版社その他当該著作物の著作権者から著作権の信託を受け、その管理によって得た著作物使用料等を委託者である著作権者等に分配するものであるから、上記分配額が、実演家である歌手に対する分配分を含むものとは認められず、その分配分が存在することを前提にその控除をいう被控訴人の主張は失当である。
そこで、作詞者に対する分配分の控除をいう点の被控訴人の主張について検討するに、確かに、歌曲「記念樹」が作詞者と作曲者との共同著作物(著作権法2条1項12号)であるとか、その歌詞に係る著作権が消滅しているといった事情を認めるに足りる証拠がない本件においては、いわゆる結合著作物として、その楽曲(乙曲)についての著作権とは別個独立に、歌詞についての著作権が存在していることは明らかである。他方、前記分配額等が、乙曲という楽曲単独での使用料としてではなく、歌曲「記念樹」の使用料として現に分配され、又は分配を予定されているものであることは、その協会に対する作品届に照らして明らかである。そうすると、上記分配額等は、歌曲「記念樹」の歌詞の著作物の利用の対価額を含んでいることは明らかというべきであって、楽曲としての乙曲の相当対価額の算定上は、これを控除するのが相当である。この点について、控訴人K音楽出版は、歌曲「記念樹」は、甲曲の編曲権及び著作者人格権を侵害している違法なものであるから、楽曲はもとより歌詞に関しても、著作物使用料の分配請求権はない旨主張するが、歌曲について、歌詞と楽曲のそれぞれについて著作権が併存し、各別に利用の対価を観念し得るということと、編曲の適法性の問題とは次元を異にするから、同控訴人の上記主張は理由がない(なお、控訴人K音楽出版自身、映画録音に係る相当対価額の主張に限っては、歌詞分を控除して主張しているところである。)。
エ ところで、歌曲「記念樹」が、Eの編曲が施されたものとして公表され、公衆に提供又は提示されていることは前述のとおりであるから、その編曲者としての取り分を問題とする余地があるほか、そもそも、乙曲は甲曲を原曲としつつ、被控訴人の創作的な表現が加えられた二次的著作物であることは前述のとおりであるから、被控訴人が、当該二次的著作物としての著作権を有していること自体を否定することはできない。そうすると、甲曲を原曲とする二次的著作物である乙曲の利用の対価額中には、原曲の著作権者に分配されるべき部分と、二次的著作物の著作権者及びその編曲者に分配される部分とを観念し得るというべきである。したがって、甲曲の相当対価額を定めるに当たっては、上記分配額等から、後者の分配分を控除すべきであり、その控除されるべき割合は、原曲の編曲者への分配率に準じて定めるのが相当である(被控訴人は、この趣旨を明示的に主張していないが、その基礎となる事実関係自体は、主張上も証拠上も明らかに提出されている以上、これを参酌することに妨げはない。)。
なお、控訴人K音楽出版において、歌曲「記念樹」の創作過程の違法性を理由に、その関係者への分配分は否定されるとの趣旨の主張をしていることは上記のとおりであるが、現行著作権法が、二次的著作物に著作権が発生し同法上の保護を受ける要件として、当該二次的著作物の創作の適法性を要求していないことは、同法2条1項11号の文言及び旧著作権法(明治32年法律第39号)からの改正経過(例えば、旧著作権法22条の適法要件の撤廃)に照らして明らかであるから、上記主張は失当というべきである。また、以上の点は、編曲によって付加された創作性ゆえに二次的著作物の市場価値が増し、当該二次的著作物の相当使用料が高額となる場合もあることを考えれば、十分な正当性を持つものというべきである。もっとも、編曲を伴う著作物の利用許諾を内容とするライセンス実務を前提として、当該ライセンス料に基づいて相当対価額を算定する方法によった場合に、編曲者への分配分の控除という問題を生ずる余地がないことは当然であるが、本件において控訴人K音楽出版の主張する甲曲の相当対価額の算定は、その二次的著作物である乙曲の現実の使用料を基準とするものであって、両者の方法を同列に論ずることはできない。
オ そこで、進んで、上記分配額等から、作詞者(D)及び編曲者(被控訴人及びE)への分配分として控除すべき金額を検討する。
まず、録音、ビデオグラム録音及び出版については、控訴人K音楽出版において、歌詞分を控除していない分配額等(その合計は211万8986円である。)に基づく相当対価額を主張しているところ、協会の分配規程3条、29条において、録音、ビデオグラム録音及び出版に係る使用料の作曲者、作詞者及び編曲者への分配率は、関係権利者がこれらの三者である場合、作曲者3/8、作詞者4/8、編曲者1/8と定められていることが認められるところ、これを本件に適用することを不合理とする事情も認められないから、この分配率に準拠することとする。そうすると、録音、ビデオグラム録音及び出版に係る甲曲の利用についての相当対価額は、上記分配額等に、原曲の著作権者である控訴人K音楽出版への分配率3/8を乗じて計算した79万4619円(A)(上記分配額等の合計2,118,986円×3/8794,619円、円未満切捨て。以下同じ。)と認めるのが相当である。
そして、映画録音に係る甲曲の利用についての相当対価額は、映画録音に係る楽曲のみの分配額が240円であるところ、これから編曲者に対する分配分を控除するのが相当であるから、分配規程29条に定める録音に係る使用料の分配率(関係権利者が作曲者及び編曲者の場合、作曲者6/8、編曲者2/8)に準拠することとし、これを180円(B)240円×6/8180円)と認めるのが相当である。
(3) 放送及び放送用録音に係る相当対価額について
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(4) 弁護士費用について
以上のとおり、相当対価額による控訴人K音楽出版の損害額は、上記(2)(3)の認定額の合計額である279万0412円であるところ、被控訴人の侵害行為と相当因果関係を有する損害として認められる弁護士費用は、本件事案の内容、訴訟経過等の諸般の事情を勘案して60万円(E)と認めるのが相当である。
(5) したがって、編曲権侵害によって控訴人金井音楽出版の被った損害額は、同控訴人の本訴による一部請求分としては、上記(A)(E)の合計339万0412円となる。
4-2 控訴人Aの損害
被控訴人が、控訴人Aの意に反して甲曲を原曲とする二次的著作物である乙曲を作曲し、これを、同控訴人の実名を原著作物の著作者名として表示することなく、自らの創作に係る作品として公表し、公衆に提供又は提示させたことにより、同控訴人の甲曲に係る著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)が侵害されたことは前述のとおりである。そして、証拠によれば、控訴人Aは、コマーシャルソングの音楽史に残るといわれる傑作を多数作曲した第一人者として評価されているほか、昭和47年「ピンポンパン体操」でレコード大賞童謡賞、昭和51年「北の宿から」でレコード大賞を受賞するなど、幅広い作曲活動で知られる作曲家であること、6000曲にも及ぶ同控訴人のコマーシャルソングの作品中にあって、甲曲は代表作の一つとされ、同人自身も、同様の認識の下に甲曲に対する強い自負と愛着を抱いていることが認められ、しかも、甲曲は、コマーシャルソングとして公表されたものでありながら、多くの教科書に掲載されるなど、長く歌い継がれる大衆歌謡ないし唱歌としての地位を確立した著名な楽曲であることは前述のとおりである。このような甲曲を、乙曲という形で、その意に反して改変された上、乙曲を甲曲の二次的著作物でない被控訴人自らの創作に係る作品として、控訴人Aの実名を原著作物の著作者名として表示されることなく、フジテレビの番組のエンディング・テーマ曲等として公衆に提供又は提示されたことは前示のとおりであり、その状態が平成4年12月ころから本件口頭弁論終結時まで約10年間にわたって継続していることは弁論の全趣旨によって認められるところである。
以上の事実に、改変の態様その他これまでに認定した一切の事情を総合考慮すると、上記著作者人格権の侵害に係る控訴人Aの精神的苦痛を慰謝するための慰謝料の額は500万円、被控訴人の侵害行為と相当因果関係を有する損害として認められる弁護士費用は100万円と認めるのが相当である。