Kaneda Legal Service {top}
著作権判例セレクション
【コンテンツ契約紛争事例】フラダンス等の指導を行うことを内容とするコンサルティング契約の内容及びその解除等が争点となった事例
▶平成30年9月20日大阪地方裁判所[平成27(ワ)2570]
(注) ハワイに在住するクムフラ(フラダンスの師匠ないし指導者)である原告は,従前,フラダンス教室事業を営む被告と契約を締結し,被告ないし被告が実質的に運営する九州ハワイアン協会(「KHA」)やその会員に対するフラダンス等の指導助言を行っていたが,両者の契約関係は解消された。本件は,原告が,被告に対して,以下の請求をしる事案である。
(1) 原告は,被告が,被告の会員に対してフラダンスを指導し,又はフラダンスを上演する各施設において,別紙振付け目録記載の各振付け(「本件各振付け」)を被告代表者自らが上演し,会員等に上演させる行為が,原告が有する本件各振付けについての著作権(上演権)を侵害すると主張して,被告に対し,著作権法112条1項に基づき,本件各振付けの上演の差止めを請求する。
(2) 原告は,被告が,被告の会員に対してフラダンスを指導し,又はフラダンスを上演する各施設において,別紙楽曲目録記載の各楽曲(「本件各楽曲」)を演奏する行為が,原告が有する本件各楽曲についての著作権を侵害すると主張して,被告に対し,著作権法112条1項に基づき,本件各楽曲の演奏の差止めを請求する。
(3) 原告は,被告が,本件各振付けを上演し又は被告の会員等に上演させた行為(上記(1))及び本件各楽曲を演奏した行為(上記(2))が,原告の著作権を侵害すると主張して,被告に対し,不法行為に基づき,損害賠償金等の支払を請求する。
(4) 原告は,被告との間で,KHA等が平成26年秋に開催するワークショップ等において被告ないしKHAの会員に対してフラダンス等の指導を行うことを内容とする準委任契約(「本件準委任契約」)を締結していたところ,被告が同契約を原告に不利な時期に解除したと主張して,被告に対し,民法656条,651条2項本文に基づき,損害賠償金等の支払を請求する。
1 争点1(本件振付け6等の著作物性)について
(略)
2 争点2(本件各振付けの著作権の譲渡又は永久使用許諾の有無)について
被告の元従業員であるP2と原告の通訳担当者との間のメールのやりとりによれば,平成25年12月に,第三者が作曲したあるオリジナルソングに原告が振付けを施した件について,楽曲と振付けの著作権を被告に1曲3000ドルで譲渡することについてやりとりがなされたことが認められる。しかし,同月の段階では金額面で折り合いがつかず,平成26年1月9日のやりとりでは,原告側から著作権を双方が保有するとの提案がされた後,最終的にこの件がどのようにされたのかは明らかでなく,金員が実際に支払われたのかも明らかでない。
また,仮にこれらのやりとりで当該楽曲については著作権が譲渡ないし永久使用許諾がされたのだとしても,本件各振付けについても同様にされたのか否かは明らかでない。
そして,他に本件各振付けについて著作権が譲渡ないし永久使用許諾がされたと認めるに足りる証拠はないから,その事実は認められない。
3 争点3(被告が本件各楽曲を演奏し,本件各振付けを上演し又は上演させるおそれの有無)について
(略)
4 争点4(被告による本件各楽曲及び本件振付け1等に係る著作権侵害行為の有無)について
上記争点3についての判断のとおり,本件振付け6等については,被告が,本件コンサルティング契約が終了した翌日である平成26年11月1日以後に,ホイケ等のイベントにおいて自ら上演し又は会員等に上演させたことがあると認められる。
なお,被告は,間奏等の歌詞のない部分については,本件振付け6等と同じ振付けによるわけではなく,インストラクター等が自由かつ臨機応変に踊っていると主張するが,仮に間奏等の振付けが本件振付け6等と異なるとしても,フラダンスが楽曲の歌詞を表現する舞踊であることからすると,歌詞のない部分の振付けの重要性は低いから,それにより著作権侵害を免れることにはならない。
他方,本件各楽曲及び本件振付け1等については,同日以後に被告が演奏し又は自ら上演し若しくは会員等に上演させたことがあるとは認められない。
したがって,平成26年11月1日以降の被告による著作権侵害行為として認められるのは,本件振付け6等(又はその間奏等以外の部分)を自ら上演し又は会員等に上演させたことにとどまるから,以下ではこれを前提に被告の損害賠償責任を検討する。
5 争点5(被告の故意又は過失の有無)について
被告が,前提事実記載のとおり,本件振付け6等について原告から上演すること等を禁止するよう求められていたにもかかわらずこれらを上演する等していたという経緯に照らせば,本件振付け6等を上演する等した行為が原告の著作権を侵害することを予見することは可能であったというべきであるから,それらの振付けに係る著作権侵害行為について被告に少なくとも過失があると認められる。
これに対し,被告は,本件振付け6等に著作物性があるという確たる認識を有していなかったことを根拠に,本件振付け6等に係る著作権侵害行為に過失はあったとはいえないと主張し,実際にも,被告は,平成26年10月の時点で,弁護士から,原告のフラダンスの振付けには原則として著作物性はないとの意見書を得ていたと認められる。しかし,被告において本部長を務めていたP3が,クムフラがフラダンス教室において指導することをやめた後にも当該クムフラの創作した振付けを演じることができるか否かということが問題となっていた事例を聞き及んでおり,上記のとおり被告は原告による振付けの著作物性についても問題意識を持っていたことからすると,舞踊の著作物が著作物の一つとして法文上明記される(著作権法10条1項3号)一方,フラダンスの振付けの著作物性を否定する確定判例もない中で,1通の弁護士の意見書を得ていたからといって,過失を免れるものではないというべきである。したがって,被告の主張は採用できない。
6 争点6(原告の損害の有無及び額)について
(1) 本件コンサルティング契約の内容及び報酬の趣旨
ア 本件コンサルティング契約の内容に,被告がKHAの会員に対するフラダンスの指導に関する助言等を求めた場合に,原告がこれに応じることが含まれており,その報酬(月額1000ドル)がこの指導助言の対価の趣旨を含むことについては,当事者間に争いがない。
他方,原告が,従前から,自ら創作した振付け及び作曲した楽曲をKHAの会員がホイケ(フラフェスティバル),フラパーティ及びコンペティションと呼ばれるイベントで上演・演奏したり,これらのイベントに参加するための練習として教室で上演・演奏したりすることを許容していたことは明らかであるが,原告は,被告と本件コンサルティング契約を締結するに当たって,自ら創作した振付け及び作曲した楽曲の使用許諾料を,その報酬に含めることについて明示の合意をしたとは認められず,また,その他原告が,本件コンサルティング契約以外の場面で,被告との間で,原告が創作した振付け及び作曲した楽曲の使用許諾料の支払を受ける旨の明示の合意をしていたとも認められない。そのため,本件コンサルティング契約の内容として振付けや楽曲の使用許諾が含まれるか,その報酬が振付けや楽曲の使用許諾料としての趣旨を含むかが争点となっている。
イ そこでまず,原告が被告ないし被告を通じてKHAの会員に対して行っていた助言等の状況についてみると,証拠及び弁論の全趣旨によれば,次のとおりと認められる。
(略)
これらのことからすると,原告にとって,被告及びKHAの会員に対してフラダンスを指導する地位に継続的に就くということの意味は,原告が,現代フラのクムフラとして,被告ないしKHAを自己のハーラウとして受け入れ,自己が創作した振付けの使用を許諾し,その指導助言を行うということを一体として意味するのであり,他方,被告にとって,上記のような高名なクムフラである原告が指導者として顧問たる地位に就いているということは,KHAの正統性が根拠付けられるとともに,KHAに入会した暁には原告が創作した振付け及び作曲した楽曲を演じられるだけではなく,その原告自身から振付け指導も受けられるということをアピールすることができるという,利益を追求する営利企業である被告にとって大きなメリットを生むものであると考えられる。そうすると,本件コンサルティング契約は,単に,被告がKHAの会員に対するフラダンスの指導に関する助言等を求めれば原告に応じてもらえるというものにとどまらず,原告が被告ないしKHAのクムフラとして活動し,被告が原告のクムフラとしての地位や権威を幅広く利用するという,いわばクムフラ契約とでも称すべき契約であると解するのが相当である。したがって,その報酬には,原告が顧問(クムフラ)たる地位に就いていることに対する対価の趣旨だけでなく,このことと一体のものとして,上記のような助言等を求められればその都度これに応じてもらえるということに対する対価の趣旨はもちろん,原告に振付けの創作・楽曲の作曲をしてもらった上で,これらの使用許諾を受けることの対価の趣旨も含まれていると認めるのが相当である。したがって,原告は被告に対して本件振付け6等を無償で許諾していたわけではないから,その無断使用について使用許諾料相当額の損害が発生したと認められる。
(2) 原告の損害額の算定
ア 上記(1)のとおり,原告が,被告に対し,本件コンサルティング契約により,自ら創作した振付け及び作曲した楽曲についての許諾の趣旨を含む月額報酬が1000ドルであったことは,本件の使用許諾料相当額を算定にするに当たって最も重視すべき事情である。
イ ところで,原告は,本件コンサルティング契約の月額報酬の全額が使用許諾料であると主張する。しかし,上記(1)のとおり,本件コンサルティング契約には,原告が創作した振付け及び作曲した楽曲の使用許諾以外の要素が含まれているから,使用許諾料は月額報酬の一部であったと認められる。
次に,原告は,原告が被告のクムフラとなる本件コンサルティング契約を離れて振付けの使用許諾だけを行うことはあり得ないから,月額報酬の全額を使用許諾料相当額とするべきであると主張する。
確かに,上記のとおり本件コンサルティング契約が,原告が被告ないしKHAのクムフラとして活動することを一体的に約する契約であり,原告がハワイのフラ文化を重んじる信条を有していることからすると,原告がクムフラの活動のうちの振付け及び楽曲の使用許諾だけを独立して契約するという事態は考え難いようにも見える。しかし,上記争点2の判断で見たとおり,原告は,平成25年12月から平成26年1月にかけて,被告との間で,自己が創作した振付けについて,その著作権を有償で被告に譲渡したり,共同保有したりする(これは実質的には永年使用許諾と同じことになる)ことの対価額を協議しているのであり,このことからすると,原告は,自己が創作した振付けについて,自己がクムフラとして関与・指導するか否かにかかわらず,その自由な使用権ないし処分権を被告に与えてこれを経済的に利用することを条件次第では認める考えを有していたと認められる。したがって,原告がクムフラの活動のうちの振付け及び楽曲の使用許諾だけを独立して契約するという事態はあり得たというべきであり,これに反する原告の主張は採用できない。
ウ そこで,被告が,本件コンサルティング契約におけるのと同様に,原告が創作した振付け及び作曲した楽曲全般(本件振付け6等に限られない)の使用を行う場合の使用許諾料相当額を検討すると,上記のとおり,本件コンサルティング契約には種々の要素が含まれると認められるところ,被告が営むフラダンス教室事業にとって,会員がフラダンスを踊ることができるというのは根幹的なことであるから,本件コンサルティング契約において振付けの使用許諾が占める割合は高いものがあったと認められる。次に,本件コンサルティング契約に基づく指導助言は,ワークショップ等の機会を利用した指導や,メールでのわずかなものに限られていたから,それらが占める比重はさして高いものではなかったと認められる。他方,高名なクムフラである原告が指導者として顧問たる地位に就き,それによりKHAの正統性が根拠付けられるだけでなく,振付けの創作者たるその原告自身から振付け指導も受けられるということをアピールすることができる点は,被告が会員を集めるに当たり相当程度寄与したものと考えられるから,この点にも相応の比重があったと認められる。
これらの点を考慮し,かつ,被告は,原告が自己が創作した振付けの使用をやめるよう求めたにもかかわらず,本件振付け6等の使用を継続したという経緯を併せ考慮すると,被告が,原告が創作した振付け及び作曲した楽曲全般の使用を行う場合の使用許諾料相当額は,月間700ドルと認めるのが相当であり,原告の主張は採用できない。
エ 次に,上記(1)のとおり,本件コンサルティング契約の月額報酬は,原告が創作した振付け及び作曲した楽曲を当該月において上演・演奏した振付け・楽曲数やその上演・演奏回数等にかかわりなく定額であったのに対し,本件で検討すべき原告の損害は,あくまで,具体的な著作権侵害行為に係る使用許諾料相当額,すなわち,本件振付け6等のみの上演による使用許諾料相当額である。このことからすると,上記月額700ドルの全額を本件での使用許諾料相当額と見るのは相当ではなく,原告が創作した振付け全体の被告による上演状況の中での,本件振付け6等の上演状況を踏まえて算定すべきである。そして,具体的には,本件での本件振付け6等の無断上演に係る使用許諾料相当額は,無断上演が行われた月について,月額使用許諾料相当額700ドルに,その月の原告による振付けの全上演回数に占める本件振付け6等の上演回数の割合を乗じることによって算定することとするのが相当である。
オ そこで,原告が損害賠償請求対象期間と主張する平成26年11月から平成29年10月の間について,KHAが開催したホイケ,フラパーティ及びコンペティションにおける本件各振付け及び本件各楽曲を始めとする原告が創作した振付け及び作曲した楽曲の上演・演奏状況についてみると,証拠及び弁論の全趣旨によれば,別紙「原告が創作した振付け及び作曲した楽曲の上演・演奏状況一覧表」の「原告創作振付け・作曲楽曲の総数」欄記載のとおり,原告が創作した振付け・作曲した楽曲が合計732回上演・演奏されたことが認められ,本件各振付け及び本件各楽曲個別の状況については,別紙「原告が創作した振付け及び作曲した楽曲の上演・演奏状況一覧表」の「本件振付け6(エ・ピリ・マイ)」欄,「本件振付け11(レイ・ホオヘノ)」欄,「本件振付け13(ウア・ラニピリ・イ・カ・ナニ・オ・パパコーレア)」欄,「本件振付け15(ブロッサム・ナニ・ホイ・エ)」欄,「本件振付け16(マプ・マウ・ケ・アラ)」欄及び「本件振付け17(マウナレオ)」欄記載のとおり,6曲合計で90回上演されたと認められる。
まず,別紙「原告が創作した振付け及び作曲した楽曲の上演・演奏状況一覧表」の「月」欄が赤色で着色されている月は,当該月に開催されたイベントにおいて本件各振付け及び本件各楽曲のうちいずれかの振付け又は楽曲が少なくとも1回は上演又は演奏されている月であり,侵害該当月である。
次に,別紙「原告が創作した振付け及び作曲した楽曲の上演・演奏状況一覧表」
の「月」欄が黄色で着色されている月は,当該月にそもそもイベントが開催されておらず,これに伴って本件各振付け及び本件各楽曲がイベントにおいては1回も上演又は演奏されていない月であるものの,KHA内のコンペティションに参加する会員が通常少なくとも数か月前から当該コンペティションで上演する振付けを教室で練習のために上演していることに照らせば,別紙「原告が創作した振付け及び作曲した楽曲の上演・演奏状況一覧表」の「イベント」欄が黄色で着色されている「コンペ」のための練習として上演された月と認められるから,侵害該当月であると認めるのが相当である。
さらに,別紙「原告が創作した振付け及び作曲した楽曲の上演・演奏状況一覧表」の「月」欄が青色で着色されている月は,当該月にそもそもイベントが開催されておらず,これに伴って本件各振付け及び本件各楽曲がイベントにおいては1回も上演又は演奏されていない月であるか,又はイベント自体は開催されているが,当該イベントにおいて本件振付け6等が1回も上演又は演奏されていない月であるものの,ホイケに参加する会員が通常少なくとも半年以上前から当該ホイケで上演する振付けを教室で練習のために上演していることに照らせば,別紙「原告が創作した振付け及び作曲した楽曲の上演・演奏状況一覧表」の「イベント」欄が青色で着色されている「ホイケ」のための練習として上演された月と認められるから,侵害該当月であると認められる。
他方,別紙「原告が創作した振付け及び作曲した楽曲の上演・演奏状況一覧表」の「月」欄が緑色で着色されている月は,イベント自体は開催されているものの,当該イベントにおいて本件各振付け及び本件各楽曲が1回も上演又は演奏されていない月であるところ,当該月より後で最も近いところで開催されたホイケも半年以上後に開催されたものである上,パーティーにおいては,自由参加型のカジュアルなイベントであることから,その参加に向けて振付けの練習を重ねるとは認め難いことに照らせば,侵害該当月であるとまでは認められない。
カ そうすると,平成26年11月から平成29年10月の間(36か月間)の損害賠償請求対象期間のうち侵害該当月は,平成27年10月を除く合計35か月間であり,当該侵害該当月において,原告が創作した振付け及び作曲した楽曲が上演・演奏された回数が726回(平成26年11月から平成29年10月までの間の36か月間に上演・演奏された回数の合計732回から,平成27年10月に上演・演奏された回数6回を控除した回数である。),このうち本件振付け625 等が上演された回数が90回(平成27年10月には,本件各振付け及び本件各楽曲は上演・演奏されていない。)である。これらを踏まえると,本件振付け6等の使用許諾料相当額は,700ドルに,侵害期間35か月間を乗じた上で,原告が創作した振付け及び作曲した楽曲が上演・演奏された回数(726回)に占める本件振付け6等が上演された回数(90回)の割合を乗じた3037ドル(1ドル未満切捨て)とするのが相当である(700×35×(90÷726)≒3,037)。
もっとも,原告は,これを日本の通貨によって請求しているから,口頭弁論終結時の外国為替相場により外国の通貨から日本の通貨への換算する必要がある(最高裁昭和50年7月15日第三小法廷判決参照)。この点,本件口頭弁論終結日である平成30年5月15日の外国為替相場におけるレート(日本銀行発表・東京市場スポット中心相場)が1ドル109.7円であったことは公知の事実であるから,使用許諾料相当額は,日本円に換算すると,33万3158円(1円未満切捨て)となる(3,037×109.7≒333,158)。
(3) 弁護士費用相当額
上記(2)の認容額,被告の著作権侵害行為の差止請求が併合提起されていることを始めとする本件に現れた一切の事情を考慮すると,被告の著作権侵害行為と相当因果関係に立つ弁護士費用の損害額は,10万円と認めるのが相当である。
(4) 小括
以上によれば,原告の著作権侵害に基づく損害賠償請求は,43万3158円及びこれに対する不法行為の後である平成29年11月1日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
7 争点7(本件解除が原告にとって不利な時期にされたものか)及び争点8(本件解除についてやむを得ない事由があったか)について
(1) 判断の基礎となる事実関係
(略)
(2) 争点7(本件解除が原告にとって不利な時期にされたものか)について
委任契約は,各当事者がいつでもその解除をすることができる(民法651条1項)が,当事者の一方が相手方に不利な時期に委任の解除をしたときは,その当事者の一方は,相手方の損害を賠償しなければならない(同条2項本文)。この趣旨は,委任契約が当事者間の人的な信頼関係を基礎とする契約であることから,各当事者は何らの理由なく契約を任意に終了させることができることとし,その意味で各当事者は契約継続に対する利益を保障されるものではないが,解除が不利な時期にされたために損害を受けたときは,解除した当事者は,相手方に対して,解除の時期が不利であったことによる損害を賠償する責任を負わせる点にある。このことからすると,「不利な時期」とは,その時期に契約が解除されることによって相手方に損害が生じる時期をいうと解され,本件のように受任者が有償での委任事務処理を業とする者の場合の委任者による解除においては,受任者が委任の継続することを予定して他の収入を得る機会を失った場合がこれに当たると解される。
本件では,本件ワークショップ等は平成26年10月2日から同月9日までの間,及び,同月22日から同月26日までの間の開催を予定していたところ,本件解除がされた時期は同年9月17日である。そして,原告本人の供述によれば,この期間に他の仕事を手配するためには,2か月ないし3か月前に解除されることが必要であったと認められるから,本件解除は「不利な時期」にされたものと認めるのが相当である。
なお,原告は,解除が本件ワークショップ等の1年前でなければ「不利な時期」に当たるとの趣旨の主張をするようにも思われるが,上記原告本人の供述に照らして採用できない。また,原告の主張は,本件ワークショップ等の準備に費やした時間が無駄になることをも「損害」として捉え,それが回避可能な時期として上記の主張をする趣旨であるようにも思われるが,原告はCHSAの会員に対して本件ワークショップ等における指導と同内容の指導をしなければならなかったことに照らせば,いずれにせよ上記の準備は必要であったといえるから,原告の主張はその前提において採用できない。
(3) 争点8(本件解除についてやむを得ない事由があったか)について
ア 委任契約の任意解除が相手方に不利な時期にされ,そのために相手方が損害を受けた場合であっても,解除に「やむを得ない事由があったとき」は,解除をした者は相手方に生じた損害を賠償する責めを負わない(民法651条2項ただし書)。ここにいう「やむを得ない事由」とは,解除が不利な時期であったことにより相手方に生じた損害を賠償する責任を免れるための要件であるから,相手方に損害を甘受させてでも当該時期に解除したことがやむを得ないといえるだけの事情が必要であると解される。
イ 被告は,本件準委任契約を解除した理由として,本件ワークショップ等を開催すると,採算が取れないだけでなく,原告が本件ワークショップ等で被告に対する誹謗中傷を行うなどすることにより,KHAからの退会者が増加することが予想されたことを挙げ,これらが「やむを得ない事由」に当たると主張するのに対し,原告は,それらの解除理由を否認するとともに,それらが「やむを得ない事由」に当たることも否認する。
そこで,本件解除に至る経緯を見ると,(1)で認定した事実のとおり,まず,被告は,平成26年6月18日に原告から乙2書面により指導関係解消の申し出を受け,その頃,本件ワークショップ等を最後に同年10月31日限りで原告との本件コンサルティング契約を解消することとした。この時点は,いまだ「不利な時期」とは認められない時期であるが,同年11月以降にKHAで原告の指導を受けられない
のであれば,その直前の本件ワークショップへの参加者が例年より減少したり,KHAから退会する会員が出てきたりするであろうことは予測可能な事態である。にもかかわらず,被告は,なお本件ワークショップ等を開催する方針を維持したのであるから,被告が主張する本件解除の理由が,単にこの時点での予測が現実化したにすぎないものであれば,解除の時期が同年9月17日に至ったことについて,「やむを得ない事由」があるとはいえない。
しかし,その後,上記(1)で認定したとおり,「不利な時期」に差し掛かった同年8月中旬に至って,原告の周囲の人々が甲13書面をKHAのトップインストラクター以外の一般会員に配布して,原告が本件コンサルティング契約の終了後は自ら創作した振付けをKHAが使用することを禁止する意向であることを表明し,それにとどまらず,KHA会員のための受け皿として西日本ハワイアン協会の設立が企画され,本件コンサルティング契約の解消前から同協会についての説明がされたことは,単に上記の予測が現実化したにとどまらない事態である。そして,これに対して被告は,同月20日付けの甲11書面を会員に配布して被告の立場を説明し,事態の収拾を図ったが,同月下旬から翌9月上旬にかけて,KHA所属のインストラクターとその傘下の会員からの退会申し出が続出し,同月5日にレイ・プロダクション株式会社が設立された翌日の同月6日には,後に西日本ハワイアン協会に移籍し,この時点でも既に移籍する予定であったと推認される被告の従業員であるP2が,本件コンサルティング契約の解消前であるにもかかわらず,被告に無断で甲30書面を配布し,同年11月以降はKPDAとの提携関係を新会社が承継する旨や,新しい事務局の所在地等は本件ワークショップ等の時に知らせる旨を告知しているのであって,本件ワークショップ等が,被告ないしKHAと競合する西日本ハワイアン協会の説明や勧誘の機会となる可能性が高まったといえる。そして,同年9月10日に本件ワークショップ等の参加申込みが締め切られると,フラダンスの申込者が例年は350名程度であったのが250名,タヒチアンダンスの申込者が例年は200名前後程度であったのが40名と大幅に減少したことが判明し,参加申込者数から見込まれる売上高(677万6947円)と想定される売上原価(568万2700円)からして,その他の諸経費も考慮すると採算がほとんど見込めない状態であったと認められる。そして,被告は,その1週間後の同月17日に本件解除を原告に通知したものである。
以上の経緯からすると,被告が本件ワークショップ等を中止して本件準委任契約を解除した理由は,参加申込者数が少なかったために採算が見込めなかったことのほか,本件ワークショップ等を開催するとKHAから退会する者が更に増加することを懸念したことにあったと認められる。そして,特に後者の懸念は,既に「不利な時期」に差し掛かった後の平成26年8月中旬以降に,原告やその周囲の人々の行為によって高まり,そのことが前者の本件ワークショップ等の申込みにも影響を与えたと考えられ,それらが合わさった結果としての申込み状況が同年9月10日に判明したことからすると,被告が本件準委任契約を同月17日に解除したことには,それが原告にとって「不利な時期」にしたことについて「やむを得ない事由」があったと認めるのが相当である。
この点について原告は,フラダンスの世界におけるしきたりからすると原告がKHAの会員に対して自ら指導した振付けを演じることを禁止することは正当であると主張するが,そうであるとしても,原告やその周辺の人々が,本件コンサルティング契約の解消前から,KHAの会員に対して,KHAに代わる受け皿としてKHAないし被告と競合する西日本ハワイアン協会の説明をし,実質的に勧誘となる行為をすることが正当であるとはいえず,それらがKHA会員の退会や本件ワークショップ等の申込人数に影響を及ぼす被告の懸念も合理的なものであるから,原告の上記主張は,上記判断に影響を及ぼすものではない。
(4) 以上によれば,その余の点について検討するまでもなく,原告の民法651条2項本文に基づく損害賠償請求は理由がない。