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著作権判例セレクション

【共同不法行為】法務局設置のコピー機による地図(土地宝典)の無断複製について国の共同不法行為性を認定した事例
平成200131日東京地方裁判所[平成17()16218]▶平成20930日知的財産高等裁判所[平成20()10031]
() 本件は,別紙記載の各土地宝典(「本件土地宝典」)に係る各著作権を譲り受けた原告らが,被告()に対し,遅くとも昭和55年から,不動産関係業者等をはじめとする不特定多数の第三者が,業務上の利用目的をもって,同一覧表記載の各法務局(支局,出張所を含む。)に備え置かれた本件土地宝典の貸出を受けて,各法務局内に設置されたコインコピー機により無断複製行為を繰り返していたことは,被告において本件土地宝典を各法務局に備え置いて利用者に貸し出すとともに 各法務局内にコインコピー機を設置し,当該コインコピー機を用いた利用者による無断複製行為を放置していたことによるものであり,この被告の行為は,被告自身による複製権侵害行為であるか,少なくとも不特定多数の第三者による本件土地宝典の複製権侵害行為を教唆ないし幇助する行為であり,また,本件土地宝典の著作権の使用料相当額の支払を免れた不当利得にも当たると主張して,損害賠償及び不当利得の一部として,所定の金員の支払を求めた事件である。

1 争点1(本件土地宝典の著作物性)について
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2 争点2(本件土地宝典の著作権の原告らへの帰属の有無)について
本件土地宝典の著作権の各譲渡契約書及び各譲渡証書,原告Aの陳述書によれば,Cが,別紙一覧表「譲渡日」欄記載の日に,別紙一覧表「譲受人」欄記載の者に,本件土地宝典の著作権を譲渡したことを認めることができる。
被告は,本件土地宝典の著作権等の譲渡対価が低廉であることや改訂版の発行がなされていないことなどを理由に,Cに権利移転の意思があったか疑問であると主張し,また,本件土地宝典の著作権は代金支払時に移転すると解するのが合理的であるのに,代金支払の立証がないなどと主張する。しかし,上記各譲渡契約書及び各譲渡証書には,Cの実印が押捺されているから,上記各譲渡契約書及び各譲渡証書は,Cの意思に基づいて真正に成立したものであると認められる。【そして,①各譲渡契約書には,Iが本件土地宝典の著作権を原告らに「売り渡し」,原告らがこれを「買い受ける」こと(第1条),Iの「権利として認められる違法コピー等に対する損害賠償請求権等の求償権は本日以降」(すなわち,別紙一覧表「譲渡日」欄記載の日以降)原告らに「無償にて移転すること」(第5条)が明記されている一方,本件土地宝典の著作権が代金支払と引換えに移転するとの条項は存在しないこと,②各譲渡証書には,同証書に記載された日(すなわち,別紙一覧表「譲渡日」欄記載の日)において,Iが原告らに対し本件土地宝典の著作権を「有償にて譲渡し」,原告らは「これを買い受けた」こと(第1条)が明記されていることからすると,本件土地宝典の著作権は譲渡契約と同時に移転したと解すべきである。
なお,上記各譲渡契約書には,本件土地宝典の著作権の譲渡代金は,各契約締結時に一括して支払われること(第2条)が明記されている。したがって,原告らが譲渡代金を支払わなかった場合には,債務不履行により契約を解除することができるが,本件においては,被告において,Iから原告らに対し譲渡代金の不払を理由とする解除の意思表示がされたとの事実主張もなく,また,本件全証拠によっても,その事実を認めることもできない。】よって,被告の上記主張は理由がない。
3 争点3(被告の行為(【本件土地宝典】の貸出及び民事法務協会に対する法務局内におけるコピー機設置場所の提供)が本件土地宝典の著作権を侵害する不法行為に該当するか)について
【民法719条1項は,数人が共同の不法行為によって他人に損害を与えたときは,各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う旨を,同2項は,行為者を教唆又は幇助した者を,共同不法行為者とみなして,共同不法行為者と同様の責任を負う旨を定めている。
そうすると,被告が,不法行為に基づく損害賠償責任を負うか否かを判断するに当たっては,被告自らが不法行為者であるか否かを判断することは必要でなく,不法行為者を教唆又は幇助した者であるか否かを判断することをもって足りる。そこで,以下では,被告が,不法行為者を幇助した者であるかの観点から,被告の不法行為責任の有無について検討することとする。】
(1) 証拠によれば,次の事実が認められる。
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(2) 上記認定事実によれば,本件土地宝典は,広範な地域の公図及び不動産登記簿等の情報を一覧することができるため,不動産関係業者等が郊外地や山林地などの物件調査をするにあたって重用されており,また,各種申請における添付資料とされていることなどから,遅くとも原告らが本件土地宝典の著作権を譲り受ける以前から,現在に至るまで,不動産関係業者等をはじめとする不特定多数の第三者が,上記のような業務上の利用目的をもって,各法務局に備え置かれた本件土地宝典の貸出を受けて,各法務局内に設置されたコインコピー機において複製行為をなしてきたことは容易に推認し得るところである。
【一方,このような公的申請の添付資料や物件調査資料としても使われるという本件土地宝典の性質上,貸出しを受けた第三者がこれを謄写することは十分想定されるのみならず,閲覧複写書類の紛失又は改ざん防止の見地から,コインコピー機は法務局が直接管理監督している場所に設置されているものであるから,各法務局は,本件土地宝典が貸し出された後に複写されているという事情については,十分に把握していたはずである。また,民事法務協会がコインコピー機を設置しているとはいえ,同協会は法務省所管の財団法人であって,被告が同協会に対し法務局内のコインコピー機設置場所の使用許可を与えており,かつ,実際にコインコピー機設置場所の管理監督をしているのは,上記のとおり,各法務局である。
そうすると,前記認定したとおり,本件土地宝典が作成された動機,本件土地宝典が公図等を原図として作成された経緯,法務局に備え置かれるに至った経緯,公的申請に当たって本件土地宝典の写しの添付が義務づけられることがあるという実情,第三者が法務局から本件土地宝典の貸出しを受ける目的が本件土地宝典の一部を複写することにある等の諸般の事情を総合すると,被告(法務局)において,第三者による違法複製がされないよう,あらかじめ,著作権者から包括的な許諾を受ける等の措置を講じるとか,第三者において著作権者からの許諾を得るための簡易かつ便宜な方法を構築するなどの相応の対応を図るべきであったといえる。また,被告がそのような包括的な許諾や簡便な方法を構築しなかった場合においても,少なくとも,本件土地宝典を第三者に貸し出すに先立ち,第三者が複製をする意図があるか否かの意思確認をし,複製をする意思があるときには,複製しようとする部分が,著作権の効力の及ぶ部分であるか否かを確かめ,著作権の効力の及ぶ部分である場合には,複製がされないよう注意を喚起するなど,違法複製を抑止する何らかの対応を図る作為義務があったといえる。そして,そのような何らかの具体的な措置を講じた場合には,注意義務に違反せず,過失はないものと解される。
そこで,上記の観点から,注意義務違反の有無を検討する。
本件全証拠によれば,被告において,著作権者に対して,包括的な許諾を得たり,本件土地宝典を利用するための簡便な方法を構築するための努力をした形跡はないのみならず,各法務局において,本件土地宝典を第三者に貸し出すに当たって,貸出しを受けた第三者が,違法な複製行為をしないよう注意を喚起するなどの適宜の措置を講じたと評価できるような具体的な事実もなく,漫然と本件土地宝典を貸し出し,不特定多数の者の複製行為を継続させていたといえる。そうすると,適宜の措置を講じたと評価できるような事情が認められない本件においては,被告は,貸出しを受けた第三者のした本件土地宝典の無断複製行為を幇助した点について,少なくとも過失があるといえるから,民法719条2項所定の共同不法行為責任を免れない。】
被告は,本件のように,被告の行為による権利侵害の蓋然性は高いとはいえず,【被告には結果発生の予見可能性がないから,故意・過失がなく,被告が損害賠償の責を負うものではない,と主張する。】
しかし,本件土地宝典の貸出とコインコピー機の設置により,不特定多数の一般人による本件土地宝典の違法複製行為が発生する蓋然性が高く,実際に複製行為がなされていたこと,及び,被告がその結果を十分に予見し,かつ,認識し得たことは前記認定のとおりである。被告の上記主張は採用し得ない。
【以上のとおり,被告は,本件土地宝典を自ら複製したわけではないが,①自己の管理監督する建物内の場所に,民事法務協会に対してコインコピー機を設置使用する許可を与え,また,②民事法務協会が不特定多数の第三者に本件土地宝典を貸し出し,本件土地宝典の貸出しを受けた者が違法な複製行為をすることを禁止するための適切な措置を執らなかったのであり,上記の各作為,不作為に過失があると評価されるべきであることは前記のとおりであるから,被告は,土地宝典の貸出しを受けて複製をした者及び民事法務協会と共に,民法719条2項所定の共同不法行為者として,原告らに生じた損害を賠償する義務を負う。
この点について,原告らは,被告が,著作権の侵害主体と評価されるべきである旨主張するが,被告に複製権侵害に関して民法719条の規定により損害賠償責任が認められる以上,この点についての判断を要するものではない。】
4 争点5(Cが法務局窓口で本件土地宝典を借り受けた者が謄写することを包括的に許諾していたといえるか)について
被告は,Cが,生前,被告に対し,本件土地宝典の法務局窓口での貸出し及びこれを受けた不特定多数の第三者による複写について,黙示の包括的許諾を与えていた,と主張する。
しかし,本件に顕れたすべての証拠を精査検討しても,Cが法務局窓口で本件土地宝典を借り受けた者が謄写することを包括的に許諾していたと認めるに足りる証拠はなく,被告の主張は採用することができない。
【なお,この点に関し,被告は,Iは,本件土地宝典の複製行為がされていることを知った後もあえて寄贈を続けていたものであるから,本件土地宝典の複製行為について黙示に許諾していたと主張する。
しかし,仮に被告が主張するように,Iが寄贈を継続したとの事実があったとしても,本件土地宝典の奥付の「不許複製」の表示は,正に許諾のない複製を禁じるものにほかならず,このことは同表示が当初から印刷された不動文字であったとしても,何ら変わるものではないから,かかる明示的な意思表示に反して,Iが包括的な許諾をしたと認めることはできない。】
5 争点6(著作権法38条4項の趣旨は法務局窓口での本件貸出に及ぶか)について
被告は,著作権法は,38条4項に基づいて書籍等を借り受けた者が,私的使用以外の目的で複製した場合についても,著作物の貸出しが著作権を侵害することを予定していないと解するのが相当である,と主張する。
しかし,著作権法38条4項は,昭和59年の法改正により貸与権(26条の2)が創設されたのに伴って,改正前から行われていた図書館,視聴覚ライブラリー等の社会教育施設やその他の公共施設における図書や視聴覚資料の貸出を,地域住民の生涯学習の振興等の観点から,改正後も円滑に行うことができるようにする目的で,貸与権を制限することにしたものである。
このように,著作権法38条4項は,貸与権との関係を規定したものにすぎず,複製権との関係を何ら規定したものではないのであって,ましてや,貸出を受けた者において違法複製が予見できるような場合にまで,貸出者に違法複製行為に関して一切の責任を免れさせる旨を規定しているとは到底解することはできない。被告の主張は採用することができない。
また,本件土地宝典については,その利用者である不動産関係業者や金融機関の関係者が業務上利用する目的で,貸出を受けた上でこれを複写することが多いことは明らかであるから,これらの行為が著作権法30条1項の私的使用目的での複製に該当しないことも自明である。この点に関する被告の主張も採用することができない。
6 争点7(二次的著作物の原著作者の複製についての許諾権により違法性が阻却されるか)について
被告は,原著作者である被告は,本件土地宝典について二次的著作権を有する者と同一の種類の権利を有するから(著作権法28条),複製についての許諾権も有していることになり,不特定多数の第三者が法務局において本件土地宝典を複写したことについて被告に幇助行為があったと観念できるとしても,違法性が阻却されるため,不法行為は成立しない,と主張する。
しかし,本件土地宝典が公図の二次的著作物であり,被告が公図の原著作者であるとしても,本件土地宝典の複製には,原著作者の許諾とともに,二次的著作物の著作権者である原告らの許諾を要するのであるから,原告らの許諾を得ずに複製を行うことが違法であることは明らかであり,被告の主張は採用することができない。
7 争点8(信義則違反の有無)について
被告は,原告らが,本件土地宝典の著作権を損害賠償請求権と共に譲り受け,その数年後に権利を行使したのは,信義則に反し,権利の濫用である,と主張する。
しかし,本件に顕れたすべての証拠を精査検討しても,原告らの損害賠償請求権の行使が信義則に反し,権利の濫用に当たると認めるに足りる証拠はなく,被告の主張は失当である。
被告は,Cが法務局における第三者による無断複製行為を黙認していたと主張する。しかし,そのような事実を認めることができないことは既に述べたとおりである。また,権利者が権利を行使するかしないか,行使するとしてもそれをいつ行使するのかは権利者の自由であり,権利者が一定期間権利を行使しなかったことは消滅時効制度によって権利者に不利益となるのが原則であり,権利の濫用を基礎付ける有力な事情の一つとして評価されるのは例外的な場合に限られるというべきである。本件においても,原告らは,後に述べるとおり,一定期間権利を行使しなかったことにより,消滅時効制度により不利益を被っているのであり,それ以上に,これを権利の濫用を基礎付ける有力な事情の一つとして評価して,自ら不法行為を継続した被告を救済すべき事情は見当たらない。
8 争点9(消滅時効の成否)について
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【9 争点10(不当利得の成否)について
原告らは,①民事法務協会に対する法務局内におけるコピー機設置場所の提供行為,及び②本件土地宝典の貸出行為により,被告が不当な利益を得ていると主張する。
しかし,原告らの主張は,以下のとおり理由がない。
すなわち,民法703条は,法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け,そのために他人に損失を及ぼした者は,その利益の存する限度において,これを返還する義務を負う旨を規定する。
ところで,コインコピー機を設置したのは,民事法務協会であり,本件土地宝典を複製したのは,不特定多数の第三者であり,そのいずれの行為についても,被告自らが行ったものではない。被告は,民事法務協会からコインコピー機の設置使用料を得ているが,当該使用料は,国有財産(建物の一部)を占有させたことによる対価の性質を有するものであって,使用許可を受けた民事法務協会が,コインコピー機を設置し,不特定多数の第三者に本件土地宝典の複製をさせることによって受けるコピー代金に関連して得たものではない。
また,民事法務協会が不特定多数の第三者に本件土地宝典の複製をさせることによって受けるコピー代金は,当該第三者によるコピー機の使用の対価であり,その金額は複写に要したコピー用紙の数量により定まるものであって,当該第三者が本件著作権の使用料を支払ったか否か,あるいは,そもそも複写の対象が本件土地宝典であったか否かによって,左右されるものではないから,そもそも民事法務協会についても,本件土地宝典の複製行為によって,民法703条所定の「利益」を得たということはできない。
そうすると,被告が本件土地宝典の複製行為によって,民法703条所定の「利益」を得たと解する余地はない。
この点について,原告らは,被告には,その行為を合法化するために必要な支出を免れた利得があるなどと主張するが,失当である。
不法行為の制度は,加害者が被害者に対して,被害者の受けた被害を金銭賠償によって回復させる制度であるのに対して,不当利得の制度は,法律上の原因がないにもかかわらず,一方が損失を受け,他方がその損失と因果関係を有する利益を有する場合に,衡平の観点から,その点の調整を図る制度であって,それぞれの制度の趣旨は異なる。不当利得が成立するか否かは,あくまでも,損失と因果関係を有する利益を得ているか否かという,不法行為とは別個の観点から吟味すべきであることはいうまでもない。原告らの主張によれば,不法行為が成立する場合は,常に,加害者が利益を得ている結果となり不合理である。
以上のとおり,不特定多数の第三者のする本件土地宝典を複製した行為が,不法な行為であり,かつその行為により利益を得ていると評価される場合に,当該行為が,不法行為のみならず不当利得をも構成することがあり,また,コピー機の設置場所を提供し,本件土地宝典を貸与する被告の行為が,幇助態様による民法719条2項所定の不法行為を構成すると評価されることがあったとしても,被告が原告らの損失と因果関係を有する利益を得ていない以上,不当利得は成立しない。原告らの主張は,採用することができない。】
10 争点4(損害額)
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(3) 以上検討したところによれば,原告らの損害は,合計で132万円であり,これを原告らの著作権又はその共有持分に応じて計算又は按分すると,原告株式会社F不動産鑑定事務所につき106万1500円,原告Y1につき19万8000円,原告Y2につき6万500円となる。】