Kaneda Legal Service {top}

著作権判例セレクション

【地図図形著作物】総選挙の当落予想表の著作物性が肯定された事例

▶昭和6133日東京地方裁判所[昭和58()747]▶昭和620219日東京高等裁判所[昭和61()833]
一 原告が、被告の依頼により、来るべき総選挙において全国130選挙区から立候補を予定している者の名簿に、当落の予想をして、○は当選圏内、△は当落線上より上、▲は当落線上より下との意味で、○△▲の符号を付し、右原稿(原告原稿[注:当落予想に関する原稿])を昭和571213日被告に手交したこと、被告は、本件週刊誌[注:週刊サンケイ1983年新年合併号]中に本件記事[注:「総合調査、さあ総選挙だ!反角か容角か130全選挙区当落ズバリ予想」なる題名の記事]及び本件当落予想表を掲載して、同月23日、日本全国において発売したこと、本件当落予想表には原告の氏名は表示されておらず、本件記事冒頭には、「……以下は本誌が行つた当落予想……」との記述があること、原告原稿の別紙(二)の原告の記載した符号欄の符号と、本件当落予想表の符号とは、別紙(二)の被告の改変した符号欄記載の符号のとおり一部異つていることは、いずれも当事者間に争いがない。
二 原告原稿が原告著作にかかる著作物といえるかについて検討する。
原告原稿が著作物といえるためには、そのものが思想又は感情を創作的に表現したものであること、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものであることが必要である(著作権法第2条第1項第1号)ところ、「思想又は感情」とは、人間の精神活動全般を指すものと解され、「創作性」は、厳格な意味で独創性とは異り、著作物の外部的表現形式に著作者の個性が現われていれば十分であると解され、「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属す」というのも、知的、文化的精神活動の所産全般を指すものと解するのが相当である。
そうすると、(証拠)及び原告本人尋問の結果によると、原告原稿は、各立候補予定者氏名上に、個別に、当選圏内、当落線上より上、当落線上より下なる同種記載を繰り返す煩雑さを避け、表現の簡略化のために、符号を付したものであり、原告の、知的精神活動の所産と解され、その表現形式に原告の個性が現われていると認められるから、原告著作にかかる著作物ということができる。
三 原告は、被告が原告原稿を本件週刊誌に本件当落予想表として掲載した旨主張するので、以下、本件記事及び本件当落予想表の作成過程につき判断し、右原告の主張につき検討を加える。
()
2 右認定の事実によると、本件当落予想表は、Cデスク並びにA及びB両記者が、Dを通じて自由民主党関係筋から入手した総選挙立候補予定者名簿をもとに、これにサンケイ新聞各地方支局、北海道新聞、西日本新聞の各地方新聞社、各政党選挙事情通などへの取材により得た情報による加筆訂正を行い、あわせて右情報源のほか選挙当落予想の専門家である原告から入手した原告原稿をも一つの取材源として当落の予想をして、作成したもので、原告原稿は、本件当落予想表中に換骨奪胎されて、一つの素材として利用されているにすぎないものと認められる。
なお、本件当落予想表は、原告原稿の当落の予想と同一の部分も相当数あるが、それが、衆議院議員の選挙についての当落予想表という性格上、被告において、前記のとおりの各取材源からの情報を総合してなした予想が、原告のそれと同じ結論となることは十分に考えられるところであり、また、ある程度当選が確実視されている立候補者など、何人が当落の予想をしても同じ判断になるであろう部分も相当存するものといえるので、本件当落予想表と原告原稿の当落の予想が同一である部分が相当数あることをもつて、前記認定が左右されるものではない。
したがつて、本件当落予想表は、原告原稿を掲載したもの即ち、原告原稿を複製ないし翻案したものということはできない。

[控訴審]
一 控訴人は、政治、政党問題の評論家として著名であること、控訴人は、被控訴人の依頼により、来るべき総選挙において全国130選挙区から立候補を予定している者の名簿に、当落の予想をして、○は当選圏内、△は当落線上より上、▲は当落線上より下という趣旨で○△▲の符号を付した控訴人原稿を作成し、右原稿を昭和571213日被控訴人に交付したこと、被控訴人は、本件記事及び本件当落予想表を掲載した本件週刊誌を同月23日日本全国において発売したこと、本件当落予想表には控訴人の氏名は表示されておらず、本件記事冒頭には「・・・以下は本誌が行つた当落予想・・・」との記述があること、並びに控訴人原稿に控訴人が記載した符号(原判決別紙(二)の「原告の記載した符号」欄記載のもの)と本件当落予想表に記載されている符号とは、右別紙(二)の「被告の改変した符号」欄記載の符号のとおり一部異なつていること、以上の事実は当事者間に争いがない。
二 まず、控訴人原稿が控訴人著作にかかる著作物といえるか否かについて検討する。
控訴人原稿が著作物といえるためには、それが「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」であることが必要である(著作権法第2条第1項第1号)ところ、「思想又は感情」とは、人間の精神活動全般を指し、「創作的に表現したもの」とは、厳格な意味での独創性があるとか他に類例がないとかが要求されているわけではなく、「思想又は感情」の外部的表現に著作者の個性が何らかの形で現われていれば足り、「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属する」というのも、知的、文化的精神活動の所産全般を指すものと解するのが相当である。
本件についてこれをみるに、(証拠)、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果、並びに前記争いのない事実によれば、控訴人は、株式会社政治広報センター(以下「政治広報センター」という。)発行、控訴人編著の「政治ハンドブツク」(昭和571月版)に記載されている、昭和55622日に施行された第三六回総選挙(衆議院議員)の結果分析(立候補者ごとの得票数、得票率、得票増減等)や政治広報センター備付のコンピユータによる判断結果を参考にし、控訴人自身の政治評論家としての知識、経験に基づいて、総選挙の立候補予定者につき当落の予想をしたが、立候補予定者名簿に、個別に、当選圏内、当落線上より上、当落線上より下という、同種の記載を繰り返す煩雑さを避け、表現の簡略化のために○△▲の符号を付し、また、○の符号については「1」、△の符号については「1マイナス1」、▲の符号については「0プラス1」として換算し(したがつて、△と▲の合計が1となる。)、右により換算したものの和が各選挙区の定員数と同一となるように(ただし、宮城二区、山形二区、兵庫三区を除く。)、右各符号を付して控訴人原稿を完成したものであることが認められ、右認定事実によれば、控訴人原稿は、国政レベルにおける政治動向の一環としての総選挙の結果予測を立候補予定者の当落という局面から記述したもので、一つの知的精神活動の所産ということができ、しかもそこに表現されたものには控訴人の個性が現われていることは明らかであるから、控訴人の著作に係る著作物であると認めるのが相当である。
三 次に、控訴人は、控訴人と被控訴人間に成立した、総選挙立候補予定者の当落予想表作成及び出版に関する出版許諾契約に基づき、被控訴人に控訴人原稿を交付したところ、被控訴人は、本件週刊誌に、控訴人原稿の内容を一部改変したものを本件当落予想表として掲載した旨主張し、他方、被控訴人は、右契約の成立を否定し、控訴人原稿は単なる一取材源として受領したにすぎず、本件当落予想表は被控訴人が独自に取材した結果に基づいて作成したものである旨反論するので、控訴人原稿が被控訴人に交付されるに至つた経緯、本件当落予想表の作成経過等について検討する。
()
3 ところで、出版許諾契約においては、出版者は著作物を原稿の内容のまま複製すべき義務があり、右内容に改変を加えることはできず、もし著作者の承諾なしに改変を加えて複製した場合には債務不履行の責任を生ずるとともに、著作者人格権である同一性保持権(著作権法第20条第1項)侵害の責任を負うべきである。本件において、前記認定のとおり、本件当落予想表には、控訴人原稿におけると同じく、当選圏内は〇、当落線上より上は△、当落線上より下は▲の各符号が立候補予定者氏名の上欄に付されていること、控訴人原稿と本件当落予想表に記載されている総選挙立候補予定者はそれぞれ830名、823名、そのうち〇△▲の符号が付されている立候補予定者数は630名余であるのに対し、控訴人原稿と本件当落予想表に付されている符号の相違(いずれか一方に符号の付されていないもの及び候補者名の記述のないものを含む。)は、被控訴人のミスにより本件当落予想表に符合を付さなかつた和歌山二区の5名を含めて58名分であつて、その余については、両者において付されている符号は同一であり、右相違分は、総選挙立候補予定者数に対し約7%、右符号の付されている立候補予定者数に対し約9.2%であること、本件当落予想表においても、控訴人原稿と同じく、〇の符号は1、△と▲の符号は合計が1として換算し、右により換算したものの和が定員数と同一となるように〇△▲の符号が付されていることなどを総合すると、本件当落予想表は全体としてみるならば、控訴人原稿を複製したものと認めるのが相当であるが、控訴人原稿を一部改変した部分を含むものであることは否定できない。
4 また、控訴人と被控訴人との間の契約は控訴人が創作する著作物を本件週刊誌の記事の一部として複製出版するものであり、著作権そのものは控訴人に保有されているのであるから、控訴人に著作者人格権である氏名表示権が保有されていることはいうまでもなく、したがつて、被控訴人が本件当落予想表に著作者として控訴人の氏名を表示しなかつたことも、控訴人の右権利を侵害したものというべきである(前記改変部分には、同一性保持権の侵害と氏名表示権の侵害とが競合していると評価すべきである。)。
被控訴人は、控訴人は本件当落予想表に同人の氏名を掲載する点はどちらでもよい旨答えた旨主張する。右主張が、控訴人原稿の著作物性が肯定され、控訴人主張の出版許諾契約の成立が認定された場合の仮定的主張を含む趣旨であると解されるとしても、右主張に副う原審証人A、同Bの各供述は、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果に照らして措信できず、他に被控訴人の右主張事実を認めるべき証拠はない。
四 叙上認定したところによれば、被控訴人は、本件週刊誌に、控訴人原稿を一部改変して本件当落予想表として、控訴人の氏名を表示しないで掲載したものであるから、少なくとも過失により控訴人の著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)を不法に侵害したものというべく、被控訴人は、右侵害により控訴人が被つた精神的損害を賠償すべき義務がある。
そこで、損害賠償額につき検討するに、控訴人原稿は、控訴人の専門的な知識、経験等に基づいて作成されたものであるところ、無断で一部改変されたことにより、選挙分析の専門家としての控訴人の自尊心が著しく傷つけられ、心痛の思いを抱かされたことは容易に推測し得ること、控訴人が被控訴人の依頼に応じて本件当落予想を行つたのは、それによつて得られる原稿料のためというよりは、自己の氏名が本件企画の記事中に掲記され、それによつて政治評論家としての信用、名声がより高められ、あるいは維持されることを期待したためであるところ、本件記事に控訴人の氏名が表示されなかつたため、右期待は果たされなかつたこと、被控訴人は、週刊サンケイの昭和58120日号の編集後記欄に、本件記事及び本件当落予想表については控訴人の協力を得た旨を掲載したこと、その他本件に顕われた諸般の事情を考慮すると、被控訴人の本件著作者人格権侵害により控訴人が被つた精神的苦痛を慰藉するには金20万円が相当であると認める。