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著作権判例セレクション
【編集著作権の侵害性】「手あそび歌を掲載収録したDVD付き書籍」の編集著作物性を認めた事例/その編集著作権の侵害を否定した事例
▶平成21年08月28日東京地方裁判所[平成20(ワ)4692]
(注) 本件は,原告が,別紙記載の書籍(DVD付きのもの。以下「被告書籍」)を発行した被告に対し,主位的に,被告書籍は,原告発行の「DVDとイラストでよくわかる!手あそびうたブック」と題するDVD付き書籍(「原告書籍」)に係る編集著作物並びに原告書籍に掲載・収録された歌(曲)の歌詞及び振付けの著作物を複製したものであり,被告が被告書籍の印刷,出版等をする行為は原告の上記編集著作物及び著作物の各著作権(複製権)を侵害する旨主張して,著作権法112条1項に基づき上記行為の差止めなどを求めた事案である。
1 原告書籍本体及び原告DVDの編集著作物性及び著作権の帰属(争点1-1,2)について
(1)
原告書籍本体及び原告DVDの編集著作物性(争点1-1)について
原告は,原告書籍本体及びこれに付属する原告DVDは,手あそび歌の曲名及び振付けを素材とする編集著作物である旨主張する。
ア 前記前提事実と証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。
(ア) 「手あそび」は,手,指等の身体を動かす歌のあそびをいい,歌詞やリズムを表現する動きを歌を歌いながら行うものであり,幼稚園,保育園等の保育の現場で広く取り入れられている。手あそびの対象となる歌は「手あそび歌」と呼ばれ,手あそび歌には,昔から伝わる童歌,童謡から最近の曲まで多種のものがある。
手あそびには,歌詞の一部を替えるあそび方があり,歌詞に合わせた動きにも決められたものがあるわけではないことから,同じ曲名の手あそび歌でも,歌詞の一部が異なるものや,歌詞を表現する動きが異なるものが存在し,また,編曲等により旋律(メロディー)の異なるものも存在する。
(イ) 原告の編集部で児童書の編集担当のAは,平成17年初めころ,手あそび歌の書籍の売上げが良いことに気づき,類書を調査した結果,イラストを工夫してより分かりやすいものとし,実演のDVDを付ければ,類書とは異なる新しい手あそび歌の書籍を作れるのではないかと考え,同じ編集部のBに相談した。Bは,むかいはら幼稚園で教諭をしていた友人に意見を聞いたところ,その友人から,他の教諭にも聞いてみたが,皆DVD付き手あそび歌の書籍ができたら是非欲しいと言っているとのことであった。そこで,AとBは,同年春ころ,企画をまとめて編集長(D)に提出したところ,編集長からDVDを付けた手あそび歌の書籍を制作するよう指示を受けたので,その制作を開始した。
(ウ) AとBは,平成17年6月ころから,むかいはら幼稚園,武蔵野音楽大学付属幼稚園,寿福寺幼稚園を訪問して,教諭から,園児が普段どのような手あそびを行っているかを聞き取り調査するとともに,類書やインターネットなどにも当たって,200曲余りの候補曲を選んだ上,上記3幼稚園の教諭に対しアンケートを実施し,候補曲のうち,人気が高く,よく遊ばれているものについて調査した。
AとBは,60人の教諭から回答を得たアンケートを集計して,候補曲ごとに,各幼稚園における人気の有無,程度について「よく遊ばれているもの」(◎),「まあまあ遊ばれているもの」(○),「たまに遊ばれているもの」(△)及び「遊ばれていないもの」(×)に分類した集計表を作成した。
AとBは,集計結果を踏まえて具体的な選曲をするに当たり,①人気の高い有名な曲ばかりになると,選曲が他社書籍と重なって特長のない本となり,既に他社書籍を持っている人に選んでもらえない反面,人気の高い有名な曲が少ないと,初めて手あそび歌の書籍を買う人に選んでもらえないため,定番の曲,アンケートで人気が高い曲を外さないようにしつつ,それほど人気が高くなくても手あそび歌のジャンル(「指あそび」,「手あそび」,「身体あそび」,英語の歌など)の多様性にも配慮する,②定番の曲でもできるだけ他社書籍とは異なるバージョンの歌詞や振付けを選択して差別化を図り,また,DVDにも収録するので動きが大きく見栄えがするかなども考慮する,③DVDの収録曲については,制作費とDVDの容量の都合から,書籍の掲載曲のうち,幼稚園の教諭の意見を取り入れて子供たちがより喜ぶ人気曲を選択し,その中でジャンルが偏らないようにバランスを重視するなどの方針とした。
上記方針で選曲された原告書籍は,基本的には既存の手あそび歌が選曲され,編集されたものであるが,編集の過程で,既存の歌詞や振付けの一部を置き換えたり,付け加えたりしたものもあった。
このようにして原告書籍本体の掲載曲63曲が選択され,そのうちの29曲が原告DVDの収録曲として選択された。そして,原告書籍本体は,「PART1
指あそびと手あそび」,「PART2 身体あそび」,「PART3 みんなであそぼう」及び「できるかな!えいごの手あそびうた」の順に構成され,PART1に30曲,PART2に24曲,PART3に7曲,「できるかな!えいごの手あそびうた」に2曲が掲載されている。
原告DVDには,PART1の掲載曲中16曲,PART2の掲載曲中11曲,PART3の掲載曲中2曲が収録されている。
イ 前記アの認定事実及び(証拠)によれば,原告書籍本体に掲載された手あそび歌の曲名及び振付けは,原告の編集部所属の従業員が,童歌,童謡から最近の曲まで多種のものがある手あそび歌の中から,幼稚園の教諭に対するアンケートの集計結果を踏まえて,定番の曲を外さず,幼稚園で人気が高く,よく遊ばれているものを選択することを基本としながらも,人気が高くなくても手あそび歌のジャンル(「指あそび」,「手あそび」,「身体あそび」,英語の歌など)の多様性にも配慮したり,定番の曲でもできるだけ他社書籍とは異なるバージョンの歌詞や振付けを選択するなどして,他の書籍との差別化を図る方針とし,また,原告DVDの収録曲については,制作費とDVDの容量の都合から,原告書籍本体の掲載曲のうち,幼稚園の教諭の意見を取り入れて子供たちがより喜ぶ人気曲を選択し,その中でジャンルが偏らないようにバランスを重視するなどの方針とし,上記各方針に基づいて,原告書籍本体の掲載曲(63曲)及び原告DVDの収録曲(29曲)の曲名及び振付けが選択されたことが認められるから,上記曲名及び振付けの選択には,原告の編集部所属の従業員の思想又は感情が創作的に表現されていることは明らかである。
したがって,原告書籍本体及び原告DVDは,素材である手あそび歌の曲名及び振付けの選択において創作性を有する編集著作物に当たるものと認められる。
ウ これに対し被告は,手あそび歌の中から,人気があり,楽しめる曲を選ぶという普通の判断をするならば,類書間で曲名の重なり合いが生じるのは当然である上,原告書籍は,原告書籍本体の掲載曲(63曲)のうち,44曲が,原告書籍より前に発行されたポプラ社書籍に掲載された曲と重複していることからみても,原告書籍本体及び原告DVDにおける手あそび歌の曲名及び振付けの選択は,創作性を有するものではない旨主張する。
しかし,前記ア(ア)認定のとおり,手あそび歌には,昔から伝わる童歌,童謡から最近の曲まで多種のものがあり,同じ曲名の曲の手あそび歌であっても,歌詞の一部やメロディーの異なるもの,歌詞を表現する動き(振付け)の異なるものが存在し,このように手あそび歌には多種多様なものがあるところ,前記イ認定のとおり,原告書籍においては,人気が高い曲のみを選択するというのではなく,定番の曲を外さず,幼稚園で人気が高く,よく遊ばれているものを選択することを基本としながらも,人気が高くなくても手あそび歌のジャンルの多様性にも配慮したり,定番の曲でもできるだけ他社書籍とは異なるバージョンの歌詞や振付けを選択するなどして,他の書籍との差別化を図る方針に基づいて曲名及び振付けの選択がされているのであるから,原告書籍本体(掲載曲63曲)及び原告DVD(収録曲29曲)の曲名及び振付けの選択は創作性を有することは明らかであり,原告書籍本体の掲載曲の一部である44曲の曲名がポプラ社書籍と重複するとの一事をもって上記創作性を否定することはできない。
したがって,被告の上記主張は理由がない。
(2)
著作権の帰属(争点1-2)
ア 前記(1)アの認定事実を総合すれば,原告書籍の制作は,原告の編集部所属の従業員が企画し,上司である編集長の了承を得て開始され,原告書籍本体の掲載曲・振付け及び原告DVDの収録曲・振付けの選択等の編集作業は,原告の編集部所属の従業員が行ったことが認められるから,編集著作物である原告書籍本体及び原告DVDは,原告の発意に基づき,原告の編集部所属の従業員が職務上作成したものと認められる。
そして,原告書籍本体の奥付には「編者
永岡書店編集部」との表示があり,この表示は,「永岡書店」(原告)の一部署である「編集部」が原告書籍本体及び原告DVDを編集したことを意味するものと理解されるから,原告書籍本体及び原告DVDは,原告の著作の名義の下に公表されたものと認められる。
そうすると,編集著作物である原告書籍本体及び原告DVDは,職務著作(著作権法15条1項)であって,その著作者及び著作権者は原告であると認めるのが相当である。
イ これに対し被告は,原告書籍本体の奥付には,原告書籍本体及び原告DVDの作成に関与した者として多数の者が挙げられており,これらの者全てが原告の従業員ではないから,原告書籍本体及び原告DVDは原告の従業員が職務上作成したものとはいえないし,また,原告書籍本体の奥付の「編者
永岡書店編集部」との記載における「永岡書店編集部」は原告(株式会社永岡書店)とは別個の人格を示すものであるから,原告書籍本体及び原告DVDは,原告の著作の名義の下に公表されたものとはいえない旨主張する。
しかし,前記ア認定のとおり,原告書籍本体の掲載曲・振付け及び原告DVDの収録曲・振付けの選択等の編集作業は,原告の編集部所属の従業員が行っている以上,原告書籍本体及び原告DVDの作成に関与した者全てが原告の従業員でないからといって,編集著作物である原告書籍本体及び原告DVDは原告の従業員が職務上作成したとの認定を妨げるものではない。また,株式会社を表示する際に,商号中の「株式会社」との部分を省略する場合があることは公知の事実であること,原告書籍本体の奥付には「発行所
株式会社永岡書店」との記載もあることに照らすならば,「永岡書店編集部」は「株式会社永岡書店」とは別個の人格を示すものと解するのは困難である。
したがって,被告の上記主張は理由がない。
(3)
小括
以上のとおり,原告書籍本体及び原告DVDは,素材である手あそび歌の曲名及び振付けの選択において創作性を有する編集著作物であり,その著作権(編集著作権)は,原告に帰属するものと認められる。
2 編集著作物の複製権侵害の有無(争点2)について
(1)
原告は,被告書籍本体には原告書籍本体の手あそび歌の掲載曲63曲中35曲と同一曲名の曲が掲載され,被告DVDには原告DVDの収録曲29曲中22曲と同一曲名の曲が収録され,また,上記掲載又は収録された曲に係る振付けもそっくりそのままのものであるから,被告書籍本体及び被告DVDには,編集著作物である原告書籍本体及び原告DVDにおける素材(手あそび歌の曲名及び振付け)の選択の創作的表現がそれぞれ有形的に再製され,かつ,被告書籍本体及び被告DVDは原告書籍本体及び原告DVDに依拠して作成されたものであるから,被告による被告書籍の発行は,編集著作物である原告書籍本体及び原告DVDの原告の複製権の侵害に当たる旨主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。
ア 前記前提事実のとおり,原告書籍本体の掲載曲(全63曲)と被告書籍本体の掲載曲(全63曲)との重複曲(曲名が同一のもの)は35曲,原告DVDの収録曲(全29曲)及び被告DVDの収録曲(全44曲)との重複曲(曲名が同一のもの)は21曲である。
この点に関し,原告は,原告DVD及び被告DVDの収録曲の重複曲は,21曲ではなく,22曲である旨主張する。
しかし,(証拠)によれば,被告DVDには,別紙曲名一覧の原告書籍の番号6の「ポロズル・バージョン(とんとんとんとんひげじいさん/バリエーション)」が収録されていないことは明らかであるから,原告の上記主張は理由がない。
イ 原告書籍本体及び原告DVDは,それぞれ掲載曲(全63曲)及び収録曲(全29曲)の曲名及び振付けの選択において創作性を有する編集著作物に当たることは,前記1(1)イ認定のとおりである。
このことは,上記曲名及び振付けの選択の創作的表現は,前記1(1)イ認定の編集方針に基づいて選択された結果としての原告書籍本体における掲載曲全曲の曲名及び振付けの選択,原告DVDにおける収録曲全曲の曲名及び振付けの選択において顕れていることを意味するものである。
そうすると,原告書籍本体の掲載曲(全63曲)の一部である35曲と同一の曲名の曲が被告書籍本体に掲載され,原告DVDの収録曲(全29曲)の一部である21曲と同一の曲名の曲が被告DVDに収録されているからといって,原告書籍本体及び原告DVDにおける上記曲名の選択の創作的表現が被告書籍本体及び被告DVDに再製されていると直ちに認めることはできない。
また,手あそび歌の書籍に掲載する曲として定番の曲や人気の高い曲を選択することは普通に思い着く着想であり,そのような着想に基づいて曲を選択すれば,手あそび歌の類書間の掲載曲に定番の曲や人気の高い曲の重複が生じることは避けられない事態であるというべきところ,前記1(1)イ認定のとおり,原告書籍本体では,定番の曲を外さず,幼稚園で人気が高く,よく遊ばれているものを選択することを基本とし,また,原告DVDの収録曲については,原告書籍本体の掲載曲のうち,幼稚園の教諭の意見を取り入れて子供たちがより喜ぶ人気曲を選択する方針とされたことに照らすならば,原告書籍本体及び被告書籍本体の掲載曲の重複曲,原告DVD及び被告DVDの収録曲との重複曲の中にも,定番の曲や人気の高い曲が相当程度含まれているものとうかがわれる。
この点からも原告書籍本体の掲載曲の一部及び原告DVDの収録曲の一部が重複するからといって原告書籍本体及び原告DVDにおける上記曲名の選択の創作的表現が被告書籍本体及び被告DVDに再製されているものと直ちに認めることはできない。
しかるに,本件において,原告は,原告書籍本体及び被告書籍本体の掲載曲の重複曲の選択,原告DVD及び被告DVDの収録曲との重複曲の選択において創作性を有することの主張立証を行うことなく,単に一部の重複の事実をもって原告書籍本体及び原告DVDにおける手あそび歌の曲名の選択の創作的表現が有形的に再製されていると主張するにとどまっている。
したがって,被告書籍本体及び被告DVDにおいて原告書籍本体及び原告DVDにおける手あそび歌の曲名の選択の創作的表現が有形的に再製されているものと認めることができないから,当該曲名に対応する各曲の振付けが同一であるかどうかを検討するまでもなく,被告書籍本体及び被告DVDにおいて原告書籍本体及び原告DVDにおける素材(手あそび歌の曲名及び振付け)の選択の創作的表現が有形的に再製されているものと認めることはできない。
(2)
以上によれば,被告書籍本体及び被告DVDが原告書籍本体及び原告DVDに依拠して作成されたかどうかを検討するまでもなく,被告による被告書籍の発行は,編集著作物である原告書籍本体及び原告DVDの複製権の侵害に当たるとの原告の主張は理由がない。
したがって,その余の点について判断するまでもなく,原告の上記複製権侵害を理由とする差止請求及び損害賠償請求は理由がない。