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  著作権判例セレクション
  【言語著作物】裁判傍聴記の著作物性を否定した事例
  
  
  ▶平成20年07月17日知的財産高等裁判所[平成20(ネ)1000]
  
  1 争点1(原告傍聴記の著作権法2条1項1号の著作物性の有無等)について
  
  著作権法による保護の対象となる著作物は,「思想又は感情を創作的に表現したもの」であることが必要である(著作権法2条1項1号)。
  
  以下では,本件に即して言語により表現されたものの著作物性の有無について述べる。
  
  著作権法2条1項1号所定の「創作的に表現したもの」というためには,当該記述が,厳密な意味で独創性が発揮されていることは必要でないが,記述者の何らかの個性が表現されていることが必要である。言語表現による記述等の場合,ごく短いものであったり,表現形式に制約があるため,他の表現が想定できない場合や,表現が平凡かつありふれたものである場合は,記述者の個性が現われていないものとして,「創作的に表現したもの」であると解することはできない。
  
  また,同条所定の「思想又は感情を表現した」というためには,対象として記述者の「思想又は感情」が表現されることが必要である。言語表現による記述等における表現の内容が,専ら「事実」(この場合における「事実」とは,特定の状況,態様ないし存否等を指すものであって,例えば「誰がいつどこでどのようなことを行った」,「ある物が存在する」,「ある物の態様がどのようなものである」ということを指す。)を,格別の評価,意見を入れることなく,そのまま叙述する場合は,記述者の「思想又は感情」を表現したことにならないというべきである(著作権法10条2項参照)。
  
  以上を前提に,原告傍聴記の著作物性の有無について検討する。
  
  (1)
事実認定(原告傍聴記の記載内容)
  
  ア 原告傍聴記1
  
  原告傍聴記1は,原告が,ライブドア事件における丸山サトシ証人に対する証人尋問の傍聴結果を,以下の要領で記述したものである。
  
  (ア) 「『株式交換で20億円計上』ライブドア事件証人・丸山サトシ氏への検察側による主尋問」との大項目(表題)が付されている。
  
  (イ) 以下のとおり中項目が付されている。
  
  ●証人のパソコンのファイルについて
  
  ●証人のパソコンの別のファイルについて
  
  ●証人のパソコンの別のファイルについて
  
  ●証人のパソコンの別のファイルについて
  
  ●11月10日(月)の打合せについて
  
  ●予算の最終案について
  
  ●予算のその後について
  
  (ウ) 各中項目の下に,証言内容が短く記述されている。
  
  例えば,「●証人のパソコンのファイルについて」との項目では,以下の記述がされている。
  
  ・ ライブドアの平成16(2004)年9月期の最初の予算である
  
  ・ 各事業部や子会社の予算案から作成されている
  
  ・ ライブドアファイナンスによる投資事業は含んでいない
  
  ・ 「売上高は132億円/営業利益は22.7億円」で,最初の予算案だからアグレッシブだった
  
  ・ 証人は,「売上高は100~110億円/営業利益は7~8億円」が妥当と感じていた
  
  ・ 前年比増収増益で,実現可能な数字だった
  
  ・ 経営陣の考えで,全事業の増収増益が求められた
  
  ・ 減収減益だと,各事業部長や子会社社長の減給や降格もありえた
  
  ・ 判断は,堀江貴文被告(ライブドア前社長)が行っていた
  
  ・ 前年実績などから,予算案を現実的な数値に修正するのが証人の仕事であった
  
  ・ 堀江被告に予算案を報告したところ,容赦なかった
  
  ・ 堀江被告は,ライブドアファイナンスによる投資事業が含まれないことは知っていた
  
  ・ ライブドアファイナンスによる投資事業の売上は,10億円が見込まれた
  
  ・ イーバンク銀行との提携による100億円規模のファンドの設立報酬や管理報酬などが大半だった
  
  イ 原告傍聴記2
  
  原告傍聴記2は,原告が,ライブドア事件における丸山サトシ証人に対する証人尋問(続行)の傍聴結果を,以下の要領で記述されている。
  
  (ア) 「ライブドア事件の堀江貴文被告(ライブドア前社長)第4回公判の1人目の検察側証人尋問は,丸山サトシ(表記不明)氏です。」との説明書きが付されている。
  
  (イ) 以下のとおり中項目が付されている。
  
  ●検察側による主尋問より
  
  ●弁護側による反対尋問より
  
  (ウ) 各中項目の下に,証言内容が短く記述されている。
  
  例えば,「●弁護側による反対尋問より」との項目では,以下の記述がされている。
  
  ・ 大学卒業後,未来証券に新卒入社
  
  ・ 個人投資家からの株式売買受託やベンチャー企業の資金調達に携わる
  
  ・ 1年半弱で退社
  
  ・ 未来証券退社後,テラジャパンに入社
  
  ・ 有機物によるゴミや油の減量を業務とする会社
  
  ・ 1,2ヵ月で業績が悪化し,退社
  
  ・ テラジャパン退社からライブドア(当時オン・ザ・エッヂ)入社まで約2ヵ月就職活動
  
  ・ ライブドア退社後,UFJキャピタルに入社
  
  ・ M&Aの仲介に携わる
  
  ・ 9ヵ月強で退社
  
  ・ 現在は,自分の会社を経営
  
  ・ ベンチャー企業の上場準備や株式公開のコンサルタント
  
  (エ) 最後に,丸山サトシ氏の検察側証人尋問は,平成18(2006)年9月12日(火)10時から13時35分まで行われました(12時から13時15分まで休憩)との記載がある。
  
  (2)
判断
  
  ア 原告傍聴記における証言内容を記述した部分(例えば,「〇ライブドアの平成16(2004)年9月期の最初の予算である」「〇各事業部や子会社の予算案から作成されている」)は,証人が実際に証言した内容を原告が聴取したとおり記述したか,又は仮に要約したものであったとしてもごくありふれた方法で要約したものであるから,原告の個性が表れている部分はなく,創作性を認めることはできない。
  
  イ 原告傍聴記には,冒頭部分において,証言内容を分かりやすくするために,大項目(例えば,「『株式交換で20億円計上』ライブドア事件証人・丸山サトシ氏への検察側による主尋問」)及び中項目(例えば,「証人のパソコンのファイルについて」)等の短い表記を付加している。しかし,このような付加的表記は,大項目については,証言内容のまとめとして,ごくありふれた方法でされたものであって,格別な工夫が凝らされているとはいえず,また,中項目については,いずれも極めて短く,表現方法に選択の余地が乏しいといえるから,原告の個性が発揮されている表現部分はなく,創作性を認めることはできない。
  
  ウ この点について,原告は,原告傍聴記は本件ノートに基づいて作成したものであり,本件ノートと対比すればその「分類」と「構成」に創意工夫がされているから,原告傍聴記に創作性が認められるべきであると主張する。そして,具体的には,①原告傍聴記2の証人の経歴に関する部分は,主尋問と反対尋問から抽出していること,②原告傍聴記1の「〇クラサワコミュニケーションズとの株式交換も計上していることを口頭で説明した」,「■堀江被告は何も言わなかったが,分からないときは質問するので,説明を理解していたと思う」の記述及び原告傍聴記2の「〇大学卒業後,未来証券に新卒入社」,「■個人投資家からの株式売買受託やベンチャー企業の資金調達に携わる」,「■1年半弱で退社」の記述は,実際に証言された順序ではなく,時系列にしたがって順序を入れ替えたこと,③原告傍聴記2において固有名詞を省略したこと等を創意工夫として例示する。
  
  しかし,原告の主張する創意工夫については,経歴部分の表現は事実の伝達にすぎず,表現の選択の幅が狭いので創作性が認められないのは前記のとおりであるし,実際の証言の順序を入れ替えたり,固有名詞を省略したことが,原告の個性の発揮と評価できるほどの選択又は配列上の工夫ということはできない。原告の主張は採用できない。
  
  (3)
小括
  
  以上のとおり,原告傍聴記を著作物であると認めることはできない。
  
  したがって,本件ブログ記事のウエブサイトへの掲載がプロバイダ責任制限法4条1項に該当するとはいえず,また,著作権侵害行為ともいえない。